「ゆ……田中先生のことなのですが、病室で患者さんと雑談をしている時の話を漏れ聞いてしまいまして……。

 『見てくれだけのバカが好き……愛していると言って良い』とかで。

 いえ、祐樹が私を愛してくれているのは知っている積りですが……。本当は、そういう人の(ほう)がもっと好みなのかな……と思いまして」

 声が震えてしまっていた。気持ちの中だけで考え詰めていたことを実際に声に出して言うと気が楽になるのと同時に実現しそうで怖くなった。

 先ほどの所有権が人間に認められたら良いのに……とすら思ってしまう。

 所有権の性質の6つのうちの「恒久性」、つまり目的物が存在する限り永久にその物についての所有権を有する権利を、人にも認めて貰えるならば――祐樹の愛も永久に手に入りそうな気がする。

 もちろん、自分の考えが突飛というか、祐樹の意向を全く無視しているワガママさは承知している。

 呉先生が、束の間黙り込んでコーヒーを飲んでいるのは考えを纏めるためなのかも知らない。

 その()がひどく長く感じられて、内心息を飲みながらも手持ち無沙汰でもあった。こういう時に、喫煙者なら煙草を吸うのだろうなと頭の隅で考えていた。

「確認なのですが……直接言われたわけでもなくて『病室で患者さんと雑談を交わしている時に漏れ聞いた』とのことですよね。

 教授がいらっしゃることを田中先生はお気づきになられていましたか?」

 あの時の映像が頭の中に鮮明に蘇る。祐樹には「記憶力が良くて羨ましい」と言われる能力だけれども、今回ばかりは再生するのも辛い内容だった。

「いえ、全く気付いていないと思います。6人部屋の最も奥のベッドに祐樹……田中先生が居て、あと久米先生も居ましたがその患者さんと話していて。

 私は病室に入って直ぐにその会話に気付いて、そして……」

 話せば楽になるかと思っていたのだけれど、今は「もの言えば唇寒し」といった気持ちで……唇が思った通りに動かない。

 呉先生が親身な表情を浮かべて椅子から軽やかに立ち上がった。

「久米先生は確か『夏の事件』が起こった時に動揺のあまり何もない所で顔面から倒れて顔中にケガを負った研修医でしたよね?それはともかくキチンと聞いていますから、教授のペースでお話しください。患者さんに貰った焼き菓子お出ししますね。甘いものを食べると気分も落ち着きますから……」

 箱から何かを取り出しているのを背中で感じた。久米先生のくだりも、何だか場の雰囲気を和ませようと思って言ってくれたに違いない。

「久米先生の転倒はその通りです。ただ、顔全体ではないですが。

気になる患者さんが居るとのことで赴いてみたら、医局の束ね役のゆ……田中先生が先にそちらに行っていて……。先に行っている医師が居るのだから私の役目はないと言っても過言ではなくて。

そして『見てくれだけの……』という祐樹の発言と、久米先生と患者さんの話し声とか笑い声を聞いて、逃げてしまいました」

栗を模した焼き菓子が載っている白いお皿が目の前に置かれた。もう、そんな季節なのかと思って、包み紙を解くと栗とバターの香りが神経を癒してくれるようだった。

「頂きます。

 もうそんな季節なのですね。栗のほくほく感が特に美味しいです。

 砂糖の効果は知っていましたが、本当に効きますね……」

 なんだか人心地がついたような気がした。甘い物はもともと好きだったが、この焼き菓子は落ち込んだ気持ちを少しだけ浮上させてくれるようだった。

 長岡先生の個室の――彼女は外科医ではない上に、アメリカの病院から自分が誘ってこの病院に来たので「個室を持てるのは准教授以上」の暗黙のルールを破っての好待遇だった――時には一般論として話していたのでそんなに辛さは感じなかった。ただ彼女には最初からお見通しだったようだけれども。

「つまり、田中先生は教授に聞かせる積もりは全くなかったというわけですよね?教授が病室の中にいらっしゃることは気づいたような感じはありましたか?」

 何だか刑事ドラマで見た覚えのある、取り調べのような感じだったが……呉先生も何らかの思惑が有って質問しているに違いない。

「気付いていなかったと思います。病室でも医局でも、ゆ……田中先生は私に気づくと何らかのサインを送ってくれますから……」

 そのサインは見かけよりも柔らかい唇の角度を変えたり男らしく整った眉を少し上げたりといった感じのちょっとした変化だった。患者さんや医局のメンバーには絶対に気づかれないようにその都度合図を変えてくれている。

「相変わらず仲が良くて羨ましいです。

 では、伝言ゲームの誤謬(ごびゅう)については考えなくて良いですね」

 伝言ゲームの誤謬?という疑問が表情に出ていたのだろう。呉先生も焼き菓子を美味しそうに食べるのを止めて居ずまいを正した。

「小学校の時にクラスでしませんでしたか?授業で割と行われるのですが、一番前の児童に先生が紙に書いたものを一定時間見せて、その内容を後ろの席の子にだけ耳打ちをする。そしてそれを繰り返していって、最も後ろの児童が自分の聞いたことを言うゲームみたいなものです。ほぼ100%、先生が書いた紙の内容とは全く異なったシロモノに成り果てています」

 そういえばそんなゲームを小学校の授業の時にした記憶があった。

 自分は真ん中くらいの位置で、前の席の子に聞いた通りのことを完璧に伝えた。もちろんその内容は記憶の中に残っていて、一番後ろの子が言ったモノとも違っていたし、先生が紙に書いた内容とも異なっていた。

「確かにしましたし、内容も全く異なっていましたね……。呉先生は伝聞のあやふやさを危惧していらっしゃったのですか?」

 二つ目の焼き菓子を口に運んだ。相変わらずクセになる美味しさだった。

「そうです。あと考えられるのは……」

 コーヒーを満足そうに飲んだ後に呉先生は口を開いた。

 

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