祐樹が最も気に入っているコンビニのロゴが付いたポリ袋に目を留めた人が満面の笑みを浮かべている。
 この神社はこんなに人が来ないのに、経営(?)が成り立っているのが不思議なくらいだ。祐樹にとっては、人が居ない点が気に入っているのだけれども。最愛の人の細い髪に桜の花びらが宿っていた。それはそれで風情があったけれども、指でそっと取った。これから小路とはいえ道を歩くので。
「祐樹、その桜の花びらを記念というか宝物(たからもの)に加えたいので呉れないか……?」
 桜色の笑みを浮かべて細やかな頼み事をする最愛の人が愛おし過ぎる。
 花びらなんてそこら中に散っているのに、髪の毛に宿って祐樹が取ったモノが特別だと言ってくれている人が。
「有難う。コンビニエンスストアの食事は久しぶりなのでとても嬉しい」
 自宅では凝った料理を作ってくれる人だけれども、それは祐樹のためにという最高に嬉しい心遣いで、彼自身はそれほど食にこだわりがあるわけではない。
 自炊はずっとして来たらしいけれども、例えばカレーを作ったら食べきるまで三食カレーを食べ続けても平気だったらしいので。
「そうです。ただ、貴方のお気に召す味だと考えるモノはちゃんと選びましたよ?ああ、こちらです」
 強い風が時折吹き付けて来て、祐樹の前髪とか二人のスーツの裾をはためかせている。因みに最愛の人は教授職に相応しい威厳をと考えたせいで前髪をムースで上げているのでこの強風も影響はないみたいだった。
 曲がりくねった小路(こうじ)を最愛の人と並んで歩くだけで執刀の疲れが()けていく。
「祐樹の執刀もかなり上達したな……。私としても、とても喜ばしい……」
 最愛の人は医局の責任者なので祐樹の執刀も管轄下だ。だから彼は自分の手術(オペ)が終わってからチェックしてくれていたのだろう。
「明石教授に国際公開手術の推薦状を書いて貰えるような執刀医を目指しているので当然です……。貴方に褒めて貰えるのも大変嬉しくて励みになるのですけれども……」
 明石教授は最愛の人をベルリンで行われた国際公開手術の推薦をしてくれた医学会の重鎮だ。
 出来れば同じ人からの推薦が欲しいと祐樹は思っている。明石教授は日本中の心臓外科医の手術を見ている人らしいので、競争率も高いだろうけれども。
「最近見つけた穴場なのですが、如何ですか?」
 最愛の人は周りをぐるりと見回した後に不思議そうに切れ長の涼し気な目を(みは)っている。
 ここも拝観料が取れそうにない小さな神社だった。京都には数えきれないほどの神社仏閣が有って、金閣寺などのように全国から観光客が来るような名刹(めいさつ)も有れば――ちなみに、そういう名だたるお寺の住職は斎藤病院長が好きな祇園のお茶屋などの常連さんだとか最愛の人から聞いた――こういう小さな神社も多数存在する。
「藤の花は綺麗だけれど……。祐樹が言っていた花見は藤の花を見ることなのだろうか……?」
 無垢な光を宿す眼差しで祐樹を見上げている。そういう表情も祐樹にしか見せない、いわば恋人の特権だ。
「取り敢えず、あそこの峠の茶店風のベンチに座ってお昼ご飯を食べませんか?そのうち分かります。『花』が桜を指すことくらい私だって知っていますので……」
 神主さんの――居るかどうも知らないが――趣味なのか何故か腰掛けめいた物は置いてある。その点も考慮してこの神社に決めた。
 穴場だけれども、開放されているのでお昼休憩を取りたい建設業の人とか仕事をさぼりたい営業マンが来ることも想定に入れてコンビニのポリ袋を真ん中に置いて座った。
 最愛の人は白いワイシャツから花芯のように伸びた長く細い首を傾げながら腰を下ろした。
「貴方の手作りの梅干しを一度食べたらコンビニのおにぎりの梅干し味は選べなくなりました。
 ただ、これだけはまだマシといったレベルです」
 袋の中から昆布入りのお握りを二つ取り出して一つは最愛の人に手渡した。消毒薬のせいで少しだけカサついた白く長い指と桜貝のような爪が海苔(のり)にも良く映えている。
「あ!『午後の紅茶』のミルクティまで有るのだな……」
 楽しそうな声がパタッと風の止んだ境内に(うら)らかに溶けていく。
「お好きでしょう?ちなみにウチの科の新人の林看護師に買いに行って貰ったのですが、お握り六個にお茶二つそして『午後の紅茶ミルクティ』と買い物メモに書いたら変な顔をされました」
 最愛の人が可笑しそうな笑みを浮かべながら最短かつ優雅な動きでおにぎりのシートを外している。
「林看護師は有能だと考えているけれども祐樹はどう思った?」
 最愛の人は医局の看護師だけではなくて他科の看護師もほとんど全てを記憶している。
「私もそう思います。マメですし几帳面でした。お釣りの小銭を綺麗に包んで置いてくれていましたし、レシートも折り目もなくてキチンと机上に直角に揃えてありましたので」
 祐樹も救急救命室では時々食べるけれども、外科医としてはかなりの潜在(ポテン)能力(シャル)を持っていると祐樹が密かに警戒している久米先生は海苔の大部分をシートの中に入れたままでちぎってしまう。手先が器用なのに多分大雑把な性格だからだろうと分析していた。
 その点最愛の人はシートの中に何も残らずに綺麗に外している。几帳面かつ真面目な性格だからなのかと思うと何だか可笑しい。
 もちろん、祐樹も――ただ最愛の人とは異なって単なる貧乏性だと自己分析している――海苔の部分はシートに残さずに剥がした。
「藤の花も綺麗だな……。桜と異なって、昼にこそ見たい花だ……」
 最愛の人と他愛のない会話を交わしながら食べるおにぎりの味は格別だった。
「鬼退治のマンガ……日光が当たると消滅するという設定の鬼が嫌う花でしたよね。作者が夜にも綺麗な桜ではなくて敢えて鬼が嫌う鼻を藤にしたのはそういう理由も有ったのでは……ああ、空中に注目して見ていて下さい」
 祐樹の密かに待ち望んでいた瞬間がやっと来てくれたのを肌で感じた。





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