あの時は森技官がシックスナインという未知の単語を言って、自分が首を傾げてしまった覚えが有る。

 そして、神戸に出掛けた夜にお互いの熱を唇で愛し合うというその行為の具体的名称がそう呼ばれていると聞いた。

 それまでもそういうコトは何度もしていたけれども、祐樹が具体的な名称を教えるわけでもなく……。

 長岡先生は妻ではない女性に教えるのが堪らなく好きという男性のことを教えてくれた。

 自分も祐樹の妻ではない――そもそも同性同士の関係なので世間的には逸脱した関係だ――けれども、ベッドの上では祐樹の(ほう)が主導権を握っている。それがこの上もなく嬉しくてとても幸せを感じるけれども。

 ただ、祐樹は具体的名称を「教える」ことなく実践してくれる。だから多分「物を教えたがる」タイプではないだろうと思った。

「教授、どうかしましたか?」

 呉先生が心配そうに野のスミレの可憐な眼差しを曇らせていた。

「いえ、大丈夫です。つい目先の心配事を考えていて……。

 『ウチの』と呼ばれると嫌なものなのですか?私は逆に嬉しいのですが……」

 シックスナインとかその後聞いた呉先生のベッドでの具体的なコトは黙っておいた方が良いだろう。

「いくら恋人でも所有権を主張されたくないです。好きは好きですよ……。でもオレ……じゃない……私の身体は私のモノであって、同棲している人間の物ではないので。

 何だか物扱いされたようでとても不本意ですし、私としてはそういうプライベートな問題を教授や田中先生の前で言って欲しくはないですね」

 普段は青いスミレのような顔が怒りで赤く染まって、何だかパンジーのようだった。

「所有権ですか……。民法206条ですね。占有を正当化し『物』の支配の基礎となる権利で……確かに人間には当てはまらないです。

人間に対して所有権が認められたのは奴隷制度が有った国で、今は存在しない昔の国ですね。ああ、アメリカの場合は南北戦争以前に存在しましたね。

 閑話休題ですが日本の民法では占有(せんゆう)といって、現実的に物を支配していることとは関係なく存在します。

 だから呉先生が違和感を覚えるのも法律的観点からは正しいです」

 事実を説明して、共感を表した言葉だと思ったのだが、呉先生は何だか頭が痛そうな表情というか、複雑な光を放つ眼差しを自分に向けている。

 ただ、森技官のことを以前は「同居人」と呼んでいたと記憶している。それが「同棲」に変わったのは呉先生の心境に変化が有ったのか、ただ口からその言葉が出て来たからかは分からない。

「教授が法律に詳しいのは知っています。確か、医師国家試験が済んで多くの医学部生が戦々恐々としながらも解放感から遊び回っている時に、お暇だったので司法試験を受けられたのでしたよね。そして合格されたと。

 『夏の事件』の後、そう伺った記憶が有ります。

 ですが、難しい法律のコトではなくて、単純に嫌というか……恥ずかしいというか……。とにかく居た堪れなくなるので、本当に止めて欲しいです」

 ……病院長室で交わした森技官と祐樹と自分三人だけのやり取りを思い出すと、森技官はもっと呉先生が恥ずかしがることを言っていた。あの会話を呉先生が聞いたら――本当に祐樹が録音したのかどうかは分からないが、していてもおかしくないな、とも思う。

 何しろ、森技官と祐樹は「仲の良いケンカ友達」なので、お互いの弱みを握ろうとお互い思っている(フシ)が有る。

 権威にからきし弱い斎藤病院長の本質を見抜いていただろう、森技官は図ったようなタイミングで総理大臣からの直接の電話が掛かって来ていたので別室で電話対応をしていた。

 録音データが有るならば、呉先生には聞かせたくないなと思う。

 森技官の真意がどこに有ったのかナゾだった――祐樹なら分かったのかもしれないが、自分などでは無理だ。ほとんど言葉通りにしか解釈出来ないので。

 ただ、教授会などで「流石は香川教授ですな」と悪意に満ちた笑顔で言われたことは帰国当時に良くあった。その表情を見て、内心と異なることを言っているのだな……程度のことは分かったが。

 ただ、祐樹との愛の行為を客観視してみれば、滑稽だったり卑猥だったりするかも知れない。しかし、行為をする側はこの上ない幸せを感じている、幸せだけでなく背筋が震えるような快感も。

 人がどうこう言えるモノではないのだろう、愛の行為については。

「それはそうと……、私で何かお役に立てることは有りますか?」

 コホンと咳払いをしたのは、多分気持ちの切り替えをしたのだろう。精神科医の場合――と言っても今の呉先生は患者さんのクレームを聞くのが主な仕事なので、重篤な精神病患者さんは診ていないハズだ――患者さんのメンタルに引きずられてしまうことも多いと学んだことがある。

 メンタルクリニックなど医師一人で多くの患者さんを診る場合、次の患者が入って来るまでの間に気持ちのスイッチを一旦オフにした後にオンにするとか学生の頃に聞いた覚えがある。

 呉先生も「ウチの」発言のことをオフにしてから再びオンにしたのだろう。

 
--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村



小説(BL)ランキング

2ポチ有難うございました!!

























腐女子の小説部屋 ライブドアブログ - にほんブログ村



PVアクセスランキング にほんブログ村