そういう些細な会話も交わしていなかったのだと今更ながら思ってしまう。
日程が詰まっていて過密スケジュールをこなすのが精一杯でマンションに帰っても無駄話はしていなかった、なと。
「良くも悪くも斎藤病院長の親友かつ戦友といった感じでしたね。
ドラマでしか良く知りませんが例えて言うなら大物政治家というか鷹揚かつ敏腕な経営者といった感じでしたが……、内心を窺わせるような隙は全く無かったです。
ただ、清水先生から私のことは良く聞いていらっしゃるようで、かなり好意的だったのは確かですけれど。
患者さんの情報はこれから臨むのと同様に開示は朝一番で行われましたが、主治医や外科部長、ああ清水先生のお兄さんではなくてもっとキャリアのある医師でしたが……」
清水病院長には二人の息子が居て、長男は実家の外科に所属している。
そして、二人ともが助け合って病院を継いでいけるように、外科以外の専攻にしろと清水研修医には言ったらしい。
そのせいで清水研修医は精神科を消去法で選んだ過去があった。
時間的にロンドンの市街地を抜けていないと思われるが、緑が豊かで別世界のようだった。それに石造りの建物との調和が素晴らしいのは事実だ。車窓から入って来た緑の色が最愛の人をより際立たせているのも、イギリスに来たという実感を持てた。
それはそうと、清水研修医は「例の地震」の時の医師不足の折にたまたま助っ人に寄越されて外科的なセンスが卓越していることが分かった。
それでは宝の持ち腐れだと判断した最愛の人と祐樹は精神科に所属しながらも外科の才能が埋もれてしまわないように救急救命室に呼んだという経緯がある。
最愛の人は言うまでもなく病院の看板教授だし、今から世界的レベルの外科医の称号を取りに行こうとしている祐樹とは異なって既に名声は確立している。
そんな彼に息子が認められたという点で清水病院長は狂喜乱舞していた。
今は救急救命室で水を得た魚のように働いている清水研修医が実家に帰って病院をどんな形で継ぐのかまでは分からないが。
「とにかく外科部長と主治医に納得して貰えないと手術は出来なかったですね。
当たり前といえばそうなのですが……。
ただ手術室のメンバーは全員好意的に迎えて下さった上に皆有能でしたよ。
清水病院長のご威光の賜物なのかも知れないですが、貴方の手技を尊敬していると言っていた医師も多数居ました」
車窓へと視線を向けていた彼が細い鼻梁と薄紅色の唇を祐樹の方に向けて鮮やかな笑みの花を咲かせている。
彼の手技はモニタールームで見学も出来るようになっているし、映像も病院の許可を取れば閲覧可能だ。だから熱心な外科医は大抵見ている。
「ああ、それはきっと祐樹の手技にも、そして術式の妥当性にも好感を抱いたからだろう、な。
もし、とんでもない術式を選択すれば清水病院長に即座に伝わって斎藤病院長から私が叱責や注意を受けることになっていただろうな……」
祐樹が何か仕出かせばそういうクレームが来かねないということは頭では分かっていたハズなのに最愛の人と心臓外科医として肩を並べることが出来るという一念の方が強くて考えることを避けていたような気がする。
「つい前のめりになったと申しましょうか……。香川外科の一員なのですから、何か有れば貴方の顔に泥を塗るのは分かっていた積もりですが、ご迷惑をお掛けしましたか?」
思い当たる節は一つもなかったが念のために聞いてみた。
最愛の人は涼し気な眼差しに笑みを含んで祐樹を見ている。
「まさか……。祐樹の手技は素晴らしいという清水病院長から斎藤病院長へのお礼の言葉は有っただけだ」
安堵の溜め息を零してしまった。
「それは良かったです。行き当たりばったりの手術の練習を積まなければならないというのは私だけの問題ですからね。
医師の都合で患者さんが不利益を被ったりましてや容態が悪化したりしては本末転倒ですからね。
その点は気を付けていましたし、手技も全て成功したので良かったと思っていました。
そうですか、清水病院長も満足して下さっていて、香川外科の金看板に傷を付けることなく終わったのは本当に良かったです……」
最愛の人の細く長い指が祐樹の指を強く握ってくれた。
「その点は心配していなかったのだけれども……。私から見ただけだと惚れた欲目ということもあるので……」
最愛の人は悪戯っぽい眼差しで勇気を見ている。
「それはないでしょう。100%ないと断言出来ます。何故なら貴方はアメリカ時代の片鱗を全く見せなかったプライベートとは異なって、手術スタッフの選定だけは完全な実力主義でしたから。
ずっと第一助手に指名されていて光栄だとは思っていましたが、久米先生などにいつ追い付かれるかと内心冷や冷やしていました、よ」
……もしかしてさっきの発言は冗談なのではないかとやっと思い付いた。
医学部を卒業するまで英会話を習ったことのなかった最愛の人は持ち前の秀逸過ぎる記憶力を使ってLAで活きた英会話をマスターしたと聞いている。
祐樹は元患者さんを除いてさほどアメリカ人に知り合いはいないが、裁判官といったお固い職業の人でも法廷を出たら冗談ばかり言っているらしい。
英語とはそういうものだと思っていた最愛の人は冗談も会話の一部として覚え込んでしまっていた。
しかし、日本ではそういう文化でもないので、最愛の人の冗談を聞いたことはない。別に求めてもいなかったし、冗談を言うとは思えなかったので心の準備が出来ていなかった。
ただ、こんなにタイムラグが出来てしまったら笑っても、わざとらしいだけだし……。
どうしようと祐樹は珍しく逡巡した。
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2024年01月
祐樹と楽しく、そしてハラハラして観ている「鬼退治」アニメでも言及されていた走馬灯というのは人間が迫りくる死を回避しようとして、今までの経験から最も似たような経験を思い出し、対処の最適解を導き出すための脳の働きだという説が最も有力だ。
個人的には自己の経験よりも歴史上の人物も含んだ他者の知識こそを参考にすべきだと考えているのだが。
それに祐樹だって手の発汗は精神的なものが由来していることは常識として知っている。何故今、自分が手に汗を纏っているか祐樹は必ず理由を考えるに決まっている。
どう言えばこの命の危機に似た状況が回避出来るのか必死に考えた。
祐樹が納得するような上手い言い訳……そんな物がポンポンと浮かぶような自分ではないのが何だかもどかしい。
祐樹は当意即妙といった感じで患者さんとも医師や看護師と会話をしていてそれを垣間見るたびに羨望と憧れの念を抱いている。
祐樹の優しさは恋人である自分に同じレベルの会話を求めてないことだ。
いや、それはともかくとして、普段と異なる祐樹の様子……。
あっ!先ほどから酔ったせいで、同じ話題を繰り返していたなと思い至った。
祐樹の話なら何でも喜んで付き合うだけに「祐樹、それは先程聞いた」などは言っていない。
職場だったら同じような話を二度以上すると注意するのは当たり前なのだけれども、今はプライベートな時間なので祐樹の饒舌がむしろ嬉しかった。
祐樹の気分を害さないように細心の注意を払って言葉を考えることにする。
「……祐樹、気付いていないようだが……酔っている。そう言ってくれる気持ちは嬉しいのだけれども……出来れば素面の時にして欲しい。
ほら、柏木先生の時だって、厳粛な誓いの言葉の後に指輪の交換をしていただろう?
柏木先生が酔ったら、祐樹よりも遥かにぐでんぐでんになる人なので……、指輪の交換の時にアルコールが入っていたら花嫁さんの指に指輪を通すことすら難しかっただろう。
祐樹はそこまで酩酊しているとは毛頭思わないが、厳粛さは損なわれるような気がする」
柏木先生は祐樹が幹事を務めてくれた医局の慰安旅行の道後温泉に行った時に行きのバスの中で泥酔して祐樹が内心ウンザリしていたことも知っている。
柏木先生は元同級生の自分と帰国当初は距離感を測りかねていたような感じだった。旧態依然のヒエラルキー制度が息づく大学病院では元同級生だと言っても一応実績を買われて教授職として帰国した自分と一介の医局員という立場の違いは如何ともしがたいものが有って、その様子見といった感じだった。
自分は祐樹に再会するため、そして祐樹に潔く振られるためだけに大学病院に「凱旋帰国」しただけで、それ以外のことはどうでも良かったので全く気にしていなかった。
しかし、祐樹と一夜を共に出来て、しかもその次のデートまで誘って貰えて有頂天だった。
前提条件が狂ってしまったという目くるめく喜びは望外のモノで……、いつ死んでも良いと本気で思っていた。たった一つ怖かったのは祐樹の愛情が移ろってしまうことだったのだが。
しかし、祐樹はそんな自分に根気強く接してくれて、信じていなかった「不変の愛情」というものがあるのだと教えてくれた。
その過程で、祐樹は医局員どころか研修医だったのにも関わらず距離と関係を詰めてくれて本当に自分は幸せだと思っている。
柏木先生とも、祐樹との関係が確立した後に、おずおずといった感じで心の距離を詰め合ってその後は昔通りというか、時間が合った時で、かつ祐樹が夜勤で居ない夜に呑みに行く仲だった。
といっても柏木先生も優秀さを買って救急救命室に助っ人に入って貰っているので頻度はそれほどではないが。
このレストランのように豪華かつ格式ばった店などではなくて、大学時代にたまに行ったような定食屋とも居酒屋ともつかない店に行って昔に返ったように呑むのもそれなりに楽しい。
その時は陽気になる良い酔い方をしていたので、祐樹に手間暇をかけさせた道後温泉行きのバスの中では本人が言っていたように「マリッジブルー」だったのだろう、多分。
祐樹は長岡先生の財布紛失事件とか柏木先生の酔っ払いには散々振り回されたと言っていた。ああだこうだと文句はいうものの、祐樹の面倒見の良さは折り紙付きなので放っておかれなかったのだろう、幹事として。
自分はキビキビと指図したり柏木先生に水を差しだしていたりする祐樹を見ることが出来て楽しかったが。
それはともかく、酔っ払いの戯言が嫌いなハズの祐樹には効果的な言葉だろうなと考え付いた自分を褒めてやりたいと思った。
祐樹はきっと柏木先生の慰安旅行での酔っぱらった二の舞をすることには抵抗が有るに違いない。
柏木先生があんなに呑むことが出来たのも、長岡先生の婚約者がビールを箱ごと差し入れてくれたせいだった。
長岡先生という婚約者を内科医として成長させてくれという意味の他に自分が大学病院を去るような暁には「自分の病院に来て欲しい」という意図が込められているのは知っている。
しかし、日本で知らない人は居ないだろうと思しき私立病院の御曹司なだけに「先行投資ですよ」と鷹揚に笑って色々と便宜を図ってくれることは有り難く思っている。
「え?酔っていませんよ……」
想定通りの言葉が返って来て快哉を叫んだ、心の中で。
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「……本当は貴方の顔を見ていた方が精神も安らかというか……明鏡止水の境地になることが出来るのですが……」
最愛の人は薄紅色の唇に小さな笑みの花を浮かべている。
プライベートの時に熱烈に愛し合っている恋人同士という関係なので、顔を見ればキスを交わしたくなるし、あわよくば最後まで行ってしまおうという欲求が募ってしまうのはある意味当たり前だと思っている。
しかし、キチンとスーツを着ている時はオフィシャルモードなのでそういう気持ちは封印されて出て来ない。
しかも運転席にはレンフォードさんまで居るので尚更だ。日本語を全く解さないというのは分かっていたのでその点は気兼ねなく最愛の人と話すことが出来る。
イギリス・アメリカ人は大抵の国に行っても英語が通じるので異なる言語を学ぼうという気にはなれないらしいという典型の人なのだろう。
「私の顔などで、祐樹の精神の安寧が保たれるのならば好きなだけ見てくれて構わないのだが……」
「など」と本気で思っているのが何だか可笑しい。ただ、最愛の人の健気で真率な言葉はただでさえ快適な車内空間に小さく白い花が舞っているような錯覚を抱かせてくれる。
レンフォードさんに気付かれないように最愛の人の左手に指を絡めると、お返しとばかりに強く握ってきた。
隣り合って座っている関係上祐樹の右手を心地よく刺激される。
それに最愛の人はゴッドハンドとも称されている指の持ち主だ。触って貰うと何だかご利益がありそうだし。
最愛の人の薬指にはプラチナとダイヤが煌めいているのも素敵だった。
何も付けていない細く長い指は、いや、一目惚れしたのは手術用の手袋を着けていたけれども……それはともかく白魚が恥じらうような綺麗さだった。
その指にシンプルながらも慎ましく煌めくダイヤの良い意味での破壊力は凄まじい。
「だったら、半分ずつ見ます。こうして貴方と車に乗っていると、ごくごく僅かな緊張も春の淡雪のように溶けて行ってしまうような気が致します」
彼は切れ長の綺麗な目を瞠っている。
「緊張……。それは仕方のないことだけれども、適度な緊張は必要だ……。しかし、過度なモノは……」
上質の物だと一目で分かる肩の辺りの仕立ての良いネイビーのスーツに包まれた若干細い肩を竦めて薄紅色の唇も淡い笑みを浮かべている。
「いや、こういうアドバイスは釈迦に説法だろうな……」
ワイシャツもごくごく薄い水色なのは最愛の人にしては珍しいなと思ってみてしまう。
最愛の人は緑色が好きだと言っていたし、彼の端整で優し気な顔には良く似合っているので密かに気に入っている。
「……そのネクタイ、もしかして披露宴の時に締めていらしたモノですか?」
真っ白なシルクに蒼い縁取りが施してあることに気付いた。
そして、キチンとボタンを留めたジャケットからは見えないが、みぞおちの辺りには水滴を纏った蒼い薔薇が精緻にプリントされているネクタイを持っているのは知っていた。
「そうだ……。何だか縁起が良いような気がして。
ほら、蒼い薔薇は今の技術でも紫としか表現できないような色しか企業努力で生み出していないだろう?
それだけでも充分な成果だとは思うのだけれども……。
しかし、奇跡の蒼い薔薇の花のネクタイを締めていれば、気まぐれが過ぎると言われている医療の神様の目を惹き付けられるかも知れないと思って……」
無神論者の最愛の人がここまで考えてくれたことは素直に嬉しい。
神を信じていないのに医療の神は信じているというのは明らかに矛盾だが「例の地震」の時には祐樹自身も神様が憑いたように頭脳から伝達される手の動きが普段以上に早かったのも事実だ。
それに、亡くなっても全くおかしくない、いや、むしろ死亡する方が普通の緊急手術に見事に成功したのは人ならざる者の関与を祐樹に感じさせたのも事実だった。
「そうですか。そこまで考えて下さってとても嬉しいです。ちなみにポケットチーフは何色になさる御積りですか?」
今のところは類似色で纏めている最愛の人のスーツ姿だった。
祐樹の拙い知識によればバランスが良くて纏まりの有るイメージだ。
ただ、ポケットチーフというアクセントでかなり印象が変わるだろうなとは思った。
「少しくすんだ青色だな……。補色の方がレセプション会場には相応しいとか、ネクタイもシルバー系にした方が良いとか担当者がアドバイスしてくれたのだが、あくまでも主役は祐樹なので目立たないモノをと思って……」
あくまでも今回は引き立て役に徹する積もりらしい。
「そうですか……。その買い物にもお付き合いしたかったです……」
最愛の人が祐樹のレセプション会場で着る一式を見立ててくれたのだからお返しがしたかったのだが。
最愛の人は紅色の薔薇のような笑みを浮かべている、可笑し気に。
「祐樹にそんな時間はなかっただろう?清水病院長の病院で執刀医を務めたり、主治医を変更したにも関わらず元患者さんの容態を医局に確かめに来たりして……。
それはそうと清水病院長はどんな感じだった?『披露宴』で一言だけ挨拶しただけだから……」
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「貴方の場合は教授職ですからね。普通の他科の医師でもお辞儀をするか貴方が話し掛けた場合に限って一言二言会話する程度ですよね。
ですから遠くで見ているだけで告白はおろかバレンタインチョコも気後れして贈ることが出来ないだけです。
現に柏木先生の奥さんは貴方に淡い片思いをしていますよね?
彼女は貴方にとって夫の上司でもありますし何より既婚者なのでそれ以上の関係に進む気持ちはなさそうですが、手術室のナースなどには気を付けてください。
折角、こんなに綺麗にリフォームした指輪が有るのです。しかも、私の想いと母の想いがお呪いのように籠っています、きっと。
病院内でも付けて下さいね。きっと貴方を守ってくれますよ」
……お呪い……、自分は祈りだと考えていたが、この場合は同義だろう。
何だか祐樹と気持ちがシンクロしたようでとても驚いてしまった。
ただ、祐樹はそう言ってくれたが、多分杞憂だろう。
心配(?)してくれる気持ちは嬉しかったので手術室は例外として祐樹の目に触れる時には絶対にこの指輪を付けておこう。
手術室は言うまでもなく完全に消毒しなければならないので身に着けるのは手術着だけだ。その点は祐樹も知っている。
それよりも「呪いが廻る戦い」の映画版で主人公に憑いた呪いの、幼い頃に「大人になったら結婚しよう」と誓い合った女の子が事故死してしまって呪いへと変じた。
呪いというのは理性がなくていわば本能で行動するらしく、主人公のクラスメイトの女性が怪我を負って医学的ではないというか、作中世界で存在する怪我の治療をする時に激怒していた。
その指輪と同じデザインなので虫除けは祐樹の買い被りだろうけれども……国際公開手術の祈りの籠ったお呪いになるだろう。
デザートのチーズが運ばれて来てイギリスで好まれているチーズを頼んだ。
祐樹は特に好き嫌いのない人だけれども、チーズは癖があったり独特のカビの臭いで人によっては苦手な物が存在したりする。
レセプション会場で口に含んでしまってそういうのに当たったらまさか吐き出すような非礼な真似は出来ない。
「貴方も京都で祈っていて下さるのでしょう?」
祐樹の確信に満ちた口調と輝く眼差しが自分を包み込んでくれる。
まず、京都で祈るのではなくてオックスフォード大学で祈るという点が異なるのだけれども祐樹には内緒にしているのでそう思い込むのは尤もだ。
そして成功するだろうと考えているけれども、悲観的なせいで億が一の可能性を考えてしまっている。
しかし、祐樹にとっては「尊敬する外科医」としての自分に疑いを持たれたと思ってネガティブさが伝播することは避けたい。
自分などは所詮秀才タイプの外科医なので、数をこなしているだけの優位性しかない。
その点祐樹は天才型なので「尊敬」の対象に選ばれても対応に困ってしまうのだけれども……、祐樹がそう思ったり言ったりしてくれることは単純に嬉しい。
「祈るというか……、祐樹なら成功すると確信している、な。祐樹が成功する未来しか私には見えない」
悲観的な気持ちを目敏い祐樹に悟られないように頑張ってキッパリと言い切ったが、祐樹に見透かされているのではないかと思うと手に汗をかいてしまっている。
「成功する未来しか私は見たくない」というのが本音だったし。
自分が知っているチーズについての蘊蓄を祐樹に伝え終わった後に、ワゴンでケーキなどが運び込まれて来た。祐樹はさほど好きではないのであまり関心のない眼差しを向けていたが、自分にとっては何だか心が弾む。
経験則に基づいた自分の知識では料理の美味しいレストランはケーキも大層美味なので。案の定美味しいケーキを食べ終わって満足の吐息を漏らしてしまった。
「先ほどの指輪は試着と言うのが最適なのか分からないのですけれども、百貨店で着け心地を試した後、ずっと箱に入れていらっしゃったのですか?」
祐樹が穏やかで愛し気な笑みを浮かべているものの、質問の意図が分からない。
しかし、そもそもこの指輪は祐樹を通じてお母様から託された物で、リフォームしたとはいえ自分は単に預かっているだけのような気もした。
「そうだが……?」
試着はした。指輪は当然サイズが有るので。
そして、国際公開手術の時にはなまじ知識も経験もあるので手に汗を握って応援することになるだろうから、指輪がくるりと回ってしまうことは避けたかった。
お母様から託された立て爪では指や皮膚に傷を付けてしまうリスクがあった。
それはなくなっているのだけれども、丸いプラチナの中にダイヤモンドが埋め込まれているデザインだ。祐樹の手術の出来など、我を忘れて見ることになるだろうから指輪が回転してダイヤモンド部分に手の油分が付いて汚れてしまうのは避けたかったので。
「……結婚指輪を初めて指に通すのは、花婿の役割です。
貴方も柏木先生の結婚式でご覧になったでしょう?『では、指輪の交換を』とか牧師さんだか神父さんが言っていたのを貴方も覚えていらっしゃいますよね?」
話を総合すると、試着はともかく完成品に限って祐樹が指に付けてくれるらしい。
それはそれで大変嬉しいことなのだけれども、祐樹に悟られないように嘘を言ったり内心冷や冷やしたりして指も汗で濡れている。
祐樹に手指を触れられたら絶対に祐樹は気付くだろう。
どうすれば良い?とまるで走馬灯の勢いで頭を回転させた。
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