「鎮痛剤が夜中に切れる可能性のほうが高いので、今注射した方が良いだろうな」
愛情に裏打ちされた本能というか欲望の発露を二人で交歓し合うのも大好きだったし――それこそ、個人的には再会で祐樹的には初対面だった時から両想いになった後ですら、祐樹の愛情と欲情の確かな証しはこの目で見ることが出来たので確信していたが「愛情」という不確か過ぎるものは――今思えば頑な過ぎるほど――「信じていない」と散々言ってきた。
その氷山とか南極の氷みたいな硬さと強度の「思い込み」を辛抱強く――祐樹は確かに人間的にも容姿的にも非の打ちどころがないものの、決して気の長いタイプではないというより短気と表現した方が的を射ている。その祐樹が自分の永久凍土のような硬い心を辛抱強く溶かしてくれたのはある意味奇跡のような気がする。
「ええ、お願いします。今日は聡もお疲れでしょうから、夜中に薬剤の効果が切れて起こしてしまうよりもずっとマシですし」
流石に肌に付けているのは祐樹が贈ってくれたチェーンだけなのは恥ずかしかったので、「この部屋に居る時にはこの服で」と言われたカーディガン――それでも露出部分が多いので若干の恥ずかしさは有ったものの、何も纏っていないよりは良い、五十歩百歩のような気もするが。
あれだけ激しい愛の行為の後でも包帯は自分が巻いたままだったのは祐樹が気を付けて動いてくれていたせいなのか、手先の器用さにはいささかの自信がある自分の几帳面な結び方のせいだったかは不明だが。
病院を離れる時に黒木准教授に手配してもらった――三日分どころか一週間は保つだろう、最低限の使い方だったら――治療用の一式セットの入った容器を開けて包帯を解いた。
「流石は世界レベルの名医ですね。手際がとても良くて惚れ直します。
ただその恰好で他の患者さんに治療は施さないで下さいね。
それこそ盛大に焼き餅を妬きますよ」
祐樹が笑いを含んだ声ながらも何だか底光りのするような感じだった。
「こんな格好の医者は居ないだろう……。だから心配しなくて大丈夫だ」
「杞憂」という故事成語が頭の中をリフレインしているうちに注射も無事に終わったし、包帯もキチンと巻いた。
「疲れたでしょう?流石に調子に乗って聡の甘く薫る肢体を愛しすぎた上に地震発生からずっと起きていらっしゃったし、いち早く病院に駆けつけて下さって慣れていらっしゃらない病院非常事態宣言の責任者もなし崩し的に務められたのですから」
祐樹がベッドに横たわって右手で上げたシーツの中に身体を滑り込ませて祐樹の素肌の温かさや確かな質量、そして包帯部分は避けてシャワーを浴びた祐樹の香りに包まれると目蓋がくっついてしまっていたし「お休み」と告げた声も呂律が回っていなかった。祐樹には内緒にしていたものの、呉先生から眠剤を分けて貰った過去がある――よほどの非常事態だけだったが――がそれでもこんなに呂律が回らなくなったのは初めてだった。
自覚している以上に心身共に疲れているのだろう……と思った瞬間に眠りの国に強制送還される勢いで眠ってしまった。
「お早うございます。そろそろ起きませんか。神戸にタピオカ入りココナッツミルクを飲みに行く計画でしたよね?」
祐樹の方が――地震発生以前から救急救命室勤務だったし、その後休む暇もなく、そして怪我をおしての自分の補佐役で疲れているだろうに――覚醒は自分よりも早かったらしい。
「お早う。祐樹の疲れは取れたか?私は夢も見ずに熟睡したせいか何だか三日ほど寝ていたような感じだな……」
こめかみにキスをされた後に唇を触れ合せて啄むような接吻を交わしながらも体調を気遣ってしまうし、それは多分祐樹も同じなので現状報告がてらだったが。
「私は墜落睡眠に慣れていますし、三晩徹夜も日常茶飯事です。救急救命室勤務が終わってマンションに帰って聡のベッドで三十分だけでも眠りについたら元気は回復するように身体が慣れてしまったのでしょう」
職場に最も近い自宅とはいえ、病院の仮眠室で休む方が「合理的」な時間の使い方だと理性では分かっているものの、祐樹が帰宅してくれることを待ち侘びて午前三時に起きてしまう自分も心も身体も祐樹に依存しているからだろう。以前読んだ精神医学と心理学の専門書にも「恋愛は依存の一種だが、病的な共依存とは異なってある意味自然な人間関係だ」と口――正確には文章だが――を揃えて書いてあったことをふと思い出した。
「身支度が済んだらクラブラウンジで朝食を摂りましょうね。お口には合わないと存じていますが、糖分も摂取した方が良いですよ」
祐樹の心遣いも――他の人間に言われるのは論外だが――とても嬉しい、愛情の証しのような気がして。
「分かった。昨日のように祐樹の前髪を上げて良いか?無造作に下ろしているのも大好きだが、祐樹の場合、せっかく秀でた額を持ち合わせているし、私も祐樹の前髪を上げた顔が大好き……というより惚れ惚れするほど魅力的だと思うので
何回目か正確には数えていないのが残念だが、昨日は何度も惚れ直している」
ベッドに横たわったまま前髪を後ろに流すように梳いた。
「それは嬉しいですね。貴方は前髪を下ろしたら全く印象が変わるのですが……私も同じなのでしょうか。
ただ、前髪を下ろしても下ろさなくても貴方の容貌は私の好みにド・ストライクなのですが。
今は、非日常デートの真っ最中ですよね?だったら朝食を済ませて神戸に向かう経路も、普段のデートと異なる趣きの方が良いような気がします。
神戸に向かう電鉄会社は三種類有って……。いつぞや『あの』森技官に医局のため、いや正確には私達の夜這いデートを成功させるために直接交渉に赴いた時に乗った阪急電車と、馴染深いJRの他に阪神電鉄が存在します。
こういうことを申し上げて良いものなのか分からないのですが、下町というか……乗客の生活レベルが決して高くない場所を走っている電車なので敢えて避けて来ましたが『ローマの休日』ごっこなどを心の底から楽しんで戴いたのですから、庶民的な電車もきっと非日常で珍しいのではないでしょうか?」
乗ったことは当然ないものの――そもそも祐樹と晴れて両想いになってからしか日本の旅には興味の対象に入っていなかった――それでも、路線図とか地図は見ているだけで自然に暗記していたので、記憶をスキャンするだけで良かった。
「祐樹は優しいな……。ますます惚れ直した」
こめかみと唇に自分の唇を重ねてしまう、感謝を込めて。
「優しいですかね……。私が優しくしたい……いや思いっきり甘やかしたい人はこの世の中でたった一人、今ちょうど額にキスをして下さっている最愛の恋人だけなのですが……」
生涯で唯一無二の恋人だと言われた時にも天にも昇る気持ちだったが「自分以外には優しくしないとか甘やかしたい」と睫毛が触れ合うほどの近さで瞳を絡ませて言われたので頬が上気してしまった。
今、核のボタンを押されるとか空から隕石が降って来ても幸せな微笑みを浮かべながら天に召されるだろうな……と心の底から思ってしまう。
核や隕石という「不幸」な事態は出来れば避けたい。祐樹と共に僻地のクリニックを経営して穏やかで平穏な毎日を過ごすのが理想的だったので。
愛情に裏打ちされた本能というか欲望の発露を二人で交歓し合うのも大好きだったし――それこそ、個人的には再会で祐樹的には初対面だった時から両想いになった後ですら、祐樹の愛情と欲情の確かな証しはこの目で見ることが出来たので確信していたが「愛情」という不確か過ぎるものは――今思えば頑な過ぎるほど――「信じていない」と散々言ってきた。
その氷山とか南極の氷みたいな硬さと強度の「思い込み」を辛抱強く――祐樹は確かに人間的にも容姿的にも非の打ちどころがないものの、決して気の長いタイプではないというより短気と表現した方が的を射ている。その祐樹が自分の永久凍土のような硬い心を辛抱強く溶かしてくれたのはある意味奇跡のような気がする。
「ええ、お願いします。今日は聡もお疲れでしょうから、夜中に薬剤の効果が切れて起こしてしまうよりもずっとマシですし」
流石に肌に付けているのは祐樹が贈ってくれたチェーンだけなのは恥ずかしかったので、「この部屋に居る時にはこの服で」と言われたカーディガン――それでも露出部分が多いので若干の恥ずかしさは有ったものの、何も纏っていないよりは良い、五十歩百歩のような気もするが。
あれだけ激しい愛の行為の後でも包帯は自分が巻いたままだったのは祐樹が気を付けて動いてくれていたせいなのか、手先の器用さにはいささかの自信がある自分の几帳面な結び方のせいだったかは不明だが。
病院を離れる時に黒木准教授に手配してもらった――三日分どころか一週間は保つだろう、最低限の使い方だったら――治療用の一式セットの入った容器を開けて包帯を解いた。
「流石は世界レベルの名医ですね。手際がとても良くて惚れ直します。
ただその恰好で他の患者さんに治療は施さないで下さいね。
それこそ盛大に焼き餅を妬きますよ」
祐樹が笑いを含んだ声ながらも何だか底光りのするような感じだった。
「こんな格好の医者は居ないだろう……。だから心配しなくて大丈夫だ」
「杞憂」という故事成語が頭の中をリフレインしているうちに注射も無事に終わったし、包帯もキチンと巻いた。
「疲れたでしょう?流石に調子に乗って聡の甘く薫る肢体を愛しすぎた上に地震発生からずっと起きていらっしゃったし、いち早く病院に駆けつけて下さって慣れていらっしゃらない病院非常事態宣言の責任者もなし崩し的に務められたのですから」
祐樹がベッドに横たわって右手で上げたシーツの中に身体を滑り込ませて祐樹の素肌の温かさや確かな質量、そして包帯部分は避けてシャワーを浴びた祐樹の香りに包まれると目蓋がくっついてしまっていたし「お休み」と告げた声も呂律が回っていなかった。祐樹には内緒にしていたものの、呉先生から眠剤を分けて貰った過去がある――よほどの非常事態だけだったが――がそれでもこんなに呂律が回らなくなったのは初めてだった。
自覚している以上に心身共に疲れているのだろう……と思った瞬間に眠りの国に強制送還される勢いで眠ってしまった。
「お早うございます。そろそろ起きませんか。神戸にタピオカ入りココナッツミルクを飲みに行く計画でしたよね?」
祐樹の方が――地震発生以前から救急救命室勤務だったし、その後休む暇もなく、そして怪我をおしての自分の補佐役で疲れているだろうに――覚醒は自分よりも早かったらしい。
「お早う。祐樹の疲れは取れたか?私は夢も見ずに熟睡したせいか何だか三日ほど寝ていたような感じだな……」
こめかみにキスをされた後に唇を触れ合せて啄むような接吻を交わしながらも体調を気遣ってしまうし、それは多分祐樹も同じなので現状報告がてらだったが。
「私は墜落睡眠に慣れていますし、三晩徹夜も日常茶飯事です。救急救命室勤務が終わってマンションに帰って聡のベッドで三十分だけでも眠りについたら元気は回復するように身体が慣れてしまったのでしょう」
職場に最も近い自宅とはいえ、病院の仮眠室で休む方が「合理的」な時間の使い方だと理性では分かっているものの、祐樹が帰宅してくれることを待ち侘びて午前三時に起きてしまう自分も心も身体も祐樹に依存しているからだろう。以前読んだ精神医学と心理学の専門書にも「恋愛は依存の一種だが、病的な共依存とは異なってある意味自然な人間関係だ」と口――正確には文章だが――を揃えて書いてあったことをふと思い出した。
「身支度が済んだらクラブラウンジで朝食を摂りましょうね。お口には合わないと存じていますが、糖分も摂取した方が良いですよ」
祐樹の心遣いも――他の人間に言われるのは論外だが――とても嬉しい、愛情の証しのような気がして。
「分かった。昨日のように祐樹の前髪を上げて良いか?無造作に下ろしているのも大好きだが、祐樹の場合、せっかく秀でた額を持ち合わせているし、私も祐樹の前髪を上げた顔が大好き……というより惚れ惚れするほど魅力的だと思うので
何回目か正確には数えていないのが残念だが、昨日は何度も惚れ直している」
ベッドに横たわったまま前髪を後ろに流すように梳いた。
「それは嬉しいですね。貴方は前髪を下ろしたら全く印象が変わるのですが……私も同じなのでしょうか。
ただ、前髪を下ろしても下ろさなくても貴方の容貌は私の好みにド・ストライクなのですが。
今は、非日常デートの真っ最中ですよね?だったら朝食を済ませて神戸に向かう経路も、普段のデートと異なる趣きの方が良いような気がします。
神戸に向かう電鉄会社は三種類有って……。いつぞや『あの』森技官に医局のため、いや正確には私達の夜這いデートを成功させるために直接交渉に赴いた時に乗った阪急電車と、馴染深いJRの他に阪神電鉄が存在します。
こういうことを申し上げて良いものなのか分からないのですが、下町というか……乗客の生活レベルが決して高くない場所を走っている電車なので敢えて避けて来ましたが『ローマの休日』ごっこなどを心の底から楽しんで戴いたのですから、庶民的な電車もきっと非日常で珍しいのではないでしょうか?」
乗ったことは当然ないものの――そもそも祐樹と晴れて両想いになってからしか日本の旅には興味の対象に入っていなかった――それでも、路線図とか地図は見ているだけで自然に暗記していたので、記憶をスキャンするだけで良かった。
「祐樹は優しいな……。ますます惚れ直した」
こめかみと唇に自分の唇を重ねてしまう、感謝を込めて。
「優しいですかね……。私が優しくしたい……いや思いっきり甘やかしたい人はこの世の中でたった一人、今ちょうど額にキスをして下さっている最愛の恋人だけなのですが……」
生涯で唯一無二の恋人だと言われた時にも天にも昇る気持ちだったが「自分以外には優しくしないとか甘やかしたい」と睫毛が触れ合うほどの近さで瞳を絡ませて言われたので頬が上気してしまった。
今、核のボタンを押されるとか空から隕石が降って来ても幸せな微笑みを浮かべながら天に召されるだろうな……と心の底から思ってしまう。
核や隕石という「不幸」な事態は出来れば避けたい。祐樹と共に僻地のクリニックを経営して穏やかで平穏な毎日を過ごすのが理想的だったので。
どのバナーが効くかも分からないのですが(泣)貼っておきます。気が向いたらポチッとお願いします!!
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一日二話更新を目指します(目指すだけかも……)
一日二話更新を目指します(目指すだけかも……)
「心は闇に~」を待っていて下さった方いらっしゃるんですね!かなりびっくりしていますが、とても嬉しいです。年が明けたら読み直しがてらお引越しを致します。「気分は~夏」と同じような感じで引っ越しが完了したら再開致します。
ちなみに時系列的には「夏」→「震災編」です。【最新の短編】は「震災編」の後の話です。
最後まで読んで下さいまして有難う御座います。
こうやま みか拝
こうやま みか拝