腐女子の小説部屋

創作BL小説を綴っています。ご理解の有る方【18歳以上】のみ歓迎致します

気分は下克上 震災編

気分は下剋上≪震災編≫234

「あの黒いのがタピオカか……」
 女性客が手に持っているプラスチックの中身を見て思わずそう口に出してしまった。直径が大まかな目算で一センチは有りそうだったので。自分で作ったことがない――家庭で手作りする日本人がそうそう居るとは思えないが――大阪のホテルの中華レストランのタピオカは5ミリほどだし、色も白かったのでそもそも作り方が違うのだろう。
「多分そうですよ……。サイズとかミルクも色々選べると書いてありますが、どれにします?」
 五人の男女が並んでいるので――店そのものも通路すら狭いので人口密度が高い感じの――最後尾に肩を触れ合せながら並んだ。
「どれも美味しそうだが……。やはりプレーンなミルクにする。祐樹はいつものコーヒー味か?」
 拘る時にはとことん拘る――その点自分と似ている――ものの、あまり執着のないモノに対しては何も考えずにメニューを決める恋人だということは知っていたので、そう聞いてみた。
 それに甘いモノにも――以前ほどではないにしろ――興味を持っていないことくらいは自分でも分かったので。
「いえ、私も同じモノにします。ただ、サイズはSとLを頼みませんか?」
 店に貼りだされたメニューを一瞬だけ見て即決した感じでキッパリと口にした。
「ああ、コーヒーも中途半端に甘いのは苦手だったからか……?
 注文を聞いて一個一個手作りなのだな。物凄く凝っている。来て良かった感じだな」
 店員さんがプラスチック容器にビニールと思しき蓋を被せて手慣れた感じで機械にかけると完全に密封された状態になって客に手渡すというシステムらしい。
 そういうサービスをする店舗を見たのは初めてだったので驚きに目を見開いて祐樹の凛々しい顔を見上げて小声で呟いた。
 祐樹が唇を少し歪めて最高に魅惑的な笑みを浮かべた。
「まだ分かりませんが……。サイズは問題有りませんか?」
 甘いモノの苦手な祐樹がSサイズで自分がLだろうと思って頷いた。
 非日常を味わう――そして普段のデートでは祐樹が選ばないような場所なので、ついつい周りの店を見渡してしまった。
 祐樹と肩が触れ合っているだけで嬉しかった。公共の場所では憚られるようなことも、この狭さではごくごく自然な感じだった。前に並んでいる大学生風の男の二人連れ――話とか雰囲気でごくごく普通の「友達同士」だと分かる人達も同じような感じなので尚更気が楽だった。
「餃子専門店は昨日大阪でも見かけたが、こちらのは中国の人が経営しているらしいな……」
 餃子とビールしかメニューにないということはよほど味に自信があるのだろう。
「ああ、もう少し海側に歩いたところに中華街も有りますからね。横浜よりも規模は小さいらしいですが、割と有名です。同胞同士が集まっているのがこの辺りみたいですね……。
 昼食は中華街で摂りますか?」
 手際よく客の注文をさばいている店員さんを見るともなく眺めながら、唇に笑みを浮かべてしまった。
「あのタピオカの量を見ると昼食のことは考えられないな……」
 それにココナッツミルクも濃厚そうな感じだったし、一番大きいサイズだと――ホテルで摂ってきた朝食も相俟って――昼ご飯を摂る自信がなかった。小食ではないにせよ、それほど健啖家ではないので。
「お口に合うと良いのですが?」
 大きなストローもタピオカのサイズに合わせた物のようだったが、店員さんに手際よく密封された蓋の部分に器用に刺しこんで祐樹は意外にも小さい方を自分へと差し出してくれた。
「零したら大変なので、道路に出よう」
 テイクアウト専門店なので、当然座って飲めるようなスペースもなかった。それに大通りが直ぐ近くに有るコトは通路めいた場所に入る直前に見ていたし。
「了解です。せっかくここまでご一緒したので、以前約束していた場所にお連れしますよ。
 この容器だと、風味が落ちることもないでしょうから。
 電車で五分程度、徒歩だとゆっくり歩いても十五分なのですが……どちらになさいます?」
 狭い通路から出ると、今度は白亜の神殿めいた百貨店――今日行った大阪の「庶民的な」場所とは大違いだが、そういうのも珍しくて弾む気持ちを抑えきれない――に目を見開いてしまった。
「色々な建物が割と無秩序に並んでいるのも面白いので、徒歩が良いな。祐樹さえ良ければだが……」
 祐樹と二人で居られればそれだけで幸せなのだが「非日常」というより、何だかびっくり箱のような街だった。
「私はどちらでも構いません。ああ、あの百貨店は――今でも有るかどうかは知りませんが――芦屋にも出店していたと北教授に伺ったことが有ります」
 大きなストローと容器を右手で器用に持って軽やかな歩みと極上の笑みを浮かべた祐樹と歩いているだけで、身も心も溢れる波のように祐樹への愛情が満ちては深く積もっていく。
「北教授が何と?」
 救急救命室の責任者と、出向という形の医師が「百貨店の在り処」だけを語り合っているとは思えない。二人ともそんな悠長な性格でもなければ、ファッションなどにも関心と造詣も深い長岡先生のように情報交換の必要もないハズなので。
「阪神大震災の時に芦屋店が完全に倒壊したらしいです。そして売り物の毛皮のコートが路上に散乱していたにも関わらず、誰も拾わなかったそうですよ。この辺りもだいぶ酷かったようですが、見事に復興しました、御覧の通り。
 ですから京都も直ぐに元通りになるでしょう。
 ああ、こちらです。足元に気を付けて下さい」
 祐樹の言葉と共に一瞬で視界が変化して――それまで海の香りはしていたものの――板敷のデッキのような通路と一面の海が広がっている。
「海もお好きでしたよね。もう少し奥に入れば、多分誰も居ないかと」
 先程の人口密度がウソのような閑散とした感じと視界いっぱいの海が昼の光りを反射して波が煌めいている。
「如何ですか?ココナッツミルクとタピオカの味は?」
 隣に佇む祐樹は手に持ってはいるものの、まだ口を付けていなかった。多分転落防止用も兼ねてはいるだろうが、凝った意匠のフェンスに凭れて海を見ながら飲み物を味わう贅沢さもひとしおだった。
「とても美味しい。ココナッツも濃厚だし……ああ、そうか氷が入っていない分、薄まっていないのだな。それに、タピオカの絶妙な弾力感も堪らない」
「それは良かったです。では交換しましょう」
 大きなサイズのモノを祐樹の手が恭しく差し出してくれた。どうやら、自分の感想を聞いてから――そして否定的な言葉が出ると多分祐樹はそのまま苦手な甘い飲み物を大量に飲む積もりだったのだろう。
「有難う。この波のように、ずっと変わらず祐樹を愛している」
 ストローを唇に当てた祐樹が極上の、ココナッツよりも甘くて濃厚な笑みを浮かべた。
「私もですよ。間接キスで……ここまでドキドキするのは貴方が初めてです。
 あの船……」
 自分だけを写していた祐樹の瞳が一際輝いて、視線と触れ合せた肩で促した。祐樹が間接キスの効果を狙っていたとは内心意外だったが、薔薇色に胸が弾む。
「ああ『ダイアモンド・プリンセス』だろうな。神戸港から発着しているらしいし。実際に見るのは初めてだが……。ああいう豪華客船に乗って優雅な船旅を、愛する祐樹と共にするのが私の理想の定年後の生き方だ……」
 祐樹がこの上もなく満足そうな輝く笑みを浮かべて「左手」を顎に添えてきたので、自分から強請るように上を向いた。
「約束……ですよ」
 ココナッツの香りよりも自分を恍惚とさせる誓いの口づけを交わした。
                         <了>












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一日二話更新を目指します(目指すだけかも……)

なお、年始のリアバタで更新時間がよりいっそう不定期になります。申し訳ありません。

旧年中は拙ブログを読みに来て下さって誠に有難うございます。
良いお年をお迎えください。



ちなみに時系列的には「夏」→「震災編」です。【最新の短編】は「震災編」の後の話です。




最後まで読んで下さいまして有難う御座います。
                 こうやま みか拝

気分は下剋上≪震災編≫233

「興味は多分お持ちではないとは思いますが、テレビのニュースでも年に二回一定期間に亘って報じていますし、それ以外でも、時折聞いていらっしゃるかと」
 「年に二回」というキーワードと脳裏に描いた路線図がピタリと合った。
「野球で有名な場所か?」
 祐樹が唇を微かに上げて「正解」の合図の笑みを浮かべてくれた瞬間に減速していた電車が高校野球で有名な駅に停車した。
「なるほど……。球場は見えないのだな、当たり前だが」
 駅の表示板に書かれている駅名とか、プラットフォーム――多分高校野球とかプロ野球、しかもこの電鉄会社の名前を冠した球団の試合の時用だろう――の広さを見ていると何だか今までとは異なった意味で「非日常」を感じた。
「そう言えば……。私の高校の野球部員だった同級生に『花火を見に行かないか』と、ああ、言っておきますが何の下心もなく誘っただけですからね……」
 祐樹が慌てたように付け足してきたので、手の甲から指を離して指先で凛々しい眉の間を突いた。
「祐樹が高校生だった頃は未だ知り合っていないので、焼き餅を妬く必要はないので大丈夫だ。
 大学のキャンパスで一目惚れをして以後の話なら、また別の気持ちを抱いたのかもしれないが」
 あの時の祐樹の太陽のようなオーラとか頑なな思い込みを吹き飛ばしてくれそうな力強さを懐かしく思い出した。そして、自分の直感以上に幸せな日々――当時は付き合うことすら考えていなかった。祐樹のように同じ性的嗜好の持ち主が何となく分かるという勘のようなモノも持ち合わせていないので、当然のように異性を相手にする人だと思っていたし――が自分に沈まない太陽のようにずっと降ってくるとは思いも寄らなかったものの、奇跡的に降ってきた宝石よりも貴重な祐樹の愛情の確かさを噛みしめて甘い感慨にふけってしまう。
「貴方の場合、法則性が良く分からない焼き餅を妬く方なので……。
 でも、そこも魅力的で惹かれて止まないのですが。
 それはともかく、その野球部員に『甲子園大会が有る。出場するかもしれないので無理だ』と断られましたよ」
 祐樹の出身高校はお母様からも聞いたし卒業アルバムにも書いてあったので当然知っている。
「野球、強かったか?そういうイメージは全く持っていなかったのだが?」
 毎年機械的に眺める「出場校一覧」に祐樹の母校が載っていたことは一度たりともないように記憶している。
 ちなみに、自分の高校は学習に特化した公立校だったので野球部員になればほぼ100%でレギュラーになれるという弱小さだった。
「いえ、地区大会の一回戦を突破しただけで顧問の先生が大喜びするレベルです。だから『ウチの高校と甲子園に何の関係が有る?』とつい突っ込んでしまって、大いに気を悪くさせてしまいました。実際に甲子園に出場歴も皆無な高校でしたので、つい……」
 普段はそうでもないのだが、突っかかってくる相手には辛辣な言葉を返す祐樹の鋭い突っ込みもかつては相手を選ばなかったのだなと、唇に笑みを浮かべてしまう。今では相手が主に森技官に集中しているので。好戦的なのはむしろ先方の方だったし。
「ウチの高校も一回戦敗退の歴史のみを積み重ねているので、同じだな……」
 京都生まれの京都育ちで、今の職場もそうなので地元の京都新聞には地方選の結果も載せてくれるのでその程度のことは知識として持ち合わせている。
 何だか些細なことでも「同じ」ものを持てただけで幸せ色に染まってしまうのが、生涯に亘る恋人と言って貰ったせいだろうか。
「もし、私の高校が――まあ万が一どころの確率ではなく更に低いのだが――あの駅で開催される大会に出場した時には、祐樹と一緒に応援に行きたいな。何だか祐樹が応援してくれれば一回戦くらいは勝てそうな気がする」
 特急に乗っているので他愛のないことを話しているうちに話題の駅からは遠ざかっていく。
「もちろん構いませんよ。私が応援したからと言って勝てるかどうかは別問題ですが」
 野球には全く興味がないが、祐樹と一緒に観戦に行くのは楽しそうだった。それにそれほどの感慨は抱いていないものの一応母校愛も欠片ほどは持ち合わせていたので。
「祐樹が応援してくれたらきっと大丈夫だろう」
 祐樹の力強い生気に満ちたオーラに何回も救われている自分の経験則で力強く断言した。
「そう仰って戴けて嬉しいですが……。ああ、そろそろ着きますね」
 神戸には何回も足を運んでいるだけに見慣れた景色というかビルなどの高層の建物が目に入ってきた。
「もう……か?早いな。時間を主観的なモノで捉えている今の私にとっては、だが」
 時計よりも正確に時間を感知する客観的な視点は必要がないために心の奥底に仕舞いこんでいる。
 祐樹は携帯で何らかの検索をしながら、電車を降りようとしたので慌てて荷物を持って後ろに続いた。
「タピオカ入りココナッツミルクがお口に合えば良いのですが。こちらのようですね」
 この電鉄は起点も終点――だろう、多分――も地下に駅が有るという珍しさだった。地下鉄ではそれが当たり前だが、電鉄会社では珍しいのではないかと思いつつ、祐樹に促されるままに地下から地上へと出た。
 割とごちゃごちゃした――といっても屋台ではなく店舗なのだが「格安チケット」とか「昭和の名曲」専門店などが並んでいる――狭い通路を歩くのも何だか新鮮だったし、その上祐樹と肩を触れ合せても不自然さを感じないのが個人的にはとても気に入ってしまった。
 こういう立地でも有名になるのだから、きっと美味しいに違いない。二人の第二の愛の巣になったホテルなどのように、雰囲気「も」加味された美味しさとは程遠かったので。
「ああ、このスタンドのようですよ」
 不意に祐樹が立ち止まってそう告げてくれなければ、絶対に通り過ぎてしまいそうになるほどの狭いスペースにびっしりと多彩なメニューが貼られていた。
 そして、満足そうな感じの女性連れが大振りの透明なプラステックの容器に入ったドリンクと、その上に刺したストローの大きさに思わず目を見開いてしまった。そして中身にも。










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一日二話更新を目指します(目指すだけかも……)

なお、年末のリアバタで更新時間がよりいっそう不定期になります。申し訳ありません。

諸事情によるブログ休止とお引越しで「ちょっとしたリハビリ」のために書き始めた「震災編」だったのですが、何とか年内に終わらせようという些細な野望がありました。安定の終わらなさで年をまたぐかと内心危惧していたのですが、キリの良い大晦日に「了」を打てそうです。
 



ちなみに時系列的には「夏」→「震災編」です。【最新の短編】は「震災編」の後の話です。




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                   こうやま みか拝

気分は下剋上≪震災編≫232

「確かに上司ではありますが……。まるで謎々のような感じですね。
 しかし、私は『恋人』として立場の方が特別過ぎて大好きなのですけれども……」
 広い肩を優雅に竦めて愛おしげな視線をふんだんに浴びせかけられて――しかも、前髪を上げて凛々しさとか男前度が確実に上がっている――心が薔薇色に震えている。
「謎々というか……。ピースを埋めるクロスワードゲームに近いだろうな。
 そのうちに祐樹も気付いてくれるだろうから。どの時点で気が付くのか楽しみにしている」
 何事にも敏い祐樹が今の時点で気が付いていないのは、きっとアメリカでの生活をしたかどうかの違いだろう。一生日本から出ない――学会や旅行のような短期の海外旅行は別にして――医師の方が一般的なので生粋の病院育ちの祐樹が気付かないのも納得だったが。
 ベルリンの国際公開手術に無理やり休暇をもぎ取ってまで来てくれたのも心の底から嬉しかったが、その後のスピーチで言った自分の本音――祐樹はそうは受け取っていないだろうが――が着々と実現しつつあるのも更に嬉しい。
「全てが落ち着いた時で構わないので、今度行きつけの百貨店に一緒に行かないか?」
 大阪の中心地に居るとつい忘れがちになってしまうし、その上情報を遮断させようという祐樹の気遣いも充分承知しているので言葉を選んだが、今頃も京都の惨状は継続しているだろう。行きつけの百貨店が開いていないことは容易に想像出来たし急ぐ理由もなかったので。
「貴方の買い物に付き合うこと自体は構わないというか大歓迎なのですが、京都にこだわる理由でも?」
 店を選ぶのも面倒だったので全部が揃うという理由と、採寸も全て済ませてあるので時間も短縮出来る点とか職階に見合った「無難さ」とかで決めた店舗を贔屓にしていることも祐樹は知ってはいるものの、買い物は基本定時で上がれる自分だけでさっさと済ませてしまうことの方が多いのも事実だった。ただ、同じブランドは大阪にも多数の店舗が存在するので今買っても良かったのだが、持ち運びに不便だし宅急便という手段も京都の惨状を考えると危険な気がしたので曖昧に首を横に振った。
「クロスワードのピース集めだ、な」
 この程度の誤魔化しというかサプライズな隠し事は許されるような気がしてはぐらかすように笑った。
「お待たせ致しました。こちらにサインをお願いいたします」
 慇懃な感じで告げられて我に返った。表情を取り繕って、なるべく自然な笑顔、それも「他人用」な感じになるように努力する、成功しているかどうかは分からないが。
 店員さんが百貨店――しかも入るのは初めてなので包装紙も新鮮な感じだ――包装紙に綺麗に包まれた品物を祐樹に手渡そうとしているのを横目で見ながら金額も確かめずに機械的にサインを済ませた。アメリカでは絶対にしないが、祐樹曰く「庶民的」な百貨店であっても信用は大切なハズなので金額を水増しするような阿漕な真似はしないだろう。
「私が持つ……。怪我に障ってはいけないので」
 メガネの売り場から出てエレベーターに向かいながら、祐樹にしか見せない心の底からの笑みと揺るぎない決意を秘めた眼差しで告げた。
「せっかくのプレゼントなのに?それに右手で持っているので大丈夫ですよ」
 笑いの含んだ甘い眼差しの輝きを向けられて心が天に舞い上がるような気分になった。
「右手が塞がっていると『さり気なく』手の甲を触れられないだろう?左手は未だ完治していないのだから、絶対に触れない」
 祐樹がしぶしぶといった感じで品物を手渡してくれて、一瞬だけ指が絡み合った。
「公衆の面前で……というのも何だか奇妙な背徳感が有って悪くないですね」
 耳元で甘く囁かれて、同じことを考えていたせいで鼓動が跳ねた。
 出勤時のラッシュアワーではなかったので、割と空いている電車に二人して座った。この電鉄会社の電車に乗ったのも初めてだったので何もかもが新鮮だったが。
「祐樹、有難う」
 無難な言葉を口にした。
「え?プレゼントを戴いたのは私なのでお礼を申し上げるのはむしろ……」
 怪訝そうな表情を浮かべる恋人に極上の笑みを返した。
「いや、この電車を敢えて選んでくれた件だ……」
 祐樹の右手の甲にさり気なく触れた。神戸の三宮も兵庫県の県庁所在地なだけあって、三つの電車が乗り入れているがこの電車だけが京都と直結はしていない上に、電光掲示板も、ある意味「庶民的」というか最新のモノではなかったので「京都の被害」を伝えてはいない。
 他の二つは多分アナウンスや電光掲示板で「運転見合わせ」とか「乗り入れ不可能な地域」を表示しているだろうから。
「ああ、そちらでしたか……。ある意味戦場のような場所から完全勝利の戦線離脱を果たしたのですから、リフレッシュさせるのも恋人としての役目ですよ。……部下としての気遣いも若干は含まれていますけれど」
 先程の百貨店での発言を若干気にしている感じだったので、触れ合っている手の甲の面積と力をさらに広げて謝罪の代わりにした。
 思い返せば、祐樹との最初の夜を過ごした後のJRの車内では決死の覚悟でしか触れ合えなかった指を今では――人目に触れないようにという配慮はなるべく忘れないようにしているが――当たり前のように出来る幸せを噛みしめた。
「確かに……庶民的というか、市民の足といった感じだな……」
 大阪の梅田駅からしばらくは地下を走っていた時にはそれほど感じなかったが、十分程度が過ぎた頃から乗り合わせて来る人とか街並みの雰囲気が――昨日の「ローマの休日」ごっこで初めて見たような感じというのが正確かも知れない――自分ならマンション近くのコンビニに行くのも気が引けるような恰好で電車に乗っている人の姿が目に付くし、通過する駅の名前が「センタープール」だった。確か舟を使った庶民的な賭け事だったと記憶している。
「普通のデートではあまり使いたくはないのですが、たまにはこういうのも良いでしょう?」
 祐樹の瞳が確かめるような感じの輝きを放って自分だけを見詰めている。
「どんな場所でも……祐樹さえ居てくれればそこが天国なので」
 極上の笑みを浮かべて眼差しを絡め合せた。
「もうすぐ貴方もきっと良くご存知の地名がアナウンスされますよ」
 祐樹の謎々めいた口調に「見て知っているだけではなくて、聞いたことのある固有名詞なのか?」と小声で返した。











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気分は下剋上≪震災編≫231

 朝食を済ませてからホテルを出て阪神百貨店へと向かった。
「もしかして、サングラスか何かで変装でもするのでしょうか?お忍びと言えばサングラスが定番ですよね」
 地下通路も存在するが、このホテルから百貨店を繋いでいる道は――多分市営地下鉄が、東京ほどではないものの多く存在しているのでその深さの関係だと思われるが確証はない――自分はともかく平均よりも背の高い祐樹には頭上が気になってしまうので、道路沿いをゆっくりと歩んだ。
「それは着いてから話すので……」
 サングラスで隠してしまうには勿体なさすぎるし、そもそも目の色素が薄い西洋人に比べると一般的な日本人にもサングラスが必要ないレベルだし、ましてや祐樹の黒い瞳は陽光よりも綺麗で強い輝きを放っている。その優しげな光を直接素肌に当てて欲しいと思うのは恋人としてごく自然なことだろう、多分。
「昔、この百貨店の地下にB級グルメの屋台のスペースがあったのですが、今も有るのでしょうかねぇ。意外にお好きでしょう?イカ焼きとかお好み焼きやたこ焼きなども」
 行ってみたいような気がしたが、ホテルで朝食を食べた直後なだけに、タピオカ入りココナッツミルクの方により一層の吸引力を感じた。
「そんなスペースがあるのか……?流石は『庶民的』と祐樹が評した電鉄会社が経営しているだけのことはあるな……。ああ、阪急と統廃合したので正確には単独の百貨店や電鉄会社ではないが……。
 たこ焼きは今度にしよう。祐樹お勧めのタピオカ入りココナッツミルクが飲めなくなりそうなので」
 祐樹と居るとどんどん嬉しい約束が増えていく。物理的・時間的な制約で実現出来ていないもののあるが、社会人としては仕方のないことだろうし後の楽しみと思えばそれだけで嬉しい。
「メガネの階はっと……。この百貨店に来たのも随分久しぶりなのでかなり雰囲気が異なっていますね。昔はもっと『庶民的』でしたよ、百貨店にしては……」
 入口の案内板を見ながら――他の客が気を悪くしないようにだろう――小さな甘い声で耳打ちされて心と身体が薔薇色に弾む。
「そうなのか?大阪の街自体にあまり馴染がないので全く分からないが……」
 ショッピング自体を楽しめるようになったのは祐樹とこういう関係になってからのことで、それまでは何の思い入れもなく必要な物を購入するだけだった。
「ただ、患者さんから聞いた話なのですが、この百貨店の球団が優勝するのはとても珍しいことなので、優勝セールの時には商売っ気を捨てて採算度外視のセールを行うとか、もっと昔は優勝した翌日に振る舞い酒が配られたとかで、良い意味で顧客や球団を応援している人に還元してくれるそうですよ」
 野球の話――専門が専門なだけに患者さんはそれなりの年齢の方が圧倒的でサッカーよりも圧倒的に多い――で患者さんと盛り上がっている感じを装いながら必要なことはしっかりと聞いて、言うべきことも全部伝える祐樹の話術を今後は見習わなければならないなと思った。
 自分などは必要なこととか専門分野のこととかありきたりな話しか出来ない――ただ、その件でクレームが来たこともなかったので患者さんの信頼には最小限ではあるものの応えているのだろうが――ことも今後の改善点だった。
「視力には問題がないと思うので、伊達メガネを探しているのですが」
 案内板に書かれていたフロアで降りて品揃えも豊富な眼鏡のスペースに入って店員さんに告げた。
「両目とも視力は1.2だったな」
 一応検査しましょうかと控え目に言ってくれた店員さんをさり気なく遮った。
「職場の詳しい検査ではそうでしたね……直近の数値は。目も酷使しているのに、視力が落ちないのは遺伝要素が強いのでしょうかね?」
 所属先が病院だと告げると却ってややこしいことになるのを祐樹の方が弁えているので巧みというかごく自然な感じで視力検査の必要がないことを店員さんに伝わるような意図を込めて話してくれた。
「フレームレスの方が似合いそうだが……。ただ、こちらの細い銀ぶちメガネも捨て難いな……」
 あれこれと物色するのも楽しかった。
「私の、だけなのですか?それにメガネは必要有ります?」
 実は有ったのだが曖昧に笑って誤魔化すことにした。別に言うほどの重要事項とも思えなかったので。
「掛けてみてくれないか?」
 渋るような感じを一瞬は受けたものの、祐樹は広い肩を竦めて試着してくれた。
「良くお似合いですね。お客様の理知的な感じがよりいっそう増してみえます」
 中年の男性の店員さんがセールストークではない感じでしみじみと告げたが、実際自分も思っていたので何だか誇らしい気分になった。
「似合っていますか?」
 眼鏡越しの祐樹の視線を真っ直ぐに受け止めて、思いっきり頷いた。
「しかし、この銀のフレームだと三つ揃いのスーツを着こなさなくては似合わないような気がしますが……。そういうのは『あの』人の方がより似合うかと思いますよ……」
 「あの」人というのは森技官のことだろうが、他人の恋人よりも自分の恋人の方が数億倍ほど関心の度合いが異なるのは当然だろうし、それに森技官には立てないステージに上がる祐樹のために誂えておきたかったので。
「いや、とても似合っている。出来れば持って帰りたいのですが、可能でしょうか?」
 眼科のことは大学で習ったきりだが、近視や乱視といった複雑さのない祐樹の目なので、そんなに調整する必要はないことくらいは分かった。
「可能で御座います。包装は如何いたしましょうか?」
 クレジットカードを取り出したのを見て本気で買うと気付いたのだろう。
「プレゼント用でお願いします」
 祐樹には翡翠のチェーンを贈って貰ったばかりだし、お返しとしては値段が異なり過ぎるが、金額ではなくて愛情の方が問題だろう。
「承りました」
 ライターなどの「祐樹が必要な物」しか贈っていなかっただけに怪訝そうな眼差しを向ける祐樹を頑張って無視して強引に話を店員さんとだけ進めた。
「あのメガネ……、貴方がかけろと仰るなら喜んで掛けますが……実年齢よりも年寄りっぽくなりますね……」
 年寄りというマイナスのイメージを想起させる言葉に祐樹の心情がこもっているような気がしたが、今は気にしないことにする。
「大人の魅力に溢れていて、惚れ直したが」
 店員さんが包装と清算のために席を外したし、他に客もいなかったので正直な感想を述べた。
「そうですか?物が何であれ、貴方からのプレゼントなので……大切にはします……」
 言外に職場では掛けないと言われているようだったが、別にそれは求めていなかったので構わない。
「上司から部下への贈り物だと思っていて欲しい。恋人からではなくて……」
 祐樹の肩が驚いたように跳ねあがった。
 自分などよりよほど気の回る祐樹だが、見当もつかないらしくて笑みを零してしまった。何だか少しだけ成長したようで心も薔薇色の弾みを加速させていたが。











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一日二話更新を目指します(目指すだけかも……)

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気分は下剋上≪震災編≫230

「やはり、祐樹は前髪を上げた方がよりいっそう魅力的だ……。
 一度この髪型で出勤してみたら、ナース達にも評判がさらに良くなって、来年のバレンタインのチョコの獲得数もよりいっそう増えるかもしれないぞ」
 洗面台の大きな鏡の前で鏡に映った祐樹の秀でた額が良く映えて凛々しさを増しているのを幸福この上ない気持ちで眺めた。
「他ならぬ最愛の貴方に褒めて貰えるのはとても光栄ですが……。
 ただ、昨日とは微妙に髪型が異なりますよね。しかもご自分の時には何も考えることなくただ上に上げている感じで……こんなに手の込んだことをなさらないでしょう。
 それに、前髪を下ろした貴方を特別な人にしか見せたくないのと同じく……いやそれ以上に私が前髪を上げた姿は貴方が独占して下さい。しかし、この髪型で昨日のポロシャツ姿は不釣り合いなような気もしないでもないのですが。
 あくまでドラマなどでしか知りませんが、社運の掛かった大プロジェクトのプレゼンとかそういう場所に立つビジネスマンが念には念を入れて理髪店で髪を整えて貰った後のような気がします。器用なのは充分承知していましたが、私にこんな手の込んだ髪型を作って下さるなら、ご自分でも可能ですよね。一度そういう姿も見てみたいです。
 それにバレンタインのチョコレートの多さはいわば『親しみやすい』職階に居るからですよ。貴方の場合、教授職なのでナースや事務の女性にとっても『雲の上』過ぎて恐れ多くて渡せないだけでしょう」
 今回の件でも思い知ったが――それ以前にも薄々は感じていたものの――大学教授という肩書きだけで人はあんなにも恐れ入ってしまうのだと肌で感じた。野口陸士のように上官命令――彼にとっては鬼より怖いだろうに――が有ってもおいそれとは話しかけられない人間だと認識されてしまうらしい。
「ああ、この髪型か?祐樹には似合うだろうな……と以前一瞬だけ眺めた雑誌のページを思い返して再生してみた。
 思った以上に良く似合っているし、そもそも男らしい凛々しさと理知的な感じが最高に調和している顔立ちなのだから、視線を逸らせなくなって困ってしまう……」
 鏡の中の祐樹の顔がよりいっそう笑みを深くして自分だけを見詰めている。
「え?貴方がファッション誌か何かを読まれるのですか?むしろそちらの方が驚きです。私は貴方の目だけを惹き付けておけば充分満足なのですが……」
 黒目がちの目を丸くして驚いている様子も――もともとそんなに驚かない恋人だけに――新鮮さに眩暈がしそうなほど胸が良い意味で騒いでしまう。
「ファッション誌ではなかったが、病院長命令で以前受けたインタビューが記事になって、取材の御礼がてらに送ってきたので他のページもパラパラとめくってみただけだが。
 そういえば、その特集も『ビジネスシーンで映える髪型』と書いてあったな……。言われてみれば……」
 祐樹に良く似合うとしか思わずに一流企業で働く男性をメインターゲットにした雑誌だったということにやっと気が付くという有様だった。
「ああ、ビジネスとか経済界関係の雑誌の医療特集でしたか……ああいう雑誌を御覧になったのなら納得です。貴方とファッション誌というのは思いも寄らない取り合わせだったのですが、医局とか他の医師達はきっと貴方と料理の本の方がもっと意外性に富んでいますよ、きっと。おおかた取材でも受けられたのでしょうが」
 料理は「自分でするもの」と何となく思い込んで自炊を続けていた――その方がお金の節約にもなったし――が、祐樹と相思相愛になってからは「祐樹の喜ぶ顔が見たいから」に変わっていた。ただ、自分で料理を作るという話をするとほぼ全ての人間が驚くので、最近は滅多に他人には言わないようにはしているが。相手も聞いて来ないので、それでいいのだろう、多分。
「そうだ。阪神電鉄で三ノ宮に行くのだろう?だったら、阪神百貨店にもきっと眼鏡屋さんがあるので、寄ってみたいのだがダメか……?」
 大阪のこのホテルには良く来ている上に祐樹が敢えて「庶民的」と言い換えてくれた阪神電鉄とかの地図は他の土地よりも色濃く頭の中に仕舞ってあるし、阪急百貨店の方が敷地とか規模も大きいことも知っているが祐樹の優しさでJRや阪急電車の近くには行かせたくないのだろうな……程度の察しは付いた。
「メガネですか?視力に問題でも?定期検査の時には何の問題もなかったハズですが?」
 祐樹の瞳が不審かつ心配そうな光を放っている。
「いや、全くそういうわけではないが、何となく寄ってみたいだけで……。
 それに非日常の世界でもあるし、私達には」
 最後の言葉は言い訳がましいような気もしたが、祐樹は多分視力のことを心配していただけのような感じだった――今は裸眼ではあるものの、視力の低下具合によっては手術用のメガネまで誂えなければならないし、手技の出来にも関わる由々しき事態になってしまう。実際視力を失ってしまって外科医を辞めた人も多数居る――その中でも特に有能かつ指導力の有る人間は手術の指導に回れるが――実質上は外科医生命を絶たれることになるかもしれない視力の減退だけが気になったのだろう。
「別に構いませんよ。貴方と一緒ならそれだけで楽しいので。
 ただ、この髪型にポロシャツは……」
 そんなにお気に召さなかったのかと肩を竦めてしまう。祐樹の髪を弄る機会というのは実は滅多にないので内心の弾んだ気持ちからついつい時間と手間を掛けてしまったのだが。
「だったら昨日のような自然な感じで後ろに流すか?一番祐樹に似合うかと思って後先も考えずに選んだ髪型なので」
 水溶性の整髪料なので、水で流せば大丈夫だろうと思って手首を翻したら祐樹の右手がすかさず止めた。
「せっかく私のために整えて下さったモノなのに崩すだなんて勿体ないです。色違いではあるもののお揃いの服に貴方が拘らなければ……来た時に身に着けていたシャツにノーネクタイならギリギリ大丈夫かと思います」
 ノーネクタイは内心少し残念ではあるものの、髪型自体は気に入ってくれたらしいことに安堵の吐息を零してしまう。
 ネクタイまで締められては、確かにポロシャツとコットンのスラックス姿の自分との不似合いさが目立ってしまうだろうが、祐樹の髪型を見て思いついた密かな野望には、本当はネクタイが有った方がもっと望ましいのも事実だった。
「昨日一日色違いのお揃いを着たのでもう充分堪能したし、シャツもスーツも全部クリーニングから帰って来ているので、そちらを身に着けたらどうだ。ああ、手伝おうか?」
 怪我の痛みは鎮痛剤が効いているらしくて平気そうな顔色だったが、何だか身の回りの世話を細々と焼くのは――普段は逆で祐樹の方がそういうのをしたがってくれたが――愛する人だからかもしれないが心躍る作業だった。










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◇◇◇
一日二話更新を目指します(目指すだけかも……)



ちなみに時系列的には「夏」→「震災編」です。【最新の短編】は「震災編」の後の話です。




最後まで読んで下さいまして有難う御座います。
                   こうやま みか拝
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