「充分可能だと思いますよ。元々外科系の教授が圧倒的に有利ですので対外的に顔が売れていない教授でもそうだったようですので、世界的な名声をお持ちの香川教授なら尚更です。
私なども内心は御決心を促そうかと何度も思っていたのですが、そういう野心というかこれ以上のポジションをお望みではないようでしたので……遠慮申し上げていました。
教授ご自身からそのような言葉を承ることが出来て本当に良かったです」
先程までの健啖家振り――ついつい自分の分のお皿も内田教授に回そうかと思うほどだった。祐樹も食べることが出来る時にはたくさん食べるタイプだが皿を渡そうと思うような食べ方はしない――はどこかへ行ったらしく、ドラマの中の深窓の令嬢のように並んだ料理に箸を運ぶことを忘れ去った感じだった。お淑やかさはまるでなかったが。
ただ、筋金入りの改革の闘士でもある内田教授から断言されて安堵の溜息を心の中で零した。
「そうですか。そう判断して頂けて幸いです。次回の学長選挙に出馬予定ですよね、斉藤病院長は。そして対抗馬は法学部長ですよね……。その選挙協力をすれば貢献度とか病院長の評価も上がりますよね?」
病院勤務のキャリアは祐樹や内田教授といった病院生粋の医師達よりも浅いが、その程度のことは教授会などで小耳に挟んだ会話の断片とか、大学内でのウワサなどでおおよそのことは知っていた。
「そうですね。ウチは医学部と法学部が学長への早道ですから。
香川教授がそのように御決意を固められたのなら、教授会での発言を増やすことでよりいっそうの存在感を示すでしょうね。もちろんご助力は惜しみませんが、教授自身の積極的な味方を増やすことが一番かと存じます。病院への貢献度は手技もそうですが、あの災害の時の迅速な対応、そして卓越したリーダーシップなどからも高く評価されているのも事実です。
しかし、今までは病院長への意欲というか熱意はお有りにならなかったので当然といえばそうですが……、そういう院内工作という点はこれからですよね。
私などは教授の御決心を心の底から熱望しておりましたので大変喜ばしいのですが、教授自らがその存在感をアピールしないとならないかと存じますし、また医局――いえ、医局以外にも頼もしい味方もお持ちでしょう――に極秘プロジェクトチームをお作りになることをお勧め致します。院内政治を知悉した、ね」
目の前の料理の存在をすっかりと忘れ去った内田教授は――日頃の温和さがウソのような――すっかり院内改革の革命の闘士めいた表情を浮かべて熱弁をふるっている。
「医局内に極秘プロジェクトチーム……ですか」
医局外の味方なら不定愁訴外来の呉先生――精神科の真殿教授とケンカをした過去が有るにも関わらず病院内に残ることが出来たという点で政治力も持ち合わせているのだろう。
普通は教授職に逆らった場合は僻地の公立病院に左遷させられるか病院を辞めて自力で転職活動をしなければならないのが、この狭い世界では常識だった。
それなのに彼は単独で生き残り、しかもその上今では森技官という権謀術数がアルマーニを纏っているような人と恋人関係なのだから。
「そうです。医局内に最低でも5名に動いて貰わないとなりませんね。
田中先生は如何ですか?その実質的なリーダー役には。彼は私が拝見する限り最も政治的才能にも実行力にも長けていると思っております」
それは内田教授に指摘されるまでもなく分かっていた。ただ、固有名詞を出さなかったのは「自分から部下の固有名詞を頻繁に出すと何かとマズい」という女性向けのビジネス誌の記事で読んだからだった。何故そんなモノが目に触れたかというと、仕事も恋愛もバリバリこなすキャリア女性向け雑誌を祐樹が「彼女」の設定に役立つようにと長岡先生から貰って来て職場では読めないからと自宅へと持ち帰って読んだ後の雑誌入れに放り込んでいたのをたまたま手に取っただけだったが。
何でも「部下の固有名詞を自分から出すと贔屓しているように絶対に思われるし、異性の場合は恋愛感情を持っていると誤解されかねない」とかで、異性ではなかったものの「実際」恋愛感情――と表現するには浅すぎるような気もするが――を持っている祐樹の名前は絶対に自分からは口に出さないようにしている。
柏木先生とたまに行く呑みの席でも当然医局の話しになるし、祐樹は才能に相応しく目立つ存在なので柏木先生の口から出やすいものの、先方から振ってきた場合にのみ答えるようにしている。
「田中先生の政治力やリーダーシップはもちろん良く存じています」
あの災害の時の非常事態宣言下の自分の指揮のほとんどが祐樹の決定だったことは言うまでもない。そしてあの神憑り手技……そして折鶴勝負までして無理やり連れていったお店での試着した祐樹の知的さと凛々しさと頼もしさの深まった衣装まで一気に連想が飛んで唇が自然と笑みの形になってしまう。
「最近の教授には……。何と申し上げたら良いのか分からないのですが……。以前よりも落ち着きの増した、いや違いますね、余裕と自信に満ちた笑顔……いや、上手く言葉では表現出来なくて申し訳ないのですが……とにかく以前とは異なった人心掌握力が増したともっぱらの評判でしたが……。
そういうお顔で微笑まれたら更に支持者が増えますよ」
以前から手技にだけは自信と矜持を持っていたのは事実なのでそれを指摘されているわけではなさそうだ。落ち着きとか余裕を実感出来て――しかもこの上もなく幸せなことに――心の底から笑えるようになったのは最愛の祐樹との関係が確固たるものになった確信と、そしてその世界中の誰よりも頼もしい祐樹と対等の関係になりたくて表情筋の活性化を試みた結果だろう。
「なるほど……そういうものですか?田中先生に早速打診してみましょう。ただ、『実質的』なリーダーと仰るからには『形式的』な人も当然据えなければならないのですよね」
元々の発想の原点が「祐樹を教授職に就かせる」というものだったので、腹心として振る舞って貰わないとならない――それに祐樹自身がそもそもその気で居てくれる――のは当然として、「実質的」なリーダーに――内田教授のことだから医局の人間関係は知悉しているハズだった――相応しいのは誰なのだろう。黒木准教授の柔和な顔が脳裏を一瞬掠めたものの、学長選挙時に停年を迎えているハズなので。
祐樹が教授職……、漠然と脳裏に描いていた夢が内田教授に向かってとはいえ口に出してしまって、目くるめく多幸感に包まれながらも「病院改革の闘士」の貴重なアドバイスの続きを待った。
私なども内心は御決心を促そうかと何度も思っていたのですが、そういう野心というかこれ以上のポジションをお望みではないようでしたので……遠慮申し上げていました。
教授ご自身からそのような言葉を承ることが出来て本当に良かったです」
先程までの健啖家振り――ついつい自分の分のお皿も内田教授に回そうかと思うほどだった。祐樹も食べることが出来る時にはたくさん食べるタイプだが皿を渡そうと思うような食べ方はしない――はどこかへ行ったらしく、ドラマの中の深窓の令嬢のように並んだ料理に箸を運ぶことを忘れ去った感じだった。お淑やかさはまるでなかったが。
ただ、筋金入りの改革の闘士でもある内田教授から断言されて安堵の溜息を心の中で零した。
「そうですか。そう判断して頂けて幸いです。次回の学長選挙に出馬予定ですよね、斉藤病院長は。そして対抗馬は法学部長ですよね……。その選挙協力をすれば貢献度とか病院長の評価も上がりますよね?」
病院勤務のキャリアは祐樹や内田教授といった病院生粋の医師達よりも浅いが、その程度のことは教授会などで小耳に挟んだ会話の断片とか、大学内でのウワサなどでおおよそのことは知っていた。
「そうですね。ウチは医学部と法学部が学長への早道ですから。
香川教授がそのように御決意を固められたのなら、教授会での発言を増やすことでよりいっそうの存在感を示すでしょうね。もちろんご助力は惜しみませんが、教授自身の積極的な味方を増やすことが一番かと存じます。病院への貢献度は手技もそうですが、あの災害の時の迅速な対応、そして卓越したリーダーシップなどからも高く評価されているのも事実です。
しかし、今までは病院長への意欲というか熱意はお有りにならなかったので当然といえばそうですが……、そういう院内工作という点はこれからですよね。
私などは教授の御決心を心の底から熱望しておりましたので大変喜ばしいのですが、教授自らがその存在感をアピールしないとならないかと存じますし、また医局――いえ、医局以外にも頼もしい味方もお持ちでしょう――に極秘プロジェクトチームをお作りになることをお勧め致します。院内政治を知悉した、ね」
目の前の料理の存在をすっかりと忘れ去った内田教授は――日頃の温和さがウソのような――すっかり院内改革の革命の闘士めいた表情を浮かべて熱弁をふるっている。
「医局内に極秘プロジェクトチーム……ですか」
医局外の味方なら不定愁訴外来の呉先生――精神科の真殿教授とケンカをした過去が有るにも関わらず病院内に残ることが出来たという点で政治力も持ち合わせているのだろう。
普通は教授職に逆らった場合は僻地の公立病院に左遷させられるか病院を辞めて自力で転職活動をしなければならないのが、この狭い世界では常識だった。
それなのに彼は単独で生き残り、しかもその上今では森技官という権謀術数がアルマーニを纏っているような人と恋人関係なのだから。
「そうです。医局内に最低でも5名に動いて貰わないとなりませんね。
田中先生は如何ですか?その実質的なリーダー役には。彼は私が拝見する限り最も政治的才能にも実行力にも長けていると思っております」
それは内田教授に指摘されるまでもなく分かっていた。ただ、固有名詞を出さなかったのは「自分から部下の固有名詞を頻繁に出すと何かとマズい」という女性向けのビジネス誌の記事で読んだからだった。何故そんなモノが目に触れたかというと、仕事も恋愛もバリバリこなすキャリア女性向け雑誌を祐樹が「彼女」の設定に役立つようにと長岡先生から貰って来て職場では読めないからと自宅へと持ち帰って読んだ後の雑誌入れに放り込んでいたのをたまたま手に取っただけだったが。
何でも「部下の固有名詞を自分から出すと贔屓しているように絶対に思われるし、異性の場合は恋愛感情を持っていると誤解されかねない」とかで、異性ではなかったものの「実際」恋愛感情――と表現するには浅すぎるような気もするが――を持っている祐樹の名前は絶対に自分からは口に出さないようにしている。
柏木先生とたまに行く呑みの席でも当然医局の話しになるし、祐樹は才能に相応しく目立つ存在なので柏木先生の口から出やすいものの、先方から振ってきた場合にのみ答えるようにしている。
「田中先生の政治力やリーダーシップはもちろん良く存じています」
あの災害の時の非常事態宣言下の自分の指揮のほとんどが祐樹の決定だったことは言うまでもない。そしてあの神憑り手技……そして折鶴勝負までして無理やり連れていったお店での試着した祐樹の知的さと凛々しさと頼もしさの深まった衣装まで一気に連想が飛んで唇が自然と笑みの形になってしまう。
「最近の教授には……。何と申し上げたら良いのか分からないのですが……。以前よりも落ち着きの増した、いや違いますね、余裕と自信に満ちた笑顔……いや、上手く言葉では表現出来なくて申し訳ないのですが……とにかく以前とは異なった人心掌握力が増したともっぱらの評判でしたが……。
そういうお顔で微笑まれたら更に支持者が増えますよ」
以前から手技にだけは自信と矜持を持っていたのは事実なのでそれを指摘されているわけではなさそうだ。落ち着きとか余裕を実感出来て――しかもこの上もなく幸せなことに――心の底から笑えるようになったのは最愛の祐樹との関係が確固たるものになった確信と、そしてその世界中の誰よりも頼もしい祐樹と対等の関係になりたくて表情筋の活性化を試みた結果だろう。
「なるほど……そういうものですか?田中先生に早速打診してみましょう。ただ、『実質的』なリーダーと仰るからには『形式的』な人も当然据えなければならないのですよね」
元々の発想の原点が「祐樹を教授職に就かせる」というものだったので、腹心として振る舞って貰わないとならない――それに祐樹自身がそもそもその気で居てくれる――のは当然として、「実質的」なリーダーに――内田教授のことだから医局の人間関係は知悉しているハズだった――相応しいのは誰なのだろう。黒木准教授の柔和な顔が脳裏を一瞬掠めたものの、学長選挙時に停年を迎えているハズなので。
祐樹が教授職……、漠然と脳裏に描いていた夢が内田教授に向かってとはいえ口に出してしまって、目くるめく多幸感に包まれながらも「病院改革の闘士」の貴重なアドバイスの続きを待った。
リアバタに拍車がかかってしまいまして、出来る時にしか更新出来ませんが倒れない程度には頑張りたいと思いますので何卒ご理解頂けますようにお願い致します。
【お詫び】
リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
更新を気長にお待ち下さると幸いです。
本当に申し訳ありません。
【お詫び】
リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
更新を気長にお待ち下さると幸いです。
本当に申し訳ありません。
こうやま みか拝