「白衣もこの上なく祐樹に似合っているが、黒のスーツも、えっ……」
突如として巻き起こった小さな疾風と羽ばたきの音に反射的神経だけで対応した。この小ささとは思えないほどの迫力に一瞬頭が真っ白になってしまって。
「まあ、ある程度は想定していましたけれど、この橋に何時もいる鳥――正式名称はあいにく存じ上げていませんが――はパンなどの食べ物を持つ人間には特に目敏いらしいです。
そして、取られない人間というのは、予め心の準備が出来ている人だけらしいですよ。それ以外は『絶対に』取られるとか。
貴方の反射神経も殊更優れていることは存じ上げていましたから、予備知識なしで臨んだらどういう結果になるか試してみたかったのです。
本当は軽いパニックに陥れて恋人の胸に顔をうずめる貴方のアクションを淡く期待はしていたのですが、なかなかそう上手くはいかないようですね」
咄嗟の出来事に目を見開いたままの自分の顔を真面目な感じで見下ろしてくる祐樹が口調とは裏腹にちっとも残念そうではなく、むしろ誇らしそうな輝きを瞳に宿している。
「いや、とてもビックリした。だからこのメロンパンなのか……?
それにしてもあの鳥の小ささとは裏腹の凄い迫力にとても驚いて防ぐのがやっとだった。
ただ、このゲームはとても面白いな。
確かにあの勢いと迫力に圧倒されて手に持ったパンなどは手放してしまうだろうが……」
祐樹の悪戯っ子のような瞳の輝きが称賛の色を宿して自分だけを見詰めてくる一時の甘い時間に酔いしれた。
「往年の名作に『鳥』というパニック映画がありますけれど、こちらは一羽であのインパクトですからね。
貴方ならもしかして避けきれるかと思っていたのですが、案の定でした。
ただ、そうやって無垢な煌めきを宿して無防備に見開いた綺麗な瞳を拝見出来る機会はそうそうありませんから、眼福です。
最近の貴方の笑みとか全体の雰囲気が瑞々しい生気に満ちた大輪の花のようになって、それはそれで水を滴らせたダイアモンドのようで綺麗ですが、そういうあどけない表情を、しかも前髪を上げたままで浮かべていらっしゃるのを見られるのは私だけの特権のようで嬉しいです。
わざわざ地下鉄に乗って来た甲斐が有りました。
そのパンを千切って鳥に食べさせに参りますか?そういう穏やかな時間もこの頃は全く取れなくて申し訳なく思っていたのも事実です」
鳥類にさしたる興味もないが、祐樹が隣に居てくれるなら何でも嬉しい上に、鳥に餌を上げるというシーンはテレビの中だけでしか観たことがないのも事実で、実際にしてみるいい機会だった。
「そうだな……。では河原の方へと下りるか?この恰好だと何だか恥ずかしいが……」
先ほど居た四条河原町とは異なって出町柳は学生達も多いので何だか気恥ずかしいのも事実だったし。
確かにこの橋を渡る学生達はあの鳥たちの存在を知っているらしく、今時の学生の流行りなのかリュックを前に抱いて速足で通り過ぎていく。中にはそれでも「取られた」と悲痛な声を上げている女子大生と思しき人もちらほら存在している。
「予め備えていてもあの有様ですからね……。この橋を渡る時には食べ物を持っていてはいけないらしいですよ。
ああ、呉先生なら絶対に取られますよね……。機会が有れば森技官に耳打ちしておきます。あの人も割とそういうことを面白がる性格でしょうから。
そして頼られるのを何よりも好んでいますし、打ってつけの散歩でしょうね、あの二人にとっては……。
それに母からのメール貴方にも行っているでしょう?例の出版記念だか何百万部突破だかのパーティの時にお会い出来るのを楽しみにしていますと呉先生から丁重なメールが来たとかで、母もとても喜んでいました。
私にまでそんなメールが来るのですから当然貴方には更に長い文面で送信されているハズです。
血を分けた実の息子よりも、その恋人の貴方のことをずっと気遣っていますからね。まあ、私としては親孝行が出来て一石二鳥ですが」
河原へ下りる小さな道は足元に注意していないと直ぐに転びそうになる。要所要所では祐樹の腕が優しくリードしてくれていたが。
そういう何気ない優しさも祐樹の魅力の一つだったし、それに甘えられて委ねられることが出来る自分の立場を心の底から嬉しく思った。メールは来ていると眼差しで伝えながら転倒だけはしないように気を付けて下りた。職業上、ケガ――しかもこんなプライベートな場面では特に――をしないようにとか体調管理には留意している。
「ビニール袋は破いた……」
河原へと無事に下りて手に持ったメロンパンを目の辺りに掲げた瞬間、虚空から羽ばたきと共に飛鳥が一直線に疾風のように下りて来たことを確認して腕を伸ばした。
百戦錬磨と思しき鳥なのでビニール袋の破り方くらい知っていそうだった。それに最新の学説では恐竜から進化したのが鳥だそうで、知性も持ち合わせていると書いてあった記憶がある。
「今はスーツとシャツに覆われていますが、貴方の二の腕の細さと形の良さは手術室ナースの密かな憧れの的だそうですよ。
彼女達だけではなくて、もちろん私もその点『にも』惹かれていますが。
指の長さと形の良さが一目惚れの原因でしたが、しなやかに伸びた二の腕の方が細いのはある意味少年めいていて、庇護欲をそそります。
肌を隠すモノがないという点では病院内でも自宅でも変わりがないのはとても残念です。
職業上仕方のないことでは有りますが……」
以前は自分が努力して得たモノの方が、生まれつき持ち合わせている身体とか容姿よりも重要だと頑なに信じ込んでいた。しかし、今は祐樹が褒めてくれるのなら何だってとても嬉しい。
「そうなのか?手術室のナースが何を言っているかは知らないが、この世に一人しかいない最愛の祐樹の視線を奪えるのならとても嬉しい。……祐樹の熱い体温と乾いた指で触れてくれたなら、もっと幸せなのだが……」
あっという間に――ドラマで観た鳥はもっと上品にパンを啄んでいたような気もするが現実はこんなものなのだろう――メロンパンが無くなってしまっていた。
その代わり祐樹の熱の帯びた眼差しが二の腕を直接焼くように見つめていて、身体の奥に妖しい熱が花のように開いていく。その甘く切ない疼きに背筋を震わせた。
突如として巻き起こった小さな疾風と羽ばたきの音に反射的神経だけで対応した。この小ささとは思えないほどの迫力に一瞬頭が真っ白になってしまって。
「まあ、ある程度は想定していましたけれど、この橋に何時もいる鳥――正式名称はあいにく存じ上げていませんが――はパンなどの食べ物を持つ人間には特に目敏いらしいです。
そして、取られない人間というのは、予め心の準備が出来ている人だけらしいですよ。それ以外は『絶対に』取られるとか。
貴方の反射神経も殊更優れていることは存じ上げていましたから、予備知識なしで臨んだらどういう結果になるか試してみたかったのです。
本当は軽いパニックに陥れて恋人の胸に顔をうずめる貴方のアクションを淡く期待はしていたのですが、なかなかそう上手くはいかないようですね」
咄嗟の出来事に目を見開いたままの自分の顔を真面目な感じで見下ろしてくる祐樹が口調とは裏腹にちっとも残念そうではなく、むしろ誇らしそうな輝きを瞳に宿している。
「いや、とてもビックリした。だからこのメロンパンなのか……?
それにしてもあの鳥の小ささとは裏腹の凄い迫力にとても驚いて防ぐのがやっとだった。
ただ、このゲームはとても面白いな。
確かにあの勢いと迫力に圧倒されて手に持ったパンなどは手放してしまうだろうが……」
祐樹の悪戯っ子のような瞳の輝きが称賛の色を宿して自分だけを見詰めてくる一時の甘い時間に酔いしれた。
「往年の名作に『鳥』というパニック映画がありますけれど、こちらは一羽であのインパクトですからね。
貴方ならもしかして避けきれるかと思っていたのですが、案の定でした。
ただ、そうやって無垢な煌めきを宿して無防備に見開いた綺麗な瞳を拝見出来る機会はそうそうありませんから、眼福です。
最近の貴方の笑みとか全体の雰囲気が瑞々しい生気に満ちた大輪の花のようになって、それはそれで水を滴らせたダイアモンドのようで綺麗ですが、そういうあどけない表情を、しかも前髪を上げたままで浮かべていらっしゃるのを見られるのは私だけの特権のようで嬉しいです。
わざわざ地下鉄に乗って来た甲斐が有りました。
そのパンを千切って鳥に食べさせに参りますか?そういう穏やかな時間もこの頃は全く取れなくて申し訳なく思っていたのも事実です」
鳥類にさしたる興味もないが、祐樹が隣に居てくれるなら何でも嬉しい上に、鳥に餌を上げるというシーンはテレビの中だけでしか観たことがないのも事実で、実際にしてみるいい機会だった。
「そうだな……。では河原の方へと下りるか?この恰好だと何だか恥ずかしいが……」
先ほど居た四条河原町とは異なって出町柳は学生達も多いので何だか気恥ずかしいのも事実だったし。
確かにこの橋を渡る学生達はあの鳥たちの存在を知っているらしく、今時の学生の流行りなのかリュックを前に抱いて速足で通り過ぎていく。中にはそれでも「取られた」と悲痛な声を上げている女子大生と思しき人もちらほら存在している。
「予め備えていてもあの有様ですからね……。この橋を渡る時には食べ物を持っていてはいけないらしいですよ。
ああ、呉先生なら絶対に取られますよね……。機会が有れば森技官に耳打ちしておきます。あの人も割とそういうことを面白がる性格でしょうから。
そして頼られるのを何よりも好んでいますし、打ってつけの散歩でしょうね、あの二人にとっては……。
それに母からのメール貴方にも行っているでしょう?例の出版記念だか何百万部突破だかのパーティの時にお会い出来るのを楽しみにしていますと呉先生から丁重なメールが来たとかで、母もとても喜んでいました。
私にまでそんなメールが来るのですから当然貴方には更に長い文面で送信されているハズです。
血を分けた実の息子よりも、その恋人の貴方のことをずっと気遣っていますからね。まあ、私としては親孝行が出来て一石二鳥ですが」
河原へ下りる小さな道は足元に注意していないと直ぐに転びそうになる。要所要所では祐樹の腕が優しくリードしてくれていたが。
そういう何気ない優しさも祐樹の魅力の一つだったし、それに甘えられて委ねられることが出来る自分の立場を心の底から嬉しく思った。メールは来ていると眼差しで伝えながら転倒だけはしないように気を付けて下りた。職業上、ケガ――しかもこんなプライベートな場面では特に――をしないようにとか体調管理には留意している。
「ビニール袋は破いた……」
河原へと無事に下りて手に持ったメロンパンを目の辺りに掲げた瞬間、虚空から羽ばたきと共に飛鳥が一直線に疾風のように下りて来たことを確認して腕を伸ばした。
百戦錬磨と思しき鳥なのでビニール袋の破り方くらい知っていそうだった。それに最新の学説では恐竜から進化したのが鳥だそうで、知性も持ち合わせていると書いてあった記憶がある。
「今はスーツとシャツに覆われていますが、貴方の二の腕の細さと形の良さは手術室ナースの密かな憧れの的だそうですよ。
彼女達だけではなくて、もちろん私もその点『にも』惹かれていますが。
指の長さと形の良さが一目惚れの原因でしたが、しなやかに伸びた二の腕の方が細いのはある意味少年めいていて、庇護欲をそそります。
肌を隠すモノがないという点では病院内でも自宅でも変わりがないのはとても残念です。
職業上仕方のないことでは有りますが……」
以前は自分が努力して得たモノの方が、生まれつき持ち合わせている身体とか容姿よりも重要だと頑なに信じ込んでいた。しかし、今は祐樹が褒めてくれるのなら何だってとても嬉しい。
「そうなのか?手術室のナースが何を言っているかは知らないが、この世に一人しかいない最愛の祐樹の視線を奪えるのならとても嬉しい。……祐樹の熱い体温と乾いた指で触れてくれたなら、もっと幸せなのだが……」
あっという間に――ドラマで観た鳥はもっと上品にパンを啄んでいたような気もするが現実はこんなものなのだろう――メロンパンが無くなってしまっていた。
その代わり祐樹の熱の帯びた眼差しが二の腕を直接焼くように見つめていて、身体の奥に妖しい熱が花のように開いていく。その甘く切ない疼きに背筋を震わせた。
リアバタに拍車がかかってしまいまして、出来る時にしか更新出来ませんが倒れない程度には頑張りたいと思いますので何卒ご理解頂けますようにお願い致します。
【お詫び】
リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
更新を気長にお待ち下さると幸いです。
本当に申し訳ありません。
【お詫び】
リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
更新を気長にお待ち下さると幸いです。
本当に申し訳ありません。
◆私信◆
ここを知っているリア友様へ。
例の件、今日が締め切りです(泣)連絡下さいませ~!
こうやま みか拝