「勿論です。しかし……。いや、居ます。この書店だけで良いのですよね?
外科的アプローチしか出来ない人間がたくさん待機していても仕方がないような気もしますが……」
どうやらデートのプランが久米先生の中には有ったらしい。以前、祐樹に非常識さを指摘されたメイド喫茶とかそういう類いの店でないことを祈りたい。
長岡先生に小声で何か言っていた祐樹が堪り兼ねた感じで――というか端的に言えば、口元に皮肉な笑みを浮かべている――こちらの方へと椅子をやや移動させている。
「外科的といっても久米先生は救急救命室の勤務の時は何でも対応しているのではないですか。そこいらの外科医よりか役に立つと思います。
それにこの場に香川外科の人間が居て他の外科の先生に遅れを取るなど言語道断です。
この前の折鶴勝負の時の醜態を、私『は』まだ忘れていませんよ。
その点も含めてどうするべきか良く考えて下さい。
私からは以上です」
叱られた上に雨に降られた犬のような感じの表情を浮かべた久米先生だったが、外科医の資質の一つでもある切り替えの早さを見せてサイン本を大切そうに胸に持って祐樹の方へと歩み去った。
「教授、この度はおめでとうございます。私は田中先生の仰ることも尤もだと思いますので何が何でも残ります。
それに、脳外科の皆様方もそろそろお見えになる頃です……。私は先に来てしまいましたが、白河教授以下ほぼ全員でいらっしゃるとのことです」
脳外科の心遣いは大変嬉しいが、それこそ「外科的アプローチしか出来ない人間」がたくさん居ても仕方のないような気はする。
「それは助かります」
曖昧な笑みを浮かべて無難な言葉を選ぶしか今の自分には出来ない。
「あ!『頑張れ』と名前の前に書いて下されば嬉しいです」
元気一杯といった感じの久米先生の声が無邪気な響きで聞こえて来た。
祐樹は――きっとこちらを見ている他の多数の人々の視線を気にしているのだろう――口元には笑みを浮かべていたものの、手は普段よりも素早く動いて、言われてみれば「頑張れ」と読めるが客観的に見ると判読不可能な文字を書きなぐっていた。
あれなら、出会った頃の祐樹が自分にくれた携帯電話の番号の方が――今でも大切に持ち歩いている宝物だったが、個人的には―――まだ数字は判読出来るだけマシといった感じだった。
「わあ!有難う御座います。一生の宝物にしますね」
久米先生は意外なことにとても嬉しそうで、そういう反応が祐樹的にも面白いのだろう、多分。
医局関係者が二人も続いたので、行列にも一瞬だけ区切りが出来たような雰囲気にペットボトルのお茶を飲んでいると、祐樹がさらに顔を近付けてきた。
「長岡先生には、ヒールの低い靴にして貰うようにと頼みました。彼女『そういう意味では』危険ですので」
「了解」と「感謝」の気持ちを視線に込めて頷くと、祐樹は「どう致しまして」という感じの笑みを浮かべた。
医局の慰安旅行の時に転倒したことを祐樹も覚えていたに違いない。
この書店はいわゆるショッピングモール内の一部でもあったので、長岡先生も「間に合わせ用」の靴くらいは買えるだろう。
「精神科医は必要ないですよね、流石に……」
え?と思って声のした方を見ると――黒系統の色のアルマーニのスーツが素肌かと思ってしまうほど見慣れてしまっている――森技官がノーネクタイにジャケットというカジュアルな格好で現れた。当然隣には呉先生の野のスミレに似た笑顔が並んでいる。
「この度はおめでとう御座います。花束でもお持ちしようかとも思ったのですが、手ぶらで参上して正解でした。この見事な胡蝶蘭のナイアガラの滝の有様ではどの花束も霞んでしまいそうですから。
あ、名前の前に『日頃の感謝を込めて』と書いて頂ければ助かります」
森技官の普段は冷徹そうな表情が嘘のような暖かい笑みを浮かべているのが印象的だった。多分呉先生の前ではこの表情が普通なのだろうが。
「ご足労頂けるだけで嬉しいです。これで宜しいですか?」
出来るだけ綺麗な文字を心掛けた積もりだったが。
「はい。有難う御座います。あと、一点ご本以外のモノにサインとか励ましの言葉などは書けない規則になっているとか……そういうふうな断り文句を考えていた方が良いですよ。
この行列の長さですから、そういう個別のリクエストに応えていれば捌ききれなくなるのは火を見るより明らかなので」
言いたいことだけ言って祐樹の方へと優雅な足取りで向かった。
そのようなリクエストは受けたことがなかったものの、その可能性も有り得るので有り難いアドバイスだったが。
「香川教授、おめでとう御座います。テレビのカメラまで入っているサイン会は初めてです」
呉先生の小さな声に固定していた視線を遥か向こうの壁に向けるとテレビカメラが回っていた。
「放映されるかどうかは分かりませんが、この場で握手でも……」
日頃の感謝を是非ともカメラで撮影して貰いたい。森技官は職業上もカメラに映ると色々とマズいことになりそうだが、呉先生なら構わないだろう。
自分よりも華奢な手が遠慮がちに差し出されたのを強く握り締めた。
外科的アプローチしか出来ない人間がたくさん待機していても仕方がないような気もしますが……」
どうやらデートのプランが久米先生の中には有ったらしい。以前、祐樹に非常識さを指摘されたメイド喫茶とかそういう類いの店でないことを祈りたい。
長岡先生に小声で何か言っていた祐樹が堪り兼ねた感じで――というか端的に言えば、口元に皮肉な笑みを浮かべている――こちらの方へと椅子をやや移動させている。
「外科的といっても久米先生は救急救命室の勤務の時は何でも対応しているのではないですか。そこいらの外科医よりか役に立つと思います。
それにこの場に香川外科の人間が居て他の外科の先生に遅れを取るなど言語道断です。
この前の折鶴勝負の時の醜態を、私『は』まだ忘れていませんよ。
その点も含めてどうするべきか良く考えて下さい。
私からは以上です」
叱られた上に雨に降られた犬のような感じの表情を浮かべた久米先生だったが、外科医の資質の一つでもある切り替えの早さを見せてサイン本を大切そうに胸に持って祐樹の方へと歩み去った。
「教授、この度はおめでとうございます。私は田中先生の仰ることも尤もだと思いますので何が何でも残ります。
それに、脳外科の皆様方もそろそろお見えになる頃です……。私は先に来てしまいましたが、白河教授以下ほぼ全員でいらっしゃるとのことです」
脳外科の心遣いは大変嬉しいが、それこそ「外科的アプローチしか出来ない人間」がたくさん居ても仕方のないような気はする。
「それは助かります」
曖昧な笑みを浮かべて無難な言葉を選ぶしか今の自分には出来ない。
「あ!『頑張れ』と名前の前に書いて下されば嬉しいです」
元気一杯といった感じの久米先生の声が無邪気な響きで聞こえて来た。
祐樹は――きっとこちらを見ている他の多数の人々の視線を気にしているのだろう――口元には笑みを浮かべていたものの、手は普段よりも素早く動いて、言われてみれば「頑張れ」と読めるが客観的に見ると判読不可能な文字を書きなぐっていた。
あれなら、出会った頃の祐樹が自分にくれた携帯電話の番号の方が――今でも大切に持ち歩いている宝物だったが、個人的には―――まだ数字は判読出来るだけマシといった感じだった。
「わあ!有難う御座います。一生の宝物にしますね」
久米先生は意外なことにとても嬉しそうで、そういう反応が祐樹的にも面白いのだろう、多分。
医局関係者が二人も続いたので、行列にも一瞬だけ区切りが出来たような雰囲気にペットボトルのお茶を飲んでいると、祐樹がさらに顔を近付けてきた。
「長岡先生には、ヒールの低い靴にして貰うようにと頼みました。彼女『そういう意味では』危険ですので」
「了解」と「感謝」の気持ちを視線に込めて頷くと、祐樹は「どう致しまして」という感じの笑みを浮かべた。
医局の慰安旅行の時に転倒したことを祐樹も覚えていたに違いない。
この書店はいわゆるショッピングモール内の一部でもあったので、長岡先生も「間に合わせ用」の靴くらいは買えるだろう。
「精神科医は必要ないですよね、流石に……」
え?と思って声のした方を見ると――黒系統の色のアルマーニのスーツが素肌かと思ってしまうほど見慣れてしまっている――森技官がノーネクタイにジャケットというカジュアルな格好で現れた。当然隣には呉先生の野のスミレに似た笑顔が並んでいる。
「この度はおめでとう御座います。花束でもお持ちしようかとも思ったのですが、手ぶらで参上して正解でした。この見事な胡蝶蘭のナイアガラの滝の有様ではどの花束も霞んでしまいそうですから。
あ、名前の前に『日頃の感謝を込めて』と書いて頂ければ助かります」
森技官の普段は冷徹そうな表情が嘘のような暖かい笑みを浮かべているのが印象的だった。多分呉先生の前ではこの表情が普通なのだろうが。
「ご足労頂けるだけで嬉しいです。これで宜しいですか?」
出来るだけ綺麗な文字を心掛けた積もりだったが。
「はい。有難う御座います。あと、一点ご本以外のモノにサインとか励ましの言葉などは書けない規則になっているとか……そういうふうな断り文句を考えていた方が良いですよ。
この行列の長さですから、そういう個別のリクエストに応えていれば捌ききれなくなるのは火を見るより明らかなので」
言いたいことだけ言って祐樹の方へと優雅な足取りで向かった。
そのようなリクエストは受けたことがなかったものの、その可能性も有り得るので有り難いアドバイスだったが。
「香川教授、おめでとう御座います。テレビのカメラまで入っているサイン会は初めてです」
呉先生の小さな声に固定していた視線を遥か向こうの壁に向けるとテレビカメラが回っていた。
「放映されるかどうかは分かりませんが、この場で握手でも……」
日頃の感謝を是非ともカメラで撮影して貰いたい。森技官は職業上もカメラに映ると色々とマズいことになりそうだが、呉先生なら構わないだろう。
自分よりも華奢な手が遠慮がちに差し出されたのを強く握り締めた。
【お詫び】
リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
更新を気長にお待ち下さると幸いです。
本当に申し訳ありません。
お休みしてしまって申し訳ありませんでした。なるべく毎日更新したいのですが、なかなか時間が取れずにいます……。
目指せ!二話更新なのですが、一話も更新出来ずに終わる可能性も……。
なるべく頑張りますので気長にお付き合い下されば嬉しいです。
こうやま みか拝











