腐女子の小説部屋

創作BL小説を綴っています。ご理解の有る方【18歳以上】のみ歓迎致します

気分は下剋上 香川教授の煩悶 <夏休み>の後

気分は下剋上 香川教授の小さな煩悶 11

「話を断片的にしか聞いていない点に問題が有ると思います。

 伺った限り、田中先生は患者さんと話をしていたと思いますがそう考えても良いですよね?香川外科で患者さんと冗談を交わせる親しみやすい医師として病院内でもウワサになる程度の人ですし、研修医と真剣な話をしている感じではないでしょう?そんな『見てくれだけのバカ……愛している』みたいな会話をするような職務怠慢な態度を取る人とも到底思えないのですが。

 医局内とかで、しかもお暇な時間に雑談を交わしている中でそういう話が出るというのは良くあります。ちなみに、田中先生は才色兼備の東京在住の商社レディと『交際』しているという噂は良く耳に入ります。こちらの(ほう)は田中先生が意図的に流したミスリードとしての噂ですよね……。ま、バレンタインデーのチョコ獲得数ナンバー1の座を不動の物にしている田中先生は本命が居ると見せかけていた方が良いという判断なのでしょうが。

 それはともかく……久米先生という研修医に言っていたわけではないという認識で大丈夫ですか?」

 呉先生の流暢に流れる言葉の洪水に押し流されそうになる。流石は言葉を主な武器とする精神科医だけのことはあるなと思いながら「あの時」のことを思い出してみようとした。

 ショックの余り、脳が再生を拒否するのを宥めながらのことなので時間が掛かってしまったが。

「確かに患者さんに向かって言っているようでした。久米先生は『え?田中先生ってそうなのですか?それは意外でした……』と言っていましたので。

 患者さんに何か言われて、それに対してゆう……田中先生が答えたという感じの流れでした」

 呉先生は栗の焼き菓子を満足そうに食べている。

「これも患者さんからの頂き物なのですけれど、和菓子とかミカンなどを持って来られる患者さんも居ます。まぁ、以前教授がここに持って寄られた生きた伊勢海老は流石に持って来られたことはないですけれど」

 苦笑交じりの呉先生の言葉にあの時のことを鮮明に思い出す。病院の会計を通さないお金やそれに準ずる物は一切受け取らない方針を徹底した結果、患者さんは返せない物を色々と送りつけて来るようになった。

 老舗料亭とか一流ホテルの昼食がメインだったが、生きた伊勢海老が届いたことが有って、妻帯者の黒木准教授に譲ろうとしたら珍しく断られたので自分で料理しようと持って帰った。祐樹と二人で美味しく頂いた記憶がある。

「大体何でも食べますけど……。同棲……いや同居人は甘いモノが苦手でして、重複した場合辛いのです……。

 しかし『いつも美味しい物を有難うございます』と言うのは社会人としてのマナーですよね。内心美味しくないと思っているお菓子も実は有りますよ?

 その場合、どうやって判断出来ますか?例えばこの栗の焼き菓子は大好きです。でも、嫌いな物などを貰った時も同じように言います」

 それは一理あるかも知れない。呉先生は先ほどから同棲という言葉を使っているな……と頭の隅で考えながら反論してしまう。

「しかし、モノは何もなかったと思います。しかも祐樹は『見てくれだけのバカ』と言っていました。

 お菓子などの話でないことは明白でしょう?」

 呉先生が寒さに縮こまったスミレの花の蕾のような笑みを浮かべている。

「すみません、話が横道に逸れてしまっていたようです。

 例えば『大好きです』という言葉を聞いて、本心で言っているかどうかも分からない上に、何が大好きなのかも不明ですよね。

 田中先生は患者さんのお話しに調子を合わせていただけという可能性は有りますよね?

 『見てくれだけのバカ』『好き……愛している』という断片的な言葉しか聞いてらっしゃらないのですから、総合的に何の話をしていて、どうして『好き』『愛している』なのかの情報が欠落しているのではないかと考えます。

 私が久米先生と面識があれば、聞いて来ますけれどあいにくないので……。そもそも外科とか救急救命は鬼門なので近づきたくないのが正直なところですし……。一面識もない人間がのこのこ行って話を聞くというのも現実的ではないですよね……」

 呉先生の血液アレルギーは重症で、血を見ると吐いてしまうほどだ。だから外科関連には近付こうとしない。

「そうですね。確かに断片的な言葉だけしか聞いていません……。祐樹に直接聞いた方が良いですね……」

 直接聞く勇気がなかったので遠回りをしてしまったな……と思った。

 そして呉先生はそんな自分の背中を押してくれたような気がした。

「そうですよ。

 田中先生って甘いモノ苦手だったじゃないですか?それでも、チョコをくれた女性全ての厚意をムゲに出来なくて全部貰ってしまう人ですよね。……多分、あのチョコレートの山は教授が殆ど召し上がったかと思うのですが……。

 まあ、チョコの行先はこの際どうでも良くて、とにかく思いつめる前に直接聞いた方が良いです!!絶対に。何なら直ぐにでも……」

 直ぐに聞き糺したいような気がして来た。ただ祐樹は二日間も帰宅しない。

「それが……夜勤続きなので……物理的に無理なのです……」

 肩を落として告げた。すると呉先生の細い眉がキリリと上がった。

 可憐な見た目に反して割と短気で怒りっぽい人だったのを思い出したが、後の祭りのようだった。



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気分は下剋上 香川教授の小さな煩悶 10

「ゆ……田中先生のことなのですが、病室で患者さんと雑談をしている時の話を漏れ聞いてしまいまして……。

 『見てくれだけのバカが好き……愛していると言って良い』とかで。

 いえ、祐樹が私を愛してくれているのは知っている積りですが……。本当は、そういう人の(ほう)がもっと好みなのかな……と思いまして」

 声が震えてしまっていた。気持ちの中だけで考え詰めていたことを実際に声に出して言うと気が楽になるのと同時に実現しそうで怖くなった。

 先ほどの所有権が人間に認められたら良いのに……とすら思ってしまう。

 所有権の性質の6つのうちの「恒久性」、つまり目的物が存在する限り永久にその物についての所有権を有する権利を、人にも認めて貰えるならば――祐樹の愛も永久に手に入りそうな気がする。

 もちろん、自分の考えが突飛というか、祐樹の意向を全く無視しているワガママさは承知している。

 呉先生が、束の間黙り込んでコーヒーを飲んでいるのは考えを纏めるためなのかも知らない。

 その()がひどく長く感じられて、内心息を飲みながらも手持ち無沙汰でもあった。こういう時に、喫煙者なら煙草を吸うのだろうなと頭の隅で考えていた。

「確認なのですが……直接言われたわけでもなくて『病室で患者さんと雑談を交わしている時に漏れ聞いた』とのことですよね。

 教授がいらっしゃることを田中先生はお気づきになられていましたか?」

 あの時の映像が頭の中に鮮明に蘇る。祐樹には「記憶力が良くて羨ましい」と言われる能力だけれども、今回ばかりは再生するのも辛い内容だった。

「いえ、全く気付いていないと思います。6人部屋の最も奥のベッドに祐樹……田中先生が居て、あと久米先生も居ましたがその患者さんと話していて。

 私は病室に入って直ぐにその会話に気付いて、そして……」

 話せば楽になるかと思っていたのだけれど、今は「もの言えば唇寒し」といった気持ちで……唇が思った通りに動かない。

 呉先生が親身な表情を浮かべて椅子から軽やかに立ち上がった。

「久米先生は確か『夏の事件』が起こった時に動揺のあまり何もない所で顔面から倒れて顔中にケガを負った研修医でしたよね?それはともかくキチンと聞いていますから、教授のペースでお話しください。患者さんに貰った焼き菓子お出ししますね。甘いものを食べると気分も落ち着きますから……」

 箱から何かを取り出しているのを背中で感じた。久米先生のくだりも、何だか場の雰囲気を和ませようと思って言ってくれたに違いない。

「久米先生の転倒はその通りです。ただ、顔全体ではないですが。

気になる患者さんが居るとのことで赴いてみたら、医局の束ね役のゆ……田中先生が先にそちらに行っていて……。先に行っている医師が居るのだから私の役目はないと言っても過言ではなくて。

そして『見てくれだけの……』という祐樹の発言と、久米先生と患者さんの話し声とか笑い声を聞いて、逃げてしまいました」

栗を模した焼き菓子が載っている白いお皿が目の前に置かれた。もう、そんな季節なのかと思って、包み紙を解くと栗とバターの香りが神経を癒してくれるようだった。

「頂きます。

 もうそんな季節なのですね。栗のほくほく感が特に美味しいです。

 砂糖の効果は知っていましたが、本当に効きますね……」

 なんだか人心地がついたような気がした。甘い物はもともと好きだったが、この焼き菓子は落ち込んだ気持ちを少しだけ浮上させてくれるようだった。

 長岡先生の個室の――彼女は外科医ではない上に、アメリカの病院から自分が誘ってこの病院に来たので「個室を持てるのは准教授以上」の暗黙のルールを破っての好待遇だった――時には一般論として話していたのでそんなに辛さは感じなかった。ただ彼女には最初からお見通しだったようだけれども。

「つまり、田中先生は教授に聞かせる積もりは全くなかったというわけですよね?教授が病室の中にいらっしゃることは気づいたような感じはありましたか?」

 何だか刑事ドラマで見た覚えのある、取り調べのような感じだったが……呉先生も何らかの思惑が有って質問しているに違いない。

「気付いていなかったと思います。病室でも医局でも、ゆ……田中先生は私に気づくと何らかのサインを送ってくれますから……」

 そのサインは見かけよりも柔らかい唇の角度を変えたり男らしく整った眉を少し上げたりといった感じのちょっとした変化だった。患者さんや医局のメンバーには絶対に気づかれないようにその都度合図を変えてくれている。

「相変わらず仲が良くて羨ましいです。

 では、伝言ゲームの誤謬(ごびゅう)については考えなくて良いですね」

 伝言ゲームの誤謬?という疑問が表情に出ていたのだろう。呉先生も焼き菓子を美味しそうに食べるのを止めて居ずまいを正した。

「小学校の時にクラスでしませんでしたか?授業で割と行われるのですが、一番前の児童に先生が紙に書いたものを一定時間見せて、その内容を後ろの席の子にだけ耳打ちをする。そしてそれを繰り返していって、最も後ろの児童が自分の聞いたことを言うゲームみたいなものです。ほぼ100%、先生が書いた紙の内容とは全く異なったシロモノに成り果てています」

 そういえばそんなゲームを小学校の授業の時にした記憶があった。

 自分は真ん中くらいの位置で、前の席の子に聞いた通りのことを完璧に伝えた。もちろんその内容は記憶の中に残っていて、一番後ろの子が言ったモノとも違っていたし、先生が紙に書いた内容とも異なっていた。

「確かにしましたし、内容も全く異なっていましたね……。呉先生は伝聞のあやふやさを危惧していらっしゃったのですか?」

 二つ目の焼き菓子を口に運んだ。相変わらずクセになる美味しさだった。

「そうです。あと考えられるのは……」

 コーヒーを満足そうに飲んだ後に呉先生は口を開いた。

 

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気分は下剋上 香川教授の小さな煩悶 9

 あの時は森技官がシックスナインという未知の単語を言って、自分が首を傾げてしまった覚えが有る。

 そして、神戸に出掛けた夜にお互いの熱を唇で愛し合うというその行為の具体的名称がそう呼ばれていると聞いた。

 それまでもそういうコトは何度もしていたけれども、祐樹が具体的な名称を教えるわけでもなく……。

 長岡先生は妻ではない女性に教えるのが堪らなく好きという男性のことを教えてくれた。

 自分も祐樹の妻ではない――そもそも同性同士の関係なので世間的には逸脱した関係だ――けれども、ベッドの上では祐樹の(ほう)が主導権を握っている。それがこの上もなく嬉しくてとても幸せを感じるけれども。

 ただ、祐樹は具体的名称を「教える」ことなく実践してくれる。だから多分「物を教えたがる」タイプではないだろうと思った。

「教授、どうかしましたか?」

 呉先生が心配そうに野のスミレの可憐な眼差しを曇らせていた。

「いえ、大丈夫です。つい目先の心配事を考えていて……。

 『ウチの』と呼ばれると嫌なものなのですか?私は逆に嬉しいのですが……」

 シックスナインとかその後聞いた呉先生のベッドでの具体的なコトは黙っておいた方が良いだろう。

「いくら恋人でも所有権を主張されたくないです。好きは好きですよ……。でもオレ……じゃない……私の身体は私のモノであって、同棲している人間の物ではないので。

 何だか物扱いされたようでとても不本意ですし、私としてはそういうプライベートな問題を教授や田中先生の前で言って欲しくはないですね」

 普段は青いスミレのような顔が怒りで赤く染まって、何だかパンジーのようだった。

「所有権ですか……。民法206条ですね。占有を正当化し『物』の支配の基礎となる権利で……確かに人間には当てはまらないです。

人間に対して所有権が認められたのは奴隷制度が有った国で、今は存在しない昔の国ですね。ああ、アメリカの場合は南北戦争以前に存在しましたね。

 閑話休題ですが日本の民法では占有(せんゆう)といって、現実的に物を支配していることとは関係なく存在します。

 だから呉先生が違和感を覚えるのも法律的観点からは正しいです」

 事実を説明して、共感を表した言葉だと思ったのだが、呉先生は何だか頭が痛そうな表情というか、複雑な光を放つ眼差しを自分に向けている。

 ただ、森技官のことを以前は「同居人」と呼んでいたと記憶している。それが「同棲」に変わったのは呉先生の心境に変化が有ったのか、ただ口からその言葉が出て来たからかは分からない。

「教授が法律に詳しいのは知っています。確か、医師国家試験が済んで多くの医学部生が戦々恐々としながらも解放感から遊び回っている時に、お暇だったので司法試験を受けられたのでしたよね。そして合格されたと。

 『夏の事件』の後、そう伺った記憶が有ります。

 ですが、難しい法律のコトではなくて、単純に嫌というか……恥ずかしいというか……。とにかく居た堪れなくなるので、本当に止めて欲しいです」

 ……病院長室で交わした森技官と祐樹と自分三人だけのやり取りを思い出すと、森技官はもっと呉先生が恥ずかしがることを言っていた。あの会話を呉先生が聞いたら――本当に祐樹が録音したのかどうかは分からないが、していてもおかしくないな、とも思う。

 何しろ、森技官と祐樹は「仲の良いケンカ友達」なので、お互いの弱みを握ろうとお互い思っている(フシ)が有る。

 権威にからきし弱い斎藤病院長の本質を見抜いていただろう、森技官は図ったようなタイミングで総理大臣からの直接の電話が掛かって来ていたので別室で電話対応をしていた。

 録音データが有るならば、呉先生には聞かせたくないなと思う。

 森技官の真意がどこに有ったのかナゾだった――祐樹なら分かったのかもしれないが、自分などでは無理だ。ほとんど言葉通りにしか解釈出来ないので。

 ただ、教授会などで「流石は香川教授ですな」と悪意に満ちた笑顔で言われたことは帰国当時に良くあった。その表情を見て、内心と異なることを言っているのだな……程度のことは分かったが。

 ただ、祐樹との愛の行為を客観視してみれば、滑稽だったり卑猥だったりするかも知れない。しかし、行為をする側はこの上ない幸せを感じている、幸せだけでなく背筋が震えるような快感も。

 人がどうこう言えるモノではないのだろう、愛の行為については。

「それはそうと……、私で何かお役に立てることは有りますか?」

 コホンと咳払いをしたのは、多分気持ちの切り替えをしたのだろう。精神科医の場合――と言っても今の呉先生は患者さんのクレームを聞くのが主な仕事なので、重篤な精神病患者さんは診ていないハズだ――患者さんのメンタルに引きずられてしまうことも多いと学んだことがある。

 メンタルクリニックなど医師一人で多くの患者さんを診る場合、次の患者が入って来るまでの間に気持ちのスイッチを一旦オフにした後にオンにするとか学生の頃に聞いた覚えがある。

 呉先生も「ウチの」発言のことをオフにしてから再びオンにしたのだろう。

 
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気分は下剋上 香川教授の小さな煩悶 8

 

 仕事を取っても祐樹が残る。

 

 多分、長岡先生が言っていたのはそういうことだろう。

 この病院に馴染むにつれて親しい人はたくさん出来た。出来たけれども、祐樹は別格だった。

 もし、世界が明日滅びることが分かったとして、その場合は祐樹と過ごして一緒に生を終えたい。

 そんなことを思いながら不定愁訴外来の有る旧館に入っていく。

 自分の科は新館に位置している。新館はいかにも現代風の病院そのものといった感じの機能を優先させた造りになっているが、旧館は由緒正しい昔の洋風の建物といった趣があって訪れるたびに安らいだ気分になる。

 不定愁訴外来は呉先生が精神科の真殿教授と大ゲンカした末に立ち上げた、先生の小さな城だと聞いている。患者さんの愚痴を聞いて、それが病院側の不備にあるのか、患者さんのワガママなのかそれとも精神疾患に類するものなのかを見極める仕事だ。

 医師やナースなどに対する患者さんへの態度の悪さや説明不足など病院側の不備だった場合、呉先生はどこの医局でそれが起こったかを一覧表にして斎藤病院長に文書で報告する任務も請け負っている。

 通常、教授職と大喧嘩したとか不興を買った場合は地方の公立病院などに追いやられてしまう。呉先生が精神科からポツンと離れた場所であっても病院に残れたのは医師として有能だったということもあるだろうが、斎藤病院長が病院内のクレームを集めて今後の参考にしたいと考えたからという理由もあったのではないかと考えている。

 昔ながらのドアをノックした。

「どうぞお入りください」

 活舌の良い、爽やかな声が返ってくる。

「お久しぶりです。

 森技官とは病院長室で先日お会いしましたが、同じ病院に勤めている呉先生のお顔を見る機会がないのは皮肉ですね」

 呉先生の可憐な野のスミレといった風情の顔が笑みを浮かべていたものの、どこか怪訝そうだった。

「香川教授、お久しぶりです。同じ病院で、いつでも会えると思うと安心してしまうので積極的に会おうとはしなくなるのではないでしょうか……

 今日は珍しく白衣姿なのですね?」

 呉先生の怪訝な表情の理由はきっと白衣の件だろう。不定愁訴外来に寄るのは帰宅途中であることが圧倒的に多くて、当然白衣は来ていない。

 華奢な体に相応しい軽快な足取りで部屋を横切って、鮮やかな手つきでコーヒーを淹れ始めてくれる。 

 なるべく直接的な説明は避けて――呉先生は手術どころか血を見ると気分が悪くなる人だったので――白衣の理由を説明した。

 すぐに香ばしい良い香りがノスタルジックなこの部屋の中をさらに落ち着いたものへと変えていく。

「……ですから、一応待機しています。黒木准教授から電話が入ったら直ぐに駆けつけなければならないので、話の腰を折ってしまうかもしれませんので(あらかじ)めご容赦ください」

 馥郁(ふくいく)たる香りのコーヒーが目の前に置かれた。

「それは構いません。相変わらずお忙しいのですね。

 香川外科は病院の看板ですから、仕方ないのかも知れないですね。

 ああ、そうそう、田中先生が最近、旧館の塀の外にタバコを吸うのにもってこいの場所を見つけられたとかで、ちょくちょく寄って下さっています。

 その(たび)に教授のことを話してくださるので、久しぶりといった感じはしないです」

 スミレの花のような笑みを浮かべた唇にコーヒーの湯気が当たっている。礼を言って一口飲むと、長岡先生が取り寄せてくれたコーヒーよりもはるかに美味しい。

 当たり前だが病院内は完全禁煙で、祐樹は夜勤中の休憩時間に煙草を吸える場所を探している。家での喫煙は知り合った頃よりかなり減ったが、救急救命室の心身ともの激務の合間には一人になって煙草を吸ってぼんやりしたいと言っていた。

 煙草が体に悪いのは医師でなくとも字が読める日本人なら誰でも知っているだろう。

 ただ心疾患などの血管系、そしてガンのリスクが高まる喫煙だが、どちらも遺伝子要因に左右される面がある。ストレスはこの職業を選んだ人間なら誰しも抱いているだろうが。

 祐樹の遺伝子を健康診断の時に採取した血液の一部を私的(してき)に入手してアメリカに送って検査してもらったことが有って、上記二つの遺伝子要因が非常に少ないとのレポートを受け取った後には喫煙について何も言っていない。遺伝子的なリスクが高ければそれとなく注意しようと思っていたのだが。

「その度ごとに……ですか?」

 祐樹は隠れ家というか誰にも見つからない場所を見つけるのがとても上手い。

「ええ、相変わらず仲が良いなと思っています。

 一つだけ気になるというか、何かな?と疑問に思うことがあるのですが……」

 疑問?もしかして「見てくれだけのバカ」な人の話だろうか?

「疑問ですか……?」

 聞く声が上ずっているのが自分でも分かった。

「はい、田中先生が森技官と喧嘩するようなことが起こったら『田中先生が持っている録音を聞かせてもらう』と言えばきっと有利になると楽しそうに(おっしゃ)っていました。

 その内容を一部聞いたのですが、田中先生の口から!」

 細い綺麗な眉がキリリと上がった。

「あいつはお二人の前で……オレ……いや私のことを『ウチの』とか勝手に所有物みたいに言ったそうですね!?」

 確かに森技官がそう言っているのを聞いた覚えがある。あったが、それの何が問題で、そして呉先生が怒っているのかさっぱり分からない。

 というより、祐樹が愛の行為の時に「私の聡」とか言ってくれることがあって、それだけで嬉しいのだが。

「確かに聞いた覚えがありますけれど……」

 呉先生の恋人かつ同居人の森技官の音声を録音したのだろうか……。「ウチの」と言っていた時の会話の流れ……。

 思い出してみると、思わず顔が赤くなった。



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気分は下剋上 香川教授の小さな煩悶 7

「どうしてそう思われるのですか?」

 心の奥から驚いて、思わず飲んでいたコーヒーが気管支に入りそうになった。

「香川教授、いえアメリカの病院から見てきましたでしょ?光栄なことですけれども。

 教授は周りの、いえ世界の人間を、くっきりはっきり二分割されて考えていらっしゃるのではないかと思っておりました。

 田中先生とそれ以外の人間に。

 私もそれ以外の人間の中に含まれると思っていますし、それ以外の人間の中でも親しい人や苦手な人など色々と分けていらっしゃるのも分かりますけれど……。

 ともかく、田中先生が格別に特別な存在で、それ以外とは厳然たる区別をなさっていると。

『男性が賢くない女性を好むのは何故か』と(おっしゃ)った時に、わざわざ私の部屋まで来られて……いえ、それは喜ばしいことで大歓迎なのですけれど……そんな一般的な質問をなさるかしら?と思いまして。

 二つの例を挙げて説明していた時に教授はお考えに沈んでいらっしゃるご様子でしたので、ああこれは田中先生のご性格とか言動を思い返していらっしゃるのではないかな?と思いましたの。

 それ以外の人間のためにこうして相談されることは無いような気が致しまして」

 自分以外の人間を二つに分けている……。祐樹と、それ以外の人と。

 長岡先生の言葉を聞いてストンと腑に落ちてしまっていた。一般的に女性は勘が鋭いと言われているけれども、確かにその通りだと思ってしまう。

「確かに……そうかも知れません。ご存知の通り、ゆ……田中先生の関係は恋人同士なので、恋人とかパートナーなどのことを第一に考えるのは当然だと思いますが……」

 せめてもの抵抗を試みたものの、無駄であることは何となく分かってしまう。

「私も岩松のことは特別に想っていますわ。しかし、二分割にはならずに一番近いのが岩松、その次は両親、そして香川教授を筆頭とする医局の皆さまや内田教授といったふうに私を中心点とした円状に広がっていますの。

 香川教授も円状での――親しい人はすぐ近くに、それほど親しくない人ほど距離が離れていくという――関係性は心の中にお持ちだとは思いますが、円形から――もちろん良い意味で、ですけれど――外れた唯一無二の存在が田中先生だと思います。

 何かお悩みが有るのですね。しかし、田中先生は大丈夫ですわ。そんなにご心配されなくとも」

 何が大丈夫なのかは分からない。この際、祐樹が病室で話していた具体的な内容まで言ってしまおうかと思った瞬間に、ドアが慌ただしくノックされた。

「長岡先生はいらっしゃいますか?内田教授が至急ご助力をお願いしたいと申しております」

 長岡先生は笑みをスッと消して、髪の毛をゴムで束ねた後に白衣を羽織った。

「直ぐに参ります。容態の急変でしょうか?」

 ドアが開いて内科の医局員が切羽詰まった表情を浮かべている。身分証には鈴木真一と書いてあった。確か内田教授の医局に居る若手の医師で、普段なら内田教授が直々に足を運ぶのに、こういう遣いを寄越すのだからよほどのことが起こったに違いない。

 鈴木先生は、こちらを見た瞬間、腰を90度まで下げてきた。

「いえ、気になさらないでください。人命優先でお願いします。『最悪の事態にならないことを祈っています』と内田教授にお伝えください」

 二人が疾風のように部屋から出ていった。

 もしかしたら緊急手術(オペ)の可能性もあるかも知れないなと思いながら、コーヒーカップとケーキの皿を洗った後に長岡先生の部屋を出た。

 執務室に戻ってからスマホを見た。ちなみに、廊下内でスマホを弄る人間は居ないのでそれに倣っているだけだったが。

 呉先生から返信が届いていた。

「仕事終わりました。こちらで良ければいらして下さい」の文面を読んだ上で、内田教授の医局に内線電話を掛けて「不定愁訴外来に居ますので、ご用が有ればそちらにお願いします」と伝えて貰った。普段なら丁寧かつ丁重な口調で返ってくる内線電話の向こうでも騒然とした雰囲気が伝わってきて、ナースと思しき女性も「了解致しました」とだけ言って向こうから電話を切った。

 長岡先生が呼ばれた件も異例だったし、こちらも準備しておくに越したことはないと判断して黒木准教授の部屋へと内線電話を掛けた。黒木准教授は(えん)の下の力持ち役を完璧にこなしてくれる貴重な存在だった。

『内田内科と密に連絡を取ります。その結果次第では手術室や麻酔科にも。香川教授のお力を借りるほどのものかどうかはこちらで判断しても宜しいですか?最近は田中先生にお任せしても大丈夫だろうと個人的に勘案する件も有りますので』

 温和そうな声が固定電話から聞こえる。確かに祐樹は執刀経験も積んでいるし、それに何より午前と午後の二回しか手術(オペ)をしないと宣言して凱旋帰国した自分なので、黒木准教授もそう判断したのだろうが。

「それはお任せ致します。何か有れば私の携帯にでもお電話ください。万事宜しくお願いします」

 黒木准教授の判断力・采配力には一目(いちもく)二目(にもく)も置いているので、彼の判断に任せようと思った。

 電話を切って白衣のまま不定愁訴外来へと向かった。

 秘書のデスクにはその旨を書いたメモを残して。

 仕事はキチンとこなすのが義務だと思っているし、(おろそ)かにした覚えは一件もない。祐樹も仕事の出来る自分を好きになってくれているのは手技を見詰める真剣な眼差しで分かっている。

 自分から仕事を取ったら、何も残らないかもしれない……な。

本来の性格であるネガティブ思考が久しぶりに心の中に出てきた。長岡先生が何故祐樹は大丈夫と言ったのか気になって、その連想で先ほどの答えを訂正した。


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