「田中先生が同居人に見せびらかすというか……自慢するようなことだけは謹んで戴けたらなぁと……。
私には絶対に無理な要求なので、その点だけが気になりました。同居人も田中先生相手だとムキになる可能性が高い上にあの負けず嫌いの性格ですから……」
呉先生の途方に暮れた声が可憐に揺れているのも、却って暖かい幸せ色に鮮やかな彩りを添えてくれるようだった。確かに手先の器用さにだけは自信がある自分と比べると呉先生はどちらかというと不器用なのは知っている。そして普段家事などの細々したことも全力でスルーしているのは「夏」の事件の時に知ってしまった。だから最愛の森技官に――といっても、森技官は祐樹以上に「手編みのマフラー」などはハナで笑うタイプの性格なので大丈夫そうだが、祐樹が下手なことを言うと妙な対抗心を燃やしそうなきはする。呉先生もそれを懸念しているのだろう。
テーブルの上に並べられた京野菜をふんだんに使った料理を残して仲居さんが障子を閉めるのを待ってからおもむろに唇を開いた。
「それは大丈夫ですよ。そもそも、ゆ……田中先生のお母様を森技官と呉先生と同じテーブルにしたらどうかと言い出したのですから。
根っこのところでは森技官のことをかなり買っていますよ。そうは見えないかもしれませんが。
そういう呉先生に被害が及びそうなことはよりいっそうのこと避けるでしょう。呉先生のことは元々好意を持っていましたし……」
それは自分だってそうだったが、自分が国際公開手術のためベルリンに出張中、決死の覚悟で救急救命室に伝手を辿って相談に来た呉先生と話した時から、祐樹は心の底から呉先生のことを案じて行動して――といっても自分の手術ミスのでっち上げ画像の件で森技官に敵意を抱いてしまったのは仕方のないことだろうが――いたのは後から聞いて知っていた。好意といっても恋愛感情ではないということは祐樹が口を酸っぱくなるまで説明してくれたし、愛の交歓の時も同様だったので心配性というか自分に自信がなかった当時の自分もその件については了承済みだった。
「有難う御座います。一安心しました。さて、改めて教授と田中先生の『披露宴』に乾杯しましょう。
ビールで良いですか?それとも冷やの日本酒にしますか?」
先にビールが運ばれて来ていて一度は乾杯したが、こういう薔薇色の幸せ色に弾んだ気持ちはまさに一生に一度の機会だったし、呉先生は一番の理解者かつ茶化さない人なのは知っている。先程彼から提案された杉田弁護士などは時々お茶目なイタズラのためだけに「大人のおもちゃ」を送りつけて自分の反応を面白がっている遊び心も持ち合わせているが呉先生はいつも親身になって相談とか惚気話に真面目に答えて貰っているので。
「ビールの方が乾杯には向いていますが、和風、殊に京風の料理は日本酒の方が当たり外れはないので、日本酒にしましょうか?
鯛の和風カルパッチョ風味のお造りなどは隠し味に和のテイストをふんだんに取り入れているので、ビールよりも日本酒の方がしっくりと合うので……。一度ワインと共に賞味したことがあるのですが、両方とも最高級にも関わらず余り美味しくなかったです。
お互いの良さを消してしまう働きも有るようですね。
だから板前さんお勧めの日本酒の方が無難だと思います」
一度呑んだお酒でも、和食の繊細な素材次第で――野菜がメインとはいえ繊細かつ緻密な和食は板長の匠の技とか料理法は季節によって異なる――ぴったりと合う日本酒を「お任せ」で注文していた。
「そうですか?では改めまして、お二人の公私共々前途洋洋な未来に向かって乾杯」
呉先生はなみなみと注がれた日本酒の入っている青色のギアマンの薩摩切子を高く掲げてスミレの花が一斉に咲き誇ったような綺麗かつ可憐な笑顔でグラスを宙に浮かせている。
ギアマンの繊細な音が畳の清らかな薫りのする個室に響き渡った。
祐樹との乾杯は自分でも数えきれないほど交わしてきたし、それはそれで心が宙に舞い散るように嬉しい出来事だったが、気の置けない――そして、呉先生が一番大切にしているスミレの花をかたどったような綺麗な指輪を貸してくれる――呉先生と乾杯するのも心弾む出来事だった。
「この茶わん蒸し……、卵の色が若干赤いですよね……。
それにこんなに小さい食器で供されたのは初めてです」
祐樹と訪れた時にも同じような茶碗蒸しが出されたが、確かに自分が作る茶わん蒸しよりも赤かった。野菜をメインにと――日本人だけでなくて、健康志向のアメリカ人も絶賛したと聞いている――の店の方針で人参を擦り下したモノが入っていると聞いていた。それに卵と人参の薄い膜の下にメインの食材が隠してある。
「苦手な食べ物とかアレルギーはないですよね?だったら、この木の匙で召し上がってみてください。意外なモノが隠れていますので……」
呉先生は「アレルギーはないですし、嫌いなモノはないです」と告げてからスミレ色に煌めく笑みを浮かべて木の匙を華奢な指で持って茶わん蒸しに挑戦している。
「ああ、人参の味がほんのりとしますね……。卵と強めの出汁の味が美味しい……、え?最上級のウニがメインですか……。こんな料理を頂くのは初めてですが、とても美味しいです。ウニの潮の香りとか独特の味を引き立てるために卵の膜と……そしてウニを連想させるように細かく刻んだ人参ですか……。流石は教授ご推薦のお店だけのことはありますね」
呉先生も感心した感じで木の匙を華奢な指で動かしながら感嘆の吐息を漏らしている。
「田中先生も同居人に対して認識を改めて下さったかと思いますが…………」
京料理には珍しく厚めに切った鯛のカルパッチョ――もちろんドレッシングは醤油と味噌が絶妙なバランスで配合されている――を幸せそうに可憐な唇に入れている呉先生は先程のようにスミレ色の笑みは浮かべたままに羞恥の紅さで頬を染めていた。
「はい。それは確かですね。『夏』の事件の時の全面協力とか……。それに国民の税金を無駄に使わせないという森技官の堅い信念を垣間見たのも好感度アップの要因だったようですが……」
「夏」と聞いて、呉先生の頬が更に羞恥の色を濃くしている。
思い当たることが有ったものの、それを口に出して良いものなのかは判断が出来なくてシャキシャキの水菜を鯛のお造りに挟んで口の中に入れて日本酒で唇を湿らせた。
他のアルコールと異なって日本酒はそうたくさんは呑めないので。
「カルパッチョと名前が付いてはいますが、要は鯛のお造りですよね。このお酒にとても合いますね」
呉先生が言いたくないのならスルーして料理談義に話を移すだろうという目論見も有って敢えて二択の選択肢を用意した。
「『夏』の事件の直後のことですけれども……」
二月にも関わらず日中に暖かい日が続いて咲くかどうかを迷っているスミレの風情で呉先生は言いよどみながらも意を決したように言葉を紡いでいる。
私には絶対に無理な要求なので、その点だけが気になりました。同居人も田中先生相手だとムキになる可能性が高い上にあの負けず嫌いの性格ですから……」
呉先生の途方に暮れた声が可憐に揺れているのも、却って暖かい幸せ色に鮮やかな彩りを添えてくれるようだった。確かに手先の器用さにだけは自信がある自分と比べると呉先生はどちらかというと不器用なのは知っている。そして普段家事などの細々したことも全力でスルーしているのは「夏」の事件の時に知ってしまった。だから最愛の森技官に――といっても、森技官は祐樹以上に「手編みのマフラー」などはハナで笑うタイプの性格なので大丈夫そうだが、祐樹が下手なことを言うと妙な対抗心を燃やしそうなきはする。呉先生もそれを懸念しているのだろう。
テーブルの上に並べられた京野菜をふんだんに使った料理を残して仲居さんが障子を閉めるのを待ってからおもむろに唇を開いた。
「それは大丈夫ですよ。そもそも、ゆ……田中先生のお母様を森技官と呉先生と同じテーブルにしたらどうかと言い出したのですから。
根っこのところでは森技官のことをかなり買っていますよ。そうは見えないかもしれませんが。
そういう呉先生に被害が及びそうなことはよりいっそうのこと避けるでしょう。呉先生のことは元々好意を持っていましたし……」
それは自分だってそうだったが、自分が国際公開手術のためベルリンに出張中、決死の覚悟で救急救命室に伝手を辿って相談に来た呉先生と話した時から、祐樹は心の底から呉先生のことを案じて行動して――といっても自分の手術ミスのでっち上げ画像の件で森技官に敵意を抱いてしまったのは仕方のないことだろうが――いたのは後から聞いて知っていた。好意といっても恋愛感情ではないということは祐樹が口を酸っぱくなるまで説明してくれたし、愛の交歓の時も同様だったので心配性というか自分に自信がなかった当時の自分もその件については了承済みだった。
「有難う御座います。一安心しました。さて、改めて教授と田中先生の『披露宴』に乾杯しましょう。
ビールで良いですか?それとも冷やの日本酒にしますか?」
先にビールが運ばれて来ていて一度は乾杯したが、こういう薔薇色の幸せ色に弾んだ気持ちはまさに一生に一度の機会だったし、呉先生は一番の理解者かつ茶化さない人なのは知っている。先程彼から提案された杉田弁護士などは時々お茶目なイタズラのためだけに「大人のおもちゃ」を送りつけて自分の反応を面白がっている遊び心も持ち合わせているが呉先生はいつも親身になって相談とか惚気話に真面目に答えて貰っているので。
「ビールの方が乾杯には向いていますが、和風、殊に京風の料理は日本酒の方が当たり外れはないので、日本酒にしましょうか?
鯛の和風カルパッチョ風味のお造りなどは隠し味に和のテイストをふんだんに取り入れているので、ビールよりも日本酒の方がしっくりと合うので……。一度ワインと共に賞味したことがあるのですが、両方とも最高級にも関わらず余り美味しくなかったです。
お互いの良さを消してしまう働きも有るようですね。
だから板前さんお勧めの日本酒の方が無難だと思います」
一度呑んだお酒でも、和食の繊細な素材次第で――野菜がメインとはいえ繊細かつ緻密な和食は板長の匠の技とか料理法は季節によって異なる――ぴったりと合う日本酒を「お任せ」で注文していた。
「そうですか?では改めまして、お二人の公私共々前途洋洋な未来に向かって乾杯」
呉先生はなみなみと注がれた日本酒の入っている青色のギアマンの薩摩切子を高く掲げてスミレの花が一斉に咲き誇ったような綺麗かつ可憐な笑顔でグラスを宙に浮かせている。
ギアマンの繊細な音が畳の清らかな薫りのする個室に響き渡った。
祐樹との乾杯は自分でも数えきれないほど交わしてきたし、それはそれで心が宙に舞い散るように嬉しい出来事だったが、気の置けない――そして、呉先生が一番大切にしているスミレの花をかたどったような綺麗な指輪を貸してくれる――呉先生と乾杯するのも心弾む出来事だった。
「この茶わん蒸し……、卵の色が若干赤いですよね……。
それにこんなに小さい食器で供されたのは初めてです」
祐樹と訪れた時にも同じような茶碗蒸しが出されたが、確かに自分が作る茶わん蒸しよりも赤かった。野菜をメインにと――日本人だけでなくて、健康志向のアメリカ人も絶賛したと聞いている――の店の方針で人参を擦り下したモノが入っていると聞いていた。それに卵と人参の薄い膜の下にメインの食材が隠してある。
「苦手な食べ物とかアレルギーはないですよね?だったら、この木の匙で召し上がってみてください。意外なモノが隠れていますので……」
呉先生は「アレルギーはないですし、嫌いなモノはないです」と告げてからスミレ色に煌めく笑みを浮かべて木の匙を華奢な指で持って茶わん蒸しに挑戦している。
「ああ、人参の味がほんのりとしますね……。卵と強めの出汁の味が美味しい……、え?最上級のウニがメインですか……。こんな料理を頂くのは初めてですが、とても美味しいです。ウニの潮の香りとか独特の味を引き立てるために卵の膜と……そしてウニを連想させるように細かく刻んだ人参ですか……。流石は教授ご推薦のお店だけのことはありますね」
呉先生も感心した感じで木の匙を華奢な指で動かしながら感嘆の吐息を漏らしている。
「田中先生も同居人に対して認識を改めて下さったかと思いますが…………」
京料理には珍しく厚めに切った鯛のカルパッチョ――もちろんドレッシングは醤油と味噌が絶妙なバランスで配合されている――を幸せそうに可憐な唇に入れている呉先生は先程のようにスミレ色の笑みは浮かべたままに羞恥の紅さで頬を染めていた。
「はい。それは確かですね。『夏』の事件の時の全面協力とか……。それに国民の税金を無駄に使わせないという森技官の堅い信念を垣間見たのも好感度アップの要因だったようですが……」
「夏」と聞いて、呉先生の頬が更に羞恥の色を濃くしている。
思い当たることが有ったものの、それを口に出して良いものなのかは判断が出来なくてシャキシャキの水菜を鯛のお造りに挟んで口の中に入れて日本酒で唇を湿らせた。
他のアルコールと異なって日本酒はそうたくさんは呑めないので。
「カルパッチョと名前が付いてはいますが、要は鯛のお造りですよね。このお酒にとても合いますね」
呉先生が言いたくないのならスルーして料理談義に話を移すだろうという目論見も有って敢えて二択の選択肢を用意した。
「『夏』の事件の直後のことですけれども……」
二月にも関わらず日中に暖かい日が続いて咲くかどうかを迷っているスミレの風情で呉先生は言いよどみながらも意を決したように言葉を紡いでいる。
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少し前に読書が趣味(腐った本もそうでない本も含めて)とか書きましたが、
小説書くのも趣味ですけれど、他人様が書いたモノの方が新鮮味も有って面白いのです。
コメやブログ記事、そしてランキングクリックがなければ多分そちらの誘惑に負けてしまいそうです~!!こちらに引き止めて下さって有難う御座います。
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最後まで読んで下さいまして感謝です!!
こうやま みか拝