「申し訳有りません。失礼しました。裕子と申します。裕子は女優さんの田中裕子と同じ字です」
自分の名前に酷似しているな……とは思ったが、どうでも良いことなので口には出さない。ありがちな名前でもあるので。
「了解しました。で、他の画面は何だったのですか」
そろそろ帰宅しないと滅多に過ごせない平日の二人きりの夜の時間が勿体ない。
「はい。香川教授のインタビュー記事でした。医師向けのサイトもありましたし、一般雑誌の有料記事もありました」
医師向けのサイトは医師免許の番号と氏名が一致しないと会員にはなれないサービスだ。ただ、そのサイトそのものは医療関係者を始めとして医学に少しでも興味のある素人も良く知っているのでそうそう驚きはしなかったが。
祐樹最愛の彼は心臓バイパス術で日本屈指の手技を誇っている看板教授なだけに病院側としても露出に熱心だ。だから病院長命令で時々はお堅い雑誌のインタビューを受けている。
「では、香川教授関連ばかりということになりますね……。脳外科の医局に居ながら未だ未練が捨てきれないのですか」
内心の暗澹たる思いと共に闘志がわいてくる。ただ、表情も口調も「呆れた」という感じを演出してみた。
そもそも、最愛の彼に仕事以外の関心などないフリをしなくてはならない身の上だった。
その脳外科の戸田教授を激怒させたのだから病院内の出世は絶望的だ、それにも関わらずまだ病院にしがみついているのはひとえに祐樹最愛の彼の存在なのは確定的で、しかも「香川教授の懐刀」とウワサされている祐樹のことも良く知っている口ぶりだった。医局関係からは悉く嫌われているのに良くウワサが入ったな……と思ってしまう。それだけ偏執狂的に集めて回ったのだろうか……。
不定愁訴外来――元精神科所属――の呉先生の警告と共に無残に散らされた小さな命達のことも考え合わせると、ますます危険度が上がってしまう。
「しかし……一度医局に入ったらその分野での専門医を目指すしかありませんよね。ですから香川教授の心臓外科は絶対に無理です。それなのにあのセンセーはそういう現実をちっとも分かっていらっしゃらないのかと……」
彼女は無残な亡骸を実際に目撃した衝撃からか、華奢な肩を震わせている。あるいは、研修医のクセに人もなげに振る舞う井藤への怒りなのかもしれなかったが。
「しかし、何故その画面が香川教授のインタビューだと分かったのですか……」
医局は当然のことながら人の出入りが多いのでのんびりとPCの前で盗み見めいたことをしている余裕はないハズだ。たとえそのデスクが医局の嫌われ者の研修医のモノであってもやはり常識的な反発は必至だろう。
「いえ、全てに教授のお写真が載っていましたので直ぐに分かりました。
あの端整で怜悧なお顔は一目拝見すれば分かりますので」
雑誌によっては談話のみという扱いもあるが、殆どが写真付きだった。
端整で怜悧な容貌というのは祐樹も全く異存はない。出会ってから随分になるが、病院や厚労省で見せる彼の形容にはとても相応しい。
二人きりの時には全く違った顔を見せてくれるのは祐樹だけの胸に収めておくことにする。
「ああ、なるほど。それならば納得です。記事本文を読まなくても分かりますからね」
あれだけ魅力的な容貌の持ち主なのに本人だけがあまりピンと来ていないのも今の場合は危険だった。
井藤がどういう積もりで執拗に追い回しているのかは未だ不明だったが。
彼の手技が天賦の才能だと思い込みむやみやたらと嫉妬と敵意の対象になっているのか。
それとも祐樹の直感通り、彼に一方的に惚れているのか。病院内限定に限った話だが遠くで見守るだけなら百歩、いや千歩譲って許しても良いような仏心くらいは持ち合わせている。しかし、それはあくまでも相手が正常な精神状態に限っての話しで、井藤とやらは論外だった。
それに呉先生が血を見るのが大嫌いということに唖然としてしまった過去を持つ祐樹だったが、精神的におかしい人間の相手をするのは苦手過ぎていつになく精神力を消耗した気がする。
こういう時は、詳しい人間の力を借りるしか手段はない。
森技官が明日来てくれるのを待つしかない。彼も祐樹程度の直感は持ち合わせているし、何よりも祐樹以上に好戦的な彼の性格ならどうするかを――あくまで彼の協力が得られればの話しだが――出来れば聞いてみたい。恋人の呉先生の尻に敷かれている森技官なので、彼の口添えが有ったら動かざるを得ないだろうが。
それに何より今は厚労省の講演なども引き受けているので保護対象人物に認定されているハズだ。そうそうムゲには出来ないだろう。東京でも彼の身に不測の事態が起こることのないように藤宮さんという任務至上主義の腹心の部下をつけてくれているくらいだ。藤宮さんは最新鋭のロボットか何かのように与えられたミッションは完璧にこなす能力を持ち合わせているが、それ以外のことは全く考えないという、ある意味高級官僚らしからぬ一面がある。
ちなみに同じ医局の柏木先生の奥さんと従姉妹ではあるが、性格は全く異なる。ただ、旧姓藤宮さんも手術室の道具出し係だったので運動神経とか正確さを求められはするが患者様と話す機会のないという点でもしかしたら従姉妹と似ているのかも知れなかったが。
「香川教授の手術を見に行っているというのは初耳でしたが、PCの画面が全部香川教授なのに驚いてしまって、そっとデスクのファイルまで見てしまいました。もちろん、辺りの気配を伺いながらですけど……」
誰にでも丁寧な口調で語りかける最愛の彼はその実績を鼻にかけない謙虚さが病院内でも人気のあることは知っている。目の前の彼女もそういう好意的なウワサを嫌というほど聞いていたに違いない。
それに何より、その行動力は素晴らしい。久米先生とのセッティングを絶対に実現しようと改めて思う。彼女が喫煙所で愚痴をこぼしていたのは院内に深い繋がりを求めるのが第一目的のような気すらしてしまう。脳外科ではなく香川外科所属の誰かと知り合いたくて佇んでいたような。まぁそれ以前に井藤の小動物の酷い扱いにも深い憤りを覚えていたのだろうが。
「それは医局の一員として本当に有難いです。お礼を申し上げなければなりませんね。お礼の言葉だけでは足りないようですので、久米先生に絶対に紹介させて頂きます。
それで何か収穫は有りましたか」
彼女の持っている情報の深さを思えば久米先生の一人、いや十人でも売り飛ばしてもいいだろう。
彼女のアクアマリンの微笑がいっそう華やいだ。これは久米先生が余程の自爆行為を仕出かさない限りは大丈夫そうな感触だ。
久米先生も幸せになって欲しいが、それ以上に最愛の彼に狂気の牙が向くことがないように。
自分の名前に酷似しているな……とは思ったが、どうでも良いことなので口には出さない。ありがちな名前でもあるので。
「了解しました。で、他の画面は何だったのですか」
そろそろ帰宅しないと滅多に過ごせない平日の二人きりの夜の時間が勿体ない。
「はい。香川教授のインタビュー記事でした。医師向けのサイトもありましたし、一般雑誌の有料記事もありました」
医師向けのサイトは医師免許の番号と氏名が一致しないと会員にはなれないサービスだ。ただ、そのサイトそのものは医療関係者を始めとして医学に少しでも興味のある素人も良く知っているのでそうそう驚きはしなかったが。
祐樹最愛の彼は心臓バイパス術で日本屈指の手技を誇っている看板教授なだけに病院側としても露出に熱心だ。だから病院長命令で時々はお堅い雑誌のインタビューを受けている。
「では、香川教授関連ばかりということになりますね……。脳外科の医局に居ながら未だ未練が捨てきれないのですか」
内心の暗澹たる思いと共に闘志がわいてくる。ただ、表情も口調も「呆れた」という感じを演出してみた。
そもそも、最愛の彼に仕事以外の関心などないフリをしなくてはならない身の上だった。
その脳外科の戸田教授を激怒させたのだから病院内の出世は絶望的だ、それにも関わらずまだ病院にしがみついているのはひとえに祐樹最愛の彼の存在なのは確定的で、しかも「香川教授の懐刀」とウワサされている祐樹のことも良く知っている口ぶりだった。医局関係からは悉く嫌われているのに良くウワサが入ったな……と思ってしまう。それだけ偏執狂的に集めて回ったのだろうか……。
不定愁訴外来――元精神科所属――の呉先生の警告と共に無残に散らされた小さな命達のことも考え合わせると、ますます危険度が上がってしまう。
「しかし……一度医局に入ったらその分野での専門医を目指すしかありませんよね。ですから香川教授の心臓外科は絶対に無理です。それなのにあのセンセーはそういう現実をちっとも分かっていらっしゃらないのかと……」
彼女は無残な亡骸を実際に目撃した衝撃からか、華奢な肩を震わせている。あるいは、研修医のクセに人もなげに振る舞う井藤への怒りなのかもしれなかったが。
「しかし、何故その画面が香川教授のインタビューだと分かったのですか……」
医局は当然のことながら人の出入りが多いのでのんびりとPCの前で盗み見めいたことをしている余裕はないハズだ。たとえそのデスクが医局の嫌われ者の研修医のモノであってもやはり常識的な反発は必至だろう。
「いえ、全てに教授のお写真が載っていましたので直ぐに分かりました。
あの端整で怜悧なお顔は一目拝見すれば分かりますので」
雑誌によっては談話のみという扱いもあるが、殆どが写真付きだった。
端整で怜悧な容貌というのは祐樹も全く異存はない。出会ってから随分になるが、病院や厚労省で見せる彼の形容にはとても相応しい。
二人きりの時には全く違った顔を見せてくれるのは祐樹だけの胸に収めておくことにする。
「ああ、なるほど。それならば納得です。記事本文を読まなくても分かりますからね」
あれだけ魅力的な容貌の持ち主なのに本人だけがあまりピンと来ていないのも今の場合は危険だった。
井藤がどういう積もりで執拗に追い回しているのかは未だ不明だったが。
彼の手技が天賦の才能だと思い込みむやみやたらと嫉妬と敵意の対象になっているのか。
それとも祐樹の直感通り、彼に一方的に惚れているのか。病院内限定に限った話だが遠くで見守るだけなら百歩、いや千歩譲って許しても良いような仏心くらいは持ち合わせている。しかし、それはあくまでも相手が正常な精神状態に限っての話しで、井藤とやらは論外だった。
それに呉先生が血を見るのが大嫌いということに唖然としてしまった過去を持つ祐樹だったが、精神的におかしい人間の相手をするのは苦手過ぎていつになく精神力を消耗した気がする。
こういう時は、詳しい人間の力を借りるしか手段はない。
森技官が明日来てくれるのを待つしかない。彼も祐樹程度の直感は持ち合わせているし、何よりも祐樹以上に好戦的な彼の性格ならどうするかを――あくまで彼の協力が得られればの話しだが――出来れば聞いてみたい。恋人の呉先生の尻に敷かれている森技官なので、彼の口添えが有ったら動かざるを得ないだろうが。
それに何より今は厚労省の講演なども引き受けているので保護対象人物に認定されているハズだ。そうそうムゲには出来ないだろう。東京でも彼の身に不測の事態が起こることのないように藤宮さんという任務至上主義の腹心の部下をつけてくれているくらいだ。藤宮さんは最新鋭のロボットか何かのように与えられたミッションは完璧にこなす能力を持ち合わせているが、それ以外のことは全く考えないという、ある意味高級官僚らしからぬ一面がある。
ちなみに同じ医局の柏木先生の奥さんと従姉妹ではあるが、性格は全く異なる。ただ、旧姓藤宮さんも手術室の道具出し係だったので運動神経とか正確さを求められはするが患者様と話す機会のないという点でもしかしたら従姉妹と似ているのかも知れなかったが。
「香川教授の手術を見に行っているというのは初耳でしたが、PCの画面が全部香川教授なのに驚いてしまって、そっとデスクのファイルまで見てしまいました。もちろん、辺りの気配を伺いながらですけど……」
誰にでも丁寧な口調で語りかける最愛の彼はその実績を鼻にかけない謙虚さが病院内でも人気のあることは知っている。目の前の彼女もそういう好意的なウワサを嫌というほど聞いていたに違いない。
それに何より、その行動力は素晴らしい。久米先生とのセッティングを絶対に実現しようと改めて思う。彼女が喫煙所で愚痴をこぼしていたのは院内に深い繋がりを求めるのが第一目的のような気すらしてしまう。脳外科ではなく香川外科所属の誰かと知り合いたくて佇んでいたような。まぁそれ以前に井藤の小動物の酷い扱いにも深い憤りを覚えていたのだろうが。
「それは医局の一員として本当に有難いです。お礼を申し上げなければなりませんね。お礼の言葉だけでは足りないようですので、久米先生に絶対に紹介させて頂きます。
それで何か収穫は有りましたか」
彼女の持っている情報の深さを思えば久米先生の一人、いや十人でも売り飛ばしてもいいだろう。
彼女のアクアマリンの微笑がいっそう華やいだ。これは久米先生が余程の自爆行為を仕出かさない限りは大丈夫そうな感触だ。
久米先生も幸せになって欲しいが、それ以上に最愛の彼に狂気の牙が向くことがないように。
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諸般の事情で途中で切れてしまっていた『気分は、下剋上』《夏》ですが、旧ブログに跳んで読んでください!と申し上げるにはあまりにも長いのでこちらに引っ越しします。
『前のブログで読んだよ(怒)』な方、誠に申し訳ありませんが何卒ご理解とご寛恕くださいませ。
『前のブログで読んだよ(怒)』な方、誠に申し訳ありませんが何卒ご理解とご寛恕くださいませ。
何だか長くお休みを頂いている間にYahoo!さんにも日本ぶろぐ村にも仕様変更が有ったらしく、メカ音痴な私はサッパリ分かりません(泣)
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