「それで構いません。ご協力感謝致します」
森技官が珍しく心の底から安堵したような笑いを浮かべている。こんな森技官を見るのは初めてだった。
「午後から遊園地でといっても流石に成人した男四人というのは浮きますよね……」
二人きりでも周囲からはかなり浮いているという自覚は有った。祐樹最愛の人はそんな些細なことに拘ってはいないようなので助かっているが。
そんな現状なのに、いい歳をした男ばかりの四人が一緒に行動するのはかなり変だろう。女性が混ざっているなら恰好は付くが、そもそも目的が「最愛の人と呉先生の『ここだけの話』をさせる」ためなのだから部外者は入れたくない。
「その点は厳選します。人気のスポットでなくとも構わないでしょう?あの業界も二極分化が進んでいるらしく、混んでいない遊園地は有りますので」
森技官が――普段と同じように――自信満々な表情を見せた。遊園地も最愛の人が行きたがっていたスポットの一つなので、この際その話に乗ってみるのも悪くない。
「そちらはお任せします。午後から遊園地で遊んで、夕食にアルコール付きの場所に移動して、夕涼みとか何とか口実をそれらしくでっち上げて、ああその辺りはお手の物というか十八番というか……。いや、まあ、それは置いといて、ですね」
森技官の端整な表情が剣呑な光を帯びたので、慌てて話題を変えることにした。
普段の祐樹なら勝ちはしないまでも引き分けに終わる「精神攻撃」に――誰にも気取られないようにはしていたが――今の自分の精神状態が安定しているわけではないのも分かっていたので藪を突いて蛇を出すような真似はしたくない、特に目の前の相手には。
「でしたら、広い場所が必要ですね。散策も出来るような。
遊園地というのは何か根拠というか理由が有りますか?」
残暑が厳しい中でも黒いアルマーニのスーツを一分の隙もなく着こなした森技官に遊園地はそぐわな過ぎて何だか笑える。まあ、森技官の場合は実家が経営している産婦人科の跡継ぎとして新生児を抱いている図というのも想像すると可笑しかったが。
「いえ、開放的な気分になれる場所ならどこでも別に良いのですが。ただ、私の恋人が行きたがっていただけの話です」
事務次官――実際は既に弱味を握り済みと聞いているが――とかもっと上の大臣クラスの人間からの難しい命令が有ってもこんな眉間にしわを寄せた顔にはならないだろうと思わせる感じもまた新鮮で妙に可笑しかった。
「『恋人』の意向ですか……。田中先生ご本人ではなく?」
妙なことを聞かれるなとは思ったが有無を言わせぬ迫力は流石だったので、つい素直に頷いた。
「私は特に希望はありません。日常から離れた風景の場所であればどこでも別に」
呉先生の怒りも至極尤もだと思う上に、その激怒を買うのを承知した上での暴露を祐樹最愛の人に向かって言ってくれた森技官への感謝の気持ちとか恩は忘れてはいない。
だから、その恩返しの行事に二人で参加するのはむしろ大歓迎だった。
それに祐樹自身も良い気分転換になるだろうし。
「では、バーベキュー……は駄目だ……。女性――バイトの女子大生とか店員さん――が焼いてくれたのを食べるだけではなくて、自分達で焼くのは……」
眉間のしわがさらに深くなった。というか、この人は良くこんなに内臓や血液嫌いで医学部を卒業出来たなと改めて感心した。呉先生も初めて会った時に救急救命室に決死の覚悟で来たらしいが、そちらの方がまだ軽症のような気がする。
「バーベキュー程度なら私達二人で焼きますよ」
仏心が芽生えてしまうほどの苦悩に満ちた顔だったので、ついつい譲歩をしてしまう。
「いえ、それでしたら、私達二人がゲストみたいになってしまいますよね。
やはりこれは遊園地でしょう」
力強く断言されて、そう言えばその前に自宅マンションで手料理を振る舞う約束になっていたことを思い出した。バーベキューと一口に言っても手つかずの自然めいた場所――のような雰囲気だけだが――で勝手に行う場所もいくつか知っているし、山小屋めいた感じの中で店員さんが焼いてくれるスタイルの場所も有る。ただ、男四人で後者を訪れるのは流石に気が引けた。
「では、遊園地で遊んだ後、夕食をアルコール付きで摂ってその後二人きりにさせて下さい。
そこでどんな話をしようがそれは私の関知するところでは有りませんので」
腕時計を見てもうこんな時間かと内心で驚いた。最愛の人「も」、精神的ダメージを受けているので早く帰って様子を見がてら一緒に過ごしたい。
その思いが顔に出てしまったのか、それとも腕時計を見るという動作で察したのかすっかり冷えてしまったコーヒーをそそくさと飲みほした森技官は伝票を掴んで立ち上がった。
「当分は大阪に居ますので、日にちを指定して下さればいつでも空けます。
教授の見事な手料理が食べられると聞けば私の恋人も少しは機嫌を直してくれるでしょうし……」
常に嵐の中心に巌のような確かさで鎮座しているのが相応しい森技官の弱気なため息に、想定外の台風の中に巻き込んでしまった罪悪感めいたものを感じてしまう。
ただ、この程度のことでは――時間を要するかもしれないが――深刻なダメージを受けると予想される人に協力要請をしたわけではなかった。相手が悪すぎたとしか言いようのない種類だっただけで、その点を見極められなかったのが悔やまれる。
森技官が珍しく心の底から安堵したような笑いを浮かべている。こんな森技官を見るのは初めてだった。
「午後から遊園地でといっても流石に成人した男四人というのは浮きますよね……」
二人きりでも周囲からはかなり浮いているという自覚は有った。祐樹最愛の人はそんな些細なことに拘ってはいないようなので助かっているが。
そんな現状なのに、いい歳をした男ばかりの四人が一緒に行動するのはかなり変だろう。女性が混ざっているなら恰好は付くが、そもそも目的が「最愛の人と呉先生の『ここだけの話』をさせる」ためなのだから部外者は入れたくない。
「その点は厳選します。人気のスポットでなくとも構わないでしょう?あの業界も二極分化が進んでいるらしく、混んでいない遊園地は有りますので」
森技官が――普段と同じように――自信満々な表情を見せた。遊園地も最愛の人が行きたがっていたスポットの一つなので、この際その話に乗ってみるのも悪くない。
「そちらはお任せします。午後から遊園地で遊んで、夕食にアルコール付きの場所に移動して、夕涼みとか何とか口実をそれらしくでっち上げて、ああその辺りはお手の物というか十八番というか……。いや、まあ、それは置いといて、ですね」
森技官の端整な表情が剣呑な光を帯びたので、慌てて話題を変えることにした。
普段の祐樹なら勝ちはしないまでも引き分けに終わる「精神攻撃」に――誰にも気取られないようにはしていたが――今の自分の精神状態が安定しているわけではないのも分かっていたので藪を突いて蛇を出すような真似はしたくない、特に目の前の相手には。
「でしたら、広い場所が必要ですね。散策も出来るような。
遊園地というのは何か根拠というか理由が有りますか?」
残暑が厳しい中でも黒いアルマーニのスーツを一分の隙もなく着こなした森技官に遊園地はそぐわな過ぎて何だか笑える。まあ、森技官の場合は実家が経営している産婦人科の跡継ぎとして新生児を抱いている図というのも想像すると可笑しかったが。
「いえ、開放的な気分になれる場所ならどこでも別に良いのですが。ただ、私の恋人が行きたがっていただけの話です」
事務次官――実際は既に弱味を握り済みと聞いているが――とかもっと上の大臣クラスの人間からの難しい命令が有ってもこんな眉間にしわを寄せた顔にはならないだろうと思わせる感じもまた新鮮で妙に可笑しかった。
「『恋人』の意向ですか……。田中先生ご本人ではなく?」
妙なことを聞かれるなとは思ったが有無を言わせぬ迫力は流石だったので、つい素直に頷いた。
「私は特に希望はありません。日常から離れた風景の場所であればどこでも別に」
呉先生の怒りも至極尤もだと思う上に、その激怒を買うのを承知した上での暴露を祐樹最愛の人に向かって言ってくれた森技官への感謝の気持ちとか恩は忘れてはいない。
だから、その恩返しの行事に二人で参加するのはむしろ大歓迎だった。
それに祐樹自身も良い気分転換になるだろうし。
「では、バーベキュー……は駄目だ……。女性――バイトの女子大生とか店員さん――が焼いてくれたのを食べるだけではなくて、自分達で焼くのは……」
眉間のしわがさらに深くなった。というか、この人は良くこんなに内臓や血液嫌いで医学部を卒業出来たなと改めて感心した。呉先生も初めて会った時に救急救命室に決死の覚悟で来たらしいが、そちらの方がまだ軽症のような気がする。
「バーベキュー程度なら私達二人で焼きますよ」
仏心が芽生えてしまうほどの苦悩に満ちた顔だったので、ついつい譲歩をしてしまう。
「いえ、それでしたら、私達二人がゲストみたいになってしまいますよね。
やはりこれは遊園地でしょう」
力強く断言されて、そう言えばその前に自宅マンションで手料理を振る舞う約束になっていたことを思い出した。バーベキューと一口に言っても手つかずの自然めいた場所――のような雰囲気だけだが――で勝手に行う場所もいくつか知っているし、山小屋めいた感じの中で店員さんが焼いてくれるスタイルの場所も有る。ただ、男四人で後者を訪れるのは流石に気が引けた。
「では、遊園地で遊んだ後、夕食をアルコール付きで摂ってその後二人きりにさせて下さい。
そこでどんな話をしようがそれは私の関知するところでは有りませんので」
腕時計を見てもうこんな時間かと内心で驚いた。最愛の人「も」、精神的ダメージを受けているので早く帰って様子を見がてら一緒に過ごしたい。
その思いが顔に出てしまったのか、それとも腕時計を見るという動作で察したのかすっかり冷えてしまったコーヒーをそそくさと飲みほした森技官は伝票を掴んで立ち上がった。
「当分は大阪に居ますので、日にちを指定して下さればいつでも空けます。
教授の見事な手料理が食べられると聞けば私の恋人も少しは機嫌を直してくれるでしょうし……」
常に嵐の中心に巌のような確かさで鎮座しているのが相応しい森技官の弱気なため息に、想定外の台風の中に巻き込んでしまった罪悪感めいたものを感じてしまう。
ただ、この程度のことでは――時間を要するかもしれないが――深刻なダメージを受けると予想される人に協力要請をしたわけではなかった。相手が悪すぎたとしか言いようのない種類だっただけで、その点を見極められなかったのが悔やまれる。
【お詫び】
リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
更新を気長にお待ち下さると幸いです。
本当に申し訳ありません。
こうやま みか拝