「ああ、そう言えば患者さんに山科さんっていらっしゃいましたよね、私が主治医の。あの人は京都でかなりの影響力を持つ人らしいです。久米先生が『患者さんでなければ、畏れ多くて話も出来ないほど偉い人』と教えてくれました」
 至って普通の人という感じの患者さんだった。祐樹は割と気難しい患者さんの主治医を務めることが多いので内心は楽勝だと思っていた。ただ、久米先生の実家は京都市内のクリニックというある意味地元の名士的なお父さんでも頭が上がらない人だと祐樹に教えてくれたのだろう。
 久米先生はプライベートでは頼りないし買い物を頼めば100%ミスをするというある意味(イジ)り甲斐のある人なのだけれども外科医としての潜在(ポテン)能力(シャル)は祐樹が羨むほどの天稟を秘めているし、仕事面では申し分のない働きをする。
 外科専攻の学生がこぞって入局を望むのが心臓外科――いや正確には横で顔を輝かせながら強風を待ち望んでいる最愛の人が率いる香川外科――なので競争率は祐樹の頃よりも高くなっている。
 流石はその難関を突破しただけのことはあるなとしみじみと思った。ただ、最愛の人はコミュニケーション能力に劣等感を抱いていたので、外科医としての能力と共に自分には欠けている能力の高い学生を選んでいる。
 そういう点でも久米先生は選ばれたのだから祐樹に耳打ちしてくれたのはある意味当然かもしれない。
 最愛の人の面接では「今日の日経平均株価をご存知ですか?」とか聞くらしい。選考に一介の医局員でしかない祐樹は立ち会えないので隣で美味しそうに「きのこの山」をデザートとして薄紅色の唇に運んでいる恋人から聞いただけだけれども。
 医学部生は専門外なので――まあ、趣味が株式投資やFXという医学部生も世の中には居るらしいが――当然戸惑う。「知りません」と言うかしどろもどろになるらしいけれども中には「日経平均はあいにく存じ上げませんけれどもメジャーリーガーの誰それの打率は知っています」みたいな返しが理想らしい。
 ちなみに最愛の人はPB(プライベートバンク)に莫大な資産運用を任せていると聞いているけれども「為替と株の値動き」のニュースは熱心に聞いているし、野球には全く興味を持っていないらしいがテレビで言っていたことは全て暗記してしまう能力を持っていることから誰それの打率も正解かどうか分かるらしい。
 それはそうと祐樹はそういう話題を自分の(ほう)へと誘導するのは得意なので久米先生世代でも多分香川外科に入局出来たと思う。その証拠に扱い辛い患者さんの主治医に指名されることが圧倒的に多い。
「山科さんに『(かつら)離宮(りきゅう)』の休館日?とにかく一般人が入れない日が有りますよね?そのような日でも一部の人が言えば入ることが出来るらしいと聞いた覚えが有るので頼んでみましょうか?」
 これが祐樹の閃いた寺院での――桂離宮は正確にいうと寺院ではないけれども――デートプランだった。
 国内外から彼の手技を慕って患者さんが集まって来ているのが実情で、当然ながら外国籍の人には社会保険は適用されない。全額自己負担になってしまうので所謂(いわゆる)富裕層が多い。そういう外国の人が退院後に体調に配慮しつつも日本観光をしてから帰国するという話は良く聞いている。何しろ世界的規模の外科医として認知される機会の一つである国際公開手術に備えて祐樹も英会話も必死で勉強したので留学経験の有る医師と比肩出来るほどになった。
 その関係上外国人の主治医に選ばれることも多いので自然とそういう話は聞こえてくる。
「え?良いのか……。あまり公私混同はしたくないのだけれども……」
 綺麗な笑みが日を浴びた花のような表情に一点だけ憂いの雲が懸かっているという風情だった。
「大丈夫だと思います。『香川教授は寸志(すんし)不要と伺ったのですが、何かお礼をしたいのです』と真顔で(おっしゃ)っていらしたので」
 隣に座っていた人は満開の花のような笑みを浮かべている。
「それならば、祐樹と二人っきりで庭園鑑賞が出来るな……。人目を気にせずという点が特に素敵だ」
 「例の地震」の負の副産物として二人の顔と名前の認知度が格段に上がった。だから以前よりも他人様の目を気にしなくてはならないという点が密かな不満だったのだろう。祐樹も同様だったのでその心境は痛いほど分かる。
 まあ、プラスの側面の(ほう)が大きかったと判断しているから贅沢な悩みなのかも知れないけれど。
「あっ!」
 「午後の紅茶」のペットボトルを持っている指が空中を指した。先ほどよりも強いゴウっという音で吹いて来た。
 晴天の空と(こけ)の地の間に藤の花が咲き乱れている。その空間に桜の花びらが無数に舞い散っている様子は絵に描いたよりも綺麗だった。
 桜吹雪だけでも充分に目を楽しませてくれるのに、紫のグラデーションも見事な藤の花が背景となっているのだから。
 そんな春の豪華な饗宴を二人して見ることが出来て多幸感に包まれた。その昂った気持ちのまま若干薄い肩を引き寄せて唇を重ねた。桜の花びらがそんな二人を隠すように舞いしきっていた。

    <了>




--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!


にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村



小説(BL)ランキング
2ポチ有難うございました<m(__)m>

















































腐女子の小説部屋 ライブドアブログ - にほんブログ村




PVアクセスランキング にほんブログ村