「わぁ……。桜の木が見えないのに、こんなに桜の花びらが舞い散っていて……。しかも藤の花の紫との調和が……。何だか夢のような景色だな……。着物の模様みたいでとても綺麗だ……」
二個目の「おかか」つまり鰹節のおにぎりを唇に運びかけている状態で手を止めて目を瞠っている。
桜の花よりも艶やかな唇に白いご飯が付いているのも気付いているのか、それともそっと取ることを忘れているのか感嘆めいた言葉を紡いでいる。
確かに、紫色の藤の花を背景にして薄紅色の染井吉野の花吹雪が舞っているのは壮観の一言に尽きる。
「あっ……。もう終わってしまった」
心の底から落胆したような響きも耳に心地よい。ただ、見事な桜吹雪の名残が境内のあちらこちらを薄紅色に染めている。そして強風で運ばれて来たのか藤の花の香りが濃くなっている。
「……野暮かとは思いますが……種明かしをしましょうか?」
祐樹の声に我に返ったのか、薄紅色の唇に白く長い指を近づけて純白のご飯の粒をそっと取っている様子の方が桜吹雪よりも祐樹の瞳には吸引力があった。
「この神社の裏には見事な桜並木が続いているのです。ただ、あいにく満開を過ぎていて、桜並木を見るのはそれほど美しくないと判断しました。貴方が桜をご覧になりたいと仰ったので天気アプリで風速と向きを確認して、この神社を選びました。椅子があるという点も重要でしたけれども……。それ以上に重点を置いたのは藤の花と桜吹雪だけを楽しんで頂けたらと思いまして……。因みに今日は一日中断続的に強い風が吹くらしいので、運が良ければもう一回か二回は見ることが出来ますよ……。
この風で染井吉野は散り切ってしまいそうなので今日で終わりかと思います。貴方が呟いて下さらなければ、この藤の花と桜吹雪のコラボを見ることは出来なかったので、感謝です。
夜の藤の花は香りだけは良いのですが、ライトアップなど望むべくもない小さな神社ですから。ただ、外の空気とか血の匂いから解放されて藤の花の香りで気分をリフレッシュした後にコーヒーと煙草を吸うというのが最近の楽しみでして。その時も桜の花びらが風に舞って散っていたので、裏に回ってみたのです」
最愛の人はとても嬉しそうな笑みの花を唇に咲かせている。
「そうなのか?ただ兼好法師が『花は盛りに、月は隈なきを見るものかは』と『徒然草』に書いていただろう?その気持ちが痛いほど分かった……。分からせてくれて有難う、祐樹……」
最愛の人がさほど広くない境内を見回した後に祐樹の唇に花のような唇を重ねてくれた。藤の花の香りを嗅覚で燦燦と照る太陽を視覚で味わいながら交わす接吻はアルコールよりも祐樹を束の間の酩酊へと誘ってくれた。
彼が引用してくれた一節は祐樹も知っていて「桜の花は満開の時に、また満月は雲などの曇りがない時だけを見るものだろうか(いやそうではない)」というほどの意味だ。
ただ兼好法師は桜の時期にワザと――ちなみに鎌倉時代末期に書かれた「徒然草」の花は桜だけれども、今でいう山桜のことだ。染井吉野は江戸時代に品種改良した桜で、その美しさから接ぎ木で増やしたいわばクローンだ――「室内に籠ってひたすら想像するのが良い」と続けている。
実物を見るのではなくて想像力で楽しみなさいと説いていると高校だか中学の時に読んだ覚えがある。別に兼好法師に異を唱えるわけではないけれども、満開を過ぎた桜の舞い散る様子を見る、しかも最愛の人と一緒にという点が最も重要だと祐樹はしみじみと思った。引用した彼も多分分かっていて、満開の桜以外でもこんなに綺麗だと言いたいのだろう。
「ああ、なんだかお庭の苔にも桜の花びらが散ってとても美しいな……」
ペットボトルのお茶を飲んだ後に薄紅色の唇が笑うように綻んでいる。
「庭の苔も緑色ですよね。濃い緑色と桜の花びらはよく似合います。富士山と月見草みたいな関係でしょうか?」
理系だけれどもその程度の文学的知識は大学受験対策として知っていた。
「太宰治はそう思ったのだろうが、富士山にも桜の方が相応しいと思う……。それはそうと、また強風が吹かないかな……」
三個目のおにぎりを――ちなみに祐樹が選んだのは「わかめごはん」で、こちらは海苔を巻く必要がないので単にビニールだかに入っている――大切そうに掌に載せて待ち焦がれた感じで呟く最愛の人の表情はいつも以上に煌めいている感じだった。
「そういえば、最近読んだ時代小説の中にも素敵な記述が有りましたよ。人里離れた山の中で満開の下で抹茶を点てて一人で喫すると桜の花びらがお茶の中に浮かぶという……。そういう贅沢な空間も羨ましいなと思いました。
抹茶は好きでも嫌いでもないですが、桜を浮かべた抹茶はとてもきれいでしょうね、あの苔の上のようで……」
コンビニで祐樹が選んだおにぎりはかろうじて及第点といったところだろうか?昆布も「おかか」も「わかめごはん」も最愛の人の口に合ったら良いなと思いながら次の強風が吹いて欲しいなと思ってしまう。
「抹茶の中に桜を浮かべると色彩的に美しいだろうな……。その登場人物は一人で居るのが好きな人なのだろうか?私なら絶対に祐樹と二人でそういう野点を楽しみたいと思う……」
二人でこうして花を待ち他愛ないことを話していると、仕事のことは忘れそうになる。それだけ心も身体もリフレッシュかつリラックスしている証拠だろうが。
「私は山奥で二人きりの野点はどちらかと言えば反対ですね……」
そう告げると最愛の人が不思議そうな眼差しで祐樹を見上げている。その瞳も艶やかな安寧さを放ってはいたけれども。
--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!
にほんブログ村
小説(BL)ランキング
2ポチ有難うございました<m(__)m>
このブログには
このブログにはアフィリエイト広告を使用しております。
Twitter プロフィール
創作BL小説を書いています。ご理解の有る方のみ読んで下されば嬉しいです。
最新コメント
人気ブログランキング
にほんブログ村
アーカイブ
カテゴリー
楽天市場