腐女子の小説部屋

創作BL小説を綴っています。ご理解の有る方【18歳以上】のみ歓迎致します

気分は下剋上<夏>

「気分は、下剋上」<夏>199

「それって、教授の現金や不動産とかその他金融資産など、教授がアメリカ時代に稼ぎ出したお金を田中先生が『その気』になれば持ち出すことが出来ますよね?
 教授の全幅の信頼を受けているのですね、田中先生は。
 オレの場合、同居人に全ての資産――と言っても家と敷地くらいしか有りませんが――その権利書を自由になんてさせていません。
 愛情だけではなくて、田中先生全てを丸ごと信頼なさっているのですね、教授は……」
 呉先生の目下のところの「患者」は祐樹最愛の人で、そして祐樹はどんなに頭の中がカオスになっていようともそれを気取らせないだけの訓練めいたことは救急救命室での勤務で培ってきただけに祐樹の魂が鋭利なメスで抉られているような痛みにも気付かれてはいないのだろう。
 そして呉先生は祐樹の気分も上げようと言ってくれたに違いないが「全幅の信頼」という言葉が逆に魂に突き刺さってしまって、ぎこちなく微笑むことしか出来ない。
「そう……ですね。総資産がいくら有るかとかも多分聞いたら教えて貰えると思いますが、別にお金目当てで付き合っているわけではないので」
 努めて快活な感じで返すのが精一杯だった。
 最愛の人が――日本と異なって全額自己負担の医療費で、かつ執刀医の実績によって手術料が決まる――アメリカ時代に富裕層相手の病院で名声を発揮して巨額の富を得たという話は病院内では知らない人が居ないほどなので、呉先生も当然知っている。
 祐樹と同じく具体額は知らないだろうが。
 ただ、その総資産を祐樹が「その気」になればパクって懐に入れてどこかに行ってしまう――心臓外科医としては働けないだろうが、医師免許はどの科でも通用するので町のクリニックなどの働き口はたくさんある――リスクは呉先生に指摘されるまで気付かなかった。
 祐樹には毛頭そんな気はなかったせいもあったし、最愛の人と離れて生きていく将来など考えられないほど惹かれ合ってしまっていたせいでもあった。
 ただ、良く考えれば呉先生の指摘も至極尤もな話で――金銭には恬淡たる態度を崩さない最愛の人なのでうっかり失念してしまっていたが――それだけ祐樹に対する信頼の度合いが高いのだろう。
 そんなに信頼して貰っているのに、こんな事態に遭わせてしまって心に傷を負わせてしまった祐樹の慙愧の念は深まるばかりだった。
「そう言われてみればその通りですね……。
 ただ、今回の件でかなり株が下がった気もしますが。大暴落かもしれませんよ……」
 無理やり快活さを装って大袈裟に肩を竦める。
 呉先生は寝室の方に気を取られているようで、祐樹の内心には気付かなかったようだったのが有り難い。
「そんなことはないと思いますが。何なら後で試してみませんか?」
 呉先生の大荷物の中に大学病院で使われている診断書とか――多分森技官が事前に入手したシロモノだろう――警官しか持っていないハズの事情聴取書がテーブルの上に手際よく並べられて、ついでに呉先生が使っていると思しきタブレットまで魔法のように並べられた。
「北教授の『被害届』は既に最寄りの警察署に提出されているようで、そのPDFファイルがこれですね。
 時間などを正確に合わせないと流石にマズイので……。まあ、このファイルの存在自体も外部にばれるととんでもない結果になります」
 島田警視正辺りが密かに送って来てくれたのを森技官経由で入手したのだろう。
「そうですね……私は……印鑑を取って来ます」
 書斎に仕舞ってあるハズの最愛の人のハンコを探しに行くフリをしてキッチンから出て深呼吸した。
 呉先生が居てくれて有り難いと思う反面、粉々に砕け散った祐樹の魂を気取られないように振る舞うことに「も」限界を感じていたので。
 普段は足を踏み入れない書斎――几帳面な最愛の人らしい整理整頓が行き届いた部屋だったが――に足を踏み入れて、キャビネットに手を掛けた。鍵も掛けずに印鑑とか通帳とか資産運用を任せている会社からの「親展・重要」とか書かれた封筒と共にその中に入っていたと思しきドルやユーロ――その他の通貨はあいにく祐樹が知らないマークだった――で現時点での資産額と思しき書類がキチンとファイリングされていた。
 通帳――多分大学病院からの給与振込み用だろう――も引出しを開けると容易に見つかったし、流石に異なった場所に保存されてあったが印鑑類も容易に見つけることが出来た。
 呉先生の指摘通り、祐樹が「その気」になれば――絶対にそんな気は起こさないだろうが――最愛の人の全財産をそっくりそのまま持ち出して逃げることも可能な状態で保管されてあった。
 こんなにも信頼されているのに、その最愛の人を守りきれなかった祐樹の不明を恥じるばかりだった。
「本当に申し訳ありません」
 主人不在の書斎のデスクに深々と頭を下げてしまった。そんなことをしても何の効果もないことは分かっていたが、そうでもしなければ砕けてしまった魂が痛すぎて祐樹までもが壊れてしまいそうだったので。
 適当なハンコを取り出して書斎を出た。
「お待たせしました」
 キッチンに戻ると呉先生は黙々と診断書を作成中で、手伝わなくても良いのかと思ってしまう。
 最愛の人の心の傷は呉先生も把握しているが、アイツにメスで切りつけられた身体の傷――右手が一番酷いが、祐樹の付けた紅い情痕を見つけるためにシャツを切り刻んだ時に勢い余って素肌まで切られた傷がいくつも残っていた――のを把握しているのは祐樹だけだったので。
「田中先生は外科的見地からの診断を口頭で説明して戴きます。ただ、そちらも私が書きますので。というのも、ここには二人しか居ないので、事情聴取書と筆跡が同じというのは流石にマズイのです。
 本当はもう一人誰か居て欲しいのですが、贅沢は言っていられませんから。田中というハンコは必要ですがその他は私が書き上げます」
 そういうことかと納得してしまう。確かに「警官」役の人間が居るという「設定」なので、診断書と同じ筆跡で事情聴取書を書いたら流石に露見するリスクが高い。
「外傷については?」
 診断書の呉先生の分は終わったらしく、診断書のかなりの分量が文字で埋めてあった。
 森技官は「法案作成などの書類事務」仕事「も」得意分野だと言っていたし、確かめたわけではないものの、多分本当のことだろうが、今は特化した「得意中の得意」分野でその才能を花開かせて欲しいと切実に願っている。
 精神攻撃という素晴らしい才能――普通の人間には不必要な――を持っているのだから存分に発揮して欲しいし、森技官が姿を見せないのも本人も自分の才能を誰よりも良く知っているからだろう。
「外傷を列挙しますね……」
 具体的に思い出しながら、青褪めた滑らかな素肌に血液の滴り――仕事上では慣れてしまっているし、メス、は流石に居ないが、刃物でもっと深くまで抉られた患者さんを多数診ていたものの――それが最愛の人の怪我を具体的に話すとなると話は別だった。
 手当ては細心の注意を払って施したものの、呉先生の筆跡で文字になっていくと、祐樹自身の身を切られるように辛かった。
 ついでに唇も寒いどころの騒ぎではなくて、魂の温度が氷点下まで下がっているのを呉先生に悟られないようにするのが精一杯という有様なのが情けない。
「全治2週間」とか――交通事故で搬送された患者さんなどには保険会社に提出する必要も有って書き慣れた単語の列だったが――淡々と言うように内心懸命に努力をしなければならないのも辛すぎて魂だけではなく精神が血を流しているのを自覚しながら言葉を絞り出した。
 呉先生にも気付かれないように慎重に、なるべく平坦さと冷静さを装っていたものの、内心では血の涙を流していた。
 こんなことではいけないと自分を叱咤激励しつつ。
 最も恐怖を味わったのは、祐樹の力不足で守りきれなかった最愛の人なのだから。
 その良心の呵責というか責め苦は祐樹一人が墓の中まで持って行く覚悟だったので、呉先生にも悟られてはならない。











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「気分は、下剋上」<夏>198

 血を見るのが生理的に受け付けない呉先生だったが、精神科医としては優れている上に――そうでなければ真殿教授と大喧嘩した時点で病院長は大学病院から切り捨てただろう――対人関係能力にも自信のない上に友人を積極的に作る積もりもなさそうな祐樹最愛の人も呉先生のことは気に入っている、お互いの恋人の惚気話をする程度には――つまりは信頼関係が予め構築されているので精神科の真殿教授直々だか、そのお墨付きを貰った「優秀」な精神科医よりも呉先生の方が適任だと祐樹自身も思っていたし、呉先生もその点は自覚していて真殿教授との口での攻防戦に勝ってくれたのだろう。
 それに未遂に終わったとはいえ「倒錯した」性の対象にされたことは――別に恥じる積もりはないが、隠しておいた方が良いので――精神科医がこれ以上増えることも望ましくなかった。
 その呉先生が言いよどむのも珍しくて、待とうという気になった。
「えと、そのですね……」
 コホンと咳払いをした後に、言い難そうにしていた可憐な花の佇まいの唇がやっと動き出した。
「教授は、望まない性行為は初めてですよね?
 そして……過去の……『そういう経験』もそう多くはないという認識で宜しいでしょうか?」
 恥ずかしそうに頬を染めている野の花の風情を紫煙越しに眺めて――祐樹自身の好みではなかったものの、きっと森技官はこういう笑顔にも惹かれたのだなと現実逃避のどうでも良いことを考えながら――単なる好奇心とか野次馬根性で聞いているのではないことくらいは祐樹にだって分かった。
「はい、望まない性行為は初めてです。キスですらあんなに大騒ぎしたのでお分かりかと思いますが」
 厚労省詣での時に当時のナンバー2から「良からぬ気持ち」を抱かれてしまって、料亭に連れ込まれた末にキスをされた、今思えば細やかな事件に森技官と呉先生の協力を仰いだことも忘れてはいない。
「ああ、そうでした……。オレとしたことがうっかり忘れてしまいました」
 一人称が変わったのは呉先生も内心慌てているとか恥ずかしがっているからなのだろう。
「過去の性行為自体も私を除けば一人だと聞いています。アメリカ時代に『そういう人が集まるクラブ』で出会った男性と一晩だけ過ごしたことがあると本人が言っていましたよ」
 普通は触れないごくごくプライベートな際どい話題を振って来たのは呉先生の職業意識なのだろう。
 だったらウソ偽りなく言った方が良いと判断した。
「一回きりなのですね。
 で、田中先生とは……仲睦まじく――心身共に――過ごされているということですよね?先生からも以前お伺いしたように」
 呉先生は最愛の人や祐樹のように自分の性的嗜好について明確な自覚が有ったわけではなく、森技官にでっち上げの画像という自分の弱味というよりも病院の弱味を握られたせいで身体を許したのが切っ掛けだった。その画像がでっち上げだと証明したのが祐樹だったが。その時に自分にも同性の恋人が居ると打ち明けた覚えが有った。
「そうですね。恋人として心身共に深く結びついていますが?」
 呉先生の頬がザクロの赤に染まった。祐樹にはそんな趣味はないものの、脆い果実なだけに庇護欲と共に踏み潰したい加虐心――どちらも森技官はふんだんに持ち合わせている――を煽る表情だった。
 まあ、今頃は――絵画的な美しさはないものの――森技官の加虐心はアイツに遺憾なく発揮されているだろうが。
「分かりました。答え難い質問に回答有難う御座います」
 呉先生になら、もっと具体的なことを話しても大丈夫だという信頼感は有ったものの、祐樹も惚気話をするだけの気持ちの余裕は皆無だった。それよりも、最愛の人を守りきれなかった魂の欠片――井藤が今後どうなるのかを知ってかなり回復してはいたが、50%程度の修復率だろう――が心にガラスかメスのように突き刺さって痛くて仕方ない。
 答え難いのではなくて、聞き辛い質問だろうと何時もの祐樹ならツッコむ――呉先生が相手では多少の配慮はするだろうが、久米先生辺りなら100%だ――だろうが、今の祐樹には無理だった。その代わりに三本目のタバコに火を点けた。
「教授が混濁した意識の中で口走っていらした言葉の意味が分かりましたよ」
 呉先生の細い眉が痛ましそうに顰められている。
「つまり教授はそれほど経験値がなくてですね……。ご自分が先生にどれだけの満足を与えているのかまだ良く分かっていらっしゃらないのです。
 経験が豊富な人とか自分に自信のある人なら話は別でしょうけれど、教授は私が拝見する限りご自身の魅力とか……そのう……夜の恋人との……」
 そういう発想は祐樹には全くなくて目から鱗が取れた感じだった。「不感症」などは実際にアイツの妄想から来た暴言で、全く根拠はないシロモノだと祐樹などは笑い飛ばしてしまっていたが、最愛の人は確かに自信も経験もない分心に深く突き刺さったのだろう。
 これからは更に情熱的かつ細心の注意を払って――もちろん最愛の人の精神の回復後というのが大前提だが――愛の行為を行おうと決意した。
「なるほど、それは盲点でした。つまりは心の底にそういう不安を持っていたので彼の精神にダメージを与えたということですね」
 呉先生が可憐な小動物を彷彿とさせる仕草で頷いた。
「人間の精神へのダメージはその人の劣等感が強い部分にヒットすれば大きな打撃となり得ますが、何のコンプレックスも抱いていない場合は鼻で笑っておしまいです。
 教授はアイツの言葉が引き金になってしまい、強い不安感を抱かれたのでしょう。だからああいう結果になってしまったと推量します」
 なるほどな……と思ってしまう。これからは注意しようと思った。自分の腕の中で淫らに振る舞う最愛の人がどれだけ感じているのかをもっと言うべきだろうなとも。
「参考になりました。私はアイツの妄想に依る暴言としてしか受け止めていませんでしたが……事態は思ったよりも深刻なのですね。今後は具体的に言葉にすれば良いのでしょう?留意点は有りますか」
 普段、薬剤には余り頼りたくなさそうだった最愛の人がああまで憔悴して唯々諾々と呉先生の投薬を受け入れたのだから精神的ショックは――手の震えもそうだが――深刻だろう。
「教授が望まないことはしないように気を付けて下さればそれで大丈夫かと。
 それ以外は何事もなかったかのように振る舞うのが一番でしょうね」
 心のメモに極太のマジックで書きとめた。
「また、教授の自信というか矜持の根拠は世界的に認められた手技です。それはお分かりでしょうが……。その至宝とも言うべき右手を意識が有る最中に腱や神経を切られるのではないかという恐怖は常人よりも遥かに恐ろしい恐怖だったと思います。
 私など手はついてさえいれば大丈夫なので……、痛みだけを我慢すれば大丈夫なのですが、教授にとっては矜持の在り処を失うかも知れない恐怖に苛まれた結果だと判断します」
 それは祐樹には痛いほど――比喩ではなくて実際に心に鋭利なガラス片のように突き刺さっている――分かる。出会った頃の彼は祐樹の愛情すらも数値化出来ないし、移ろっていくものだとずっと思っていたらしいし。
「さてと、では宿題を片付けましょうか。診断書と事情聴取書を二人で書き上げましょう。
 教授の署名・捺印が本来は必要なのですが、そんなモノは一々チェックされないので、署名はなるべく教授に似せて書けば良いコトですし、ハンコはそこいらの文房具屋で島田警視正の命令を受けた巡査辺りが買って来れば済むことですから。
 今の教授に追体験を想起させるようなことは絶対に避けないといけないことです」
「印鑑の在り処は知っています。実印とか銀行印も確か同じ場所に保管してあるとか。触ったことはないですけれど」
 呉先生は野のスミレが綻ぶような可憐な笑みを浮かべて、感心したような眼差しで祐樹を見ている。
 何か感心するようなことでも有るのだろうか?このような事態を引き起こしてしまったのに。











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二時間を目途に「震災編」の更新がない場合は「力尽きたな」と思って戴ければと思います。



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「気分は、下剋上」<夏>197

「あの点滴スタンドとか薬剤の調達はウチの病院からでは有りませんよね?
 いえ、咎める積もりは毛頭有りませんが、良く準備出来たなと感心しまして」
 砕けた魂の欠片を何とか修復しようと、普段は入れない砂糖とミルクをかき混ぜながら呉先生の手回しの良さに感嘆の眼差しを向けた。
「その話は――薬剤が効いて眠っていらっしゃるとはいえ――香川教授の容態を診ながらでも大丈夫でしょう。聞かれても問題のない話題だと思います。
 だから、今の精神状態の教授の耳に入れたくない話題もたくさん有りますし、そちらの方を先に済ませましょう」
 優先順位を付けて物事を円滑に運ぶ重要性は救急救命室でも官僚の世界でも同じらしい。
 そして呉先生の口ぶりから今夜は徹夜を覚悟で最愛の彼の容態を診るつもりらしいことも。
 まあ、祐樹だけでは――こんなことになると分かっていれば、大学時代にさしたる興味のなかった精神科の講義も真面目に受けておくべきだったと切実に後悔してしまったが――対応しきれないのも分かっているので、その点に異存が有るわけでもなかったが。
 それにアイツに対処してくれている森技官から呉先生の携帯に電話を掛けて来た件も実は気になっていた。
「井藤達也に関してなのですが」
 その名前を聞いただけで普段なら「甘過ぎる」と舌が判断するコーヒーが濃い目に淹れたブラックコーヒーよりも苦く感じた。
「田中先生からの第一報を受けてから同居人とも散々議論に議論を重ねました。まあ、オレなんかよりも同居人の方が手厳しい意見でしたが、今の教授の状態を診た上でその判断というか直感の方が当たっていたと言えなくはないので、最終的に同意しましたけれど」
 森技官の悪辣な実行力に比べれば、比較的常識人の呉先生がストッパーになっていたのだろうが、この事態になってしまった以上は――祐樹も己が背負っていかなければならない精神的な十字架は絶対に下ろす積りはなかった、愛する人を守りきれなかったのだから――呉先生も止める役目を放棄したのかもしれない。
「ベンツを運転していた島田警視正と同居人は大学時代の同級生らしいのですが、ウチの学部は六年なので先に警察庁に入省したので官僚としてのキャリアは向こうの方が上です」
 警察官僚なのだから、森技官と同じ大学――ちなみに長岡先生もだが――の法学部出身であることはほぼ間違いはない。祐樹も最愛の人のお供を――表向きはただの付き人で、実は東京の岩松氏の病院の執刀医を務めさせてもらっているが夜は合流する一介の医局員だ――厚労省の和泉技官などと話す機会が有って知ったことだが、官僚の世界は大学院卒よりも学部卒の方が圧倒的に多いらしい。医学部は6年間がセットなので一応、修士号取得の院卒までが必須だった。その後二年学んで「医学博士」号を取得する学生も多いが、それは開業医になった場合、世間の目に好ましく映るからで他に業績――例えば最愛の彼などの手技の世界的な名声とか権威など――が有れば別に問題はない。
 他の省庁ではほとんどが官僚育成大学とも揶揄される森技官の出身大学出身者が最も多く、何故かウチの大学から官僚への道を選ぶ人間は少数派だった。
「アイツの懲役が七年だなんて……。あ、タバコを吸っても良いですか?」
 唯一無二の守りたい恋人をこんな目に遭わせてしまったせいで粉々に砕け散った魂の欠片をどうにかして修復しようと思えば、そしてアイツのことを考えると無性にタバコが吸いたくなる。呉先生が潔癖過ぎる嫌煙家でなくて良かったなと思いながら祐樹は自分の個室になってしまった部屋からタバコと灰皿を持って来た。呉先生が「もちろんです」と言ってくれたので。
「通常警察の役割は容疑者を検事に送ると仕事は終わりで、それ以降関わることは有りません。裁判の判決などは当然目を通しますし刑務所に送られたら業務は完遂です。
 ただ、今同居人が腕によりをかけてアイツを追い込んでいる――精神的にも、そしてアイツの経済力を削ぐためにも――真っ最中で『想定以上に上手く行っている』と報告が有りました」
 辛辣かつ容赦のない森技官が本気を出せば――しかも専攻は精神科だ――その破壊力は底知れない凄味を持つことも祐樹には分かる。
 最初に会った時に祐樹が口論に勝てたのは「でっち上げの画像だ」という確たる証拠が有ったからだったし、何なら証人も何人でも連れて来ることも可能な状態だったからだ。
 そして森技官の目的は祐樹の方へ心配そうな眼差しを送りながらコーヒーの湯気を野のスミレの可憐な頬に当てている呉先生を射止めるためで、最愛の人の「でっち上げ画像」はいわばダシにされただけに過ぎない。たまたまウチの病院の看板教授が最愛の人だったので捏造画像を使われただけで――不定愁訴外来という呉先生にとっての城はウチの病院が健在であることが前提条件なので、病院存亡の危機にさらされた場合呉先生の細やかな城が破壊されてしまう――仮に他の科の人間が看板教授だった場合はそちらの画像を捏造したに違いない。森技官にとっては母校でもあり、職業上でも出入り可能な大学病院が東京なのでその辺りは存分に融通が利くのだろう。
 その森技官の今回の目的がアイツを潰すこと――森技官の怒りは祐樹にも存分に伝わってきた――なので情け容赦はないだろう。
「それは有り難いです」
 最愛の人の魔法のように美味な――彼には朝食のメニューに過ぎないが――スープとかトーストを食べて、タバコの煙を肺いっぱいに吸い込むとやっと人心地がついた気分になって、粉々に砕けた心の痛みも――多分一時的だろうが――少しは和らぐような気がした。
「で、アイツが判決通りに刑務所に入り、出所した場合は島田警視正が責任を持ってチェックして下さるとのことです。普通はそこで野放しにされますが――まあ、法律的には罪を償ったので犯罪はチャラになり後は好きに生きろと言うことですけれども――精神疾患者には措置入院という制度が有って『精神科医が必要と判断した患者』には適用されます。
 京都と滋賀の境目の山の中にそういう措置入院受け入れ可能な病院がいくつも有って、一生病院から出て来られないようにすることも可能です」
 なるほどな……と思ってしまう。こういう「冷徹な処遇」を一番先に考え付きそうなのは森技官なので呉先生もギリギリまで迷っていたに違いない。
「ではアイツは一生精神病院の中で生きるということですか?」
 タバコの煙を呉先生に向けないように大きく吐き出す。
「そういうことになりますね。
 ただ、家族の同意なども必要になりますが、井藤一家の隠し資産はかなりの精度で調べています。その口座はアメリカのテロ防止法を援用して――何せ日本の反社会的勢力は今や米国に喧嘩を売っているに等しい国との繋がりが密接なのも警察の公安などが着々と調べ上げていますから――悉く口座を凍結したり、没収したりも出来るようです。
 財務官僚や税務署、そして外務省までが動いてくれているようで、回答は充分可能だとのことです。井藤一家は経済的に破滅ですね。まあ、後ろ暗いことをして得た資産なので自業自得でもありますが」
 あの出来損ないの風呂屋のような――祐樹ですらトラウマになりそうな家だったので、右手の腱や神経を切られそうになった最愛の人は更にそうだろうが――も没収されて取り潰されるのかと思うと一筋の光明が心の中に射しこんで来るようだったが。
 それに井藤が一生精神病院の中から出られないということも。
 京都と滋賀の境は山ばかりの僻地だし、精神病院は他の科の病院よりも患者の脱走を防止するための設備が整っていると聞いている。アイツは刑務所のような隔離病棟にでも入れられるのだろう。精神病院も厚労省が監督省庁なので森技官の目が怖いハズなので。
「しかし、森技官の過酷な精神攻撃によってアイツが精神を崩壊させたら裁判で心神喪失との判決が出た場合はどうなるのですか?」
 聞きかじりの知識だが、心神喪失の場合は確か無罪になるハズだった。普段の祐樹ならPCで検索して自分で調べる程度のことはするし――時間が時間なだけに知り合いの杉田弁護士を叩き起こすのも非常識かもしれないが――杉田弁護士に電話を掛けて聞くという方法も有ったが、到底今日はそんな気力がわいてこない、自分で自分が情けないが。
「その判決が出た場合も当然想定済みで、裁判所が心神喪失と判断した場合は即座に精神病院行きです。
 性犯罪者……」
 呉先生の目が痛ましそうな光を帯びて寝室の方へと向けられた。
「性犯罪者は覚せい剤のような依存性を立証された中毒患者ではありませんが、再犯率が極めて高いとの統計も有りますので、ああいうヤツは一生隔離されていた方が世の中のためになります」
 刑務所のような場所で一生を送るのだったら、確かに祐樹も溜飲の下がる思いだった。細かく砕けた魂の欠片のピースが少しだけ修復されたような気がした。
「教授のことですが……。そのう……」
 呉先生のスミレのような可憐な視線が気まぐれな風に翻弄されたタンポポの綿毛のように宙を泳いでいる。












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「気分は、下剋上」<夏>196

 呉先生対真殿教授という、精神科の白熱した――専門用語が多々混じっていたので祐樹は聞いてもほとんど意味が取れなかったが――バトルは呉先生の方が優勢な感じだったのでそちらは任せておくことにして斉藤病院長との会話を続けた。
 スマホはスピーカー機能が付いているので呉先生と真殿教授の声も斉藤病院長のスマホからも聞こえるという状況把握にぴったりだったが。
「黒木准教授からのレポートですか……?」
 医局が――脳外科とは異なって――団結力が高いのは表では黒木准教授が最愛の人の女房役を、そして陰では祐樹が円滑に回るように努力していたので充分自覚していた。祐樹最愛の人の「手技」や「実力主義」や「依怙贔屓ナシの合理性」を慕う医師も多いのも事実だったが。
『急を聞いて駆け付けた准教授に柏木先生が『井藤』についてのレポートをプリントアウトして提出した。そのコピーを私が貰ったというわけだ。私も門外漢なので真殿教授を呼び出してレクチャーを受けたという流れだ』
 ああ、そういうことか……と納得した。
 柏木先生の冷静な判断で長岡先生が病院内のSEに作ってもらったという情報共有サイトからの呉先生作成のレポート部分だけを黒木准教授に渡したのだろう。
 
 だからその段階で斉藤病院長は井藤――その固有名詞を口に出す時は「口に出すのも嫌だ」という感じで、普段の温厚さをかなぐり捨てていたが――の精神疾患を正確に知っていたことになる。ただ、今の祐樹が井藤を世界中に伝わっているありとあらゆる拷問にかけたいと切実に思ってはいたものの、実行するには理性とか常識が邪魔をして到底無理なのと一緒で、最愛の人にも「実際に」凶行に及ぶとは――しかも腱や神経をメスで切ろうとする――異常過ぎる行為が未遂とはいえ、実際に行われたことに病院長室の皆が衝撃を受けたのだろう。しかもスタンガンやクロロホルムまで用意したという点などは、祐樹の想定をはるかに上回っていて、情報は充分過ぎるほど持っていたにも関わらず最愛の人を守りきれなかった魂の痛みを懸命に堪えながら話を続けた。
「納得致しました。井藤と元同級生だったウチの久米先生からの情報とか、研修医にも関わらず毎回手技を見学に来ていた――ああ、その件は『良い人』の森技官からもお疑いならお聞きください。彼も目撃していますから。
 要は『医療界の至宝』の手技を羨んだ挙句の果ての執着というか嫉妬からの犯行かと思われます」
 アイツのもう一つの粘着の良からぬ目的――未遂で良かったが、最愛の人を精神的にここまで傷付けてしまった――は「ひた隠し」にしておいた方が良いだろう。斉藤病院長――まあ、心底「あの」森技官を良い人だと思い込んではいる点が気になるが見てくれの「誠実さ」と猫かぶりが上手いある意味、森技官も役者なのでそこは仕方ないのかもしれない――が「信頼出来る」と判断して集めた人達だけが聴いているとしても、どこから漏れるか分からないし、未だ旧弊さの残る大学病院なので男性同士の「そういう関係」――それがたとえ一方的かつ独善的なモノであっても――は格好のウワサのネタになりかねないし、アイツがどうなろうと祐樹の知ったことではないが、最愛の人にポジティブなウワサ話のネタにはされたくなかった。
『その可能性はレポート――あれは呉先生作成だろう?ここだけの話――にも書いてあったが俄かには信じられなくて、真殿教授を呼んだわけだ。
 しかし、彼が言うにはそういう精神疾患が実際に有るらしいし、香川教授の卓抜した世界レベルの手技を妬む気持ちも分からなくはない。
 しかし、気持ちと実行は全く別の次元のことなので、井藤が仕出かしたことの責任は充分追及する積りだし、田中先生と呉先生がそれぞれの専門分野で『診断書』を書いて貰って……、警察にも被害届を出して欲しい。
 それはともかく、土日は香川教授の看病、そして月曜日には手術の執刀医代理要員――田中先生は執刀医の経験はないのでこちらの方が大変だとは思うが――と田中先生も公『私』共々大変だとは思うが、ここは踏ん張り処なので身体に気を付けて頑張って欲しい。期待しているよ』
 「妬む気持ち」は第一線の心臓外科医なら誰だって多少なりとも抱いているのでそれは分からなくもない。ただ、祐樹のように「いつかは彼を瞠目させるに値する手技を披露しよう」とか「自分には無理だ」と諦めるのが正常な反応だろう。
 「診断書」を意味有り気な響きで発音したのは「大袈裟に書け」ということだろうが、元からその積もりだったので、それは想定内だったし「私」にアクセントを置いたのは斉藤病院長も最愛の人と祐樹の真の関係を知っているからだろう。そういう点も政治家向きの人材だ。まあ、そういう腹の据わった人間しか病院長にはなれないので、戸田教授はトラブルが起こると雲隠れする時点で政治家としても三流以下だろう。
 まあ、今後祐樹の目に触れることはないだろうし、一介の医師としてどこかの僻地で外科医を営む程度は充分出来る。浪費家の奥さんは離婚しそうだが、夫婦仲も家族仲――妹さんは「死亡」したという設定をでっち上げたらしいが、確か慶弔休暇取得の場合、結婚式とかお葬式の時には病院長からポジションに合わせた電報なり本人参列なりがセットになっているのでどう誤魔化す積もりだったのだろう、多分何も考えていなさそうだが。
 執刀医代理についてはさほど心配はしていなかった。斉藤病院長の与り知らぬところで執刀経験を積んでいる上に不幸中の幸いなことに月曜日の手術の難易度は祐樹も経験したことがあるレベルのものだったので。これが最愛の人しか無理なレベルだと心の準備とか事前のイメージトレーニングなどが必要だっただろうが。
「お心遣い有難う御座います。現状報告は以上です。また何か有れば報告致します」
 電話を切った祐樹に呉先生が可憐な野のスミレの笑みを浮かべてコーヒーを――しかも普段は使わない砂糖とミルクまで添えて――出してくれた。
「真殿教授を言い負かしたようですね?」
 呉先生の全体の雰囲気が可憐な中にも華やかさの歓喜に溢れているような感じだったし、祐樹のガラケーも真殿教授がしどろもどろになっている声が微かに聞こえてきていたので。
「程よい勝ちで、サッカーで言うと1対0でゲームオーバーにしました。完全勝利をする自信も有ったのですが、そうなれば、真殿教授が逆恨みを爆発させて薬剤の入手先まで追求しようとするでしょうから。それは流石にマズいので。
 教授の性格は一応分かっていますからほどほどのところで切り上げました。これは同居人の影響ですが」
 呉先生は咲き初めたスミレのような儚げではあるものの少し得意そうな笑みを浮かべている。
 森技官のどこが良いのか祐樹には皆目分からないが「蓼食う虫も~」とか「破れ鍋に綴蓋」ということわざもあるので、それなりに愛を育んでいるようだった。
 呉先生は祐樹がずっと疑問に思っていた大学病院にはないハズの移動式点滴スタンドなどはやはり他から持って来たに違いない、ついでに薬剤も。
 咎める積もりは皆無だが、どこから持って来たのかは気になってしまう。
 どうやらウチの病院からではなく、どこか別の場所から持参したに違いないのは、真殿教授が差し向けると言った医師を頑なに拒んでいたので分かったが。











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                  こうやま みか拝

「気分は、下剋上」<夏>195

 ただ、内田教授の権限を一部委譲されていた長岡先生だったので、沈黙の怒りを湛えた内田教授が「妹さんを勝手に殺した設定にした」という――祐樹が把握していたのは「心筋梗塞で岩松氏の病院に運ばれた」ということ自体がウソだったという件のみだったが、それを立証するために彼女も呼んだのかも知れない。
 最愛の人も――仕事面では全幅の信頼を、プライベートでは困った妹的な扱いをしている人だし――内田教授は仕事面の彼女しか知らないだろうが自科の准教授よりも「権限の委譲」という、ある意味通称香川外科では有り得ない待遇を与えているだけに信頼出来る人間だと見做しているのだろう。内田教授は医局内クーデターを見事に完遂した後に医局のみならず病院内改革を医師の立場から行う「革命の闘士」でもあるので病院長も一目置いているし、医局内でも「独裁者」に近い立ち位置だと聞いていたので、香川外科のように――年齢的な面を勘案して役付けを貰っていない祐樹はあくまでも一介の医局員なので影に回ってしか最愛の人の手助けしか出来ないし、女房役としての黒木准教授が教授代行を執り行うという、病院のシステムに忠実だが、内田内科は異なるらしい。
「私立病院にも岩松氏が手を回すと言うことですか、長岡先生」
 プライベートの時は考えもつかない突飛なことをやらかして泣きそうな感じで祐樹最愛の人に電話を掛けて来ることも有ったと聞いてはいたが、彼女の決然とした声は戦いの女神とか勝利の女神のような落ち着いた声だった。
『もちろんです。だって私、怒っておりますもの。
 香川教授の――仕事では、ですが――何よりも大切になさっている奇跡のような手をそんな目に遭わされて黙って見ているなどということは、私には出来ません。
 かと言って、教授のマンションに伺っても何も出来ませんもの。精神科でとても優秀だった呉先生がいらっしゃいますし、何よりも田中先生が付いて下さっているので……』
 長岡先生も二人の真の関係を知っているので慎重に言葉を選んでいる感じだったが、言外に祐樹へとエールを送ってくれていることだけは分かった。
 粉々に砕けた魂がほんの一部分ではあったものの、元に戻ったような気がした。まだ、99%は砕けて痛かったが。
『私、いえ私達に出来ることはこれくらいしか有りませんが、岩松と付き合いの有る病院での採用は絶対に阻止してみせます。
 尊敬する上司がどんな目に遭わされたのか分かった今、その程度の報復はさせて戴くのはむしろ義務です。当然岩松も同じ気持ちですわ』
 長岡先生の穏やかな声が逆に凄味を帯びて聞こえる。「尊敬する上司」でもある上にプライベートでは「頼れる兄」のように慕っている彼女からしてみても今回の事件は看過出来ないようだった。まあ、それが人間としては正しいのかも知れない。
 長岡先生の婚約者は日本では知らない人の方が珍しい私立の総合病院の次期院長が確定している人なだけに、有名私立病院関係の人脈も幅広いし名誉職にも就いているだけに私立病院には戸田教授のこれまでのようなポジションは与えられないだろう。狂気の研修医を飼っていてその狂気が見破れなかったのは外科医なので当然かも知れないが、「人間扱いされないハズの研修医」が好き勝手に振る舞えた責任は重いのである意味当然だったが。
 細やかではあるが意趣返しは出来た点は喜ばしいが、井藤の狂気の犯行の方が今の祐樹にとっては最大の懸念だった。
「……呉先生の意見なのですが、明日一日での回復は難しいのではないかとのことです。
 いえ、これは未だご本人には伝えておりませんが……」
 暗澹たる思いで声を振り絞るように出した。
 あと、伝えるべきことは那須とかいう医師の件だけだと考えを巡らしていると、先方――何人いるかは祐樹には見えないので分からない――も重い沈黙に支配されているようだった。祐樹の粉々に砕け散った魂の欠片にも静謐な「月」の光にも似た最愛の人の「日常」がどれだけ重要だったか、そしてその「月」の不在の大きさに――守りきれなかった祐樹が悪いのだが――打ちひしがれているのと同じく、海千山千のハズの斉藤病院長すら怒りの余りの絶句と沈黙が却って不気味な――ただ、諸悪の根源であるアイツに関しても、斉藤病院長も病院長の祐樹の知る限りの「病院長権限」を越えての「剛腕ぶり」を発揮した戸田教授への処分を聞いた今はその行動力や政治力とか華麗なる人脈に期待するしかないのだが。
「……そうか。しかし、教授ご本人が『オペはする』と言っているわけだろう?要は精神的ショックだけが――いや、そちらも大変心配しているが――問題で、呉先生の投薬と後は教授の精神力に賭けるしかない。
 今、精神科の真殿教授とも相談していたところで……必要な薬剤が有れば病院から持って行かせる」
 真殿教授は呉先生と喧嘩して呉先生が不定愁訴外来を立ち上げたという、いわく因縁のある教授だったし、呉先生が――大学病院からではない移動式点滴台などを持ちこんだことを考えると薬剤の確保もウチの病院からでない可能性が高い。
「真殿教授ですか?呉先生から薬剤の報告をして貰った上で、教授に異論がお有りになるようでしたら薬剤の追加をお願いいたします」
 真殿教授と聞いて呉先生の細い眉が戦闘的な感じで吊り上がった。まあ、過去の因縁が有るのでその気持ちは痛いほど分かったが。
「真殿教授がそこにいらっしゃるようでしたら、オレのスマホからも斉藤病院長の電話番号に掛けても良いか聞いて下さい」
 当然ながら斉藤病院長の携帯番号を知っている病院関係者は――教授職はどうだか知らないが――ごく少数なので呉先生も知らないらしい。
「呉先生が病院長経由で真殿教授と話したがっていらっしゃるようですので、そちらの電話番号に掛けるか、それとも真殿教授の電話に直接掛けても良いか、その点は病院長にお任せ致します」
 精神科の場合は患者――とは思いたくないが、今の最愛の人の状況ではそう呼ばれても仕方ない――の症状に合わせた薬の選択のみが重要だし、精神科医との信頼関係がかなりのウエイトを占める。呉先生は最愛の人とも「友人」として付き合っている上に真殿教授とは教授会で顔を合わせる程度で話したこともないのではないだろうか?少なくとも祐樹が聞いている限り真殿教授の話題が出たことは一度もないので。
「呉先生には真殿教授の電話番号を伝えるので、そちらで専門家同士の話をして欲しい」
 斉藤病院長も精神科のことは門外漢なので得意の丸投げをする積もりらしい。
 呉先生に病院長から聞いた真殿教授の携帯番号をメモして手渡したら、呉先生が蒼い炎を纏ったような戦闘的な雰囲気を醸し出していた。惚れた弱みが有るとはいえ、森技官ですら呉先生に頭が上がらないそうなので口での戦闘力はそれなりに有る――見た目の優しげで風にも耐えない可憐な感じとは異なって――祐樹の助太刀は必要ないだろうし、こちらは最愛の彼のことで手一杯だった。
 呉先生が薬剤の具体名と思しき祐樹の知らない単語を混ぜながら機関銃のようにまくしたてているのを――どうせ聴いても分からない――横目に見ながら斉藤病院長との話を続けた。
 那須医師と井藤との金銭的授受とその切っ掛けとなった怪しげなキャバ嬢――多分反社会的勢力の息が掛かった店に勤めているに違いない、その女性がどこまで知っているかは知らないが――の件を報告すると、斉藤病院長は怒りを通り越して呆れた感じで『那須医師にも然るべき措置を取る』とだけ言ってくれた。
『香川教授の月曜日の手術の件だがね、黒木准教授もオペ室に入って――講義は休講にして――くれるそうだ。執刀医は香川教授、第一助手は田中先生だがイザとなれば替わって欲しい。その時の教授の精神状態で黒木准教授が田中先生に指示を出す。それで問題はないハズだ』
 黒木准教授も手技の腕はともかくとして経験は誰よりも豊富だし、全体を把握して的確なアドバイスをする役目としては打ってつけだろう。柏木先生からの第一報が入って定時上がりだったハズの黒木准教授は慌てて病院に引き返してくれたに違いない。何といっても医局の「実質的な」責任者だし、教授の女房役というか縁の下の力持ちを誠実にこなしてくれる温厚な人柄だったので。
「有難う御座います。それにしても真殿教授まで呼び出して下さったことにも驚きましたが」
 黒木准教授は病院長に言われなくとも柏木先生からの連絡――同じ医局なので携帯番号はお互い知っている――で病院に戻ってくれることは祐樹も想定内だったが、斉藤病院長がこの件とは無関係な精神科の真殿教授まで呼び出したことだけは意外だったのでつい口が滑ってしまった。
『黒木准教授から井藤研修医についてのレポートが提出されて――ああ、温和な彼にしては珍しく怒っていたな、まあ当然だろうが――それで餅は餅屋だと真殿教授を呼び出したわけだ。病院でも珍しい一枚岩の香川外科だし、香川教授が脳外科の『井藤』に拉致された件で医局内は騒然としたらしい、まあそれはある意味当たり前のことだろうが』
 顔面擦過傷の久米先生の「駆け込み訴え」は祐樹が指示したことなので医局内が騒ぎになることは想定内だったが「黒木准教授の井藤のレポート」というのは祐樹も初耳だったので思わず目を見開いてしまったが。黒木准教授は今回の件には巻き込んではいなかったので。











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