腐女子の小説部屋

創作BL小説を綴っています。ご理解の有る方【18歳以上】のみ歓迎致します 申し訳ありませんが書く時間を最優先にしたいのでリコメは基本的に致しません。 要望・お礼などは「日記」記事でお応えしますが、タイムラグがあることも多いです。

2018年11月

気分は下剋上 学会準備編 187

「勿論です。しかし……。いや、居ます。この書店だけで良いのですよね?
 外科的アプローチしか出来ない人間がたくさん待機していても仕方がないような気もしますが……」
 どうやらデートのプランが久米先生の中には有ったらしい。以前、祐樹に非常識さを指摘されたメイド喫茶とかそういう類いの店でないことを祈りたい。
 長岡先生に小声で何か言っていた祐樹が堪り兼ねた感じで――というか端的に言えば、口元に皮肉な笑みを浮かべている――こちらの方へと椅子をやや移動させている。
「外科的といっても久米先生は救急救命室の勤務の時は何でも対応しているのではないですか。そこいらの外科医よりか役に立つと思います。
 それにこの場に香川外科の人間が居て他の外科の先生に遅れを取るなど言語道断です。
 この前の折鶴勝負の時の醜態を、私『は』まだ忘れていませんよ。
 その点も含めてどうするべきか良く考えて下さい。
 私からは以上です」
 叱られた上に雨に降られた犬のような感じの表情を浮かべた久米先生だったが、外科医の資質の一つでもある切り替えの早さを見せてサイン本を大切そうに胸に持って祐樹の方へと歩み去った。
「教授、この度はおめでとうございます。私は田中先生の仰ることも尤もだと思いますので何が何でも残ります。
 それに、脳外科の皆様方もそろそろお見えになる頃です……。私は先に来てしまいましたが、白河教授以下ほぼ全員でいらっしゃるとのことです」
 脳外科の心遣いは大変嬉しいが、それこそ「外科的アプローチしか出来ない人間」がたくさん居ても仕方のないような気はする。
「それは助かります」
 曖昧な笑みを浮かべて無難な言葉を選ぶしか今の自分には出来ない。
 「あ!『頑張れ』と名前の前に書いて下されば嬉しいです」
 元気一杯といった感じの久米先生の声が無邪気な響きで聞こえて来た。
 祐樹は――きっとこちらを見ている他の多数の人々の視線を気にしているのだろう――口元には笑みを浮かべていたものの、手は普段よりも素早く動いて、言われてみれば「頑張れ」と読めるが客観的に見ると判読不可能な文字を書きなぐっていた。
 あれなら、出会った頃の祐樹が自分にくれた携帯電話の番号の方が――今でも大切に持ち歩いている宝物だったが、個人的には―――まだ数字は判読出来るだけマシといった感じだった。
「わあ!有難う御座います。一生の宝物にしますね」
 久米先生は意外なことにとても嬉しそうで、そういう反応が祐樹的にも面白いのだろう、多分。
 医局関係者が二人も続いたので、行列にも一瞬だけ区切りが出来たような雰囲気にペットボトルのお茶を飲んでいると、祐樹がさらに顔を近付けてきた。
「長岡先生には、ヒールの低い靴にして貰うようにと頼みました。彼女『そういう意味では』危険ですので」
 「了解」と「感謝」の気持ちを視線に込めて頷くと、祐樹は「どう致しまして」という感じの笑みを浮かべた。
 医局の慰安旅行の時に転倒したことを祐樹も覚えていたに違いない。
 この書店はいわゆるショッピングモール内の一部でもあったので、長岡先生も「間に合わせ用」の靴くらいは買えるだろう。
「精神科医は必要ないですよね、流石に……」
 え?と思って声のした方を見ると――黒系統の色のアルマーニのスーツが素肌かと思ってしまうほど見慣れてしまっている――森技官がノーネクタイにジャケットというカジュアルな格好で現れた。当然隣には呉先生の野のスミレに似た笑顔が並んでいる。
「この度はおめでとう御座います。花束でもお持ちしようかとも思ったのですが、手ぶらで参上して正解でした。この見事な胡蝶蘭のナイアガラの滝の有様ではどの花束も霞んでしまいそうですから。
 あ、名前の前に『日頃の感謝を込めて』と書いて頂ければ助かります」
 森技官の普段は冷徹そうな表情が嘘のような暖かい笑みを浮かべているのが印象的だった。多分呉先生の前ではこの表情が普通なのだろうが。
「ご足労頂けるだけで嬉しいです。これで宜しいですか?」
 出来るだけ綺麗な文字を心掛けた積もりだったが。
「はい。有難う御座います。あと、一点ご本以外のモノにサインとか励ましの言葉などは書けない規則になっているとか……そういうふうな断り文句を考えていた方が良いですよ。
 この行列の長さですから、そういう個別のリクエストに応えていれば捌ききれなくなるのは火を見るより明らかなので」
 言いたいことだけ言って祐樹の方へと優雅な足取りで向かった。
 そのようなリクエストは受けたことがなかったものの、その可能性も有り得るので有り難いアドバイスだったが。
「香川教授、おめでとう御座います。テレビのカメラまで入っているサイン会は初めてです」
 呉先生の小さな声に固定していた視線を遥か向こうの壁に向けるとテレビカメラが回っていた。
「放映されるかどうかは分かりませんが、この場で握手でも……」
 日頃の感謝を是非ともカメラで撮影して貰いたい。森技官は職業上もカメラに映ると色々とマズいことになりそうだが、呉先生なら構わないだろう。
 自分よりも華奢な手が遠慮がちに差し出されたのを強く握り締めた。












 
【お詫び】
 リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
 更新を気長にお待ち下さると幸いです。
 本当に申し訳ありません。
 お休みしてしまって申し訳ありませんでした。なるべく毎日更新したいのですが、なかなか時間が取れずにいます……。
 目指せ!二話更新なのですが、一話も更新出来ずに終わる可能性も……。
 なるべく頑張りますので気長にお付き合い下されば嬉しいです。
 




        こうやま みか拝

「蓮花の雫」<結光・視点>33

 「腰結い」とは裳着の式の時に腰の紐を結ぶ役を務めて下さる方を言います。父の友人の伝手を辿って最も身分が高いとか人望の有る方にお願いするのが普通です。
「未だそこまでは決めておりませぬ……。ただ本人は殿方をお迎えするよりも、唐猫に興味を持つような有様でございます故に」
 頼長様の北の方様もお可愛がられていらっしゃるようなこの国には珍しい猫ですので、ただでさえ猫好きな妹が興味を抱くのも尤もでした。
「『腰結い』役を私が務めても構わない。他ならぬ夜桜の君の妹御故にな……。ただ」
 左大臣様に「腰結い」役を頼めるほどの家ではございませんでしたので格別過ぎるお言葉に思わず目を瞠ってしまいました。
「そのような御言葉を頂けるだけで充分です。畏れ多いことで、有り難くもかたじけなく思っておりますが……」
 「ただ」の後に何と続けるお積りかと内心訝しげに思いながら頼長様の凛々しい御顔を飽かず拝見しておりました。
「私の評判は、良い物ばかりではないことも存じているだろう」
 苦々しげな笑みを浮かべる頼長様の黒い目に吸い込まれそうになりました。ただ、私が観桜の宴で拝見したような『孤独』とか『孤高』の寂しげな光ではなかったのが幸せでしたが。
「政の場で、しかも一の御人でいらっしゃいますので謗る御方がいらっしゃらない方が稀でございます。それに、心を寄せる人間も数多く居りますのでそんなことを気に病まれる必要はないかと存じますが」
 真っ直ぐに目を見てそう申し上げました。
「夜桜の君には敵わぬ。しかし、妹御の行く先のことを考えれば、私ではなく父上の方が適任かと考える。
 何しろ、政務からは少なくとも表向き引退した身の上で、しかも影響力は私だけでなく兄上までも当然及んでいる故に、どちらかが失脚しても妹御の後見は充分可能だ。私からも頼んでおく故に、夜桜の君の御父上からもお願い申し上げる文などを差し上げると良い」
 そこは曲げても頼長様にお願いすべきだったのかも知れません。
 しかし、私自身は頼長様と共に少しでも長く睦み合えればそれで後はどのようになろうと構わない覚悟は決めておりましたが、妹には妹の生き方があります。それに一家の浮沈に――取るに足らない家ではありますが――を考えると「是非、頼長様に」とは父も申せませんでしょう。
 時節を窺って生き残るのが、しがない家の宿命でもあります。
 ただ、私の心の中では「頼長様の御為になるのならば何でもしよう」との決意が夜空を焦がすかがり火よりも高らかに燃え盛っておりましたが。
 頼長様の兄上様もとても難しい御方のようですが、何とかして少しでも仲を取り持って行かなければならないと。
「有り難き幸せでございます。父も、そして妹もさぞ喜ぶことで御座いましょう。
 頼長様のご好意は一生忘れません」
 かがり火の光りの下で今を盛りと舞い散る桜の花を眺めながら、頼長様と二人きりで居られることだけで幸せでしたのに、妹の将来のことまで考えて下さるとは思いも寄らないことでございました。
「本来ならば私が独断で出来るような身の上であったら……と内心忸怩たる思いがしなくもないが……」
 頼長様の苦い笑みを浮かべた唇にそっと指を寄せました。
「いえ、近い将来きっとそうなるように、私も微力ながら力を尽くします。
 それに、大江様などの心強い方もいらっしゃるようなので……。妹の芳子が『腰結い役を何故、頼長様に頼まなかったのかと後々悔いを覚えるように致しましょう。
 今申せるのはそれだけですが、かたじけない御心遣い、誠に有り難く存じます」
 頼長様の苦い笑みが次第に甘さを含んだものに変わるのを微笑みながら見守っておりました。
「夜桜の君が居てくれれば成し遂げることも可能かと思えるようになって参った。こちらこそ末永く頼む。
 なお、明日の宴には北の方も喜んで渡って来るとのことで、御簾越しとはいえ対面が叶うであろう。裳着を済ませておったならば、妹御とも引き合わせたいと思ったが。
 その際に唐猫も連れて参るように申しておくので夜桜の君から妹御――芳子とはどういう字を書くのか――」
 頼長様の御言葉が余りにも意外過ぎて思わず背筋を正してしまいました。
「芳香、良い香り――頼長様の薫物のような――という意味の芳香の『芳』で御座いますが……。
 それよりも北の方様が宴にもいらっしゃるのですか……」
 このようなただならぬ仲になってしまったという点――男女の別こそあれ――では一緒のことで御座います。決して内心では快く思っていらっしゃらないのも当たり前ではないかと思うと御簾越しに対面するのすら気が引けたのも事実で御座いました。











 
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        こうやま みか拝

気分は下剋上 香川教授の陰謀 2

「そんな……教授――いえ、ウチの真殿教授なら全く構いませんが――他でもない香川教授お自らがコーヒーを淹れて下さるなど……。畏れ多くて。
 しかし、私は呉先生のように自分でコーヒーを淹れたことがないので、お手伝いをしても却って足を引っ張るのが火を見るよりも明らかですし……」
 権威大好きの斉藤病院長が「親友」扱いする大病院の御曹司だし――スケールや知名度は長岡先生の婚約者の日本で最も有名な私立病院よりは劣るものの、長岡先生も長い春に終止符を打って結婚退職すれば、あれだけ家事に向いてない女性でも院長夫人として内助の功の使用人たちの束ねや内科の責任者としての二足の草鞋を履くことになっている――そう考えれば清水研修医がコーヒーは家政婦さんだかお母様だかが勝手に運んで来るものという「常識」で育ったとしても仕方のないことだろう。出来ることと出来ないことをきちんと伝えて無理に手伝おうとしない辺りも清水研修医の人柄が滲み出るようだった。
「呉先生ほど上手では有りませんが、この部屋にいらして下さったからにはお客様です。
 秘書が不在であれば私が淹れるのは当然だと思います。ごくごく稀に叱責のために自分の医局員を呼び出す時にはもちろんコーヒーなど淹れませんが、清水先生は形式的に精神科所属ですし、救急救命室に多大な貢献をなさってはいるもののウチの所属ではないのでお客様扱いをさせて頂きます。
 それに、呉先生のブランチで折鶴の練習をなさっていたのでしたよね?あの味と比べる意味でも是非どうぞ」
 自分とは所詮育ちが違うのだろうが――いみじくも彼が言った通り「子供に親は選べない」というのは至言だ――斉藤病院長の「親友」の施した「帝王学」めいたものは良い方向に育ったようだった。
「外科主催の折鶴勝負のことは、もちろん父にも申しました。そして商品価値など皆無の私の作品も持ち帰って見せましたし、教授や田中先生の芸術作品と表現したくなるほどの素晴らしい出来映えについても。
 すると直ぐに斉藤病院長に電話を入れて入札のお願いをしていました」
 斉藤病院長は――自分が知る限り――祐樹と自分のを三個ずつ計六個入札中で、最高値を更新し続けている。
 部屋にコーヒーの香りが漂ってきた。秘書も帰り、一番落ち着く時間帯だったし、コーヒーの香りが傾きかけた太陽の光りの中で漂うと一日が無事に終わったという満足感と充足感を抱いてしまう。
「え?あのオークションは職員番号と名前が一致すれば誰でも入札出来ますよね。もちろん清水先生も……」
 コーヒーを湯煎済みのカップに細心の注意を払って入れた。
「はい。それも申したのですが、研修医の身分でそういう目立つ行為は止めろと強く言い切ったのでそれも一理有るなと判断しました」
 流石は斉藤病院長が「親友」扱いをしているだけのことは有るなと思ってしまう。
 旧弊な点は――経費削減だとか利益重視を目指しているとはいえ――未だに残っているのも事実だったし、研修医がいわば趣味の分野に入るだろう折鶴を落札したという評判が高まれば余計な反発を招きかねないことまで咄嗟に判断して斉藤病院長に直接談判に及んだに違いない。
 二人の息子を母校に入れた――実際のところ、教授クラスのお子さんであっても私立の、そして知名度は決して高くない医学部に入学させるのがやっとだったという愚痴めいた話しが教授会の前後の時間に出た記憶があった――だけでも快挙なのに、その後もご子息のためを思っての動きとかどんな経営の達人でも黒字化は不可能だと言われている救急救命室に巨額の機器をポンと寄付して息子の授業料代わりにするだけで器の大きな人だと考えていたが、流石、海千山千と噂されている斉藤病院長の「親友」だと心の底から感心した。
「どうぞ。お口に合うと嬉しいです」
 トレーに砂糖などの必要な物を全て載せて運ぶと目を丸くしてから慌てた様子で立ち上がって一礼した。ただ、自分がこういうことをすると例外なく驚くので気にしてはいない。
 教授職に就く実力というか今までは職人のように完璧な手技だけを目指してきたが――他の職務は黒木准教授を始めとした、向いていると判断した人に全てを任せてきただけだ――これからは清水研修医のお父様とか斉藤病院長の動きというか政治力も培わなければ病院長選挙の勝利はうたかたの夢と消えてしまう。元々これ以上の俗にいう出世に興味はなかったが世界の全ての人間を引き換えにしても祐樹を選ぶくらい愛している人を教授職に就ける――実際に祐樹の方が教授には向いている、決して愛する者の贔屓目ではなく――ためには自分がさらに上を目指すしかないので。
「とても美味しいです。呉先生のも極上の味だと思いますが、教授のは苦味が少し濃いですね。好みの違いだと思いますが、両方ともお金を出してまで飲みたい味です。
 ウチの家政婦も一応調理師免許など各種資格は持っていますが、これほどの味は出せません」
 祐樹の好みを考えて呉先生から教わった淹れ方はそのままに豆を替えたのを清水研修医はピタリと当てる舌の正確さも持ち合わせているらしい。












 
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 システム移行に伴う障害が発生しているようでして、マイページという更新を知らせる場所にすらたどり着けないという(泣)
 当面のところ「下剋上のどれか」と「蓮花の雫」の二本の記事をアップ出来そうですので、こまめに覗いて下さると嬉しいです!



        こうやま みか拝

気分は下剋上 学会準備編 186

「あんなに行列が出来ていて、阿部店長が内心焦るのも分かる気がする。管理者としての立場があるだろうし……」
 正午過ぎという時間が良かったのだろうか、見渡す限りは人・人・人の長い列でしかも都会の通勤ラッシュ時の電車のような人口密度よりも濃いような気がする。
「そうですね。前の書店でも凄い数の人が来て下さったという印象があったのですが、今はもう物凄いとしか言いようがないです」
 自分は行ったこともなければ、さして興味のない人気アーチストのコンサート会場はきっとこんな感じなのだろうと実感してしまう。
 それに、皆がドア付近に立った祐樹と自分を笑顔で見てくれていたので笑みを浮かべて小さく手を振ったら近くにいた女性は歓声を上げてくれた。
「あれだけの人数を捌くためには一人に割く時間を先程の半分にして、回転率を上げるしか無いようです。せっかくいらして下さった方には申し訳ないのですが。最後尾に並んで下さった人まで届かなければ本末転倒ですから」
 祐樹の良く響く小さな声が真剣みを帯びて自分の耳には届くが、表情は完全に笑顔と快活そうな明るい感じで手を振っている。
 それに燦々と午後の光りが降り注ぐ会場に、今度は赤に近い濃いピンクの胡蝶蘭と真っ白な胡蝶蘭が交互に並べられてナイアガラの滝のミニチュア版のようになだれ落ちているといった趣向だった。
 檀上には白いクロスに覆われたテーブルの上に真紅の薔薇の花が周りを囲っていてとても綺麗だったし。
「ああ、清水研修医のお父様の病院からのお花みたいですね。斉藤病院長から頼まれたのでしょう……」
 比較的大きな字で書かれた名刺代わりの札に確かにその病院名が書いてあった。
 柏木先生が「ウワサになっている」と言っていたのはきっとこのことだろう。二店とも趣向が同じで色が異なるのだから誰かの――多分斉藤病院長だろうが――統一した厚意を感じる。
「それでは、お客様の人数の関係上、勝手ながらお時間を少し早めさせて頂いて京大附属病院出版部から珠玉の御本の共著をなさった香川教授、田中先生のサイン会を開催させて頂きます。お二人を盛大な拍手でお迎えください」
 出版科ではなく、いつから出版部になったのか――単なる言い間違えかもしれないが――内心疑問に思いながらも、万雷の拍手に笑顔で応えて檀上へと向かった。
 自分達とは別行動だったが、本日限りのアシスタントの平井さんも黒子のように静かに壇の上に上がって一回り小さな近くのテーブルの前に立った。
 二人して並んで座る前に人数を無意識に数えて、空気の流通の良い屋外ならともかく店内だとこの密度は危険で体調不良の人が出かねないと内心で危惧を覚えた。
 ただ、救いは顔を知っている程度ではあるもののナースや若手の医師達が割とバラバラな感じで混じっていたので檀上に居る自分達よりも素早く対応してくれるだろうという点だったが。
 B列と先程阿部店長が呼んだ方は、こちらに目礼をしつつ本を整理券と引き換えに持ってそそくさと視界から消える。ただその分空間の密度が下がるので、高木氏の提案が正しかったことにとても感謝した。
 医療に素人の作家しか居ないならともかく、医師という職業を前面に出した本のサイン会で体調不良で倒れられたりでもしたらより事態というか世間の目は厳しくなるだろうし。
 そんなことを考えながら目の前に立ったお客様にもう慣れてしまった精一杯の笑顔でその人の名前を書いた後にサインをして求められれば握手をするという流れ作業に勤しんだ。直ぐ隣に座っている祐樹の存在を強く感じながら。
「香川教授、5冊買ったのですが……。こういう場合は五回並ばないといけないものでしょうか」
 聞き慣れた声と共に微かに香るコロンだかの上品な香りが戸惑いがちな感じで掛けられた。
「長岡先生……。いらして下さったのですね。五冊一度にサインしても良いのですが……」
 正面に佇んでいる女性にサインを済ませて握手をしながら、あくまで失礼のないように隣の祐樹の方へと視線で促した後に本題へと移った。
 ナース達が憧れて止まないお上品かつ仕事の出来る「完璧なファッションリーダー」としての一面しか見せていない長岡先生は普段愛用しているバックよりも二回りほど大きな――ただ、ブランドと呼び名は同じだ――鞄を手にしているのは五冊の本を入れるためだろう。
「この人数が危険だと思います。ですので、お時間が許す範囲で構いませんので列の中に居て下されば大変助かるのですが」
 長岡先生のお父様と思しき名前を手早く書きながらそう頼んでみた。
「それは私も危惧しておりましたので、最後まで居ります。内田教授もこの書店にいらっしゃると聞いておりますが、未だお見えになっていないようですので」
 内科の人間が多数いてくれる方が有り難い。この場では転倒事故のリスクは――他意はないだろうが、高いヒールの靴の長岡先生が例のように転ぶ以外には――なさそうな感じだった。他のお客さんはキチンと列を作って静かかつゆっくりと動いているので。
 ただ、内科医としては信頼するに足る有能さを持っている長岡先生がこの場に居てくれて、内科の内田教授と合流してくれた方が外科の人間が居るよりも心強いことだけは確かだった。
「分かりました。ではもう一度最後尾に並びます。このサイン本は実家の父に送るように強く頼まれましたので、きっと父も大喜びですわ。有難う御座います。ではまた後ほど」
 長岡先生が祐樹の方へと優雅に歩んでいくのを横目で窺ってしまう。というのも彼女のヒールは高い上に細かったので、転倒事故のリスクにハラハラしてしまっていた。
 医局の慰安旅行の時もそうだったような記憶があるが、医局というある意味閉ざされた世界の中での出来事ならともかく――その狭い世界で顰蹙を買っているとか、そういう異分子扱いされているなら一気にウワサは病院内に広まるだろうが、彼女の有能さは医局の皆が知っているし、尊敬もしているようだった――病院関係者が所属に関係なく集まっている中で転ぶというのではまた異なった意味を持ってしまうので。
「教授……私達も四回行列に並んだ方が良いですか?長岡先生だけでなくて……」
 ほっそりとした後ろ姿に気を取られていたので気が付かなかったが、久米先生と岡田看護師がその次だった。多分、医局の中の知った顔ということで人懐っこさが持ち前の久米先生が声を掛けたとかだろうが。書店の中ではなくて外でばったりと出会ったとかで。
「お願い出来るのであれば……。デートの途中とかで時間がないなら無理にとは言いませんけれども」
 祐樹の前に「無事」立ち止まった長岡先生を憧れのような眼差しで見ていたアクアマリン姫こと岡田看護師は、左手の薬指にアクアマリンの清楚な煌めきを花のように咲かせていた。
「いえ、とんでもないです。教授や田中先生のお役に立てるのなら、いつでも出来るデートよりも、こちらを優先させます、ね?久米先生」
 岡田看護師が既定事項のようにキッパリと言い放ってくれた。











 
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        こうやま みか拝

気分は下剋上 香川教授の陰謀 1

このお話は時系列的には折鶴勝負からサイン会前後の本筋から少し外れたエピソードになります


「では、定時になりましたのでお先に失礼致します」
 余計なことは何も言わない点も気に入っている秘書が控え目な感じで声を掛けてきた。
「お疲れ様です。また明日宜しくお願い致します」
 一礼した後に備え付けの固定電話が鳴った。反射的に出ようとする秘書を目で制してから電話に出ると意外な声が受話器越しに聞こえて来た。
「研修医の清水です。折鶴勝負の時の特訓有難う御座いました。御礼を兼ねて教授執務室に伺いたいのですが、具体的なお時間を教えて頂ければ幸いです」
 誠実そうな響きながらも一歩も引かない感じを受けるのは、きっと彼が覚悟を決めた上で――しかも彼の場合はお父様が斉藤病院長の「親友」であり、京都一の私立病院の御曹司という出自に相応しくイザと言う時の度胸の据わり方が折鶴勝負の時にほの見えた――電話をしてきたに違いない。
「ご存知かと思いますが、私の場合定時上がりです。先生の都合で決めた方が合理的ですよ」
 電話の向こうで絶句している感じだった。自分の科の研修医でもある久米先生は折鶴勝負の時に場の雰囲気にのまれたというのに――それでも、久米先生は祐樹が密かにライバル視する程度の素質は充分持っている――それでも旧態依然のヒエラルキーは未だに根強く生きているのを体感した。
「では……急で申し訳ないのですが、ご厚意に甘えまして今からでも宜しいですか」
 どうせというか、今日も祐樹の帰りは遅い。書店でのサイン会の日程こそ決まったが、まだまだ本の出版による非常事態は継続中で、そのしわ寄せが普段から多忙な祐樹にどっと押しかけているという感じだった。
 「はい」と答えて電話を切った後に、祐樹には未だ内緒にしている将来の病院長選挙について――清水研修医のお父様は斉藤病院長の同級生かつ支援者だった――何かしら話が聴けるかもしれないなと思いついた。
 それに、研修医の立場で呼び出しを食らったわけではなくこの執務室にやって来るのは祐樹以外に居なかったなと懐かしく思い出す。
 ただ、祐樹の時は教授職に就いた自分が祐樹に会うために帰国したようなものだったので、自分からもかなり――今思えば失笑モノの幼稚さで――色々と考えていたので、まだ敷居が少しくらいは低かったと思ってしまうが。
 育ちの良さかそれとも生来の素質なのかは分からないものの、清水研修医は久米先生どころか祐樹に匹敵する程度の度胸の持ち主のようだった。
 精神科の真殿教授が運悪く通りかからなければ良いなと彼自身のために願いながら、将来に必ず来る病院長選挙の根回しの一環を考え続けていたところだった。
 そして、これ以上祐樹の負担になってはいけないので――些細な隠し事なら今なら何とか露見せずに済んでいたものの、百貨店に毛糸を買いに行くなどと異なって――病院内で動くのは祐樹の広い人脈のどこかに必ず引っ掛かりそうで細心の注意を払わないとならないのは言うまでもない。
 自分に今出来ることはしておこうと思った。
 今なら祐樹も出版に伴うサイン会とか「披露宴」とかテレビ出演などの、本来の職務ではないことに気を取られていて病院内政治のことまで手が回っていないのも知っている。久米先生の特訓という――自分にとってはそう重要ではないものの――自分の科に愛着を持ってくれるがゆえのことだろうが、勝ち負けにはかなり拘る祐樹にしては珍しい――外科にしか通用しない「重要事項」の丸投げという事態を引き起こしていた。
 患者さんの迷惑にならなければそれで良いので、たかだか外科の親睦会の催し物に過ぎないことを蒸し返す積りも毛頭なかったが。
 だからこの時期を逸してしまうと祐樹のアンテナに引っかかる可能性が高くなることも分かっているので動ける時には動いておきたい。
 実家が医師という点では自分の科の久米先生だって同じだが、彼に話した場合は絶対に祐樹に抜けてしまうことくらいは分かる。
 その点清水研修医は救急救命室では一緒に働いているが、キチンと口止めさえしておけば大丈夫ではないかという安心感もあった。黒木准教授には既に話はしておいたが、今のところその程度で、後は第一回の外科親睦会――ちなみに祐樹と自分が鉗子と攝子で作った折鶴の収益が莫大なものになりそうな勢いで数字が伸びている最中だったし、二回目以降も同じ路線で行くらしい――の時に桜木先生という手術職人に話した程度だった。
「清水です。お呼びにより参上し致しました」
 落ち着いた感じが、当時の研修医だった祐樹を彷彿とさせる。
 ただ、黒木准教授のように教授執務室に来慣れている人だったら話は別だが、清水研修医の本来の所属先の精神科、真殿教授は割と温和な呉先生と大喧嘩をするほどの人だったし、そんなに後進の指導に熱心だとも聞いたことがない。
「どうぞ」
 清水研修医はドアの前に立って深々とお辞儀をしてから――真殿教授が通りかからないかとこちらが不安に思うほど長く――ドアを閉めた。
「あの節は誠にお世話になりました。教授と田中先生の、まさに世界レベルの凄さを目の当たりに出来たことで、外科医として一から修業する決意を新たに致しました。
 また、オーク○の出版記念パーティに、他の先生方を差し置いてまさかのテーブル席を用意して下さったことも併せて御礼申し上げます。
 正直なところ、こちらは親の七光りだろうな……とは思っておりますが……。しかし子は親を選べないですし、その点では非常に幸運だったと思っております」
 御曹司らしい鷹揚さは岩松氏を彷彿とさせるし、礼儀正しさという点や率直な点、そして大胆さなども――精神科でも充分に生きていけるだろうが――外科向きの人材だろう。
 手先の器用さは折り紙付きだったし。
「どうぞ、お掛けになってお待ちください。秘書が定時で帰宅してしまったので、コーヒーを淹れますので」
 当たり前のようにそう言うと、清水研修医は先程とはまるっきり異なった反応を見せた。
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔というのはきっとこんな表情だろうと思えるような感じの。
 ただ、何故そんなに驚いたのかは分からないが。












 
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        こうやま みか拝













 
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