こういう関係になって長い上に、あんなに甘く熱く乱れていた肢体とは裏腹に精神は出会った頃と同じような初々しさを保っているのが、逆に新鮮でよりいっそう愛おしさを増してしまう。
多分、この精神はダイアモンドのようにずっと変わらないのだろう。
「どうぞ。貴方に――しかも空港という公的な場所ではなおさらのこと――下着もナシに歩かせるのは生涯の恋人としての矜持に関わりますので。
そういう、誰にも見せない顔は私にだけ見せて下されば充分です」
至近距離で見つめ合いながらそう告げると、ほの紅く染まった頬が瑞々しい透明さを纏ったような感じだった。
「それは助かる……。と。そろそろ部屋を出ないとマズい時間だ。
パスポートとESTA、そして飛行機のチケットだけは絶対に忘れないようにして欲しい。
祐樹ではなくて、他の医局員ならスピーチ用の原稿が書かれたUSBメモリも注意したと思うが……、それは既に頭の中に入っているだろう?」
下着を受け取った最愛の人は、わざわざバスルームに向かう前に仕事場の怜悧さを取り戻した感じの笑みと口調だった。
ただ、脱ぐのはともかくとして着る段階で恥ずかしがる最愛の人のことを微笑ましく見送った後に、ESTA――査証に変わったアメリカ入国に必要な物だ――とパスポートなどがキチンを手提げ鞄の中に入っているかどうかを確認した。
律義で慎重な最愛の人が手伝ってくれた荷造りだっただけに、ダブルチェックは済ませている。しかし、下着などのように売店で買えば良いモノではないので念のために。
先程は二人の熱く甘い愛の交歓を映していた鏡に向かってネクタイの最後のチェックをした。
二人が知っている人だけでなくて、テレビなどで一方的に知られている人の目が有るといけないので――その点、最愛の人はラフな格好の方が印象が随分と異なるためにちょうど良いかもしれない――キチンとした身だしなみで空港へと向かわなければならない。
「お待たせした。メガネをかければ完璧だ……な……」
涼しげな印象を強く与える最愛の人の切れ長の瞳が称賛めいた煌めきを放っている。
「会場に行く際には忘れずにつけるようにします。
本当に視力の悪い人には悪いようですが、無くても全く不自由しないので忘れそうになりますけれど……」
目も酷使する仕事だし、視力が0、1以下の人間なんて職場には割と居る。そして、朝起きるとまずはメガネを探すのが習慣になってしまっているという話は良く聞いていた。
「忘れそうになったら、会場内のカメラの向こう側で私が多分叫んでいると思うので……」
最愛の人が――過去には取り乱す様子とか、もっと酷い「夏の事件直後」の時の痛ましげな風情は垣間見て来たし、それはそれで心配とか心痛は受けたが――PCの画面に向かって叫ぶ姿は想像出来ない。
ホテルの廊下を歩みながら、つい笑ってしまった。
「ああ、そう言えば登録した外科医しか閲覧出来ないサイトで配信されるのですよね。
しかもリアルタイムで……。
貴方が叫ぶ姿は――正直なところ見たいとも思いますが、それはこっそり心に仕舞っておきます――好ましくありませんので、気を付けます。忘れないように手に書いておくのも良いかも知れないです、ね」
空港の独特の喧噪の中に身を置くと――と言っても時々二人で赴く大阪のリッ○も外国人のゲストは多いし、最近の大阪の街では英語だけでなく北京語と韓国の言葉もアナウンスされるので慣れているといえばそうなのだが――別離の哀しさめいた感情が何故かこみ上げて来た。
表情には出さないように内心で堪えていたが。
「出国の方ではなくて、初めて帰国した入国エリアの門で祐樹を見た時は息が止まりそうなくらい驚いた……あの頃のことを思えば何だか夢のような気がするな……。
こうして当たり前のように肩を並べて歩いていられるので」
最愛の人の仄かな笑みが淡い追憶めいた色に染まっているようだった。
「ああ、あの時ですか。あれは、出迎え予定だった人間が体調を崩してしまって急遽運転手役を仰せつかったのです。
今だから申し上げられるのですが、正直なところ――いえ、別に職業差別の意図はないのですけれど――運転をする側の人間と、ベンツの後部座席に当たり前のように座る貴方という存在の遠さに自分でも言いようのない怒りがこみ上げていたのです。
第一印象は視線が吸い込まれるほど好みでしたけれど、その後の貴方の言動が――いえ、今ではキチンと分かっていますよ、どれだけ驚きを隠そうとなさっていたのかとか、言葉が上手く出てこないほどの衝撃だったということも――冷たい感じしかしなくてですね……」
懐かしさと共に、お互いがお互いを想っていたにせよ、見事にボタンを掛け違ったような最悪の邂逅を――あくまでも祐樹にとっては初対面だった――思い出して笑ってしまう。
隣を歩く最愛の人の表情も淡い笑みを浮かべていた。
「そうだろうな……。祐樹が病院に在籍していることを確かめて帰国することを選んだのだが、出迎えの予定者リストには入っていなかったので、てっきり京都で会えるとばかり思っていて。
あの時ほど頭が真っ白になったことはないような気がする。
ただ、回り道をした甲斐が有ったと、今になってみればしみじみと思えるので良かった」
出会った頃とは全く異なる種類の落ち着きというか、祐樹の隣をごくごく自然な感じで笑って歩いている最愛の人は――しかも場所が空港という初対面の場所だったので――あの時とはまるっきり異なる印象を抱いてしまった、良い方に。
最愛の人も同じだろうと思って視線を向けると意外な表情だったので内心驚いてしまう。
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