下から激しく突き上げるような衝撃を感じて目が覚めた。即座に地震のP波だと判断して、S波がどの程度の時間で到達するかを頭の中でカウントする。深夜の二時過ぎの一人きりの寝室は不穏な軋みやガラスが割れる音、そして何か重い物が落ちた様子と携帯が地震のアラームを声高に主張している中で、落下物から頭部を守るために羽毛布団を深く被り直すしか動くことは出来なかった。地震の大きさは先ほどのP波で明らかなので、次に来るはずのS波へと心の準備をしつつ時計よりも正確だと自負している自分の頭の中でカウントを始める。
心の中のごく一部分だけが妙に冷静だったものの、大部分は今頃救急医療室に居るハズの唯一無二の恋人の安否への不安と、万が一のことが有れば自分も生きてはいられないという焦燥感で心の中は漆黒の闇に閉ざされたような気持ちが胸いっぱいに広がっていた。このマンションは帰国寸前まで引き継ぎなどで忙しかったせいもあり、長岡先生に選んで貰った物件で、金銭的価値が自分とはケタ違いの彼女が選んだので耐震構造にも優れていることはーー賃貸から購入を決めた段階で図面まで見せて貰っていたのでーーそう心配はしていなかった。しかし、その瞬間決して狭くないベッドから落ちそうになるような激しい横揺れに襲われた。乗ったことは一度もないが多分ジェットコースターとはこういうものだろうと頭の片隅で思いながらベッドから振り落とされないようにベットヘッドに渾身の力を込めて掴むことしか出来なかった。
(裕樹、どうか生きていて欲しい)と魂の底から願いつつ。
『地震の時は先ずドアを開けて逃げ道を確保すること』は常識として知ってはいたが、この揺れでそんなことが出来る人間はいないだろう。主観的には数十分も激しい揺れが続いたと思ったものの、自分の頭の隅の時計では三十秒に満たないものだったと客観的に告げている。P波とS波の到達時間から震源がごく近くであることも素早く計算しーーその程度は中学一年の時に習ったごく簡単な計算式で割り出せるーー京都が推定震度7の地震の被害に遭ったことを頭と体で感じて、地震のせいで停電した漆黒の闇に包まれながらも自分の命よりも尊い恋人の安否を一刻も早く確認しなければならないと下唇を無意識に噛みながら思っていた。裕樹の性格からして、プライベートでは恋人である自分を最優先させてくれる人であることは厳然たる事実で、今となっては全く疑ってはいないが、救急救命室に居る以上は患者や、本来の所属先である心臓外科の入院患者様の安否を確認するだろうなとは容易に推察出来たし、そういう為人であることの方が好ましいのは言うまでもない。それに自分も責任者として大学病院に駆けつけるべきであることも充分承知していた。重度の心臓疾患で自分の手術を待つ患者様の容体悪化ーーこの地震によるストレスが引き金になることも充分考えられるのでーー自分が病院に行く方が確実に裕樹とも会えるだろう。一刻も早く病院に駆けつけなければとの焦燥感に理性が辛うじてストップを掛ける。
寝る前に脱いだスリッパの位置を思い出しながらそっとベッドから降りて割れたガラスなどで足を怪我しないように慎重に動かしてスリッパに足を入れた。このマンションから大学病院まではごく近いものの、地震で道路がどうなっているのかも予測不能だった。救急救命室の北教授のシュミレートした想定マップは頭の中に入ってはいたものの、想定と実態が異なることは充分あり得る。その上救急救命室の長である北教授が学会でアメリカに行っていることも同時に思い出して暗澹たる気分になってしまった。やっと探ったスリッパに包まれた足を慎重に運びスイッチを入れてはみたものの、やはりというか最悪というか停電している。ただ、最愛の裕樹の眩しい笑顔を脳裏に描き自分を力づけてから、記憶を頼りに身支度を始めた。幸い記憶力は裕樹が惜しみなく褒めてきれる程度には自信があったので、なんとか手探りで身支度を整えた。ネクタイを結ぶ指が裕樹のことが心配で震えているのをどこか遠い感覚で捉えながら。出勤の時の身支度は辛うじて出来たものの、水道も断水していて仕方なくバスタブに貯めてあった残り湯で顔を洗ってから外に出ることにする。太陽のように煌めく裕樹の笑顔が無事かどうかを一刻も早く確認したくて。その時、懐中電灯の存在に気付いた。 今は深夜の二時十四分だろうと常に身につけている時計を見たらちょうどその時間を指し示していた。 夜明けまではまだまだ遠い時間の上に、このマンションだけでなく他も停電している可能性の方が高い。だったら懐中電灯は必須だろう。試しに掛けてみた携帯電話もダウンしておりーーただその仄かな灯りは充分役には立ったがーー懐中電灯を持って玄関のドアを開けた。裕樹の安否が心配で心臓が早鐘のような鼓動を刻んでいるのを自覚しながら。幸いドアは無事に開き、エレベーターには目もくれず非常階段へと急いだ。有難いことに電池か何かで動かしている非常灯は足元を照らしてくれている。
ただ、重いハズの消火器が転がっているのを注意深く避けながらなるべく早足かつ慎重に階段を降りた。エントランスのドアを手動で開けてーーこのマンションの他の住民は様子を伺っているのだろうか辺りには管理人さえおらずかなり重いドアではあったが、身体能力には職業柄自信があったーー外に出て絶句した。震える唇が小さく『裕樹、無事でいて欲しい』と祈るような声を紡いでいた。
心の中のごく一部分だけが妙に冷静だったものの、大部分は今頃救急医療室に居るハズの唯一無二の恋人の安否への不安と、万が一のことが有れば自分も生きてはいられないという焦燥感で心の中は漆黒の闇に閉ざされたような気持ちが胸いっぱいに広がっていた。このマンションは帰国寸前まで引き継ぎなどで忙しかったせいもあり、長岡先生に選んで貰った物件で、金銭的価値が自分とはケタ違いの彼女が選んだので耐震構造にも優れていることはーー賃貸から購入を決めた段階で図面まで見せて貰っていたのでーーそう心配はしていなかった。しかし、その瞬間決して狭くないベッドから落ちそうになるような激しい横揺れに襲われた。乗ったことは一度もないが多分ジェットコースターとはこういうものだろうと頭の片隅で思いながらベッドから振り落とされないようにベットヘッドに渾身の力を込めて掴むことしか出来なかった。
(裕樹、どうか生きていて欲しい)と魂の底から願いつつ。
『地震の時は先ずドアを開けて逃げ道を確保すること』は常識として知ってはいたが、この揺れでそんなことが出来る人間はいないだろう。主観的には数十分も激しい揺れが続いたと思ったものの、自分の頭の隅の時計では三十秒に満たないものだったと客観的に告げている。P波とS波の到達時間から震源がごく近くであることも素早く計算しーーその程度は中学一年の時に習ったごく簡単な計算式で割り出せるーー京都が推定震度7の地震の被害に遭ったことを頭と体で感じて、地震のせいで停電した漆黒の闇に包まれながらも自分の命よりも尊い恋人の安否を一刻も早く確認しなければならないと下唇を無意識に噛みながら思っていた。裕樹の性格からして、プライベートでは恋人である自分を最優先させてくれる人であることは厳然たる事実で、今となっては全く疑ってはいないが、救急救命室に居る以上は患者や、本来の所属先である心臓外科の入院患者様の安否を確認するだろうなとは容易に推察出来たし、そういう為人であることの方が好ましいのは言うまでもない。それに自分も責任者として大学病院に駆けつけるべきであることも充分承知していた。重度の心臓疾患で自分の手術を待つ患者様の容体悪化ーーこの地震によるストレスが引き金になることも充分考えられるのでーー自分が病院に行く方が確実に裕樹とも会えるだろう。一刻も早く病院に駆けつけなければとの焦燥感に理性が辛うじてストップを掛ける。
寝る前に脱いだスリッパの位置を思い出しながらそっとベッドから降りて割れたガラスなどで足を怪我しないように慎重に動かしてスリッパに足を入れた。このマンションから大学病院まではごく近いものの、地震で道路がどうなっているのかも予測不能だった。救急救命室の北教授のシュミレートした想定マップは頭の中に入ってはいたものの、想定と実態が異なることは充分あり得る。その上救急救命室の長である北教授が学会でアメリカに行っていることも同時に思い出して暗澹たる気分になってしまった。やっと探ったスリッパに包まれた足を慎重に運びスイッチを入れてはみたものの、やはりというか最悪というか停電している。ただ、最愛の裕樹の眩しい笑顔を脳裏に描き自分を力づけてから、記憶を頼りに身支度を始めた。幸い記憶力は裕樹が惜しみなく褒めてきれる程度には自信があったので、なんとか手探りで身支度を整えた。ネクタイを結ぶ指が裕樹のことが心配で震えているのをどこか遠い感覚で捉えながら。出勤の時の身支度は辛うじて出来たものの、水道も断水していて仕方なくバスタブに貯めてあった残り湯で顔を洗ってから外に出ることにする。太陽のように煌めく裕樹の笑顔が無事かどうかを一刻も早く確認したくて。その時、懐中電灯の存在に気付いた。 今は深夜の二時十四分だろうと常に身につけている時計を見たらちょうどその時間を指し示していた。 夜明けまではまだまだ遠い時間の上に、このマンションだけでなく他も停電している可能性の方が高い。だったら懐中電灯は必須だろう。試しに掛けてみた携帯電話もダウンしておりーーただその仄かな灯りは充分役には立ったがーー懐中電灯を持って玄関のドアを開けた。裕樹の安否が心配で心臓が早鐘のような鼓動を刻んでいるのを自覚しながら。幸いドアは無事に開き、エレベーターには目もくれず非常階段へと急いだ。有難いことに電池か何かで動かしている非常灯は足元を照らしてくれている。
ただ、重いハズの消火器が転がっているのを注意深く避けながらなるべく早足かつ慎重に階段を降りた。エントランスのドアを手動で開けてーーこのマンションの他の住民は様子を伺っているのだろうか辺りには管理人さえおらずかなり重いドアではあったが、身体能力には職業柄自信があったーー外に出て絶句した。震える唇が小さく『裕樹、無事でいて欲しい』と祈るような声を紡いでいた。










