「ああ、着いたな。ココがそうだ。
運転手さんお釣りは必要ない」
ケンはしっかり手すりに掴まっているので難を免れたのだが、祐樹は危うくメガネを割ってしまいそうになった。
身体は最大の資本であることは普通の職業でも同じだが、外科医の場合腕と目は致命的なモノだ。
大人っぽくかつクレバーそうに見えるという最愛の人の心遣いを最悪の事態で返してしまわなかったことを神に感謝したい。祐樹は無神論者だったが、こういう時は現金にも神様のご加護に感謝したい。
飛行場からモーテルまで乗った英語が流暢な運転手さんには20ドルしか支払っていなかったのに、祐樹の見間違いでなければ100ドル紙幣のようだった。距離もそんなに違うとも感じなかたが。
まあ、見慣れた日本円の紙幣とは異なって馴染みがないので気のせいかもしれないけれども。
ただ約一万円というのは多すぎるような気がした。ただ、ケンなりの思惑が有るのだろう。
「半額出しますけれども……」
開くかどうかも分からないオンボロのドアを手動で何とか開けて車外に出た瞬間に提案した。
正直なところ経費で落とせるとは思っていなかったがこの場合、自腹でもやむを得ないだろう。
コンベンションホールは現代風かつアメリカらしく恐ろしく巨大な建物だった。
「いや、良いよ。そういうことは気にしないでくれ。ははあ、料金のことが気になるのかい?」
不審な思いが表情に出てしまったのだろうか。ポーカーフェイスとか笑顔をキープすることに慣れているハズだったが外国に来て、しかもこれから世界の医師に向けて発信するのだと思うと流石に緊張していて平常心ではないのだろう。
「ああいうタクシーの運転手は――いや差別する積りは毛頭なくて単なる区別で誤解しないで欲しいのだが?」
差別主義者でないことは分かっている。最愛の人が異性に興味を持てないと知ったら「そういう人」が集まるクラブに付き合ったことでもそれは分かる。
「誤解はしていませんよ。ただ単純に何故だろうと思っていて……」
ケンは大袈裟なガッツポーズを決めている。そんなに嬉しいことでもないようだけれど。
「メーターも動いているのが不思議なくらいだっただろう?」
異臭のせいでそこまでは見ていなかったが、ドアも壊れないのが不思議なほどの年期の入り方だったので、そこから容易に推測出来た。
「それに、お釣りの計算も出来ない人が多くてね。指を使って数えるとか普通だし、途中で頭がこんがらがってしまって不機嫌になるとか物凄く時間が掛かるという経験則が有るので。
サトシから聞いたことがあるが、日本では小学校の時に掛け算を暗記させられるだろう。アメリカの場合は州にもよるが、フランスは全く習わないので例えば7ユーロのモノを8個買った場合、一々足していく。それと同じようなモノなんだ」
色々なことを話し込んだせいで――祐樹の知らない顔を持つ最愛の人の情報が最も得難かったのはある意味当然だろう――時間も押している。それにお釣りで手間取るくらいなら約一万円を出しても良いのかもしれない。
お釣り問題という些細なことでトラブルになって下手に時間を食うよりも、その方が合理的なような。
「それにね、彼らは異国で必死に生きている。だから少しでも援助出来ればとも思っている側面もある」
ケンという人は本当に良い人らしい。
最後の理由が最大の要因のような感触だったので。
「そうなのですね。たしかに遅刻ギリギリで入って、心の準備もロクに出来ないまま初めての講演会の演者をつつがなく務められるかは祐樹も完璧な自信はないので、お心遣い有難う御座います。
確かに日本では9×9までは暗記させられますが、インドは99×99までだったと思います。上には上があるということで……」
ケンは感心したように口笛を吹いた後に、鼻歌交じりで受付のブロンドの美女へと近寄って行った。
「これが入館証で、許可されたエリアならどこでもカードを通せばドアが開く仕組みだ。ユーキの控室はこちらだな」
場馴れした感じなのは色々な学会に出席したり、時には講演もしていたりしているからだろう。
ブロンドの美人嬢とも顔見知りのような感じだったし、祐樹最愛の人が所属していた病院はアメリカでも屈指の成果を誇っているので内科医としては世界レベルなのだろう。最愛の人が心臓外科ではそういう評価をずっとキープしているのと同様に。
「有難うございます。京都にいらした時には――私なんかでは無理ですが――芸者ガールを呼んで日本舞踊を踊って貰ったりお酌してもらったりするように手配しておきます」
一晩で幾ら掛かるのか見当もつかないものの、「あの」プラザホテルとかのスイートを予約してくれるらしいので、その程度は何とか病院長に泣きつくしかない。
最愛の人もそういう席に嫌々ながらも同席することは有るが、舞妓や芸子さんを呼ぶ方法とかは知らないだろうし。
「では、私は最前列に座るとするか……。
ああ、サトシもリアルタイムで動画は観るんだろう?だったらカメラの前でパフォーマンスでもしようかな……」
最愛の人もケンには良い印象を抱いているようなのでそれも良いかも知れない。
「それは良いアイデアですね。明朗闊達なアメリカではそういうのも許されるのですか……」
それに比べれば厚労省の研究会とかはお通夜のようなしめやかさが漂っているのはお国柄の違いだろう。
「ああ、それと……」
講演が無事に終わったらまた一つミッションが有ることを思い出した。
顔が広そうなケンならばうまく紹介してくれるような気がして相談してみる気になった。
動画の配信を身じろぎもせずに待っている最愛の人にPCの画面越しとはいえ、元気な顔を見せたく思った。
いよいよ、檜舞台の第一歩が待っているのかと思うと心地よい緊張感で身も心も引き締まる思いだった。
前髪は最愛の人が器用に整えてくれていたし、モーテルの鏡で確認したが崩れていなかった。
ただ、最終チェックをした方が良いだろうが。
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