「記憶が確かならば柘植の木で作った総入れ歯を徳川将軍剣術指南役の柳生宗冬が使っていたそうだ……。写真で見ただけなので正確なところは分からないが、歯は蝋石という白い石を彫刻してはめ込んであって、材料は異なるけれども今の総入れ歯と同じような感じだった」
祐樹は内心柳生と聞いてドキリとしたけれども、取り敢えず今は内緒にしておこうと思った。
「江戸時代から総入れ歯が有ったのですか……。それは知らなかったです。蝋石がどのような硬さなのかは知りませんが、彫刻技術とか金や銀の細工は江戸時代も優れていたのですね」
祐樹のセーターの上に宿った雪が次第に溶けていくのを残念そうに見守っている最愛の人の表情も精緻な美しさに満ちていた。足湯を楽しんでいる人達からも「雪が降って来た」と言うような声がちらほらと聞こえた。
「降り始めた雪は何だか子供みたいですよね。ハロウィンでの一件以来小児科に寄る頻度が増えまして……、赴くと必ず声が出るのです。例えば『あ!田中先生だ!また『無量空処』をして欲しい!』みたいに必ず声が掛かるのです。それ自体は良いのですけれども、子供って必ず声を上げますよね?夜に降り積む雪の場合は静かに積もっていく大人のイメージです」
最愛の人が感心したような表情を浮かべている。
「祐樹は詩人だな……」
そこまで大それたことを言ったのかなと思いつつ話題を変換した。柳生からは話を逸らしたくて。
「歴史学者がツタンカーメンのミイラから死因や病歴、そしてDNA解析で同じ石室に葬られていた二人の妻と子供のミイラはどちらの血縁かなどを多角的に調べるプロジェクトが有りましたよね?
ウチのAiセンターにお声が掛からなかったのは残念ですけれども、歴史にも医学が関わって行けるような時代になったのは嬉しいです。ただ、ツタンカーメン王のような死に方だけはしたくないです」
最愛の人も同じ番組を観ていたので――何しろ、X線とかCТスキャンなど祐樹にとっては既に馴染みの深い機械を使っての死因特定なので二人とも番組を楽しみにしていた――苦笑を浮かべている。
「足の骨に先天的な障がいが有ったこともあって一人乗りの馬車に乗り、そこから落ちて足を骨折した後に敗血症を起こしてしまっていたらしいし、マラリアの発熱も相俟って相当苦しんだと考えられているな。私は幸い骨折をしたことがないけれども……。祐樹は有るか?」
こういうふうに二人の何気ない過去を語り合っていくのもとても楽しい。
最愛の人は部屋で読書をしているのが似合う人だし、外で元気に走り回る様子が――実際はかなり俊足なのも知っているし夏には蝉を捕まえることに熱中して駆け回っていたのも鮮明に覚えている――上手く想像出来ない。
その点祐樹は田舎育ちだったし、秘密基地を作ったり野山を駆けまわったりするのが好きだったのを知っているからこその質問だろう。
「骨が丈夫なせいか、それとも反射神経が良いのかまでは分からないですけれども骨折まではしませんでした。思いっきり転んで擦過傷を作ったことは山のように有りますが、母は病院に連れて行くまでもないと判断して消毒して切り傷用の軟膏を塗ってくれた程度でしたね」
横に座った人が安心したような笑みを浮かべている。外気温は0℃程度だろうが、足湯の効果は思っていた以上で何だか身体中が温まってきている。白皙の端整な顔がほんのりと紅色に染まっているのもとても綺麗だった。しかも愛の交歓の時とは異なって健康的な色香しか放っていない。そういう表情を見ることが出来ただけで足湯に来た甲斐が有ったなと思ってしまう。
「骨折の整復はそれこそ毎夜のように行っていますけれど、皆さん物凄く痛がっていますからね。しかもマラリアの症状は40℃近い発熱と急激な悪寒ですよね?そのダブルパンチは流石に嫌です……。貴方も無神論者かつ唯物論者なのは存じていますけれども、ツタンカーメンに意思が残っていたならミイラになることは来たるべき復活だか来世への審判の日に備えたモノなので許容は出来るというかむしろ喜んでミイラになったと思います。
しかし、ワケの分からない機械の中に入れられた恐怖は耐え難かったと思いますよ……」
横に座った人が薄紅色の唇に笑みの花を咲かせている。
「私もそんな死に方は嫌だな……。最期は眠るように安らかに死にたいので。出来れば祐樹に看取られて……。
それはそうとツタンカーメン的にはМRIではなくて良かったとも言えるな。四方八方から工事現場のような――と言ってもツタンカーメンの時代にはそんな騒音が有ったのかは分からないけれども――音がガンガン響いてくるだろう?
ミイラは単なる物体だけれども彼らの信仰では来世に生まれ変わるために必要だったのだろう?あんな音を聞いてしまったら死後の審判では日本で言う地獄行きになってしまったのかと思うだろうな……」
エジプト人の地獄の概念はあいにく知らないけれども、小児科の浜田教授によればМRI検査を泣いて嫌がる子供が多いらしい。まあ、大人でも怖がる人も居るのである意味当然だろうが。
「え?嫌です。私が貴方に看取られて死ぬのが理想なのですから。そして一晩か二晩経ってから迎えに参ろうと思っています。私を亡くして涙にくれている貴方を存分に見せて貰ってから共に天国だか極楽だかに行きたいです。地獄に行くようなことはしていないので大丈夫かなと自己判断していますので。
それはそうと、ツタンカーメンは確かに地獄だと判断しそうですね。こういう話題もツタンカーメンの呪いに掛かってしまうかも知れないですけれども」
最愛の人の笑みが深くなり切れ長の目が怜悧な煌めきを放っている。
「二人の想いを総合すると一緒に亡くなるというのが最も良いような気がする……。
それはそうと呪いか……。発掘作業に当たった人とか出資をした人などは皆自然死だろう?人は必ず死ぬという当たり前のことまで呪いと言われるのは何だか違う気がする。
ポープダイヤもそうだけれども、あんな大きなダイヤを買うことが出来る王族とか貴族などは人の恨みも買いやすいし、それこそ革命とか反逆とかも一般人というか平凡に生きている人間よりも遭いやすいので、こじつけだと思っている。
まあ、ポープダイヤは一個人が持っているよりも博物館で展示されて皆が見ることが出来る方が良いかもしれないけれども……」
ツタンカーメンの話題を振ったことで柳生のことはある程度は頭から離れただろうと判断した。別に種明かしをしても良いのだけれども、デートには小さなサプライズを用意しておきたかった。
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気分は~ 雪遊び お正月の後
「そうか?ただ、手袋だと手の体温が伝わらなくて溶けることがなく分解することが可能なので楽なのだけれども……」
そういうモノなのかな?と思ってしまう。まあ、最愛の人の器用さは良く知っているけれども。
そして手袋越しだと体温も遮断される程度のことは祐樹でも分かる。それにこの辺りは雪が残っているので気温は0℃近いだろう。そういう状況だけにチョコレートは溶けないし硬くなっている。
「チョコレートって、何℃で溶けるのですか?」
加熱したら溶けることは知っていたけれども、具体的な数字までは知らない。最愛の人が知っているかどうかまでは分からないし、知らなければそれはそれでいい。他愛のない会話をしながら二人の時間が楽しめればそれだけで充分だった。
バレンタインのチョコは――なまじナースや事務局の女性が祐樹に本命チョコの価格帯の物を山ほどくれるだけに――最愛の人も「手作り」に拘っていない。
祐樹が最も大好きなチョコが廃版の憂き目に遭ったのを特別なルートで手に入れて――華麗かつ豊富な人脈を駆使して――贈ってくれるのが常だった。
「確か25℃だと記憶しているが確信はない、な……。祐樹……ちゃんと割れた。甘い方は私が食べるので」
手袋を着けた手でお箸を器用に操っていた最愛の人だったけれども更に細かい動きが出来るらしい。イチゴ色を模した部分とチョコ本来の色の部分を綺麗に分割して、春風が吹いて満足そうな梅の花のような笑みを浮かべていた。
「有難うございます。では足湯に落としたら大変ですね……」
そういう迂闊な真似はしないだろうと思いつつ小さなチョコを――最愛の人の気持ちも労力も入っている点が貴重かつ稀少だ――口に入れた。
「そうだな。足湯が何℃のお湯なのかは知らないけれど、常識的に考えて40℃以上だろうし……。チョコを零してしまったら確実に溶けるだろうな……。お湯にチョコの油分が浮くだろうし、スタッフの方に迷惑をお掛けしてしまうだろう。気を付けなければ……。ああ、このエリアが足湯か……?」
お金を支払ってコートやカバンなど嵩張る物をロッカーに仕舞った。注意書きに従って靴下も脱いでコートの上に置いていたら、濡れることも充分有り得そうだと判断したのか最愛の人は手袋も外している。防犯上の都合なのか鍵は手首に巻く仕組みになっていた。
「お湯が流れているので足元には気を付けて下さいね」
恐らくヒートショック対策に違いないが、石畳の上に温水が流されている。このSAの休憩の後の雪遊びでも怪我には要注意なのにこんな序盤で転倒されたりしたら恋人として不甲斐ない。
「有難う、祐樹。くれぐれも気を付ける。こうなっているのか……」
何だか池みたいな深さにお湯が張ってあって、その周囲に時代劇の峠の茶屋風の腰掛けめいた場所に薄い座布団が敷いてある。そこに座って湯に足を入れるのだろう。並んで腰を下ろして足首までをお湯に浸した。
「あ!雪が降って来た」
露天風呂とは異なって何だか開放的かつ健康的な感じのお湯に足首まで浸していると思っていた以上に身体がポカポカして来る。祐樹などはそれほど運転していないので足もそれほど使っていない。しかし長距離を運転して荷物を運ぶトラックの運転手さんだと足や腰のリフレッシュになるだろうなと思ってしまう。
「雪景色も風情が有りますね。粉雪の結晶は肉眼でもはっきり見えますよ、ほら」
祐樹の腕に宿った雪を最愛の人の方へと向けた。
「本当だ。とても綺麗な雪の結晶なのだな……。昔の人がこの雪の結晶を簪の意匠にしたのが良く分かる……。虫眼鏡とか顕微鏡でなければ見ることが出来ないと勝手に思っていたのだが……」
最愛の人は呼吸で雪が溶けないようにという配慮だろう、祐樹のセーターからは充分離した距離で雪の結晶を煌めく眼差しで見ている。
「簪にデザインするならば肉眼で見えなければ難しいと思いますが……?」
この寒さなのでそれなりの需要は有るのだろう。周りには割と人が居たので無難な会話を心掛けることにする。それでなくとも二人で居れば目立つので。
「いや、簪だったら江戸時代だろう?確か眼鏡も有ったハズだし、デザインする職人さんが絵に描いたモノを言わば設計図というか参考資料というかそういう感じで見ながら金や銀に細工を施していくという方法だったのでは?私も良く知らないけれども……」
雪の結晶を愛おしむように眺めている最愛の人は春の陽射しのような弾んだ声を出している。
「ああ、江戸時代でも眼鏡って有ったのですか?時代劇はあまり観ないのですけれども、眼鏡をかけている人を見たことがなかったような気がします……」
時代劇が史実に忠実ではないのも知ってはいたけれど――そもそも江戸時代、成人女性は確か鉄漿を施していたハズで、歯が黒いというのは現代の感覚だと少し不気味だ――参考程度にはなるだろう。
「眼鏡も、そして入れ歯も確か有ったハズだ。ただ眼鏡は高価な上に女性の場合は『四ツ目』と言って嫌われたらしいので、近視の人でも現代のように常にかけるということはしなかったらしいけれど……」
最愛の人の素足がお湯に入って健康的な紅色に染まっている。素肌は散々見て来たけれども、素足だけを見る機会というのは滅多になくて新鮮な気分だった。
「入れ歯まで有ったのですか?」
峠の茶屋には足湯は無かっただろうが、何だか時代劇チックな雰囲気の場所での会話に相応しい話題のような気がした。
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昨日は更新をお休みしてしまい申し訳ありませんでした。久々の一日オフの日だったのですけれど、その気の緩みで爆睡してしまっていました(泣)と、取り敢えず今後はこのようなことがないように気を付けます。
こうやま みか拝
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「岩手県は行ったことがないのであくまでイメージなのだが雪深いお屋敷の中で、座敷童が和服を着て奥座敷にちょこんと愛らしく座っているというのも何だか日本のファンタジーめいて良いな……」
スキーのことは諦めたのか、それとも実現は難しいので頭の中から追い出したのか、目の前の積雪を見ながら楽し気な声が弾んでいる。
「ああ、座敷『童』と言うからには子供でしょうし、柳田国男が書いた時代だったら――本当に居たのかは知りませんが――確か明治時代でしたよね……岩手県どころか日本の庶民はまだ着物がメインだったかと思うので奥座敷に座っている様子は可愛らしい感じですよね。特に商売に熱心な家ならば福を呼ぶ吉兆の妖怪なので、歓迎されていたでしょうし……。怠け心が出てしまった商家の主人には恐怖でしかないでしょうけれど。
商売繁盛を見守るからには身形も良いハズなので――少なくとも私が見た絵では『市松人形』といった感じでした――可愛いでしょうね。お雛様みたいな感じでしょうか……。尤もひな人形はまともに見たこともないのですけれど……」
最愛の人は食べ終わった「ぜんざい」の器とかを手袋をした指でテキパキと片付けながら花のような笑みを浮かべて聞いている。
これほど素手のように使える手袋ならば確かに便利だなと祐樹も思ってしまった。
手袋イコール手が使えないという固定観念を覆すのは流石にハイブランドだけのことはある。まあ、祐樹が行くコンビニにも指だけ露出させた毛糸で出来た物も売っていることは知っている。
「お雛様の段飾りは、私もテレビでしか見たことがないけれども……、あれは十二単を着ているだろう?どう考えても座敷童は商家の妖怪なので普通の和服だと思う。江戸時代に十二単を着ていたのは天皇家とか公家だけだろうから。ただ、天皇家の収入は一万石だったらしくてそれほど裕福な生活は出来なかったと思うのだが……」
最愛の人が薄紅色の唇に笑みを含んで言葉を紡いでいる。祐樹も彼も一人っ子という点では同じなので雛人形と縁がないのは同じだ。そういう共通点が有った方が話もはかどるし盛り上がる。
「ああ、江戸時代には天皇家や公家は貧乏だったと良く歴史時代劇で放映されていますが、天皇家でも一万石でしたか。そう言えば日本史でそう覚えた記憶も有ります。
加賀百万石の前田家とかそういう大名達の方がよほど収入も多かったのですね。その1%しか収入がなかったのだから、和歌とか『源氏物語』とかの講義というか家庭教師みたいなことをして内職に励む公家達が居たのも納得ですね」
救急救命室では昨夜のように忙しい時はそれこそ息つく暇もないといった感じだけれどもひたすら暇な時だってある。そういう凪の時間が続く暇つぶしに祐樹の読んだ推理小説にはそういうことが書かれていた。歴史小説ならぬ歴史推理小説だったが。
「え?お公家さんが家庭教師をしていたのか?」
博覧強記を誇る彼でも知らないことが有るのだなと思うとより親近感がわいた。
「そうみたいですよ。庶民と言っても大商人とか小作人をたくさん抱えた大百姓で、自分が働く必要がない人とか島原遊郭の最上位の太夫に成れそうな遊女候補に教えるといったことをしていたようです。新古今和歌集などで意味不明な単語を『秘伝』『奥義』などと言って教える代わりに対価を要求したとか……」
最愛の人が可笑しそうなそして懐かしそうな笑みの花を唇に浮かべている。
「島原遊郭で思い出したのだけれど、アメリカに居た時は日本文化に興味を抱く層が一定数居て、茶道のことなどを『日本人ならば当然知っているだろう』という圧で聞いて来られて、茶道も一通り勉強はしたけれども最初分からなかったのは『吉野大夫好み』という茶道用具一式が有って、遊女だった人が随分と持ち上げられていた件だった。その後遊郭の歴史の本を読んで納得はしたのだけれども……」
そろそろ「ぜんざい」で温まった身体が冷えそうだ。
「興味深いお話ですけれど、足湯を試してみませんか?お風呂は随分ご一緒しましたけれども、足湯は初めてですよね……」
二人寄り添って座っていた東屋の中の腰かけから立ち上がった。
「そうだな……。お風呂とどう異なるのか楽しみだ……。足だけ湯に浸かるというのも新鮮だし……。あ、祐樹、さっき買ったアポ〇チョコは、食べないだろうな……」
幾分残念そうな響きを含んだ弾んだ声に思わず笑みを浮かべてしまった。
普段はそれほど食べる人ではないけれども、デートの時には駄菓子系を含め良く口にしている。
「一粒だけ頂きます。ああ、イチゴチョコ部分とチョコ部分を分けなくても一粒くらいなら大丈夫ですよ?」
迷いのない歩調で足を動かしながら一粒のチョコを分けようとしてくれている最愛の人に愛しさが募った。どちらも甘いけれども先端部分のイチゴチョコの方がより甘いと思っていて、普段のデートではイチゴ部分を食すのは最愛の人だった。「そうなのか?なら一粒だけ」先ほど出したチョコは薄紅色の唇に幸せそうに放り込んでいた。
そして歩きながら紙製と思しき箱を注意深く祐樹の手の上で振っている。几帳面かつ真面目な人だけに何が何でも一粒だけ出したいのだろう。
仕事以外は大雑把な祐樹は別に一粒に拘っているわけではなくて少量の意味だったけれども。ただ、そういう几帳面な点も大好きだ。
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「あ!この塩昆布美味しいです!塩の味がまろやかで……。それに程よい嚙み心地と共に昆布の旨味が口の中にジュワッと広がる感じです」
「ぜんざい」を食べ終わって口直しに箸を伸ばした昆布は予想以上の美味しさだった。まあ「ぜんざい」も最愛の人が祐樹のために丹精込めて作ってくれたので市販品よりも――祐樹が味見をしたのはレトルトの物で久米先生から半ば強奪した。というのも救急救命室が野戦病院さながらの状態だったのをやっとのことで切り抜けたせいで身体が甘味を欲していたせいで一口だけ食べた――甘味は少なかったし充分以上に美味だった。
「貴方が作って下さった『ぜんざい』の後に頂いたせいもあるのでしょうか?是非一口試してみてください」
祐樹の勧めに従って最愛の人が手袋に包まれた指を器用に動かして箸で一切れを口に入れた。祐樹はこの上なく美味しいと思ったのだけれども基本的に甘党の最愛の人はどういう反応をするのかを見守った。
「ん!とても美味しいな……。時代劇などで『いい塩梅だ』とか使われるだろう?漢字から考えたら梅干しの塩の量と考えるのが妥当だけれど、この塩のほんのりとした塩の風味はさしずめ塩の『和三盆』みたいな感じでとても柔らかい味の『塩梅』と分厚い昆布の味が調和して本当に美味だ……。『ぜんざい』を食べた後の口直しにも合うだろうが、炊き立てのご飯にもさぞかし……」
満足そうな笑みの花を咲かせながら薄紅色の唇が動いている。
「『ぜんざい』も大変美味でしたよ。この程度の甘さなら大歓迎です……。この雪の斜面とか枝や葉に宿った雪を見て連想したのですけれども座敷童はご存知ですよね?」
積もった雪を二人して見ながら「ぜんざい」で温まった身体を寄せ合って他愛ない話をするのはとても楽しい。それに同じ食べ物の感想を言い合うのも。
情熱的な愛の言葉を伝え合うのは夜のお愉しみとして取っておきたいし……。
「座敷童とは柳田国男の『遠野物語』に出てくる妖怪だろう?
新興の働き者の商売人のお店の奥座敷に好んで住みつき、基本的には富をもたらすけれども、その主人が怠けたりや勤労意欲を失ったりしたらさっさと見切りをつけて出て行ってその家は没落するという……。割とシビアな妖怪だなと思って読んだ覚えがある」
最愛の人の博覧強記振りは知っていたので驚かなかったけれども祐樹がこれから披露する雑学も知っている可能性は高いなと思い返した。
「ちなみに、座敷童の好物は何かご存知ですか?」
最愛の人が祐樹の目を真っ直ぐに見つめて頭を振った。
「妖怪とは何も食べないのかと漠然と思っていた。だから好物とかは有るのか?
ああ、正確には妖怪ではなく鬼とか八岐大蛇はお酒が好きで泥酔させてから退治したという話は読んだ覚えが有るけれども……」
祐樹の贈ったマフラーに包まれた首を優雅に傾けて祐樹を見ている。
「私の読んだ本が正しければ座敷童の好物は小豆を使ったモノで『ぜんざい』とかお赤飯らしいですよ……。貴方が作って下さった素晴らしく美味な『ぜんざい』を座敷童に振る舞えばきっと更に巨万の富をもたらしてくれるのでは有りませんか?
商家の主人が怠けたら出ていくらしいですけれど、貴方も私も勤務時間中は一生懸命働いているので出て行かれる心配はしなくても良さそうですし……」
二人とも無神論者だし、妖怪は居たら面白いだろうけれども居ないだろうと思っているけれども「もしも」の話は交わしていて楽しかった。それに最愛の人の知識も相当なので勉強になることも多いし、それに何より打てば響くといった感じで返答が返って来るのでストレスが無くて助かる。
至近距離で笑いを交わしている最愛の人の眼差しが「どうだろう?」といった感じの光を宿している。
「マンションに奥座敷がないのでそもそも来てくれないのではないか?それに『遠野物語』は岩手県遠野地方に居る妖怪を明治末期に纏めたものだと記憶している。岩手県――ああ『かまくら』体験で秋田県に行くのならそのついでに寄ってもいいけれど……。まず見つからないし万が一見つかったとしても『京都に引っ越しませんか?『ぜんざい』とか赤飯をなるべくたくさん作りますので』と言ってもあまりの長距離の引っ越しに童つまり子供なのだから怖がるだろうし。
「ああ、こういう斜面をスキーで滑ったら楽しいだろうな……とか思う人間なので座敷童が仮に来てくれたとしても出て行かれるのではないだろうか?」
残念そうな笑みも瑞々しさに溢れている。
「スキーは先ほども申したように停年後の楽しみとして取っておきましょう。その時は手取り足取りお教えしますので……。人間は頭で覚えたことよりも体験した、つまり身体で覚えたものの方が記憶には残りやすいとものの本で読みました」
未来の約束が増えて最愛の人の万か階の笑みが匂うような感じだった。
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「どんなことですか?」
あまり無駄話をしたり飛躍した考えをしたりしない人なだけに、目の前に積もっている雪を見て思い付いたことだろうなとは思った。
あの鬼退治マンガ・アニメもお勧めという話題は「硬い話は抜きにしてマンガを語る会」で浜田教授と内田教授も話題に挙げていたので、共通の話題が有る方が話題にも事欠かないし、その上心理的な距離も縮まるらしいのでマンガは救急救命室の凪の時間に読んでいた。
先がどうなるのかが物凄く気になってしまう物語なだけに救急車からの直通電話が鳴らないかと気を揉みながらだったけれど。
アニメは隙間時間ではなくて纏まった時間がなかなか取れないので全部観てはいない。
雪のシーンで祐樹が思いつくのは物語冒頭程度だったけれども「祐樹『と』したい」と言うからには妹以外の家族を鬼に殺されたシーンではないだろうし。
「このシーンなのだが……?」
「ぜんざい」を食べ終わり甘く熱い満足そうな溜め息を零しつつスマホを取り出している。最愛の人がタップして一切の躊躇なしで該当シーンを探し出している。サブスクリプションをパソコンとスマホで共有している点もあっただろうが、彼の卓越した記憶力の賜物だろう。
「え?このシーンですか……」
人間に鬼の血を混ぜると鬼になるので鬼も元人間なのは知っていた。
「確かに兄妹の絆を感じる、美しくて印象的なシーンなのですけれども……。そして貴方がお好みになるのも充分過ぎるほど分かりますけれども……実際にするとなると大変ですよ……」
鬼になる前の兄妹が雪の降りしきる中で兄が妹を背中から抱いて蓑と思しき藁細工に包まっているシーンだった。確かに二人でこうしてくっついていたら寒さも幾分はマシだろうし、何しろ体温を分け与えることが出来る。
それに密着度はかなり高いので最愛の人がしたい!!と思った気持ちは分かる。まあ、兄の先天性梅毒と思しき顔はともかくとして儚くて優しいシーンなので。
祐樹は物語とはいえ鬼になって人を殺すという行為そのものには否定的だけれども、鬼になった動機がこの兄妹は切な過ぎるなとは思っていた。
それはともかくとして藁をこれだけ集めるのは稲作農家の人に知り合いはいないので無理そうだ。
物語で兄妹が鬼になったのは多分江戸時代なので――この兄妹の鬼は吉原遊郭を拠点に活動していたのは読んで知っていた。吉原が出来たのは江戸時代――今とは異なって藁もふんだんに有ったに違いない。
最愛の人は花氷のような儚い笑みを浮かべている。実際に出来るとは思っていない感じの笑みだ。
「あくまで理想なので現実的には無理だろうなと私も思っていた。単なる願望なので気にしないで欲しい。恋愛感情は祐樹のお蔭でかなり分かるようになって来たけれども、兄妹がお互いを思う気持ちはこのマンガを読むまで分からない感情だった……」
兄妹も両親も、そして親戚すらいない最愛の人が後半は寂しそうに言葉を紡いでいる。
「主人公も物凄く妹想いですからね。私もご存知の通り一人っ子なので兄弟愛については良く分からないです。それこそ貴方の長岡先生に向ける気持ちに近いのかな?と思いますよ。無理な相談事とかも受けて、それに応えようと努力なさっていますよね?
ああいう心の動きは兄妹に近いのではないかと思います。私の場合、久米先生に纏わりつかれて本気で面倒だと思うことも多々有りますから」
最愛の人が涼し気な切れ長の目を瞠って祐樹だけを見ていた。
「ああ、ああいう感情なのか……。彼女が困った時は助けたいと思ってはいる。ただ彼女の場合実現不可能なことも言ってくるので、多少は困ってしまうけれども。例えば砕いてしまったダイヤモンドを元通りにして欲しいとか……」
長岡先生はダイヤモンドが本当に硬いのかを調べようと思い立って婚約者の岩松氏から贈られた確かハリーウィンスト〇の大きなダイヤを叩き壊した過去が有る。と言っても祐樹は最愛の人からの伝聞でしか知らないけれども。
ちなみに彼女はK應幼稚舎から高校まで通っていながらエスカレーター式の大学の医学部推薦枠には入れなかった。その理由は「成績は充分だけれども、その手先の不器用さでは、大学の信頼を裏切ることになる」と担任だか進路指導の先生だかに言われたからだった。
そんな経緯で筆記試験だけで入ることが出来る――祐樹だって最愛の人だって外部入試なので筆記試験だけだった――Т大に入って医師となった。
まあ、内科医としては内田教授が医局に欲しがるほど優秀な女性ではあるものの、プライベートは割と、いやかなり破天荒な行動で祐樹は笑い転げ、最愛の人は困惑している。
幾ら手先が器用な最愛の人でもダイヤの修復が出来ないという点は思い至らないようだった。というか、人類で出来る人は居ないだろう。
「そう考えれば兄妹の情は何となく体感しているな……」
肉親の縁が薄いことを若干気にしている最愛の人は晴れやかに微笑んでいる。
「そうですよ。それに兄弟仲が悪い人だってこの世にはたくさん居ると聞いていますし……。貴方と一緒に降り積む雪の中で密着して一緒に藁に包まるというのは魅力的ですけれども、豪雪地帯に住んでいるわけでもないので実現は無理だと思います……。
その代わりと申してはおかしいかも知れないですが空間的には多分狭い『かまくら』の中で熱い『きりたんぽ鍋』を二人っきりで食べることが出来るように調べておきます。『かまくら』は風が入って来ないので意外と暖かいと何かで読んだ覚えも有りますし……。
今日の旅館は少し変わった趣向で客を迎えてくれる宿なのですけれども――それは着いてのお楽しみということで――旅館に泊まった場合は仲居さんとか場合によっては女将さんの挨拶を受けることもあってなかなか二人きりになれないことも多い。
それに比べると今回の旅館は逆転の発想めいた感じの宿なのが気に入って予約を入れた。
「そうだな……。『かまくら』の中で食べるお鍋も美味しいのだろうな。今夜の宿もどんな趣向なのか楽しみだ」
弾んだ声が春色に煌めいているような感じだった。
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こうやまみか拝
一番くじ 鬼滅の刃 ~鬼殺の志 参~G賞きゅんキャラ セリフ付きラバーマスコット 妓夫太郎&堕姫 LAYER SCAPE ラバーストラップ