薩摩芋を買うために野菜売り場へと歩みを進めた。
「本当はカデナを付けて鍵もキチンと掛けるように出来ていますの。防犯のためらしいのですが。
しかし、掏りに遭うよりも引ったくり被害のリスクの方が高いと思いませんか……?」
可笑しそうに口角を上げている長岡先生の温かい笑みで先ほどまで落ちかけていた気分が上がった。
「確かにその通りですね。偽物ではなくて――最近ではスーパーコピーも良く出回っていると雑誌で読みました――本物だったらインターネットオークションに出品すれば財布を掏るよりも効率的に稼げますから……」
雑誌といってもビジネス雑誌で、それに書いてあった「ネットオークションの闇」という記事をパラパラと捲って得た知識だった。
「そうですわよね?それに最近はクレジットカードやスマートフォン決済が主流ですから、お財布にお金をそれほど入れていない人の方が多いと思いますの。掏りをご職業になさっている人は大変ですわね……」
長岡先生は祐樹のように自分を笑わそうと思って言っているわけでないと思う。
今だって病院で内田教授と話している時ほどではないが、ごくごく真剣な表情だった。
それにしても「掏りをご職業になさっている」という敬語は必要なのだろうか?
小説の中では「金持ちの財布しか掏らない」という義賊的な職人気質の人間も描かれているけれども、盗みを働くという点では変わらない。
「時代が変わると盗む物も変わってくるみたいですよ。昔は『追い剥ぎ』と言って下着以外の着物を剥いでいく犯罪者が居たらしいですが、今の世の中には居ないでしょう?着物は古着屋さんで高く売れたみたいです。
今は長岡先生みたいにシャネルのスーツを着ている人などは――貴女のお友達などにはたくさん居るでしょうが――稀で……。
祐樹が連れて行ってくれたのですが、ワンピースでも980円で買えるお店なども多くなっています」
ちなみに祐樹は本来の所属先である心臓外科の医局や病棟内では「貴方の威信に関わりますから」と百貨店で買ったスーツ姿だが、救急救命室に行く時にはТシャツとかポロシャツにデートに穿いていかないようなスラックスに途中で着替えている。
救急救命室の場合、入ったら着替える暇もなく直ぐに処置に掛からなければならない患者さんが搬送されている場合も有るからだ。
もちろん医療用の手袋など最小限の物は装着するが。
そういう野戦病院さながらの場合も自分は学生時代に経験している。勉強になると思って出入りしていた自分だったが、本当は違法なはずの医療行為を「人手が足りないから」という杉田師長の――今の姓だ――鶴の一声で縫合術とか骨折の整復術をさせて貰った。
もちろん医師免許取得前の自分がしたと露見すれば大変なことになる。
しかし、杉田師長は「ここでは私が法律よ」と言い放つだけの実力とカリスマ性の持ち主なので秘匿性は担保されていた。
祐樹は「そんな血飛沫が降り注ぐリスクのある場所にそれなりの値段の物は着て行けないです」とお日様のような輝く笑顔で言っていた。
血飛沫は交通事故などで体内出血をしている場合に身体を開くと勢い良く、しかも予期せぬ方向へと飛び散ることがあるので祐樹の判断は妥当だと思う。
「救急救命室用のシャツを買いに行きたいのです」と車に乗って連れて行って貰ったお店はТシャツがプライスダウンとかで578円という安さだった。確かにその値段ならば広範囲に血や体液が掛かった場合、捨てた方が安上がりだと祐樹の視野の広さに感心した覚えが有る。
店内はメンズとレディスだけでなく子供服とかカバンや靴まで売っているという品ぞろえの豊富さに驚いて店内を見回っているうちに980円のワンピースを見付けた。
女性物には疎い自分だけかも知れないがお洒落だと思った。
「まあ、980円のワンピースですの?それは本当にお安いですわね。でも、一回着たら破けたりボタンが飛んだりしないのですか?」
心の底から驚いたという感じに目を瞠っている。
「大丈夫なようですよ。祐樹は救急救命室に行く時にはそういう店で買ったシャツに着替えています。身体を開けると血飛沫が飛びかねない患者さんも多数搬送されて来ますので、その対応策として。
もちろん着替える時間的な余裕が有る時にはキチンと着替えると言っていました。
しかし、何度洗濯しても白いТシャツは縮みもせずに買った時と同じく白いままでした。血飛沫が少しだけ散っている物は漂白剤に漬けた後で洗濯機に入れていますが。
ああ、そのお店はこういうカゴに買うものを入れていき……」
野菜コーナーに着いたので、祐樹のために極上の品物を選んでカゴに入れようと最も大きなカゴを手に取った。
「セルフレジという場所に行くと、店員さんも居ないのです」
目を付けた南瓜を二つ手に取ってどちらが密度の高い物かを判断するために手の上に載せながら長岡先生と話していた。職業柄集中力の分割には自信がある。
「店員さんがいらっしゃらないのに、どうしてお会計が出来ますの?」
長岡先生は興味津々といった感じだった。まあ、自分も初めて祐樹に連れて行って貰った時には大変驚いたので気持ちは良く分かる。
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2023年07月
「お寺は仏教ですよ。基本的にはインドや中国経由で入って来たものです。要は外国由来の教えですね。ちなみに仏教は世界三大宗教の一つです。
神社は神道ですね。『古事記』や『日本書紀』に出て来る日本の神様を祀っています。
パッと見て分かるのは鳥居が正面に有るのが神社ですね」
祐樹がどう説明しようかと言葉を選んでいる――しかも今はたっぷりと毒を含んでしまう可能性が高いのでそれをどう薄めるかが問題だった――ここが医局の中だと頭をパコンパコンと叩きながら出来るが、病棟の廊下でそれは出来ないという「大人の事情」がある。
パワハラ医師とか陰で言われるのも祐樹的には避けたかったし。
祐樹の毒舌に慣れている久米先生なら平気だろうが、通りすがりのナースが小耳に挟んでウワサとして広まってしまうのが最悪だ。
そんなことを考えていたら黒木准教授が的確に説明してくれた。
「あ!なるほど!凄い勉強になりました。受験の時は世界史選択だったし、その上古文では『古事記』と『日本書紀』は省かれていますよね。
だから、全然馴染みがなくって。そういう点も俳句を学ぶことで補って行くことが出来ると良いと思います」
黒木准教授と話している久米先生は、出会った頃の優等生っぽい感じの受け答えをしている。
あの頃は最愛の人の手術を講義の空き時間を使って見に来ていた模範的な医学生だった。それが医局に入って天然ボケがクローズアップされたのは研修医として弄りキャラに徹した方が良いと冷静に判断していたのかも知れない。
祐樹は皆に愛されるキャラではなくて、最愛の人の盾となるべく医局のことにも辛辣で冷静な指摘をしてきたのでその反動というか、医局の中に欠けている者になろうと久米先生なりに考えた結果とも考えられる。
単に……優等生というメッキが剥がれただけかもしれないが。
「久米先生、私が国際公開……の術者に選ばれた理由分かっていますか?」
取り敢えず最も言いたいことを言おう。この廊下では誰が聞いているかも分からない。医師ではなくて暇に飽かせて遠征して来た他科に入院中の患者さんがペラペラと話す可能性だって否めない。
病院内で祐樹のことが大々的に喧伝されるのは国際公開手術を成功させた後のことだ。
それまでは医局とか救急救命室までで留めておかないとならない。
「え?優れた外科医だからじゃないですか……世界的に……」
憧れめいたキラキラしたつぶらな瞳が祐樹を見上げている。
……やはりメッキが剥がれただけで、そんなに深くは考えていないのかもしれない。
「それはそうなのですか、前提として外国人スタッフに英語で指示を出さないとならないのですよ?俳句も良いですが香川教授そして私に次ぐ気概が有るのでしたら英語を何とかしないと駄目ですよ……。
スタッフと人間関係を築くような円滑なコミュニケーションまで望みませんが、せめて手術室に入って指示をして、英語で返ってくる返事はキチンと聞き取らなければならないです。
久米先生は教授の手術スタッフを務めることが多いので香川教授にお願いして英語で指示を出して貰いましょうか?」
久米先生は雷に打たれたようにビクンと身体を逸らしている。
「うっ!!…………確かにそうですね…………。しかし、英語は苦手で………」
池をレイクと英訳していたくらいだから苦手なのは確かだろう。
「私に次ぐ外科医になるのでしょう?だったら英語は必須です。苦手だからと言って逃げるのですか?」
黒木准教授は普段以上に温和そうな笑みを浮かべて祐樹を見ている、励ますような眼差しで。
「逃げたらそこで試合終了ですよね……。頑張ります。教授には私がお願いしますので!!
田中先生はご自分のことをまず考えてください」
久米先生が元気一杯といった感じで医局のドアをスライドさせたら、力が強すぎたのか一回開けたドアが凄い勢いで戻って来て久米先生の身体を直撃した。
祐樹も驚いたのだけれども、隣にいた黒木准教授もそして医局の中に居た医師達も目を丸くしてその姿を見ていたり立ったまま固まったりしていた。
「いててっ!!」
ダイエットするする詐欺の久米先生の身体には贅肉がみっしりと付いている。
その贅肉が文字通りクッションになって痛覚を司る神経まで扉の衝撃が届かなかったのか、意外と平気そうな顔をしている。
その様子を見た医局中の全ての人間が笑い転げたのは言うまでもない。
「どこか殊更痛い部分などはないですか?」
渾身の精神力で笑いの衝動を抑えながらそう聞いてみた。
ちなみに黒木准教授も肉厚の肩を震わせて明後日の方向を向いているのは笑っていけないという理性が働いているのだろう。
「大丈夫です。酷くても打撲だと思います。骨折には至ってないと思われます。これから救急救命室勤務ですから、その時も痛かったら清水先生にでも頼んで湿布を貼って貰います!!」
スライド式のドアがあんなふうにバウンドして戻ってくるとは思いも寄らなかった。
ただ、久米先生がぶつかったと思しき部分はドアの一センチにも満たない縦線だ。
身体に青あざが出来るにしろ、面ではなくて線というのは大病院の御曹司らしく何事にも動じない清水研修医も驚くか笑うかのどちらかの反応を見せるかも知れない。
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今は、お父様はアルジェリアで、お母様は東京らしい。だから、詳しい状況は全く分からない。電話で話を聞くのが精一杯だ」
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「はい?」
無邪気な感じで首を傾げる長岡先生の動きに従ってダイヤモンドの一粒ペンダントが清浄な煌めきを放っている。いや、それは今、些細なことだし、自分にとっては祐樹がお母様から自分へと譲られた指輪の方がよほど大切だ。
「ステーキ肉の紙袋の上にその内科の専門書を置いたら肉汁が余計に出そうですよ。それに折角良い形と厚さにスライスされたのに、形が潰れてしまいます。
まずは専門書を入れて、その上に鏡を置いて……。ああ、私が入れます」
更に人口密度が高くなったデパートの食品売り場の道を延々と占拠しているのは他のお客様の迷惑だろう。
口で言うよりも自分がした方が絶対に早い。
長岡先生は祐樹と異なって言ったことを実行するまでのタイムラグが大きい。
絶望的な手先の不器用さのせいで小学校からエスカレーター式の大学の医学部の推薦を断られた彼女だ。ちなみに筆記試験だけのT京大学には入学しているし内科の内田教授が羨むほどの優秀な内科医だ。
いや、祐樹だったら自分が言わなくても重い物は下に置くという常識を知っている。
祐樹が学生時代から住んでいた部屋に何度か行ったし泊めて貰ったことも有った、祐樹が研修医時代の話だけれども。
その時に見た本棚は専門書などが下の段で文庫本は上にちゃんと置いてあった、多少は雑だったけれども。
いや雑というよりも読み込んでいる感じがして暖かみを感じた。
アメリカ時代には執刀してすっかり元気になった患者さんが「お礼」として自宅に招いてくれたことも有った。向こうの病院では断る方が非常識という慣習だったので。
自宅といってもビバリーヒルズにイギリスの貴族の館を再現した――祐樹が行くことになるロンドンにもそういう屋敷はたくさんあるはずだ――燦々と降り注ぐ太陽の光には些か違和感を覚えたがイギリスだったらきっと街並みとか日の光もそれほど強くないせいで街とか空間に調和して溶け込んでいるに違いない。
そういう重厚で歴史のある街並みやバッキンガム宮殿や英国国会議事堂の時計塔ビッグベンなどの建物を見ながら国際公開手術を成功させた祐樹と散策するのはどれほど嬉しいか分からない。
ただ、億が一の可能性を自分の悲観主義から引き寄せてしまったら……。
いやそのことは今考えるのは止めよう。
そういう貴族の館に相応しい革の本がとても綺麗な状態で整然かつ、ぎっしり詰まった図書室を通り抜けてダイニングに入った覚えが有った。
その中に含まれていた、とある本を話題にしたら「私は触ったこともありません。飾りですから、絵画と同じです」と返されて逆に驚いた記憶がある。
祐樹の本棚には実際に手に取って読んだ証拠だろう。医学書には付箋が整然と貼ってあったり、書き込みやアンダーラインが引いたりしてあった。
絵画が飾りというのはある意味当たり前なのでゴッホの「ひまわり」が壁に掛けてあったのは驚かなかった。
ちなみに複製ではなくてゴッホが描いた現物らしい。ゴッホの「ひまわり」は世界に六枚あって――本当は七枚だったが、第二次世界大戦の時に運悪くというか日本の実業家が持っていて空襲で焼けたらしい――そのうちの一枚はバブル期に日本の損害保険会社が53億で購入して欧米の顰蹙を買ったらしい。
東京に行った際に祐樹と見に行った。何しろ祐樹は太陽のような輝きで自分を惹きつけてやまない。そんな自分と向日性といって常に太陽の方を向く向日葵が似ているような気がしたので祐樹と見に行きたくなった。
アメリカで見た時には祐樹と両想いになれるとは夢にも思っていなかったためそこまでの思い入れはなかった。
祐樹が「あるマンガに書いてあった話ですが、この『ひまわり』の姉妹作に『よまわり』と言うのが有って……、実際の絵を見てみたら、『火の用心』と書いた提灯を持った和服を着た日本人と『ごっほ』というサインが書かれていて」と輝くような笑みで教えてくれた。コメディとかギャク――そこまでマンガに詳しくない――という分野なのだろう。ただ向日葵と「夜回り」を結びつける秀逸な笑いを取るセンスは素晴らしいと思って自分も声を立てて笑った記憶がある。
そんなことを想いながら手を機械的に動かして全てを収めた後にバックの口を締めて金色の金属部分を重ねて丸みを帯びた部分を回した。
正式な名前までは知らないが、道後温泉の医局の慰安旅行の時も長岡先生は大きさこそ異なったが同じバックを持って来ていて、キチンと仕舞い直した経験がある。
「まあ、私だったら絶対にフラップは閉まりませんのよ……流石は教授ですわね」
曲線美が美しいバックを手渡すと、感心したように自分を見上げる長岡先生の眼差しに尊敬の念のような煌めきが宿っている。
……多分入れ方が悪いのだろう。
「いえいえ、本来はトートバッグとして使うように作られたカバンらしいので閉めない方が正解なのかも知れませんね。
それに雑誌で読みましたが、そのバッグは今の世の中、用意された椅子に座って落ち着いた後にフラップを開けるという生活をなさっている人が持つためのバッグだ、と。
長岡先生もタクシーやこのデパートの上層階では椅子に座って店員さんが持って来た品物を吟味して買うか買わないかを決めるのでしょう?だったら開け閉めする時間の余裕は有りますよ、多分……」
最後の言葉を濁してしまったのは彼女がフラップを閉めているのを見たことがないからだった。
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「『柿食えば』の俳句の英訳を考えていたのですが、法隆寺ってカタカナ、いやローマ字表記で大丈夫なのですか?
でも、お寺は『しゅーらいん』ですよね?ホウリュウ・シューラインですか」
一瞬ここが病棟の廊下でなかったら思いっきり頭を叩いてハズレの西瓜のような音を立ててしまいそうになった。
しかもアクセントという概念を放棄したのか平坦な発音だった。
祐樹は平常心だと自己分析していたのだけれども、やはり国際公開手術の術者に選ばれたことで気持ちが揺らいでいるのだろう。
「……久米先生、お寺はテンプルですよ。シューラインは神社です」
黒木准教授も穏やかそうな顔に呆れたという感じの笑みを滲ませている。
……久米先生の英語力はお空の彼方に飛んで行ってしまっているのが良く分かった。
この病院の医師ならば、会話は苦手でも筆記は得意なのが普通だ。
最愛の人は祐樹がゲイバー「グレイス」で男性を口説いていると思い込んで衝動的にアメリカに行ってしまったという笑えない過去がある。
実際は男性が祐樹を口説いていて、祐樹は愛想笑いを多分浮かべていたと思うが、欲望発散には丁度いいかなという気持ちしか持っていなかった。
そして、その相手とは深い関係になったと記憶しているが顔も名前も全く覚えていない。
それはともかくアメリカに渡った後に、頭の中に入っていた大学や病院では普通の知識を会話に応用したと聞いている。
そういうことが可能だったのも卓越した頭脳の持ち主だからだろうと感心していた。
ベルリンでの国際公開手術の後の祝賀パーティの時に「彼もいずれこの台に上ります」的なことを言われて、最初は冗談だと思っていた。
最愛の人は言わば実践というか同僚との会話で英会話を学んだせいか、日本語では言うことが出来ない冗談も英語ではかなり上手い。
何かで読んだがアメリカ人は冗談ばかり言って相手を笑わせることを美徳としている国らしい。
日本では「冗談じゃない」という意味は「誰にもそんなことを言うな」とか「とんでもない」というマイナスの意味だ。
しかし、アメリカの場合裁判官だって法廷以外の場所で――いやもしかしたら祐樹が知らないだけで法廷でもジョークが飛び交っているのかもしれない――冗談を言っているらしい。
最愛の人に二人きりになった後で聞いたら本気も本気だとのことだったので、手技を磨くのと同時進行で英会話も必死で勉強した。
その結果日本人が頑張って英語を話しているという感じではなくてアメリカ在住の日系人だと周りの人に思われる程度に上達した。
大阪の人もNHKのニュースを観ていると思しき「例の地震」では最愛の人と祐樹の顔が良く映っていたせいもあって、褒美の休暇を貰ってJRも阪急電車も運行を中止している中、森技官の厚意で乗ったヘリで移動した第二の愛の巣とも言うべきホテル近辺のデートは「ローマの休日」ごっこだった。
常識的に考えれば京都に居るハズの自分達が大阪に居るわけはないと道行く人たちに判断されるだろうが、それでも念のために日本語は全く話せない日系人の真似をして非日常を楽しんだ。
外科医としての潜在能力はふんだんに持ち合わせていて、執刀医になる前には密かに脅威を感じていた久米先生がこんなに英語が駄目だったとは……。
いっそのこと、最愛の人に掛け合って医局や手術室で医師が使う言語を英語にして貰おうかとも思ってしまう。具体的な企業名は忘れてしまったが、社内では全て英語を使うという決まりにした会社も有るので理論上は不可能ではない。
ただ、執刀医を支えている道具出しの手術室ナースにまでそれを強いるのは酷な気がした。いや、道具の名前、しかも一単語のみが普通なのでもしかしたら大丈夫かも知れないが。
祐樹の手術の場合手の空いた時――医療ドラマの手術風景みたいに常に張りつめた空気が流れているわけではない――場を和ませる冗談を言っているので、その言葉まで英語に替えたら流石に分からないだろう。
祐樹の英語を聞いて笑っている医師達を見た後に場の空気を読んで無理やりに笑うような余計な負担は掛けたくない。
「そもそもお寺と神社ってどう違うのですかぁ?」
久米先生のポテっとした唇が不満そうに尖っている。
……そこからか?と唖然としてしまった。京都生まれ京都育ち、いや確か中学と高校は大阪の私立の男子校に通っていたとか聞いた覚えがある。
ただし、久米先生の成育歴に興味は全くないので、もしかしたら別の医師の経歴かも知れない。
とにかくお寺と神社が至る所にある場所に生まれ育った久米先生はその違いも分からずに良く今まで生きて来たなと思ってしまう。
まあ、当たり前過ぎて逆に無関心になっているのかも知れないが。
東京、浅草にある浅草寺も観光客は必ず行く有名なお寺だ。
ちなみに観光目的で訪れていなかった祐樹も最愛の人と一緒に下町情緒と共に楽しんだ。
しかし、東京都民はあまり行かないと聞いた覚えがある。そういうモノなのだろうか。
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