腐女子の小説部屋

創作BL小説を綴っています。ご理解の有る方【18歳以上】のみ歓迎致します

蓮花の雫 平安恋物語

「蓮花の雫」<結光・視点>39(I5禁)

イメージ 1

「……頼長様……」
 我が邸の車宿りに左大臣家からの牛車が着いたのは漆黒の夜の帷に桜の花が艶なる雰囲気で散りしだいている頃合いでした。
 物語の姫君のように、殿方との逢瀬の後の次の日は物思いにふけって過ごすというわけには参らずに、父上に妹の芳子の裳着についての頼長様のご好意、そしてその父君の忠実様に献上すべく菖蒲や杜若が手に入れられないかと話し合ったり、兄君の関白忠通様の御気持ちが少しでも動くような和歌を作ったりと実際は目まぐるしい一日を過ごした後に、身体を清めて装束を整えて牛車に乗ったら、私邸でお待ちのはずの頼長様が牛車の中にいらっしゃったのですから驚くなというほうが無理でしょう。
「夜桜の君に早く逢いたくて、つい牛車に乗ってしまった」
 頼長様もきっと内裏での政務で――実際にどんなことをなさるのかは下々の身には分かりかねましたが――少しお疲れのようでいらっしゃいましたが、却ってそれが凛々しい御顔に影を添えていて、目を奪われてしまいました。
 そして頼長様の長く優美な指が私の直衣の袖を掴んだかと思うと肩と腰を抱いて下さって唇を重ねて下さいました。
「私もお逢いしたくて、夜が来るのを待ち侘びておりました……」
 日が暮れるのを待っていたのは誠のことでしたが、すべきことをこなす合間合間に頼長様のことを慕わしく懐かしく想い出したり、身じろぎした瞬間に頼長様の薫物の上質で男らしい香りが衣から漂ってきた刹那に焦がれるように想ったりしたというのが真実でした。
 頼長様の唇が銀の細い糸を引いて離れると、結い上げているせいで露わになった首筋を舌と唇が熱く甘く辿って行きます。それと同時に紐も解かれて白い上衣と緋色の絹が素肌を滑り落ちていく感触にすら甘い吐息を零してしまっていました。
「牛車の中で……そのような……。ああ……」
 牛車は当然ながら揺れも致しますし、何よりも舎人や牛飼い童が外に付き添っているものです。
 そんな中での睦み合いは憚らねばならないと思いつつも、首筋を甘く噛まれ、早くも芯を作ってしまった胸の小さな粒を指で愛されると頼長様の二藍の直衣に縋っていた背が撓んで指で抓まれた芯を更に押し当ててしまっておりました。
「夜桜の君……。案ずるな……。車宿りではなく……直接寝殿に着けるようにと命じたので。
 それに今宵は誰も近寄るなと楓にも申しつけている。
 明日の日が昇るまでは、寝殿は人が侍らぬように……。夜桜の君のそういう姿を私以外は誰も見ないように、申しつけてあるので、存分に乱れると良い。
 白珠のような素肌が朝日に匂う桜の花よりも艶やかに染まっているのも、そして桜の花弁が咲く寸前の蕾のような愛らしい芯も……誰にも見せたくはない。
 衣や帯を運び入れるのも手ずから行うので安心せよ」
 頼長様の御声がぬばたまの夜よりも静やかに私の心と身体に沁みこんでいくかのようでした。首筋を舌と唇で愛される合間に告げられた意外過ぎる、そして何よりも嬉しい御言葉に、夢見心地になりそうでした。
 ただ、後ろから抱き締められて首筋には濡れた音と熱い愛を、胸の二つの芯には指が当てられて乱されていきます。そして、下の口に――といってもまだ装束は着けたままでしたが――頼長様の熱く猛った男根が触れているのも心の底が灼熱の炎で炙られたような心持ちが致しました。
 頼長様を早くお迎えしたくて……そして身体の奥で頼長様の熱さを堪能した後に堰を切って放たれる白珠の熱さを――出来れば同時に――素肌の外と中の両方に浴びたいと思ってしまっておりました。
「夜桜の君、袖で唇を塞いで……、忍び音で堪えているのも風情が有るが……。少しの声では外には漏れない故……」
「頼長様……。頼長様の香りに包まれて……、首筋と……胸の芯を……そのように弄られますと……、そして下の口に……熱く……逞しい……男根を衣越しにでも……押し付けられると……どうにか……なりそうです……」
 頼長様の指が胸の芯だけでなくその周辺の淡い桜色の部分まで円を描くように繊細な動きに変わりました。
「頼長様……早く……邸に……連れていって……下さい……」
 首筋と胸の二つの桜の蕾を愛されただけで、甘く熱い忍び音が出てしまって、閉じられなくなった唇から雫が零れております。
「車を急がせよ」
 頼長様は扇を鳴らしてやや大きな、そして凛とした涼しげな声で命じられました。
 御命令の通りに牛車は速さを増しましたが、その代わり揺れも激しくなって下の口に当たった物だけでなく、二つの桜の蕾に当たる指も荒々しいとさえ言えるほどになってしまって、あられのない声が出てしまっておりました、声だけではなくて私の男根も天を衝くかのように指貫を押し上げてしまっているのをまざまざと自覚して、息も絶え絶えな心地がしました。
「夜桜の君……、私に掴まって下りるか……。それとも抱き上げて寝所まで運ぼうか」
 牛車から牛が外される気配を感じてはおりましたが、魂は宙を舞う季節外れの蛍のように身から離れたような心許なさで頼長様の指や舌、そして下の口に当たっている男根のみが確かな生の証しのように思えてなりません。
「いえ、大丈夫です……。まだ……歩けるかと……存じます」
 屋根の高い、今めいた感じのするお邸の寝殿前に牛車は停められており、灯りだけはふんだんに灯されてはいるものの、深々として人の気配が全く感じられないのは頼長様の御命令が行き届いていたからなのでしょう。
 その灯りに照らされた頼長様は可笑しそうな御顔をなさって「まだ」と鸚鵡の瑠璃のように返されました。
「灯火の下で見る夜桜の君は――乱れ散る桜花のように艶やかで……そして何よりも綺麗だ。寝所ではなくて、ここで睦み合いたいほど――」
 耳朶を甘く噛まれて低く仰る頼長様の熱が、私の身体をも更に熱くしていきました。
「それでも……構いません。――約定通り、御人払いをなさって下さいましたので――」
 艶めいた声が自分のものとは思えないほどでした。
 そして、その瞬間頼長様の御腕が、私の身体を後ろから抱きすくめて帯を解いて下さいました。
 そしてそのまま背に頼長様の直衣の絹の滑らかさと、熱い身体を重ねたままで床に崩れ落ちていきました。
「……頼長様……指ではなくて――こちらのを……」
 下の口に二本の指がすんなりと挿るようになった私の身体でしたが、それよりも確かで熱い頼長様の男根で貫いて欲しいという渇望に、震える指で頼長様の指貫の中を探って脈打つ熱い楔を取り出しました。





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 今日は12月とは思えないほど暖かかったです。何だか気温の変化に身体がついていってくれるか心配な今日この頃です……。
 読者様もお身体ご自愛くださいませ。
 


        こうやま みか拝

「蓮花の雫」<結光・視点>38

「……どういう意味でしょうか?」
 孫子や韓非子は唐の国が――唐という国名ではない時代であったことは承知しています――戦乱で麻の如く乱れていた頃の時代の対処法を書き記した書物です。孔子が書いた書物は「徳目」と申しますか、人として正しい生き方を説いた物で、平和な時には大変重要だと思いますが、そういう「四書五経」と呼ばれる書物ではなくて、実践としての乱世の処世術を書いた書物を勧められるのは大江様がそれだけ危機感を抱かれているからなのでしょう。
 ただ、物事をはっきりと言わないというのが私達にも――頼長様のような高い地位にいらっしゃる方だけでなく――共通する行動様式でしたので、大江様は厳しい表情ながらも笑いを浮かべて正解を待つ先生のような風情でした。
「つまり、源氏や平家の武力勢力として侮れない実力を持つようになったこの時代に対応するためと、摂政関白よりも実力は上の上皇様という存在とも争わなければならないという意味です……か。
 少しでも頼長様の御力になるために」
 仄めかしや気配で伝わるようなお話ではないと判断して単刀直入にお聞きしました。
「左様です。夜桜の君の仰る通りです。貴方のような方が――と申しても頼長様はその花のような御容貌とか対等に話し合えるお相手だとたいそう好ましく、慕わしく御思いになっていらっしゃるだけだと拝察しますが――頼長様の御相手で良かったと思います。
 夜桜の君がそこまではっきりと仰って下さったので私も腹を割って話しますが、敵を作りやすい殿のご性格や御気性を出来るだけ宥めて下さいませんか。
 兄君、忠通様を『所現し』の宴にお招きするということも内心では私もお勧めしたかったのですが、御気配を窺って言い出しかねておりました。それが一夜で御翻意なさったのは夜桜の君の御言葉が胸に響かれたからだと。
 そのように、頼長様の御気持ちを変えられるお力をお持ちで、かつ賢明な判断を的確になさる方が傍に侍っていらっしゃるのは良き事だと考えます。
 事態をかき回して無邪気に喜んではその後のことも考えない浅慮な輩がまた一人増えたのかと、慨嘆して空を仰ぐのみだった私が昨日のご対面で光明を見た思いでした」
 事態をかき回す輩というのがどなたのことを指すのかおぼろげながら「秦のなにがし」ではないかと思ったのですが、それを唇に乗せてしまうと悋気の強い人間だと――少なくとも世間での噂では、頼長様との特別親密な仲ということになっております――大江様に思われてしまうので憚られました。
 頼長様を「政治的な」内裏で今まで以上の発言力をと望む、そしてその敵対する御方として兄君でもあり、関白殿下でもいらっしゃる忠通様を想定なさっている――実際のところそれは間違ってはおりませんが――大江様に「私的」な思いを吐露して良いとも思えませんでしたし。
「そして、今朝頼長様が『兄君も招く』と仰った時には胸が躍る気が致しました。これからも宜しくお願い致します。
 兄君様にお送りする大和歌や、妹御の裳着のための根回しで大殿忠実様へもくれぐれも――夜桜の君の歌才は父上からもかねがね漏れ伺っておりますし、頼長様への返歌もとてもお喜びになられていらっしゃいましたので、それほど心配は致しておりませんが――心を砕いて下さい。
 菖蒲や杜若は、私も知る限りの友人知人に文を出して入手出来るかどうか、そして送って貰えるかを大急ぎで手配はします。桜が今を盛りと咲き誇っている季節だからこそ、菖蒲の花が貴重なのは言うまでも有りません。
 時期を逸してしまった場合はまさに『十日の菊』ですので」
 急を要することでも――内心は色々と心積もりや友人知人への文、そして明日開かれる「所現し」の宴の責任者としての御用なども積もっていたことでしょうが――ゆったりとした言葉で仰いました。
「菊と申せば、道長公の宇治での夏の宴で出されたそうでございますね。
 長月九日の菊の節句ならばともかく夏の盛りに菊を献上されたとか……。あれも一条の帝の寵愛を一身に受けていらっしゃった中宮定子様のご出産のための内裏からの退出に供奉する人間の数を減らそうというのが真の目的だったようですが……」
 中宮定子様という御方は道長公の兄上の道隆公の娘御でいらっしゃいましたが、兄君の急な雲隠れで帝の寵愛しか頼る「よすが」が無くなり、しかも道長公には彰子様というお姫様が后がねとして有力視されていましたので、道長公としてもご自分の実力を帝に誇示するための宴でも有ったようです。
 しかし、くどいようですが道長公の御時代には帝の御意向のみを考えていれば良かった摂関家ですが、今の時代には上皇様という摂関家にとっては頭の痛い存在が重しとなっています。
 道長公の御時代にも御位を退いた上皇様はいらっしゃいましたが、実権を握る方はいらっしゃらず風雅の道や仏道修行などに励んでいらっしゃったと物の本には書いてあります。
 その点、今の時代は上皇様の御意向が優先されるのです。
 頼長様もその点をご承知なので、いわゆる上皇様のお気に入りの方々と「閨の中での政」としてのお付き合いをなさっているとお聞き致しました。
 色恋沙汰と政が一体になってしまうこの末世ですので、致し方ないことだとは思います。
 胸が騒がないと申せば嘘になりますが。
「あのような、見る者が見れば……有り体に言えば『嫌がらせ』ですが、雅びの道と体面を繕っていたのが道長公のご時代でした。
 しかし、今の末法の世ではそのような『取り繕い』をする心の余裕もないというのが現状でございますし、武士の力も強くなっておりますので武力をあからさまにふるうという側面も実際に御座います。
 その対処と致しまして夜桜の君には孫子や韓非子を是非身を入れて読んで下さるようにお願い致します」
 牛車の動きが緩やかなものに変わったので物見から覗くと我が邸のごく近くでした。
「お寄りになりますか。我が父もさぞや喜ぶと思いますが」
 いくら御用繁多な大江様とは申せ、そうお誘いするのはむしろ礼儀でした。
「いえ、学者の邸に相応しい、小ざっぱりとしながらもどこか床しい感じのする良い御邸の雰囲気は心惹かれますが――。そのような趣き深い前栽などを愛でつつお話をしたくはありますが、憂き世の事どもを片付けねばならぬ身の上でありますので」
 大江様は婉曲な断りの御言葉を述べられましたが、どこか残念そうでもありました。
 東三条邸のような広大さはないものの、車宿りで牛車を降りた私は大江様、そして舎人や牛飼い童にも丁重なお辞儀をして見送りました。
 素肌に着けた衣からは頼長様の薫物の香りが慕わしく漂っているのをまざまざと感じながらも。




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「蓮花の雫」<結光・視点>37

「はい。私が生まれる前ですが国司として下った縁で……。詳しいことは父も語りませんが恐らく陸奥の国の民草に慕われるようなことを致したのでしょう。今でも郡司から献上品が絶えません」
 国司は都から任国に下りますが、それに仕える郡司はその地方の有力者なので生まれ育った国から離れることは有りません。具体的な善政の内容は聞いておりませんでしたが、あれほど陸奥の国から夥しい献上物が年に二回届くのですから、今思うと国司に認められている税の徴収権で大幅な減税をして――その代わり国司に入る収入は減りますが――民草に感謝されていたのでしょう。
「そうですか。大殿は、無類の馬好きでいらっしゃいます。そしてあちらの国は特に名馬を産する地方なので、百匹単位で献上すれば大喜びで願いは叶えて下さいます。先に馬を勧請してその後その御目通りを請えば大丈夫かと思いますが」
 大江様はお役目柄、色々とそのような話は見聞きしていらっしゃっているらしくて事もなげに仰いますが、名馬百匹など我が父が購えるかどうかは正直分かりませんでした。
「分かりました。父に話してみますが、しかと約束は出来かねます。何しろ名馬百匹ともなれば我が家で用意出来るかどうか、私には分かりかねますので」
 正直に申し上げると大江様は――元々が同じ階級だけに尚更、身に沁みてお分かりになったのでしょう――考え深げに同情めいた笑いを浮かべて頷かれました。
「値が値ですので、苦しいのは充分分かります。しかし、献上品の多さを競うのが権門の家の習いですので、百匹以下ならお目に留まらないかと思います。
 前からご存知の仲でしたら、風流な贈り物などの奇抜と申しますか珍しい物でも御快く引き受けて下さるやもしれませんが……」
 大江様は扇で眉間を押さえて考え深そうな顔でした。我が父上の懐具合を――と言っても私も詳しいことは分かりません、家長である父が全てを把握していましたので――慮るような感触でした。
「風流な贈り物ですか……。例えばどのような?」
 妹の裳着の「腰結い」の役を忠実様が引き受けて下さったら――私自身は頼長様ご本人を切望致しておりましたが、先ずは兄弟仲、そして親子の仲の少しでも良くする方が先で御座いましょう――妹の大人としての門出は華々しい色を帯びるので父上も賛成して下さるでしょうが、名馬百匹というのは荷が重すぎるような気も致します。一匹でも「名馬」と呼べる馬を持っていると我々の階級ではそれとなく自慢が出来ますし、また人も羨んで下さいます。それが百匹というのですから桁違いの負担になります。
「今は桜の季節ですので、例えば菖蒲や杜若のような夏にならねば都では見られぬ花などをこの牛車一杯程度を目途に献上すると、それを主題とした宴を開くことが出来ます。
 杜若ですと『伊勢物語』にちなんだ歌の会などでしょうか。当然招いたお客様にもその花は振る舞わねばならなくなりますからその程度の量はどうしても必要となります」
 「伊勢物語」にちなむということは「からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ」句の最初の一文字ずつを繋げれば花の名前が出てくるという在原業平公の機知に富んだ句に倣って和歌の会でも開くのでしょうか。
「なるほど、とても参考になりました。業平公の和歌の『かきつはた』ですね。
 そういう会には、献上した人間やその縁故の者も招待して下さるのでしょうか」
 大和歌や漢詩は父だけでなくいささかは心得の有る私でございましたから、その才を生かすことが出来、かつ御心に沿うような歌を詠めば御覚えも目出度くなります。
 名馬の場合は――道長公の「御堂関白記」実資公の「小右記」などにも書き記してあるように――「誰々から献上された物を皆に分ける」という主人の心の広さだけが記憶にも記録にも残るのみでした。
「菖蒲や杜若というのはあくまで例ですか。それとも、何か曰く因縁の有る花でしょうか」
 今の季節にはない――逆に申せば夏に桜を所望するといった、今を盛りと咲き誇っている桜も他の季節では珍しい花ということになります――花なら何でも良いとなれば秋に咲く菊の花も今の季節には珍重されるでしょう。
「いえ、大和歌の心得に浅い私がふと思いついただけです。特定の季節を偲ばせる、しかも権門家に相応しい花なら何でも、例えば菊の花でも椿の花でも良いのですが、頼長様の御幼名は『菖蒲若』――あやわか――君と申しますので、その花にちなんだ菖蒲や杜若がより好ましいと無意識に口に乗せたと思います」
 あやわかの君との御幼名で呼ばれていらっしゃったとは存じませんでしたが、花にちなんだ御幼名が相応しい可愛い御子でいらっしゃったのかと、今の凛々しくてどちらかと言えば武者振りと申しますか、精悍な御容貌とはまるで異なっておりましたので、何だか微笑ましい気持ちと、そして早く日が暮れて逢瀬の時刻にならないかと待ち焦がれる気持ちでため息が零れてしまいました。
「菖蒲と杜若の花を探し求めるように父にお願い致します。
 都には咲いておらぬまでも、例えば夏でも頂上には雪が有ると歌に詠まれた駿河の富士の山の上はそれなりの寒さを保っておらねば雪も溶けましょう。ですから寒い国ではきっとどこかに菖蒲や杜若が咲いている理屈になります。大和歌の会ならば、若輩者ではありますが、私も少しは頼長様の御為になるようなお歌を詠んで差し上げることが出来るような気が致します」
 大江様は満足そうな笑みを浮かべられました。
「頼長様の御相手が、夜桜の君のような方で良かったと僭越ながら思います。
 敵も作りやすい御方ではいらっしゃいますので、それにこのご時世です。
 学問として、四書五経は当然学ばれていると思いますが……。実学として孫子や韓非子をお読みになった方が宜しいかと」
 「実学」という言葉が妙に切実な響きを孕んでいました。一応、孫子や韓非子は読んでおりましたが、どこか他人事のように感じましたのは我が国が平和であったからでしょう。
 しかし、碩学の大江様、そして頼長様の家司として深く案じていらっしゃるご様子に、今までとは異なった意味で胸が騒ぎました。




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「蓮花の雫」<結光・視点>36

「私には妹が一人居りまして」
 大江様は父上とも漢詩の席などでご一緒する仲だそうなので、裳着は迎えていないとはいえ話題に上っているとは思いましたが念のためにそう申しました。親や親戚、そして乳母や女房の噂で恋心を募らせる、いえ、実際そういうことも有ったかもしれません。しかし、婿を迎えてお世話をするのが女性の実家の役割でしたので、その婿候補が将来どれほどの出世をするかとか、今どの程度の地位に就いているかなどをよくよく吟味するのが実の父母の――妹には父しかおりませんが――重要な役割でした。しかし、その婿候補の恋文を貰えないとお話自体が成り立ちませんので、裳着を済ませたなら大々的に姫の存在を周囲に知らせるのが常でした。しかし、内々にはもっと早く申しているのが普通でして、私の学問仲間も、妹御のことを何かと声高に語っておりましたので。
「聞いてはおります。――和歌と楽器、そして学問にも非常に長けた末頼もしい姫、とのことは。かの紫式部殿や清少納言殿も音楽の才や和歌にはやや欠けるところが有りましたので、その通りかと思いますが」
 一瞬の間が有ったのは、兄の私の贔屓目で見ても見目麗しいとは申し上げられないので、容貌のことを一切触れない父の言の葉から察しておられたのでしょう。
 そして、成人とも認められない裳着を済ませていない妹のことを私が唐突に話し出したのが不審だという感じの表情がほの見えました。今の私達のようなしがない身分とはいえ、仄めかしや遠回しに感情を表現したり、言の葉には出さないようにしたりするのが嗜みでしたので。
「私は妹が――大変興味を持っている唐猫の話を頼長様にお聞き致したのです。その話の流れで妹の話になったのですが……」
 「妹」と申した時に大江様の眉が微かに顰められたのを見て、慌てて言葉を足しました。
 大江様は頼長様より過分な御寵愛を受けている私が、あわよくば妹まで興味を持って貰いたいとの打算から申し上げたと思われるのは心外でした。
「ああ、唐猫などは私共のような身分ではそうそうお目にかかれるものでは有りませんので。帝や宮様方、そして摂関家などに生まれた御方ならば幼い頃から見知っていらっしゃるようですが」
 「頼長様の北の方様もご愛玩の高貴な御猫だそうですね」と私が申し上げると話しが飛んでしまいます。
「畏れ多いことに我が妹の裳着の『腰結い』役を頼長様が務めて下さるという御話が出ることは出ました」
 大江様が「ほう」と感に堪えたような声を出されました。
 私達のような身分では確かに大それた、畏れ多い御好意であることには間違いがないのも事実でしたから、それも当然かと思いましたが。
「しかし、頼長様は御自分よりも、御父君の忠実様の方がより適任であると申して下さいました」
 冷静沈着な感じの――生まれつきそうなのか、それとも左大臣家の家司としての責任感からなのか分かりかねましたが――大江様が初めて驚いた表情を浮かべていらっしゃいました。
「つまり、頼長様ご本人がその御役目を務めてしまわれると、後々に兄君の関白忠通様がこの勝負に勝ってしまった場合に妹御の行く末にまで関わると、そう判断なさったというわけですか。その点、大殿様はどちらの父君でもいらっしゃる故ある意味安心とのご配慮ということでしょうか」
 感嘆と諦念の混じったような不思議な抑揚でした。しかし、そのお口振りからも兄君と頼長様の不仲が想像以上に大きいと実感致しました。
「はい。頼長様は父上にもお頼み下さると仰って頂きました。そして我が父にも遠慮せずに申し出るようにとの仰せでした。
 我が父と、そしてまだまだ不束者ではありますが私とが揃ってお願いの漢詩などを差し上げて――もちろん、然るべき物は用意致しますが――ご対面の運びにでもなった場合にそれとなく頼長様のことを申し上げるというのは如何でしょうか。
 私などの判断では余るようなお話なので大江様の御考えを聞きたく存じます。
 私は頼長様そのお人と――頼長様が御厭いになるまでは、でございますが――ずっと御縁が続けばと心の底から願っている次第ですが、妹には妹の宿縁が御座いますので、そのことまでをお考えになって下さった頼長様の御気持ちの有り難さにただ頭が下がる思いでおります。
 しかし、私のような者でも頼長様の御役に立つのであれば、大殿様とご対面の機会を設けるために妹の裳着の『腰結い』は絶好かと存じます」
 同じ身分同士であれば、気軽に頼めるお役目ですが、雲の上人でもいらっしゃる御方にお頼み申し上げるとなると献上する金子や馬などが必要となってくるのが世の習いです。
 ただ、我が父上も昨夜には覚悟を決めていて下さったようですし、何より妹の芳子にとっては大変名誉かつ最上の「腰結い」役であることだけは間違いございません。
「なるほど……。夜桜の君の音に聞こえた聡明さが良く分かりました。
 やはり東三条邸まで参って、夜桜の君とこうして一つ車に乗っている甲斐が有ったというものです。
 父君は確か陸奥にも縁が有ると漏れ聞いておりますが」
 何故、最果ての「道の奥」でもある寒い国の話になったのかと大江様の聡明そうな御顔を物問い顔で見てしまいました。



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「蓮花の雫」<結光・視点>36

「大江か。入るが良い。兄上もお呼びするということになったので、宜しく頼む」
 明日の宴はこの東三条邸ではなく頼長様の御邸でと仰っていらしたので、大江様も先程まではきっとそちらにいらして、馬を飛ばしてこちらに参られたのだと思います。
 家司とはその邸全般を取り仕切るお役目なので、今まで侍っていて下さった頼長様の一の女房の楓様とでも御談合なさる必要もあったのかも知れませんが。
 私の家のように――多くの貴族はそうでしょうが――邸が一つしかなく、かつ使用人も少ない邸には「家の司さ」を置かずに気の利く女房などに取り仕切らせるのが普通でしたが、頼長様のような複数の御邸を持たれている場合では、一つの邸に一人そういう御役目の方を置かないと邸の中のことが上手く回らないというのも事実です。
「畏まりました。ではそのように致します」
 大江様の声がどことなく晴れやかなのは、きっと彼自身もそう望んでいたからだろうと思いました。宴の支度の――内々とは申せ、左大臣様が開かれるのですからお支度の大変さは私などが見当もつかないものでした――疲れも感じさせずに慎ましやかに端坐した大江様は私を見て「良く申してくれた」とでも言いたそうな笑みを浮かべていました。
「朝餉と装束の支度が出来ておりますので、楓が御付き致します。私は夜桜の君をお送り致します故に」
 頼長様の戯れめいた「所現し」の宴は本来男女が正式な契りを交わしたという証しで開かれるものでしたが、そう近くはない将来に妹も――裳着を済ませて、しかも「腰結い」役には頼長様の御父君という私達には目も眩むような名誉なことです、もしこの約束が叶った場合は――然るべき殿方を通わせるようになった時にも普通は父母もそのことは知っているものです。妹の場合は母が亡くなっており、父上も私達にとっての継母に当たる新北の方も迎えようとは致しませんでしたので、父上がお決めになるしかないのです。ただ兄の私や乳母が殿方の文を吟味したり、その御方が本当に相応しいかどうかと談判致したりした後に初めは乳母か女房の代筆で、そして父上が「是」と仰った後には妹が直々の御歌を差し上げます。
 邸の中だけでは、皆が妹に殿方が通って来られると知っていながらも三夜の間は「知らぬ振り」をするのが普通のことです。
 そのような仕来たりに準じるお積りの頼長様は――逢瀬の場所が私の邸でなかったことは通常の男女の仲とは異なるのですが――「所現し」の日までは朝餉の用意を敢えて省かれたのでしょう。
「助かりました。夜桜の君ならそう仰って下さると信じておりましたが。
 殿は……気を許した御方に対してなら大変寛大な御方ではありますが、いったん御嫌いになられると容赦ない御方ですので内心気を揉んでおりました」
 頼長様が楓殿と出仕の支度に別室に向かわれたその忍びやかな足音が消えるか消えないかの内に安堵の表情を浮かべた大江様は更に晴れやかな笑みを浮かべていました。
「御仲は……皆が申すように、そこまでお悪いのですね」
 兄弟間の確執については――私の場合妹しかおりませんし、異母兄弟もいないので――書を読むとか風の噂でしか分からない類いのことではありますが、悩ましい問題です。
「はい。お兄上も殿を挑発するような御言動も多く……。こう申しては身もふたもないのですが、お互い様かと。
 しかし、御父君も頼長様に目を掛けるかと思いきや次には兄君様……といった有様でして……」
 言外に諸悪の根源は父君の優柔不断さにあると匂わせるような非難めいた口調が熱を帯びていたのはきっと頼長様のことを案じておられるからでしょう。
 車宿りまで着くと、大江様を待ちかねたかのような舎人や牛飼い童が牛車を動かすべく機敏な動きをしておりました。
「明日の宴にいらして下されば良いと心の底から願っておりますが。それに相応しい御歌も浅学菲才の身ながらも何とか詠んでお届け致します。
 また、宴の席ではなるべく御仲が少しでも近くなるように努めますので……、殿の御為に……」
 桜の花が夢のように舞い散った逢瀬の夜の余韻は身体に残ってはおりましたが――素肌に着けた頼長様の薫物の衣と同じく――大江様と廊を歩むにつれて現実の重みが肩に圧し掛かってくるようでした。
 しかし、そのような道を選んだのは紛れもなく私自身でしたので、逃げるわけにも引き下がるわけにも参りません。頼長様と共に歩むという決意は、最初にお会いした時から更に強固なものに変わっておりました、巌のごとく。
「そうして頂くと助かります」
 揺れる牛車の中で、博学でも知られた大江様が頭を下げておられました。
「大江様、他に何か私が出来ることは御座いませんか」
 頼長様は――内心はどうなのか未だ分かりかねますが――御兄君のことを軽く考えていらっしゃるような気が致しました。しかし大江様はそうではなさそうだったのでこの機会に伺っていた方が良さそうです。
 それに、大江様も――宴の支度で忙しいにも関わらず――こうして一つ車に乗り込んでいらしたのはそういったお考えがあってのことでしょう。
「先程も申した通り、御父上と御兄君との仲を何とか疎々しいものではなくて少しでも近しいものに変えるように振る舞って頂ければ幸いです」
 居ずまいを正して切実な眼差しで仰る大江様のご様子からはただならぬ雰囲気を感じてしまいます。つまり、それほど事態は切迫しているのでしょうが。
 御父君様との御縁……と考えていると咄嗟に閃いたことがありました。













 
【お詫び】
 リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
 更新を気長にお待ち下さると幸いです。
 
 私はブログでお世話になっているヤフーさんではなくて、アメーバでBLマンガを買ったりしています←薄情……
 で、先日ヤフーさんのブックストアを何気なく覗くとこの小説で(勝手に)取り上げた藤原頼長のBLマンガを発見してしまいました……。
 まあ、男色家として有名な人なので、被ったなぁと思っているのですが、怖くて未読という……。
 ただ、私の場合はかなり変えて書くつもりでしたので、題材は被っても内容は(未読ということもありますが)全然違ったものになります。

 いつもお立ち寄り頂き有り難うございます。
 


        こうやま みか拝
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