「お節料理は既にお重箱に詰めているので、お雑煮だけ作ればいいのだが……」
一応新年に相応しい身支度を済ませてからキッチンへと向かった。
新年用のお箸を――ちなみに名前は最愛の人の流麗な筆跡で既に書いてあった――並べていると小さな鍋にお餅が煮えている。
「ああ、お餅とお出汁は別々に煮るのですね……」
最愛の人が驚いたような表情を浮かべて祐樹を見上げていた。
「え?そうしないとお餅が溶けて『澄まし汁』ではなくなってしまうだろう?」
確かに最愛の人の言う通りなのだけれども。
「いや、学生の時にレポートを作成し終えて偶々時間が空いたもので、お雑煮くらいは作ろうかと思いまして。年越し蕎麦はカップ麺だったのですが。その時『だしの素』とお餅を一緒に入れたのですが……仰る通りの惨状になってしまって……。それで料理に向いていないと諦めました……」
最愛の人が楽しそうな笑い声を上げている。
そんな年越しをしたのは実は一回だけで後は同級生と夜通し酒盛りをしたり、ゲイバー「グレイス」に通うようになってからはカウントダウンパーティをしたりと「真っ当な」年越しではなかったことは内緒にしておこう。
席に着いた最愛の人は厳粛な表情を浮かべてお屠蘇を三回に分けて盃に満たしてくれた。
「何だか結婚式の三々九度のようですね……。こういう儀式めいたものも貴方とするのは悪くないです。同じように注げば良いのですよね?」
そう確認してからお互いの盃にお屠蘇を満たして三度で飲み切った。
「懐かしい味です……。正直それほど美味しいとは思わなかったのですけれど、貴方と飲むと美味に感じます」
実家でもこういう新年の儀式はして来たものの、半ば強制的に参加させられるといった感じが強くてそれほど良い印象はなかったけれども、最愛の人と水入らずで盃を交わすのはまた格別の趣きがあった。
「ご飯はなくて良いのだったよな?」
最愛の人がキッチンスペースでお雑煮の盛り付けをしながら確認するように聞いて来た。祐樹はお節料理のお重箱を運んだり本当に泳いでいるような躍動感のある大きな焼き鯛をテーブルに並べたりしていた。
「あいにく他人様のお宅ではどうか知らないのですが、ウチではお米のご飯は夕食……と言っても、既に早い家なら夕食ですが……。昨夜の愛の行為が深くて濃厚というか濃密……」
最愛の人の白皙の顔がみるみる朱に染まっていくので慌てて話題を変えた。こういう場には相応しくない気もしたし、何より「姫初め」は今夜なので拒まれたら何となく縁起が悪いような気がする。
最愛の人が祐樹の誘いを拒否したことは一度もなかったけれども。
「とにかく、新年の最初の食事はご飯ではなくてお雑煮で祝っていました。お酒は日本酒で良いですか?」
最愛の人が紅を残した頬で頷いている。お銚子に入れて適温にしたお鍋に入れた。
「わあ、これは見事ですね」
椅子に座って最愛の人の細く長い指が漆塗りに金でお目出度い文様を描いた重箱を開けると実家で見たものよりも格段に美味しそうな感じで鎮座していた。焼き海老も紅くて大きいし、根菜類もただ切ったわけではなくて目を楽しませてくれるような工夫が散りばめられていた。例えば人参は梅の花の模様に切ってあったし蓮根も彫刻のような美しさだった。栗きんとんの栗も黄色い宝石のような鈍い煌めきを放っていたし、その下の「きんとん」も金色に近い黄色だったし。
「こちらは蛤の焼き物ですか?」
お重箱ではなくて朱色の木製と思しき皿の上に羽子板を模した蒲鉾に「寿」の字が入っている。そして黒豆が松の葉に形よく刺されていて食べるのが勿体ないほどだった。ただ、蛤は祐樹の実家ではお吸い物には入れてあったような気はするものの単品の料理にはなかったような気がする。
「お節料理の由来を調べていて、蛤の貝の形は一対しかピタリとくっつく物がないらしくて、良縁を祈念するものだという一説を見たので作りたくなった」
最愛の人が花のような笑みを浮かべている。
「ああ、なるほど……。確かに貝合わせという遊びが有ったとか古文の時間に勉強したような気がします。どれとでもくっついたら遊びにならないですからね。もちろん私は貴方以外とくっつく気もないですけれど……」
花よりも綺麗な笑みを浮かべる最愛の人の顔に見惚れながら言葉を紡いだ。
「蛤はともかく、他の料理はお母さまの味に近づいていたら良いのだけれど……」
全ての準備を終えたと思しき最愛の人がしなやかな仕草で席に着く。
「いえ、きっと母のよりも美味しいと思いますよ。今はローストビーフとか伊勢海老が入った洋風のお節もありますけれど、お正月はやはりこういう昔ながらのお節料理が良いですね。一年に一回だけの特別感が有って……。では改めて、新年おめでとうございます。今年も宜しくお願い致します」
そう挨拶してから最愛の人のお猪口に温かいお酒を注いだ。
<了>
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このお話は松の内までに終わらせたかったのでギリギリでした(汗)明日のこの時間の更新は趣向を変えてお送りしたいと思いますので、宜しければ読みにいらして下さい。
こうやま みか拝