「ホテルに行き慣れていて、かつ外国生活歴の長い――と言っても、最初のアメリカ行きの時はそれほどお金に余裕がなかったかと思いますが――」
祐樹が珍しく言い淀んでいる。
ただ、祐樹が綺麗な「男性」を口説いていた――と当時は思い込んだものの、それは壮大な勘違いだったと今は知っている――衝撃と傷心の余りに発作的な感じでアメリカ行きを決めたのは事実だし、当時は今のように纏まった資産があるわけもなかった。
医学部に進学出来て、その後もアルバイトをせずにいられたのは、義父と呼び損ねてしまった人の律義な援助のお蔭だった。本来ならば婚約者のお嬢さんが亡くなった後はそんな義理など一片もないにも関わらず。
「金銭的にギリギリだったのは事実だし、それに恥じる積もりもない。
行き慣れていて?」
ノートPCの小さな画面には白と金の見事な調和が取れた豪華さといかにも大英帝国風の重厚さ、そしてテーブルに載せられたとても美味しそうな本格的なアフタヌーンティの銀――だろう、多分――のトレーと良い薫りが画面越しに漂って来そうな紅茶が映っているのと祐樹の端整な顔を交互に見ながらそう答えた。
「若い時にはお金がないことの方が当たり前ですよね、私達の場合は。医局に居ると忘れそうになりますが……」
以前雑誌で大きく取り上げられた「T大生の保護者の8割が年収一千万円越え」の教育格差問題が対岸の火事ではないことは知っている。
現に柏木先生も久米先生も医院経営者の御子息だ。祐樹と自分は庶民出身なのが珍しい部類に入るだろう。
祐樹のお母様も――京都の日本海側という地価の比較的安い場所とはいえ――普通の慎ましい感じの一軒家に住んでいるし、仕送りも大変だっただろうな……とも思う。
ただ、その苦しい遣り繰りをして下さったので、祐樹と自分は大学で会えたのだから――と言っても当時は祐樹を遠くから見ているだけだったが――いくら感謝してもしきれない。
「『初夜』とは間が開くとはいえ『新婚旅行』ですけれど……。まあ、それは仕方のないことですよね?
そして、ホテルの部屋に籠りきりで二人の甘い時間を過ごすのは決定ですが、その前にチェックインとか部屋に行くまでの時間は有るでしょう?
その時にお好きそうなアフタヌーンティを、この白亜の宮殿とも見まがう空間で摂る時間くらいは有りますよ、当然……」
祐樹の唇が楽しそうな笑みを浮かべているのを、赤面して見返してしまっている。
「二人きりの密室」に――最近は「そういう意味」での夜の時間がご無沙汰しているとういう諸事情も有って――気持ちがそちらに行ってしまっていた。
少し考えてみれば、確かに祐樹の言う通りで、先走ってしまった己の不明を恥じるしかない。
「確かにそうだな……。あ、しかし、この『ザ・ロビー』という、自信満々の――しかも老舗でしか通用しないだろう、な。日本でこんな名前を付けたら明らかに手抜きだと思われるいい加減な名前だ――アフタヌーンティはとても美味しそうだが『四時を過ぎても宿泊客以外は長蛇の列』とか書いてあるので、並ばないと入れないのでは?」
宿泊者のレビューと思しき文面を読んで祐樹を見た。
「こういうホテルはゲストの融通を効かせてくれますよ、予約の段階でリクエストしておけば大丈夫かと」
確かに大阪のリッ○でもさり気ないホスピタリティが満ち溢れている。このホテルのゲストのレビューも好意的な物ばかりだったので、多分そういう要望にも対応してくれそうだった。
「こちらにしますか?何だか異国情緒も味わえそうですし。それにラッフル○ホテルを気に入っていらっしゃる貴方には向いているかと思います。
あ、ただこのサイトにはスイートルームの記載がないですね。少し待っていて下さい」
祐樹の指が大胆かつ繊細に動いて、見慣れた検索画面に戻った。そしてホテルの公式サイトへとアクセスしている。
「えっと、香港ドルって今いくらでしたっけ……?」
祐樹が真顔で聞いて来たので、小さな画面の文字を追った。それまでは部屋の画像を見ていたので。
海外のホテルらしく――ただ、表記は日本語だったが――宿泊費は外貨建てで書いてあった。
「確か、13円から14円の間を推移していたと記憶しているが」
一応分散投資でドル建て資産も持っている。だから為替と株の値動きは一応頭の中に入っている。香港ドルはあいにくFXの対象ではなかったけれど。
「一ドル14円としてデラックス・ハーバービュースイートが一泊18万6千円くらいですね。
ああ、部屋の代金は日にちでずれ込む可能性も有りますが……」
大阪のリッ○でも土日とか祝日は同じ部屋でも価格が高いのは知っていた。
「いや、イギリスから返還されて以降、一応中国国内になっただろう。ある程度独立している特別区のようだが。
中国のお正月は日本とずれて祝うのが当たり前みたいなので、その辺りは大丈夫なのでは?
いや、一応来年の元旦に日時を指定して検索してみたらどうだろう……?」
日本の客の比率によっては強気の値段設定をしている場合も有ったので、19万円では済まないかもしれない。
「そうですね……。部屋はこの程度で良いですか?もっと広いのも有りますが……。
マルコポー○とか有りますよ?」
祐樹の指の動きで画像が切り替わる。
「いや、そんなに広いと二人で濃密かつ親密に過ごすという感覚ではなくなってしまうので。
それに……」
先程の部屋を見て、脳裏をよぎった想いを言葉に出すかどうか躊躇ってしまった、黄金色の幸せに満ちた思考だったが。
--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが上がりますので、宜しくお願い致します!!
にほんブログ村
小説(BL)ランキング
現在ノベルバ様で「下剋上」シリーズのスピンオフ作品を書いております。
もし、読みたいという方は是非!!
こちらでもお待ちしております。
https://novelba.com/publish/works/884955/episodes/9398607
↑ ↑
すみません!試したらノベルバ様のトップページにしか飛べなかったので、「こうやまみか」と検索して頂ければと思います!!
最近、アプリの不具合かノベルバ様から更新通知が来ないのです……。
基本的にこちらのブログを更新した日は何かしら更新しておりますので、読んで頂ければ幸いです。