「出来れば、これ以上、立ち眩みが起こっても大丈夫なように、田中先生をお借りしたいのですが……」
祐樹が心の中で「はい?気は確かですか」と呟いてしまう。森技官の長身と、そして武道の心得が充分有る筋肉質の身体――ちなみに贅肉よりも筋肉の方が重い――を支えることを考えれば、見た目的には確かに祐樹しかいないだろう。ただ、祐樹最愛の人も標準よりは華奢な肢体の持ち主では有るものの、見かけよりも遥かに力が有る。呉先生は……、見てくれと同様っぽいけれども。森技官の黒い瞳が祐樹ではなくて最愛の人に懇願する感じで向けられている。
「いえ、ジェットコースターのような『スリル満点』の乗り物は香川教授と乗る方が良いのですが、そして、あのメリーゴーランドとか観覧車などは、本来のグループ分けに従って乗りましょう。
ただ、歩いている時とかは田中先生の隣でも構いませんか?」
今度は演説調ではなくて、何だかシェイクスピア俳優のように重々しくそして何だか弱弱しかった。ちなみに祐樹最愛の人も祐樹も演劇には全く興味がないので、テレビでチラ見した程度だったし、祐樹に至ってはその「有名な」劇の名前も知らないというお粗末さだった。まあ、患者さんの中には歌劇やオペラ愛好者も多数居たが、そういう場合はひたすら感心したように相槌を打って拝聴していれば――医師が物知りとか知識人という誤解がまかり通っているようなので――却って患者さんの方が嬉しそうに語ってくれる。「自分でも教えることが有って嬉しい」と。
「それは、もちろん構いませんが、本当に大丈夫ですか?
先程、体調管理も仕事のウチと仰いましたが、遊びで訪れている場所ですので……。なんなら医務室で休まれては如何でしょう。本来の業務に差し障ってはそれこそ大変ですから」
「医務室もダメです。あそこはこの近くの私立大学病院の先生方がアルバイトで勤務しているのです。我が厚労省を代表して査察中の人間が、そんな場所に行ったとなると、末代まであの私立医大病院の笑いものになってしまいます。
それに――この辺りの救急指定を受けた病院の卒業大学は、あそこが多いという統計もありますので、救急搬送されるわけにもいかないので」
ツクツク法師が夏の終わりを告げるように寂しそうに鳴いている木陰の下で、最愛の人の心配そうな眼差しと怜悧かつ端整な涼しげな口調が残暑を和らげていくようだった。それに対して森技官の熱弁は夏の真っ盛りのような感じだった。まあ、官庁の威を――昨今はかなり値崩れしている感のある厚労省だが――借りたか背負った森技官がオフとはいえ、病院沙汰に出来ないのは気の毒だが、搬送されるほどのレベルではないことくらい、最愛の人の水が流れるような手際の良さでのバイタルチェックを受けているので大丈夫だろう。
「……恋人の方へと倒れてしまっては、二人とも怪我をしないとも限らないでしょう、共倒れというか……。
その点田中先生なら私の体重でも余裕で支えることが出来そうなので……」
確かに正論だとは思う。祐樹は救急救命室に搬送された患者さんをストレッチャーから処置台に乗せる時に――その時は激戦区の野戦病院さながらに混みあっていた――最高123キロの男性を一人で扱ったことがある。ただ、一般の人が誤解しているみたいだが、コツさえ掴めばその程度のことは出来る。最愛の人が学生時代のボランティアで救急救命室に通っていた時も何キロかまでは聞いていないが、そういう巨体をホールドしたこともあると何かの拍子に言っていた。
「もちろん構いませんが、仕事に差し障りのない程度にしてくださいね」
額面通り受け取るのが最愛の人の美点でもあり、短所でもある。
森技官のことなので、何かしら企んでいるだろうとは思うが、夕食の時にアルコールが回った時に最愛の人の「寝室事情」を話すという計画しか聞いていない。
それ以外にも何か有るのだろうか。森技官のことだけに油断は出来ない。
ただ、基本は――祐樹最愛の恋人への純粋な好意からだろうが――今の関係性が継続するという前提に立ってだが、祐樹最愛の人や祐樹に対してマイナスのことは仕掛けて来ないだろうが。
それに聞いたことは何でも答えてくれる祐樹最愛の人とは異なって、言っていることと考えていることが180度異なることもないとは言えない人なので、聞いても無駄だろう。
「良いですよ。体重132キロ以上ということはないでしょうから。それ以上だと保証はし兼ねます」
祐樹最愛の人も相手が森技官で、しかも恋人も傍に居るという状態で俗に言う「お姫様抱っこ」を――実際はこのホールドの仕方が最も楽だし腰に負担も掛からない――しでかしたとしても何とも思わないだろう。
それどころか祐樹の負担を減らすべく力を貸してくれそうだ。
「メリーゴーランドの方がまだ身体に優しいかもしれませんね」
呉先生が軽快な響きで言葉を紡いでいる。二人がどんなデートをしているのか具体的に聞いたことはなかったが、恋人の不調にも関わらずあまり気にしていない様子がいよいよ怪しい。
少なくとも呉先生は――祐樹がほんの一瞬だけ「そういう関係」になった、名前も顔も忘れてしまったエキセントリックかつ自分を中心に世界が回っていると本当に思い込んでいた男性とは異なって――恋人を深く案じる優しさを持っているのも知っている。
「ああ、乗りますか?あの乗り物は二人掛けとかの偶数で数を合わせなければいけない類いのものではないので、何だったら休んでいて下さいね」
一応、森技官にそう声を掛けた。
すると森技官はまたもや意味不明・意図も尚更不明の行動に出たので内心唖然としてしまった。
(何なんだ?これは一体)……と心の中でリフレインしていた。森技官の言動に驚かされるのはもう慣れたと思っていたが、どうもまだまだ修行が足りないらしい。ただし、そんな修行もしたくないのも事実だったが。
祐樹が心の中で「はい?気は確かですか」と呟いてしまう。森技官の長身と、そして武道の心得が充分有る筋肉質の身体――ちなみに贅肉よりも筋肉の方が重い――を支えることを考えれば、見た目的には確かに祐樹しかいないだろう。ただ、祐樹最愛の人も標準よりは華奢な肢体の持ち主では有るものの、見かけよりも遥かに力が有る。呉先生は……、見てくれと同様っぽいけれども。森技官の黒い瞳が祐樹ではなくて最愛の人に懇願する感じで向けられている。
「いえ、ジェットコースターのような『スリル満点』の乗り物は香川教授と乗る方が良いのですが、そして、あのメリーゴーランドとか観覧車などは、本来のグループ分けに従って乗りましょう。
ただ、歩いている時とかは田中先生の隣でも構いませんか?」
今度は演説調ではなくて、何だかシェイクスピア俳優のように重々しくそして何だか弱弱しかった。ちなみに祐樹最愛の人も祐樹も演劇には全く興味がないので、テレビでチラ見した程度だったし、祐樹に至ってはその「有名な」劇の名前も知らないというお粗末さだった。まあ、患者さんの中には歌劇やオペラ愛好者も多数居たが、そういう場合はひたすら感心したように相槌を打って拝聴していれば――医師が物知りとか知識人という誤解がまかり通っているようなので――却って患者さんの方が嬉しそうに語ってくれる。「自分でも教えることが有って嬉しい」と。
「それは、もちろん構いませんが、本当に大丈夫ですか?
先程、体調管理も仕事のウチと仰いましたが、遊びで訪れている場所ですので……。なんなら医務室で休まれては如何でしょう。本来の業務に差し障ってはそれこそ大変ですから」
「医務室もダメです。あそこはこの近くの私立大学病院の先生方がアルバイトで勤務しているのです。我が厚労省を代表して査察中の人間が、そんな場所に行ったとなると、末代まであの私立医大病院の笑いものになってしまいます。
それに――この辺りの救急指定を受けた病院の卒業大学は、あそこが多いという統計もありますので、救急搬送されるわけにもいかないので」
ツクツク法師が夏の終わりを告げるように寂しそうに鳴いている木陰の下で、最愛の人の心配そうな眼差しと怜悧かつ端整な涼しげな口調が残暑を和らげていくようだった。それに対して森技官の熱弁は夏の真っ盛りのような感じだった。まあ、官庁の威を――昨今はかなり値崩れしている感のある厚労省だが――借りたか背負った森技官がオフとはいえ、病院沙汰に出来ないのは気の毒だが、搬送されるほどのレベルではないことくらい、最愛の人の水が流れるような手際の良さでのバイタルチェックを受けているので大丈夫だろう。
「……恋人の方へと倒れてしまっては、二人とも怪我をしないとも限らないでしょう、共倒れというか……。
その点田中先生なら私の体重でも余裕で支えることが出来そうなので……」
確かに正論だとは思う。祐樹は救急救命室に搬送された患者さんをストレッチャーから処置台に乗せる時に――その時は激戦区の野戦病院さながらに混みあっていた――最高123キロの男性を一人で扱ったことがある。ただ、一般の人が誤解しているみたいだが、コツさえ掴めばその程度のことは出来る。最愛の人が学生時代のボランティアで救急救命室に通っていた時も何キロかまでは聞いていないが、そういう巨体をホールドしたこともあると何かの拍子に言っていた。
「もちろん構いませんが、仕事に差し障りのない程度にしてくださいね」
額面通り受け取るのが最愛の人の美点でもあり、短所でもある。
森技官のことなので、何かしら企んでいるだろうとは思うが、夕食の時にアルコールが回った時に最愛の人の「寝室事情」を話すという計画しか聞いていない。
それ以外にも何か有るのだろうか。森技官のことだけに油断は出来ない。
ただ、基本は――祐樹最愛の恋人への純粋な好意からだろうが――今の関係性が継続するという前提に立ってだが、祐樹最愛の人や祐樹に対してマイナスのことは仕掛けて来ないだろうが。
それに聞いたことは何でも答えてくれる祐樹最愛の人とは異なって、言っていることと考えていることが180度異なることもないとは言えない人なので、聞いても無駄だろう。
「良いですよ。体重132キロ以上ということはないでしょうから。それ以上だと保証はし兼ねます」
祐樹最愛の人も相手が森技官で、しかも恋人も傍に居るという状態で俗に言う「お姫様抱っこ」を――実際はこのホールドの仕方が最も楽だし腰に負担も掛からない――しでかしたとしても何とも思わないだろう。
それどころか祐樹の負担を減らすべく力を貸してくれそうだ。
「メリーゴーランドの方がまだ身体に優しいかもしれませんね」
呉先生が軽快な響きで言葉を紡いでいる。二人がどんなデートをしているのか具体的に聞いたことはなかったが、恋人の不調にも関わらずあまり気にしていない様子がいよいよ怪しい。
少なくとも呉先生は――祐樹がほんの一瞬だけ「そういう関係」になった、名前も顔も忘れてしまったエキセントリックかつ自分を中心に世界が回っていると本当に思い込んでいた男性とは異なって――恋人を深く案じる優しさを持っているのも知っている。
「ああ、乗りますか?あの乗り物は二人掛けとかの偶数で数を合わせなければいけない類いのものではないので、何だったら休んでいて下さいね」
一応、森技官にそう声を掛けた。
すると森技官はまたもや意味不明・意図も尚更不明の行動に出たので内心唖然としてしまった。
(何なんだ?これは一体)……と心の中でリフレインしていた。森技官の言動に驚かされるのはもう慣れたと思っていたが、どうもまだまだ修行が足りないらしい。ただし、そんな修行もしたくないのも事実だったが。
______________________________________
宜しければ文字をクリック(タップ)お願い致します~!更新のモチベーションが上がります!
2クリック有難うございました!!更新のモチベーションを頂きました!!
◆◆◆お知らせ◆◆◆
何も考えていなさそうで、そして主体的に動かなかった彼ですが、何故そういう風に振る舞ったのかを綴っています。
興味のある方は、是非♪♪
PCよりも、アプリの方が新着を通知してくれるとかお勧め機能満載ですし、読み易いかと思います~♪
こちらは不定期更新ですので、本当に投稿時間がバラバラですので、アプリのお気に入りに登録して頂くとお知らせが来ます!興味のある方は是非♪♪
<夏>後日談では祐樹が考えてもいなかったことを実は森技官サイドでは企んでいますので。
興味のある方は、是非♪♪
PCよりも、アプリの方が新着を通知してくれるとかお勧め機能満載ですし、読み易いかと思います~♪
こちらは不定期更新ですので、本当に投稿時間がバラバラですので、アプリのお気に入りに登録して頂くとお知らせが来ます!興味のある方は是非♪♪
<夏>後日談では祐樹が考えてもいなかったことを実は森技官サイドでは企んでいますので。
◆◆◆バレンタイン企画始めました◆◆◆
といってもそろそろネタもないため――そして時間も(泣)
ノベルバ様で「後日談」の森技官視点で書いています。
ノベルバ様で「後日談」の森技官視点で書いています。
覗いて下さると嬉しいです!
また、本日も向こうの更新は済ませました!
両方とも、独白部分は終わって物語が進みます。
森技官は「夏」の事件でキーパーソンでしたが、割と簡単に人をこき使ったり、のびのびと振る舞ったりしていましたが、実際は彼もかなりの苦労をしています。その辺りのことを書いて行こうと思っています♪
また、本日も向こうの更新は済ませました!
両方とも、独白部分は終わって物語が進みます。
森技官は「夏」の事件でキーパーソンでしたが、割と簡単に人をこき使ったり、のびのびと振る舞ったりしていましたが、実際は彼もかなりの苦労をしています。その辺りのことを書いて行こうと思っています♪
こうやま みか拝