「大丈夫だ……。革の下には布地も縫い止めてあるので防寒性にも長けているので。完全な球体というのは……」
弾んだ声で丸い雪の玉を雪原で転がしている。その真剣な表情と健康的に染まった頬の紅色に見入ってしまいがちになる。
「それなら知っています。数学的・物理的というか概念的には存在していても、実際は作られない物ですよね……」
確かそうだったような気がする。祐樹も限りなく円球に近い雪の玉を手で作って雪の上を転がした。
大人になってからつくづく思い知ったのだけれども、遊びというのは真剣にすればするほど面白い。そのことを教えてくれたのは紛れもない最愛の人だった。
「そうだな。しかし、祐樹と一緒なら作れるような気がする……」
実践は不可能だろうが、とても楽しそうな笑みを浮かべて徐々に大きな円球に育てていっている最愛の人の雪の玉は本当に真の円球に近い形だった、少なくとも目で見る限り。
手先が恐ろしく器用な人というのは何をしても上手いなと感心しつつ祐樹も負けずに円球の全ての面に満遍なく雪を付けていく。
「ここが北海道でなくて良かったですね……」
きっとこの辺りの人は――調べた限り日本海側以外の内陸地では関西地方で最も雪深い場所だ――雪慣れしているのか人の行き来が全くない。もしかしたら社会問題になっている限界集落なのかも知れないなと思ってしまう。
限界集落というのは町や村の50%の住民が65歳以上という集落だ。そういう場所だったら雪の日には転倒リスクが高まるので出歩かない人が多いのも頷ける。高齢者の場合は骨折した後に一気に痴呆が進むケースが多いので転倒を恐れて出歩かないことも知っていた。
「え?北海道だったら何がマズいのだ?」
どうやら胴体部分というか、下の部分を作ろうとしているのか祐樹の転がすスピードよりも速いので大きさも全く異なっている。確か三対二の割合だったハズなので、最愛の人の雪玉の大きさに合わせるべく転がす速度を調節して大きくしていった。
「北海道はスキーに適したパウダースノーなのですけれども、水分が少ないので雪玉を作るには適していないらしいです」
作っているうちに祐樹も楽しくなってきた。
「ああ、なるほど。含有する水分が全く異なるのか……」
頬をより一層上気させて、薄紅色の唇から白い息を零す最愛の人が弾む声で応えてくれた。
「そうみたいですね。行ったことはないですけれども。だから北海道で雪だるまを作ろうと思ったら、まず水を撒いて雪を溶かした状態にしてから作るのだそうです」
興味深そうに聞いている真剣で楽しそうな表情に太陽の光が射している。積もった雪に光が乱反射して上からも下からも最愛の人に光が当たってと神秘的で神聖な雰囲気を醸し出していた。
「スキーは仕事を辞めるまでは無理だろうけれども、札幌の雪まつりには行ってみたいと思っている」
最愛の人の弾む声も積もった雪のせいで普段よりも更に小さく聞こえる。
「良いですね……。ライトアップされた雪の像はとても綺麗でしょうから。それに寒い中で食べるジャガバターは最高に美味しいと思いますよ」
話しながらお互いの白い球形を――物理的には存在しないとされる真なる円球に近い形だった――見比べた。
「この程度の大きさで充分でしょう。それ以上大きくなると頭の部分を載せる時に二人の力では不可能な重さになると思いますよ?」
動きを止めた最愛の人が目を瞠っている。
「ああ、そうか……。それは考えていなかった……。雪の玉を大きくするのがとても楽しくて……」
雪だるまの作り方はネットで調べていたらしい――それほど楽しみにしていてくれたのは大変嬉しいけれど――彼だったが、実践という意味では祐樹に分があったようだった。
祐樹の育った町は滅多に雪は積もらないけれども数年に一度は30センチほどの積雪はあった。だからそういう時には雪だるまも当然作っていた。
「その大きさで止めてください。私のを近づけますので……」
最愛の人が花のような笑みを浮かべて祐樹の円球を見詰めている。雪玉を転がしながら徐々に彼のしなやかな肢体の方へと近づいた。
「作り方は予習をしたのだけれども、実際に作るとなるとより一層楽しいな」
祐樹の円球と顔を交互に熱のこもった眼差しで見ながら感想を紡ぐ彼の唇が一刷毛の紅色を塗り足したように煌めいている。
「そうですね。それにしてもこれだけ完全な円球を作る人を初めて見ました、よ?」
心の底から感嘆の溜め息を漏らすと、最愛の人が照れたような笑みを浮かべている。
「真なる円球は接地面の重量が0になるハズだけれども、そうはならなかったのが残念だ」
悪戯っぽい笑みを浮かべた彼の言葉はきっと冗談のハズだ、多分。祐樹も釣られて笑ってしまった。
「私の作った円球の方が小さいので、二人で持ち上げましょう」
真剣な眼差しで頷いている最愛の人が祐樹の傍に歩み寄って来た。そして真正面に立って祐樹の円球の下部を手で持ってくれた。
「いっせいのー!と合図したら、貴方がわざわざ作って下さった平面部に載せましょう」
祐樹の言葉に了解といった感じで唇に緩い笑みを浮かべている。
「いっせいのー!」
予想していた以上に重かったものの、二人で何とか持ち上げて完成させた。
「あ、祐樹少し待っていてくれ……」
見事な円球の雪だるまを完成させた喜びのキスを交わそうとしたら、彼がひらりと身体を翻してその場を歩み去って行く。一体何を待つのだろうか?
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2023年04月
「少し待っていて欲しい」
何だか祐樹の前から逃げるような感じで執務デスクの方へと歩み去った。
何だろう?この違和感の正体はと思っても何だか彼の雰囲気が出会った頃を彷彿とさせる冷たい硬質さに満ちていた。まあ、基本的に祐樹に対しては隠し事を全くしない人なので、話しても良いと判断したらきっと種明かしをしてくれる、と思いたい。
PCのキーボードを素早く叩く音だけが執務室に響いている。
「ああ、やはりだ。ノルウェーでは現在の国王のお父様が崩御なさった。そのために急遽来日出来なかったということにしてはどうだろう?それで私に相談したら私が行きたいということになったということにすればどうだろうか?」
何だか話題を逸らす感じで言われた。祐樹も――実際には口実に使ったことなどなかったけれども叔父さんとか叔母さんとかを勝手に殺して会社を休む口実に使ったとかいうマンガを読んだ――死亡を口実にして予定変更という線は考えていたけれども、最愛の人の方がより説得力とリアリティのあるアイデアなのは間違いない。
「ノルウェーって王族が居たのですね?知らなかったです。ちなみにその国の王族が実際に外科医なのですか?」
ここは敢えて、最愛の人が望むような形で話題を展開しようと咄嗟に判断した。
「ほとんどの国で王族は建築家や法律家そして医師くらいしか職業として認められない不文律が有るみたいだな。
それ以外は『趣味』として扱われる。知人の医師がそう言っていた。山科さんに先にお礼を言っておいた方が良いのだろうか?」
山科さん本人は至って気さくな感じの人物に見えたけれども、久米先生情報によると京都に残った公家としての矜持みたいなものを内に秘めている人かも知れない。
ちなみに祐樹の大学受験レベルの日本史の知識だとそういうお家柄の人は明治天皇と共に東京へ転居したと思い込んでいたので。そういう人が居るとは思っていなかった。
「そうですね。もともとは香川教授への『寸志』の代わりとして私がお願いしたのですから」
すらりと立ち上がって皺ひとつない白衣を纏う最愛の人はこれから病棟に向かうらしい。
「まだ時間が有りますので、私も一緒に礼を述べに行きます……」
本来ならば夕飯を適当に食べてから救急救命室に行く予定だったけれども、山科さんに最愛の人がどう話すのか聞いておく必要が有った。
ノルウェーに王族が居たことも受験で地理を選択していなかった祐樹は知らなかったし。後で話の辻褄が合わなくなったら困るのも事実だった。嘘を吐く時はバレないように細心の注意を払わないと、露見した場合にこちらへの信頼度も下がってしまうので。
夕焼けの光を浴びた最愛の人の――肩を並べて歩きたいのが本音だったけれども、教授執務階では多くの人の目が有るので無理だ――若干華奢な背中を三歩下がって付いていく。
「香川教授、お先に失礼します」
廊下で声を掛けて来る人たちは皆友好的な笑みと言葉遣いで内心驚いた。
以前は何だか遠巻きにされている感じだったのでこんなふうに向こうから言葉を掛けて来た覚えはない。それがこんなにも異なっている状況になったのは最愛の人の努力の結晶だろう、多分。
返事をしている彼も唇に淡い笑みを浮かべて「お疲れ様です」と言っている。しかも教授だけではなく秘書まで固有名詞で呼んでいた。そういう隠れた努力の成果を見ることが出来ただけでも執務室に来た甲斐があったとしみじみ思った。
「山科さん、お加減は如何ですか?」
ノックをした後に二人で入室すると入院する時に秘書だと紹介された女性が深々と頭を下げている。ベッドの上の山科さんも驚いたような表情を浮かべていた。
主治医の祐樹はともかく教授職の彼と二人して病室を訪ねて来たせいだろう。
「お陰様で上々ですけれども、何か……?」
不安そうな表情をしているのは多分、悪い知らせを――例えば手術に耐える体力がないとか――教授が告げに来たのだと思っているのだろう。
「先ほど田中がお約束した件なのですけれど、同行する人間が替わっても構わないのでしょうか?」
山科さんが視線と表情で秘書に退室を促した。秘書さんが一礼して部屋を出て行き、個室に三人だけになった。
「それは構いませんが……具体的にお話を伺っても?」
便宜を図ってくれるのは山科さんなので説明する義務が有るだろう。
「実は某王族の来日が急にキャンセルになりまして。親戚でもある現国王のお父様でもある元国王が――日本で言うと上皇陛下ということになりますね――崩御されたとかで」
最愛の人は白々しい顔で真っ赤な嘘を吐いている。普段は祐樹が嘘を吐いているのを黙って見守っていることが圧倒的に多かったので何だか新鮮な気がした。
「え、それはノルウ……」
ベッドの横に背筋を伸ばして佇んでいる最愛の人は細く長い指を薄紅色の唇と垂直に立てている。「口に出すな」というジェスチャーだ。
病室のテレビで報道でもされたか、それとも皇室情報と共に各国の王室事情にも精通しているのかは分からないけれども、そんな遠い国の元国王の死亡まで把握しているのならば、下手に祐樹が口から出任せの嘘を言わなくて良かったと心の底から安堵した。
「それはご想像にお任せ致します。とにかく国葬に出席しないといけない立場の人間ですので。急に田中に侍従職の人から連絡が来まして……。
しかし、山科さんのご厚意も無碍には出来ないですよね。ですから私が代わりに参っても良いでしょうか?」
山科さんは納得した感じで頷いている。教授職がわざわざ部屋にアポもなしで訪れた理由が分かったのだろう。
「香川教授がですか?それは勿論構わないと申しますか、むしろ光栄ですけれども、教授も桂離宮や大宮御所にご興味がお有りだったのでしょうか?」
嬉々とした感じの表情だったけれども、何だか探るような口調だった。この返事で下手なことは言えないだろうなと直感的に思った。知識の宮殿のような人だけれども、山科さんが納得出来る答えを返すことが出来るのだろうか?
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「祐樹さえ良ければ車の方が良いな……。JRで祐樹と二人で乗ると必ず『あっ』という表情をされて見られ続けることも多いので」
ただでさえ人目を集める整った容姿な上に「例の地震」関連でマスメディアにこれまで以上に露出したこともあり、世間的な認知度も高まった。
京都の人は何だか気付いても気付かないフリをしてくれる人が多い印象だったけれども、大阪の人はこちらが知らない人でも声を掛けて来る人が多い印象だ。
そういうのが煩わしいのと、あとプライベートは二人で居たいという心境の現れなのだろう。
「分かりました。貴方が望むなら車にしましょう。私も二人きりの時に見知らぬ他人に声を掛けられたくないですから」
キスを終えて最愛の人の薄紅色のやや薄い唇を手で拭った。
「祐樹は人の目を強く惹くので、気付かれやすいだろう?」
玄関のドアを開けて外に出ている最愛の人が極上の微笑みを浮かべて祐樹を振り返った。
……容姿に無頓着なのは以前のままだと思うと可笑しかった。頭では彼自身も整った容姿をしていて、人目を惹くということをやっと自覚してくれたようだが、なかなか実感として抱けないらしい。
「貴方と二人で居ると相乗効果で人の目を集めてしまうのは確かですね」
カシミヤの薄茶色のコートを纏った最愛の人はハッと気づいた感じの表情を浮かべている。
その無垢で初々しい驚きの表情も魅惑的だった。
「そうか……。そうだったな。あまり私は自分のことに興味を持たないのですっかり忘れていた……」
自分大好き人間というか、己の容姿が人よりも整っていることを鼻にかけて振る舞う人よりもよほど好ましいとは思うものの、これだけ整った容姿を持っているのにまだ無自覚なのかと思うと何だか可笑しい。
「土曜日、楽しみですね」
それだけ言ってマンションの外に出た。
一年中で最も寒い二月がやっと過ぎたというのにまだ寒くて三月とは思えない。外気温をテレビで知って最愛の人と祐樹もコートと手袋姿だった。祐樹の肌感覚では三月になるとコートとか手袋は不要になる月だとずっと思っていたのだけれども最近の気候は何だか極端だ。
寒風が吹き付けて来る中を二人並んで歩いた。
「通勤が車ではないので、休日にドライブが出来るのも嬉しいです。あまり乗らないと自動車も可哀想ですし……」
暗に車で出掛けると言った最愛の人の気持ちを安んずる言葉を告げた。
「このホテルの全てのレストランなどではイチゴフェア開催中か……」
弾んだ声が貴族の館のような重厚な感じのするホテルの一階部分に華やぎを添えている。
「もうそんな季節なのですね。あ、クラブフロア階に宿泊予定なのですが」
最愛の人に気付かれないように紙袋はなるべく隠しながら通りかかったホテルスタッフに告げた。
クラブラウンジでチェックインが可能なので、フロントに並ぶ必要はない。
スタッフさんは丁重な挨拶の後に紙袋を捧げ持つように祐樹から受け取るとエレベーターの中に乗り込んでロックを解除してくれた。
普通のフロアに泊まるゲストは足を踏み入れることが出来ない点も気に入っている。二人きりの時、特に「恋人」として過ごすプライベートな時間は人の目に触れたくないので。
「タワーマンションが最近の流行りらしいな……」
ふと思いついたような感じで最愛の人が祐樹に話し掛けたのはスタッフさんが丁重な仕草で34階のパネルを押したせいだろう。そしてそのスタッフさんが持っている紙袋に気付かれないように祐樹はそのスタッフさんと最愛の人の間にさり気なく立って言葉を返した。
「お金持ちとは思えないような人もタワマンを買っていくらしいですね。どこかで聞いたのですけれども、ジャージ姿の若者がいきなり来て即金でタワマンの最上階をポンと買ったとか。どういった職業なのでしょうか……?」
若者も二極分化が進んでいると聞いた。お金持ちと貧困層という、困った二極分化が。
「そんな現金が入るのはYouTubeで動画を配信している人だろうか?」
あやふやな感じで薄紅色の唇が動いている。最愛の人は祐樹以上に若者層との会話がないせいだろう。何しろ患者さんはどちらかと言うと老年層だし、ナースや研修医と親しく口をきくこともない人だ。
「YouTubeで動画を配信している人は奇抜な髪色とか、恰好もブランドが一目で分かるような服を着ていることが多いですよね?そう言った感じでもなかったようですよ」
YouTubeは最愛の人がそんなに観ているとは聞いていない。祐樹は救急救命室の凪の時間にたまに観るけれども、ミスタードーナツのエンゼルフレンチのような髪色の人とか明度の高い茶色の髪の人などが多い印象だ。そしてチャージ姿で画面に出て来る若者も知る限りではいなかった。
「だったら株取引とかFXで儲けた人かな?」
そういえば「億り人」とか言って億単位のお金を手中に収めた人が世の中にはいるらしい。
「そんなに儲かるのですか?FX……」
祐樹は今の職業に充分満足しているので副業などには一切興味はない。ただ、最愛の人の注意をスタッフさんに向けたくないだけだった。
「FXは証券会社から借金をしてレバレッジを確か25倍まで掛けることが出来るので、上手くすれば一攫千金を狙えるけれども、下手をすると金融資産が溶けてしまって、他に資産がない場合だと自己破産の憂き目に遭うな……」
ハイリスクハイリターンというわけかと思ってしまう。
「その若者もそう言った物で儲けたのでしょうかね。ただ、ずっと勝ち続けないといけない世界は厳しそうですね……。それに予期しないような天災とか戦争などが有れば資産も吹っ飛ぶでしょうし……。
それはそうと、貴方はタワマンの最上階に住みたいのですか?」
特に食いつきたい話題ではなかったものの、スタッフさんが持っている紙袋から最愛の人の注意を逸らしたい一心で言葉を続けた。
「いや、特にそうは思わないな。何だかマンションの中で全てが完結するだろう?タワーマンションは。仕事以外で部屋を出る必要がなくなると、何だか健康にも悪そうだし」
音もなく上昇する箱も木と鏡で重厚感とシックな感じを醸し出している。
「そうですね。このホテルのクラブフロア階にたまに泊まりに来る程度で充分ですよね。下手に高層階などに住むと非常時にも困ると思いますし。そう言えば……」
最愛の人の視線がスタッフさんに注がれないように視線を固定して話を続けた。
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すみません!!予約投稿の時間設定をして食事に出かけたのですが、バグったのか投稿出来ていませんでした(泣)
更新遅くなって申し訳ないです。読者様も良いGWを!!
こうやま みか拝
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「先に雪だるまを作ってみたいな……」
雲の切れ目から天使の梯子と呼ばれている陽光が射して雪を煌めかせている。
その煌めきよりも鮮やかでそして楽しそうな声だった。
「分かりました。では先にそちらを作ってから雪合戦をしましょうか。雪だるまが見守ってくれる中で雪玉をぶつけ合って遊ぶ方が如何にも雪遊びという感じで良いですからね」
祐樹の腕の中からしなやかな肢体が離れて行くのが何となく心残りで手首を優しく掴んで一緒に立ち上がった。その後に唇をゆっくりと花のような唇へと近づけていく。待ち受けるような笑みと瞳を閉じた最愛の人は雪の中に咲く赤い椿の花の風情だった。
唇の表面だけを触れ合わせる軽く触れ合わせた接吻もこういう雪の欠片が煌めく中で交わしていると普段のキスとは異なった感じで……胸が締め付けられるような不思議な高揚感を感じた。
それは最愛の人も同じだったようで唇を離すと鮮やかに染まった頬が健康的な色香を纏っていて普段以上に綺麗だった。
「……祐樹……。雪だるま、大きい玉と小さい玉を作るのだろう?大きい方を作って良いか?」
弾んだ声にも微かに艶っぽさが混ざっていて、此処でしか味わえない風情だった。
一面の雪原に二人きりという状況は二人が付き合って初めてのことだった。
「え?雪だるまの作り方はご存知なのですか?」
京都市内で生まれ育った人だし、数センチの積雪がせいぜいだっただろうと意外に思った。アメリカ時代も死ぬほど寒いし雪も積もるニューヨークではなくロサンジェルスに居たと聞いている。
また最愛の人の元来の性格からして積極的に雪と戯れた過去が有ったようにも思えない。
つい、まじまじと顔を見てしまう。彼は伏し目がちだったものの薄紅色の唇が笑みの花を咲かせている、少しだけ恥ずかしそうなニュアンスを纏って。
「実は楽しみでならなくて……インターネットで調べてみた。ボウルを使って簡単に作る方法もあるみたいだけれども、小さい雪の玉を徐々に大きくしていく方が雪遊びの醍醐味だろうと思ってキッチンからは持ち出して来なかったのだけれども……」
先ほどまで二人で包まっていた藁といい、料理に使っている物を持って来ようかどうしようか悩んだことなどからも最愛の人がどれだけ楽しみにしていたのか分かって、心の中は春の陽だまりの中にいる気分だった。
「この辺りは冬の間は単なる雪原ですけれど雪が溶けたら田圃として使われるそうです。だから藁の始末とかはあの納屋めいた所に束ねて置いておいても大丈夫でしょうね。きっと」
整った眉を寄せて二人が座っていた藁を見ている人にそう声を掛けた。
「そうか……まさか持って帰るわけにもいかないので、どうしようかと思っていた。この雪の中、燃やそうにも燃えないだろうし……」
安堵の響きが弾んだ声に混じっている。
「ライターは一応持っていますけれども、濡れた藁に火は点かないでしょう。油分でもない限りは……。こうして束ねて立てかけて置けば然るべき方法で処分して下さるでしょう。それより雪の玉は完全な球体にしないといけないですよ」
最愛の人は唇には笑みを眼差しには真剣な光を湛えて頷いている。
「あ、祐樹一旦車に戻っても良いか?」
もしかしたら寒かったのかもと思ったのだけれども何だか手品の種明かしをするような得意げな笑みを浮かべているので大丈夫だろう。
「良いですよ。その革の手袋の上に私の手袋を重ねてつけた方が良さそうですし……」
藁を納屋めいた建物に束ねて立て掛けているとその作業を手伝ってくれる。祐樹がクリスマスにプレゼントした手袋と同じ値段だろう、割と値が張る手袋なので率先して濡れた部分は祐樹が担当した。
「二人で農作業をするのも楽しそうですよね。停年後のクリニックのプライベートエリアには畑を作って農作物でも作りませんか?」
具体的な未来予想図を――それが実現可能かどうかは分からない。というか、最愛の人レベルになると医学会の重鎮としての名誉職だったり講演会だったりがあるだろうから完全に田舎でセミリタイヤというわけには行かないだろうと少なくとも祐樹は予想している――口にすれば彼が喜ぶことは分かっていた。
ただし、農作業を祐樹一人でしろと言われたら「絶対に無理」と考えるまでもなく拒否するだろうが、最愛の人との作業はどんなものでも楽しいだろう。
「そうだな……。西瓜は無理そうだけれども、茄子や胡瓜やトマトなどは是非作ってみたい……」
より一層明るく弾んだ声が天使の梯子を伝って下りてくる日光と共に煌めいている感じだった。ドアロックをボタンで解除したら、いそいそと車の中に入って小ぶりのカバンを取り出している。
てっきり手袋とかそういった防寒具を用意して来たのかと思って、眼差しで開けても良いかと聞いたら悪戯っぽい表情でマフラーに包まれた首を横に振っていて不審に思った。
「この手袋も使ってくださいね」
祐樹も手袋をはめた。最愛の人よりは価値は劣るだろうけれども、祐樹だって外科医の端くれなので手を痛めてはならないことくらいは弁えている。
「祐樹、有難う……」
いかにも実用一点張りといった感じの手袋をしても指の長さはハッキリと分かる。
「いえいえ。ちなみに革の手袋は内部に水分が浸透しない造りになっているのでしょうね?『しもやけ』でもこさえてしまったらそれこそ大変です」
最愛の人も一応気を遣っていることは体験上知っていた。知っていたけれどもここまで無垢で無邪気な表情を浮かべて雪の玉作りに勤しんでいるので心配になってしまう。
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それはともかくとして最愛の人が山科さんの紹介を手術が終わってからという条件を出したかというと「桂離宮・大宮御所VIP待遇宿泊」の件を――可能性は低いがゼロではない――山科さんから聞いて「自分も行きたい」と斎藤病院長なら言い出しかねない。
何しろヨーロッパの「王族」とか日本の皇族の方が宮内庁の意見を跳ね返すほど熱望された場合には宿泊出来るような特別かつ格別な場所なので、権威や権力が大好きな斎藤病院長の琴線に触れかねない。
特に大宮御所は二人が訪れると知ったら万難を排しても付いて来る可能性すらある。
病院長室で対峙する分ことにはもう慣れたけれども、そして二人の真の関係を知っている数少ない病院関係者でもあるので「普通」ならば付いて来ようとはしないだろうけれども「皇族・王族扱い」をされる機会だと分かれば「面の皮が厚い腹黒タヌキ」とあだ名されている斎藤病院長だけに油断は出来ない。
最愛の人は滅多に参加しないけれども舞妓さんや芸子さんを侍らせてお茶屋遊びも大好きな斎藤病院長だけに「大宮御所に泊まったことがある」という体験談を鼻高々に話している様子は目に見えるようだった。
それはそうと、最愛の人がそこまで想定した上で「手術が終わってから退院する日までに知らせよう」と言ってくれた点はとても嬉しかった。
そういう細々としたことを考えるのは祐樹の役割で、最愛の人は祐樹のプランに嬉々として付いて来るという関係性だった。それなのに、祐樹と二人で過ごすために斎藤病院長に知らせるタイミングを遅らせるという祐樹が思いつきそうなことを先に口にしてくれた。
最愛の人も祐樹と付き合ってから随分と良い変化を遂げたなと良い意味で感慨深い。
次期病院長選挙に出馬すると決める前は卓越した手技だけで周囲を黙らせてしまう人だったけれども、決意後は色々な人の気持ちや性格を考えて「上手な人付き合い」とか「円滑なコミュニケーション」を心掛けていることは知っていたけれども、今回の発案はその努力が見事に開花したという感じだった。
「貴方がそういうふうに考えられるようになったのは喜ばしいことですけれど、何だか私の役割が減ったような複雑な気持ちです……」
恋人同士の仲で――サプライズ的な物は例外だ――隠し事は出来れば避けたいので心情を吐露した。
「いや、今まで祐樹に甘えてばかりいただろう?それでは対等の関係にはなれないのではないかと密かに反省していた。
これからは祐樹と二人で良いアイデアを出し合ってより一層素晴らしい物にしていけたらと願っている」
柔らかく微笑む顔も大輪の真っ白な花の趣きだった。
「久米先生が山科さんについて詳しいことを話してくれたのは、貴方の選挙対策でもあります。次期病院長選挙対策を医局が率先してしていますよね。その関係上斎藤病院長には売れる恩なら出来るだけ高値で売っておけと久米先生も言っていました。斎藤病院長が私達の行った後に桂離宮や大宮御所に行ったり泊まったり出来るかは病院長次第でしょうね……。
それこそ知ったことではないのでどうでも良いですけれど。デートの邪魔さえしなければ」
最愛の人が笑みの花を極上の鮮やかさで咲かせている。その表情を見ただけで一日の疲れが吹っ飛ぶような破壊力だった、勿論良い意味で。
「久米先生は確か大阪の高校を出ているので、発想が大阪人っぽいな……」
そういえばそうかもしれない。まあ、名だたる進学校――ちなみに男子校で女っ気はまるでなかったから三次元の女性に対する免疫が皆無で脳外科のアクアマリン姫が初めて付き合う相手だ――だったらしいので「大阪の商人」という感じは全くしないのだけれども。
「病院長には手術が終わった後に判明したことにして私から報告しておく。もう一点の相談事というのは祐樹と一緒に桂離宮や大宮御所に行くのが王族ではなくて私だという点が山科さんに露見した場合、色々と話の辻褄が合わなくなってくることだろう?」
これまでの話の流れで完全に納得したのだろう。最愛の人がウエッジウッドのコーヒーカップをソーサーに置いて座り直した。
「そうなのです。元々は香川教授への『寸志』代わりだとしたら安いものだと仰っていました。ですから、その王族が急遽来日出来なくなって、かねてより行きたかった貴方に交代を頼んだという話の流れで行こうかと思っています。
その『急遽来日が出来なくなった』という理由をそれらしくでっち上げたいのですけれど……」
祐樹は王族兼外科医と面識もないけれど、最愛の人とは知り合いらしい。祐樹レベルが思いつくのは定番でもある、親戚の誰かが亡くなった程度だけれども王族に知人の居る最愛の人はさらに細部まで思いつくだろうから。
その人脈の広さを考えると、流石は国際公開手術の執刀者という世界の外科医にとって憧れの場所に立ったことがある人は違うのだなと思ってしまう。
ただ、国際公開手術の場合は「術者に選ばれなかった」医師達の妬みややっかみも酷いので、手技中でも「何故この術式でする?オレはこちらの術式の方がより洗練されていると考えるけれど、この術式の根拠は何だ?」とかの質問がバンバン飛んで来る。祐樹も最愛の人のことが心配で休暇をもぎ取ってまで行ったベルリンでそんな熱気に満ちた空気を知っている。
そういったある意味意地の悪い質問にも的確かつ冗談を交えて答えながらも手技を進めないといけないし、応答が的外れだった場合は会場からはブーイングとかヤジの飛び交う中で指先はあくまで正確に動かさないといけない。
最悪の場合、手術が失敗に終わったら少なくとも世界の外科医からは「負け犬」の烙印を押される。
逆に見事成功を果たしたらその名声は不動の物になるというシビアな世界だ。
そういう外科医としての修羅場を経験した彼と未だしていない祐樹とでは天と地ほどの差がある。
その差を埋めるべく頑張っているのだけれども己の未熟さと彼の偉大さを身に染みて分かる毎日だ。
「祐樹は某王族としか言っていないのだろう?具体的な国の名前は出していないような口ぶりだった……」
そもそも王族のことはそこまで知らないので嘘は真実を混ぜた方がそれらしく聞こえるというセオリーすら守っていない。未知の世界なので話しようがなかったというのが正確なところだ。
「はい。そもそも王族のことなど全く知らないので。イギリスには王族がいらっしゃる程度の認識です……?」
イギリスと言った時に最愛の人の表情が不自然に強張ったような気がする。気のせいだろうか?
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