「……どうぞ……」
妙な間があって、しかも普段の声とは――他の人間には分からない程度だが、最愛の人だけをずっと見ていたし、怜悧な声を聞いてきた祐樹には分かる程度に――異なった感じの返事が返された。
電話でもしていたのだろうか?と思いながらドアを開けた。
心なしか頬も紅い上に、瑞々しい笑みで匂い立つような最愛の人が執務用のデスク越しに祐樹を見ていた。
「アポなしで済みませんでした。少し気になる点が有ったのと、そして……」
後ろ手でドアを閉めて、ついでに鍵も掛けた。教授執務室にノックなしで入って来るような人間は居ないだろうが、一応念のために。
「いや、それは別に構わないが……。気になる点とは」
涼やかな眼差しにもほんの少し紅色の艶やかさが混じっているような気がした。何故だかは分からないが。
「佐藤恵子さんなのですが、手術を早めた方が良いような気が致しまして」
執務室を足早に横切りながら、先に仕事の話をしてそっと付箋を外した。
少し潤んだ目とか紅く染まった頬は風邪の症状にも似ていなくもない。見た目よりも体力や免疫力も有る祐樹最愛の人で、出会った時から風邪一つ引いていない。もちろん、気を配っているからという面も無きにしも有らずだけれど、病院的にも感染力の高いノロウイルスやインフルエンザに対して職員に厳重な注意喚起をしている。医局でも祐樹が率先して感染症を防ぐ努力をしているが、それで100%防げるわけではない。
実際に風邪やインフルで休む人間も存在したのも事実だった。
それに出版関係の業務が増えて多忙だったし、睡眠時間も削ってしまっている今、最愛の人が風邪を引いてしまったのかも知れないし。
先に「お誘い」をしてしまうと、恋愛面でも律義な人なだけに祐樹の提案を優先させかねないので。
しかも、最愛の人も自分の免疫力とか体力に自信を持っている点が――柏木先生がインフルエンザに罹った時も、一緒に仕事をしていたにも関わらず罹患していない――却って危ない。自信がない人ほど、大事を取って休むという予防策をまず考える。しかし、自分は大丈夫と思い込んでいると無理をしてしまう。祐樹にも当てはまるこの戒めは心に刻んでおいて自重しようと密かに決意をした。
「佐藤恵子さんか。詳細を見せて貰えるか?」
付箋紙はこっそり剥して、書類の裏にさり気なく貼り直した。もう少し会話をして様子を見極めてからこの紙に出番が有るかないかを判断しようと思いつつ。
「ああ、バイタルが少しずつ落ちて来ているな。手術予定日までこの調子で下がり続けたら確かにまずいな……」
普段なら仕事の話は執務机を挟んで向かい合った形で行っていた。ただ、今日はその机の距離では分からない症状が出ているかも知れなかったので眼差しで合図して、バイタルの下がったグラフを含めた書類を並んで見ることにした。
「そうですよね。心臓疾患の病歴が有るとのことでしたし、お年のせいでガタンと下がったのではないかと思います。それ以外に理由は見つからないので」
最愛の人が薄紅色の指を紅のまなじりに当てて考えているようだった。それはそれでとても綺麗で祐樹の視線がついそちらに集中してしまいそうになる。
ただ、薄紅色に肌が染まっているだけで、体温の上昇はないような感じだった。体温計がないので正確なところは分からないが。
黄昏時の外の気温とは異なって、病院内は患者さんがパジャマ一枚でも歩けるように温度が設定されている。白衣の下に冬物のスーツをきっちりと着た最愛の人はむしろ暑いくらいだろうが、普段通りの冷ややかな感じだった。それに、シトラスの香りも仄かに香る程度で、体温が上昇しているとは思えない。
「手術室の空き状況は……と」
最愛の人がPCのマウスを手慣れた感じで動かした。
当然ながら、手術室を予約する権限は一介の医局員の祐樹に与えられていない。
病院内では持ち運びの便利さからアイパッドが標準になってきてはいる。ただ、PCも使われているので、二度手間になることも多いのだが。
「日にちを替えるとしたら、高田正太郎さんが最適だと思う。柏木先生が主治医なので、祐樹は名前を言ってもピンと来ないかも知れないが……」
手術室の状況のウインドウを閉じて、高田正太郎さんのカルテを呼び出してくれた。
主治医が異なると――執刀医になる時には当然状況も違ってくるが――患者さんの詳しい容態などは分からないのが現状だった。こんなに膨大な量のデータを蓄積しておくだけの脳の容量が有る人の方が珍しいのだから。
「柏木先生にはその旨連絡しておくので、この高田さんの手術予定日に佐藤さんの執刀をすることになるが、ご本人やご家族にも」
最愛の人の紅色の指が黒いマウスの上に乗っている様子も鮮やか過ぎて視線が外せなくなる。
プリンターが微かな音を立てて用紙を出しているのを取りに行こうと身体を動かしたら偶然、最愛の人の肘に当たってしまった。
「あ、すみません。えと……」
PCの画面に映し出されたモノの意外さに目を瞠りつつ、紅を佩いたような肌の色はこのせいだったのかと思い至った。
妙な間があって、しかも普段の声とは――他の人間には分からない程度だが、最愛の人だけをずっと見ていたし、怜悧な声を聞いてきた祐樹には分かる程度に――異なった感じの返事が返された。
電話でもしていたのだろうか?と思いながらドアを開けた。
心なしか頬も紅い上に、瑞々しい笑みで匂い立つような最愛の人が執務用のデスク越しに祐樹を見ていた。
「アポなしで済みませんでした。少し気になる点が有ったのと、そして……」
後ろ手でドアを閉めて、ついでに鍵も掛けた。教授執務室にノックなしで入って来るような人間は居ないだろうが、一応念のために。
「いや、それは別に構わないが……。気になる点とは」
涼やかな眼差しにもほんの少し紅色の艶やかさが混じっているような気がした。何故だかは分からないが。
「佐藤恵子さんなのですが、手術を早めた方が良いような気が致しまして」
執務室を足早に横切りながら、先に仕事の話をしてそっと付箋を外した。
少し潤んだ目とか紅く染まった頬は風邪の症状にも似ていなくもない。見た目よりも体力や免疫力も有る祐樹最愛の人で、出会った時から風邪一つ引いていない。もちろん、気を配っているからという面も無きにしも有らずだけれど、病院的にも感染力の高いノロウイルスやインフルエンザに対して職員に厳重な注意喚起をしている。医局でも祐樹が率先して感染症を防ぐ努力をしているが、それで100%防げるわけではない。
実際に風邪やインフルで休む人間も存在したのも事実だった。
それに出版関係の業務が増えて多忙だったし、睡眠時間も削ってしまっている今、最愛の人が風邪を引いてしまったのかも知れないし。
先に「お誘い」をしてしまうと、恋愛面でも律義な人なだけに祐樹の提案を優先させかねないので。
しかも、最愛の人も自分の免疫力とか体力に自信を持っている点が――柏木先生がインフルエンザに罹った時も、一緒に仕事をしていたにも関わらず罹患していない――却って危ない。自信がない人ほど、大事を取って休むという予防策をまず考える。しかし、自分は大丈夫と思い込んでいると無理をしてしまう。祐樹にも当てはまるこの戒めは心に刻んでおいて自重しようと密かに決意をした。
「佐藤恵子さんか。詳細を見せて貰えるか?」
付箋紙はこっそり剥して、書類の裏にさり気なく貼り直した。もう少し会話をして様子を見極めてからこの紙に出番が有るかないかを判断しようと思いつつ。
「ああ、バイタルが少しずつ落ちて来ているな。手術予定日までこの調子で下がり続けたら確かにまずいな……」
普段なら仕事の話は執務机を挟んで向かい合った形で行っていた。ただ、今日はその机の距離では分からない症状が出ているかも知れなかったので眼差しで合図して、バイタルの下がったグラフを含めた書類を並んで見ることにした。
「そうですよね。心臓疾患の病歴が有るとのことでしたし、お年のせいでガタンと下がったのではないかと思います。それ以外に理由は見つからないので」
最愛の人が薄紅色の指を紅のまなじりに当てて考えているようだった。それはそれでとても綺麗で祐樹の視線がついそちらに集中してしまいそうになる。
ただ、薄紅色に肌が染まっているだけで、体温の上昇はないような感じだった。体温計がないので正確なところは分からないが。
黄昏時の外の気温とは異なって、病院内は患者さんがパジャマ一枚でも歩けるように温度が設定されている。白衣の下に冬物のスーツをきっちりと着た最愛の人はむしろ暑いくらいだろうが、普段通りの冷ややかな感じだった。それに、シトラスの香りも仄かに香る程度で、体温が上昇しているとは思えない。
「手術室の空き状況は……と」
最愛の人がPCのマウスを手慣れた感じで動かした。
当然ながら、手術室を予約する権限は一介の医局員の祐樹に与えられていない。
病院内では持ち運びの便利さからアイパッドが標準になってきてはいる。ただ、PCも使われているので、二度手間になることも多いのだが。
「日にちを替えるとしたら、高田正太郎さんが最適だと思う。柏木先生が主治医なので、祐樹は名前を言ってもピンと来ないかも知れないが……」
手術室の状況のウインドウを閉じて、高田正太郎さんのカルテを呼び出してくれた。
主治医が異なると――執刀医になる時には当然状況も違ってくるが――患者さんの詳しい容態などは分からないのが現状だった。こんなに膨大な量のデータを蓄積しておくだけの脳の容量が有る人の方が珍しいのだから。
「柏木先生にはその旨連絡しておくので、この高田さんの手術予定日に佐藤さんの執刀をすることになるが、ご本人やご家族にも」
最愛の人の紅色の指が黒いマウスの上に乗っている様子も鮮やか過ぎて視線が外せなくなる。
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「あ、すみません。えと……」
PCの画面に映し出されたモノの意外さに目を瞠りつつ、紅を佩いたような肌の色はこのせいだったのかと思い至った。
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◆◆◆お知らせ◆◆◆
何も考えていなさそうで、そして主体的に動かなかった彼ですが、何故そういう風に振る舞ったのかを綴っています。
興味のある方は、是非♪♪
PCよりも、アプリの方が新着を通知してくれるとかお勧め機能満載ですし、読み易いかと思います~♪
こちらは不定期更新ですので、本当に投稿時間がバラバラですので、アプリのお気に入りに登録して頂くとお知らせが来ます!興味のある方は是非♪♪
<夏>後日談では祐樹が考えてもいなかったことを実は森技官サイドでは企んでいますので。
興味のある方は、是非♪♪
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◆◆◆バレンタイン企画始めました◆◆◆
といってもそろそろネタもないため――そして時間も(泣)
ノベルバ様で「後日談」の森技官視点で書いています。
ノベルバ様で「後日談」の森技官視点で書いています。
覗いて下さると嬉しいです!
また、本日も向こうの更新は済ませました!
両方とも、独白部分は終わって物語が進みます。
森技官は「夏」の事件でキーパーソンでしたが、割と簡単に人をこき使ったり、のびのびと振る舞ったりしていましたが、実際は彼もかなりの苦労をしています。その辺りのことを書いて行こうと思っています♪
また、本日も向こうの更新は済ませました!
両方とも、独白部分は終わって物語が進みます。
森技官は「夏」の事件でキーパーソンでしたが、割と簡単に人をこき使ったり、のびのびと振る舞ったりしていましたが、実際は彼もかなりの苦労をしています。その辺りのことを書いて行こうと思っています♪
こちらのブログと違って隙間時間に書いたら即公開していますので、更新時間がバラバラです!
だから、アプリで読んで頂くと新着を知らせてくれるために読み飛ばしはないかと思います。宜しくお願いします!!
PCの前でのまとまった時間は取れなくなってしまいましたが、アイパッドなら何とか隙間時間で記事を作成出来るので、すみません、このブログの更新頻度は減りますが、ノベルバ様の方では香川外科の面々がどのように教授や祐樹を見ているかを書いています。
読んで下されば嬉しいです。
いやぁ……。ヤフーブログが終了するとは……。
一応、FC2ブログに移行しようと試みましたが(前ブログのはどうにか完了しました)このブログが何故か引っ越せないんです(泣)
まあ、もうしばらく猶予期間もあるので、色々なブログを見てからお引越しを決めようかなと思っています。
しばらくはヤフーに居ますが、キリの良いところで新ブログ会社に切り替えるか、小説投稿サイト様だけに頼るか考えます。
私のPC音痴のせいで、FC2ブログお引越しが、旧「腐女子の小部屋」は無事完了したのに、こっちのは何故か記事が0という。
旧ブログは(ざっとしか見ていない)記事は無事みたいなので、宜しければ覗いて下さいね。
ぶろぐ村や人気ブログランキング経由でいらっしゃった方はほぼ関係ないのですが、今、このブログのお引越し作業のために、ブログレイアウトを固定しないとダメらしいのです(泣)
そのため、新着記事がPCからだと見えないという……。更新が一話か二話かを分かるように、しておきますのでしばらくの間、ご不便とご面倒をお掛け致しますことをお詫び致します。
本日も読んで頂きましてありがとうございます。
こうやま みか拝
こうやま みか拝