「そんなに悲しそうな表情はなさらないで下さい……。

 何だか離れがたい気分になってしまいますので。どうせすぐに帰国しますし、飛行機の不測の事態よりも、交通事故の方が発生率も断然高いのはご存知ですよね?

 それに、カメラ越しというかPC越しに講演の様子はリアルタイムでご覧になられるのでしょう?

 しかも動画の場合は何度でも再生出来ますよね?」

 最愛の人は何故か祐樹が宇宙にでも行くような表情を浮かべていたので、必死にフォローした。

 別離の悲しさは確かに祐樹も抱いてはいるものの、タイトな日程で直ぐに帰国するのだからと敢えてそういう感傷を振り払ってきていた。

「再生か……。そうだな。日本時間の明日の夜中に講演がリアルタイムで始まって、その後はサーバーにずっと置かれているモノだから……。

 祐樹の不在は寂しいが、PCを起動させると何時でも会えると思うことにする。

 ……たとえ離れていても、魂が繋がったと――出版関連の時にはそう思っていたのに――何故か悲しくなってしまって……」

 淡い微笑と先程の行為の名残りで紅く潤んだ瞳も寒色系の寂しげな煌めきを宿している。

 何だか大輪の花が枯れていく風情が痛ましい。

「ファーストクラスって、エコノミーよりも遅く搭乗口に並んでも大丈夫なのですよね?」

 そういう事情は最愛の人の方が詳しいので、念のために確認した。

「そうだが?それにエコノミークラスに搭乗する人数とファーストクラスは全く異なるので列もサクサク進むし……」

 まだ祐樹の乗る飛行機の搭乗最終アナウンスはなかった。

 ただ、エコノミークラスには列が出来てはいたが。海外旅行に行く場合、早め早めに集まるように旅行会社からも案内されているからだろう。

「では、最終アナウンスまで時間が有りますから、こちらにいらして下さい」

 腕を優しく掴んで、人の気配の少ない通路の方へと導いた。

 そう言えば先程のホテルでも窓の外の飛行機を見ながらの愛の行為に抵抗感を抱いていたな……と思いながら。

 最愛の人が祐樹の誘いに嬉々として応えてくれるのは何時ものことではあったが、本当に嫌なことははっきりと断って来る。

 例えば以前、お堅い弁護士先生とは思えない杉田弁護士から送られて来た――多分、お茶目なイタズラだろう――「大人のおもちゃ」が何の用途で使われるシロモノなのか全く分からずに祐樹に見せて、その説明を聞いた最愛の人が時限爆弾を池の中に投げ入れる勢いで手から離したこともあった。

 愛の交歓に慣れた肢体の持ち主ではあるものの――先程の狭いホテルの一室で交わした濃密な時間でも、貪欲に華やかに悦楽に耽っていた。ただ、空港に付随しているだけのことは有って要人も宿泊可能な豪華で広いロビーにまで下りて行ったら甘やかに香る行為の余韻を綺麗さっぱり洗い流した雰囲気を纏ったのは流石だったが――そういう初心さをずっと持ち続けているのも最愛の人のダイアモンドのように無垢な精神が変わらないからなのだろう。

 そういう点も大変愛おしく想ってしまうが、多分飛行場という場所の独特の雰囲気が最愛の人を感傷的にしているのだろう。

「直ぐに帰国しますし、その時は貴方も、そして医局的にも明るいニュースや話題を持って帰ります。

 それはお約束しますから。

 お土産は何が良いですか?」

 努めて明るい口調で言った。ここで祐樹までしんみりとしてしまえば最愛の人が月の雫のような涙を流しかねない雰囲気だったので。

「品物ではなくて、祐樹が無事に帰って来てくれればそれで良い。

 それだけで充分過ぎるほど幸せなのだから……」

 エアポケットのように他人が通らない死角を見つけるのは得意だったので、取り敢えずそこで言葉を交わすことにした。

「大丈夫ですよ。ほら、私の運の強さはご存知でしょう?

 何でも『嫌な予感』がして飛行機をキャンセルした著名人が居て、結果的にその飛行機が墜落して……生存者は数人という事故が有ったらしいですが、私はそれ以上に強運です。

 それは貴方が一番良くご存知なのではないでしょうか?

 そもそも、研修医の分際で貴方に愛されていたのですから。

 私の方は初対面でしたが、貴方には『驚きの』再会だったわけですよね。意外過ぎて言葉もなくなってしまうほど。

 そんな素敵なエピソードが有る場所で悪いコトが起こるわけはないです。

 病院で挨拶を――と言っても、私は一番遠い場所で拝聴する立場でしたが――交わす前に、飛行場で話せましたよね。

 そういう僥倖が有った場所なのです。二人にとって良いことしか起こらない場所なので大丈夫ですよ」

 論点が逸れているのは承知の上でそう言いながら、唇を近付けた。

 最愛の人も口づけの気配を察して首を斜めに傾げてくれている。ただ、普段なら瞳を閉じることの多いシュチュエーションにも関わらず、祐樹の瞳を真っ直ぐに見つめている。透明な煌めきを放ちながら。

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