「そうですね。病院長になった後も、指名があれば執刀出来るようにはしたいです。
院内政治に関しては内田教授が既に赫々とした成果を上げて下さっていますし、その上、田中先生も私よりずっとその辺りは上手に出来ると確信しています。
私はそういうことに向いていない自覚は有りますので、出来ることは致しますが手に余る部分は皆さんに相談したり全権委任をして任せたりしたいと思っています」
祐樹がやっと驚愕から覚めた様子で、真摯な眼差しで自分を見ていた。
「別に病院長が執刀してはいけないという決まりはないですよね、明文化された院内規則では。
違いましたっけ?内田教授」
自分がついつい読んで丸暗記している――そしてそのことは祐樹も知っている――院内規則の細部を敢えて内田教授に振ることで「第三者」の客観的な意見を聞くという冷静さを取り戻したようだった。そして、自分の記憶でも確かにそんなことは書いていなかったな……と頭を幸せな鐘が鳴るような気分になった。
「明文化された文はないですね、確かに。暗黙の了解は有りましたが、そんなモノは院内改革をする上で何とでもなりますし、しかも香川教授は執刀をお望みなのでしょう?」
内田教授が確認するように聞いて来た。そして桜木先生は「我が意を得たり」といった感じの不敵な笑みを浮かべていたのが印象的だった。
「そんなバカげた暗黙の了解なんて吹っ飛ばしてしまったら良いんだよ。
どうせ、あっちのお偉いさん達は、もっと上を目指しているんだろ?大学病院を踏み台にしてさ。
だからあんなに総理大臣に媚びを売っているんだろ?
その『踏み台』にされて堪るかって思う。
で『サイレン党』じゃなかったら、どんな名前が良いと思う?」
桜木先生は、見かけの無頓着さとは裏腹に――いい加減で大雑把な性格だったら、悪性新生物の何時間にも及ぶ手術の執刀なんて出来ないだろうが――細部に拘るタイプのようだった。
「『香川教授を病院長にする党』とかはダメですかね?」
祐樹を始めとして、医師にも文学的センスを持っている人は多いが、内田教授はどうやら違うらしい。ストレート過ぎる命名につい笑いがこみ上げて来て笑ってしまった。
その様子を一際輝く眼差しで祐樹が見ているのが分かって視線を絡ませ合った。
ただ、祐樹の眼差しの成分に「驚き」も入っているのは何故だろうなと楽しく思考を巡らせてしまったが。
「『うどん党』とかはダメですよね……やっぱり……」
久米先生が岡田看護師に背中を叩かれていた。
「は?久米先生の頭の中を一回割ってみたいと思うぞ?医学以外は食べ物と、ああオタク趣味も含有されているか……取り敢えずさ、食い物ネタは却下だ。
しかし、何でウドンなんだよ?この会場にもウドンなんて出されてないしさ」
柏木先生が酔いの回った口調で絡んでいた。
ちなみに、祐樹と良く行く大阪のホテルではルームサービスの「煮込みうどん」も、そしてクラブラウンジで出されるお蕎麦もとても美味しい。また食べたいな……と薔薇色の泡が弾けている心の中で思ってしまった。
「あのう、そういう単純な名前とか止めて貰えませんか?
久米先生の場合は、食い気と、そして県の名前が教授と同じだからという物凄くシンプルな図式しか描けていないのは良く分かりましたが」
祐樹がバカにし切ったような口調で言い切った後に口角を魅惑的に上げている。
その皮肉な笑みの形は祐樹にしか出来ない独特の魅力に溢れていたものの、自分に向けられると嫌だなと思う類いのモノだった。
ああ、そう言えば自分の名字も――先祖が香川県出身かどうかとかまでは聞いた覚えがない――県の名前でもあるし、確かにうどんが有名だった。久米先生が安易に結びつけるのも何となく分かる。というか、あまり余計なことを考えたくない自分としては別に「うどん党」でも「蕎麦党」でも良いような気がしたが、この場に居る全員が呆れたような失笑を浮かべているので、黙っていることにした。
それに食べ物の名前とかだと「日本酒党」か「ワイン党」か?みたいな会話を教授会の後の呑み会で――必要最低限しか出席していなかったが――談笑というか軽い討論のようなモノも行われているので避けた方が無難だろうし。
「『破壊の後の力強い病院を目指す党』とかはどうだ?」
今まで知らなかったが、柏木先生も一応は文学的センスを持ち合わせているような感じだった、自分とは異なって・
「それも良いかな?少なくとも『うどん党』の百倍はマシだ」
桜木先生は呪文のように呟いている。いや、呪文というよりお経のようで「同志の集まり」としては長すぎるような気はした。
正直、名前よりも中身の方が大事だと思ったし、しかも政党名とかもそうだが割と短めなモノが多いので自分的には却下に傾いてしまっていたが、皆がそれで良ければ賛成しようかなとも思った。
「良い名前なのですが、いかんせん長すぎるのでは?」
祐樹も同じ思いだったらしい。自分の感覚が祐樹と寄り添っているような気がしてとても嬉しかったが。
何だか名前を考えるのがこんなに心弾むモノとは思わなかった。
名前なんてどうでも良いと思っていた自分だったが、お子さんが生まれたご両親があれこれと調べて命名する気持ちが何となく分かるような気がした。
自分は子供を作る積もりもなかったし、祐樹と寄り添って生きていけるだけで一片の悔いもない人生だと思っている。
だから、何だか二人で命名する「党」の名前がいきなり大切なモノに思えてきた。
「その頭文字を取るというのはどうでしょうか?」
祐樹が指をパチリと鳴らしている。
「ああ、その方法がありましたよね。あっちの会場の『主役』の首相だって『自由民主党』の党首でも有りますよね。しかし、一般的には自民党で通りますから。
『はちめ党』みたいに略したら良いかなと。
ううん、それだと何だか語呂が悪いですね……?」
確かに単語の頭文字を取った祐樹の改正案は少し変だと個人的に思った。まあ、祐樹が良いならそれで個人的には異論なしなのだが、少し困ったふうに笑う祐樹を見るという幸せ過ぎる気持ちで口を開いた。
「確かに『はちめ』はイマイチのような気がするので少しアレンジしたらどうだろうか?」
皆が考えを巡らすような感じで宙をさまよわせている視線を見ながら、いったん言葉を切った。
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こうやま みか