「私は不調法なので茶道を嗜んでいないのですけれど……」
 最愛の人も高校時代までは経済的に恵まれていなかったと聞いている。
 全国模試の結果は――本人が匿名を希望しない限り――受験者に配布されて、上位の人間の名前と高校名は載るというシステムだ。祐樹も別に匿名にする必要性が無いと判断したので数えきれないくらい載った覚えが有る。
 田舎の高校だったので「田中君って賢い」とか「凄いね、名前が載るなんて」などと女子に言われた記憶があるけれども――ちなみにそのクラスメイトと思しき人の顔も名前も覚えていない――そういうリストで名前を見ていた人間が医学部にはゴロゴロ居たのも事実だった。
 ただ、二歳上の最愛の人の名前は当然見ていない。
 それはともかくその名前を見た私立病院の馬鹿な令嬢が父親に言って病院の跡継ぎとしての将来と引き換えに生活費の援助を申し出てくれた。予備校代なども出してくれていたと聞いているけれども、修学旅行とかの学校行事のお金は遠慮したらしい。
 そういう人が学業と関係のない茶道などを習ってはいないだろうなと思いつつも聞いてみた。
「私もアメリカ時代に日本文化に興味を持っていた同僚に聞かれて慌てて本を読んだ程度だな……。ただ、その本には具体的な作法がイラスト入りで書いてあったので、出来ると思うのだが……。ただ祐樹は反対なのだろう?」
 先ほどのような強風ではなくて微風(そよかぜ)で桜の花びらが10枚ほど宙を舞っている。
 藤の花をバックにして花びらが舞っているのは着物の模様というよりもリラックスのために配信されている映像とかアニメのワンシーンのように綺麗だった。
 弱い風のせいか、花びらは綺麗な模様を描いているし、滞空時間も長い。
 その空間を桜色の笑みを浮かべて見ている最愛の人の端整な横顔を惚れ惚れと見入ってしまう。
「貴方の最高に美味しい料理が食べられるのは大歓迎ですけれど、また貴方が点てて下さった抹茶を飲むのもきっと美味なのでしょうが……。お茶碗とか泡立て器みたいなモノ……」
 最愛の人は桜の花よりも鮮やかな笑みの花を咲かせている。祐樹が固有名詞を覚えていないことが可笑しかったのか、それとも泡立て器という表現のせいだろうか。
 最愛の人と食べるコンビニのおにぎりは救急救命室で口に運んでいたモノと同一だとは思えないくらい美味しい。
 コンビニは品質管理がしっかりしていると読んだ覚えも有るので絶対に同じ味のハズなのだけれども。
 このコンビニはタバコも置いてあるのだが、久米先生が絶対に祐樹の好みの銘柄を間違って買って帰ってくる。一度などは空のパッケージまで渡したにも関わらず間違えたので、(さじ)を投げた祐樹はタバコが必要な時には買い物に行っている。
 久米先生がリクエストした、卵かけカツ丼だかをレジに持って行ったところエラー音が鳴って、店員さんが「期限が切れているので取り替えます」と言ってくれたが、面倒だったのとどうせ食べるのは久米先生だから「直ぐに食べるのでそのままで良いですよ」と返すと「レジが打てなくなる仕組みなので」と店員さんが走って取りに行った。
 それほどしっかりと管理されているので味は絶対に同じハズなのにひときわ美味だ。
「祐樹、それは『茶筅(ちゃせん)』というのだ……」
 最愛の人が教えてくれたけれども、そういう固有名詞的なモノを覚えておけるかどうかは祐樹には自信がない。京都市指定のゴミ袋の印象が強すぎて、長岡先生が持っていた最高峰のバーキンとか言われているらしいバッグの名前がシベリアなのかヒマラヤなのかも確信がない。まあ、最高峰という言葉からはヒマラヤだろうと漠然と判断しているけれども。
「茶筅ですか……。なるべく覚えておくように努力します。折角(せっかく)貴方が教えて下さった単語は覚えておきたいのですけれど……。
 ああ、デザートも用意しておきました。『たけのこ』と『キノコ』で迷ったのですけれど、手にチョコが付かないという点で『キノコ』にしました……。個人的には『たけのこ』の(ほう)が好きなのですが……」
 駄菓子というかスナック菓子はドライブデートの定番だ。最愛の人がこのスナック菓子を食べているところは見たことがないので気に入ってくれると良いのだが。
 また、ランチタイムという限られた時間だけれども、休日の気分を味わうにはこういうお菓子も良いだろうなと判断して買って来てもらっていた。
「気になっていたのだが、食べたことはないので……嬉しいな。ん!とても美味しい!
 それはそうと『野点』のどんな点が駄目なのだ?」
 「キノコの山」を一本薄紅色の指で持って鮮やかな唇に運ぶ仕草は桜の花びらよりも煌めいているように祐樹の目には映る。
「お茶碗とか、ええと茶筅とかの道具類が必要でしょう?貴方がお茶を点てるところは是非拝見したいですけれども、物が邪魔過ぎて……」
 辺りを見回したが静謐な藤の花しか二人を見ていない。
「こういうことが出来ないでしょう?」
 細い顎に指を添えると察したように目を閉じる人の顔を見惚れながら唇を近づけた。
 この時間に交わす二回目のキスはチョコレートの味だ。
「今度、ドライブに行く時は祐樹お勧めの『たけのこの里』を買うことにする」
 祐樹が舌で輪郭を辿ったせいで濡れた薄紅色の唇が花よりも瑞々しくてそして綺麗だった。その唇が極上の笑みの花を咲かせている。
「そうですね。桜は残念ながら見ることは出来ませんけれど、躑躅(つつじ)とか菖蒲(しょうぶ)とか、梅雨の時期だと紫陽花(あじさい)も綺麗でしょうね……。そういう花はむしろ京都のお寺が有名ですけれども……」
 大輪の花のような風情の最愛の人だけれども菖蒲(あやめ)とか杜若(かきつばた)の凛とした花も良く似合いそうだ。特に教授総回診の時にはそういう雰囲気を漂わせているなとしみじみと思った。
「お寺は人が多いので、特に土日は……」
 残念そうな笑みを浮かべている人の顔を見て閃いた。
「あ、そろそろ風が吹きそうな感じだ……」
 弾むような声が春の陽射しに混ざって煌めいている感じだった。




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