「お墓、綺麗な状態ですよね?ここはお寺さんの境内でもなさそうですし。
もしかしたらご親戚が手入れに通って下さっているのかも知れないです」
街路灯の白い光を朧に受けている最愛の人は目を瞠っている。
「藤井さんという患者さんのことを覚えていますか?」
藤井さんというのは祐樹が主治医を務めて手術終了後無事に退院していった人だが、職業は住職で金閣寺とかの国宝級の寺ではないもののそれなりの檀家さんを持つ人だった。
「もちろん覚えているが……?」
涼しげな眼を瞠ったまま最愛の人が密やかな言葉を紡いでいる。
「おの方に聞いたのですが、境内にあるお墓はお寺が管理する場合も多いそうです。しかし、ここはそうでもないみたいなので――その上、隣のお墓は草も生えていて、手入れが行き届いていません。
だから香川家にゆかりのある人が定期的に通っていらっしゃるのでは?
母が言いだして来た時には内心『無駄じゃないか?』とも思いましたが、このお墓の綺麗さを見ると定期的にお参りと掃除をなさっている方が居るようなので、その人が誰なのかも突き止めた方が良いでしょうね……。
それに『親戚です』と貴方に申し出なかった点でお金目的という線は外れますね。
黙ってお墓の掃除をして下さっているだけという遠縁の方がいらっしゃるのではないでしょうか?
そういう方は多分母が取り寄せてくれる戸籍謄本で分かると思いますよ。
その方が御幾つなのかは分からないですが、お身体に不自由な点はない方みたいですよね……」
お墓全体に手入れは行き届いているような感じだった。祐樹などはお墓の各部分の正式名称は知らないものの、屋根部分までキチンと綺麗になっていた。
足腰が不自由になった人なら無理だろうなと思う高さなので、ご高齢でもピンピンしている人か、それともその人の意を汲んで墓守をしている――例えばその家のお嫁さんとか――人が居るのだろう。
「ずっとそうして手入れして下さった人が居たのだと思うと有難さと共に何だか済まなさが募るな……。
私が日常の忙しさに紛れてしまって参っていない不義理を穴埋めして下さっていた人が居るということだろう?」
最愛の人の律儀な性格を考えるとそう思うのも尤もだと思った。
「母が戸籍を全部取得してくれるそうなので、お墓参りを欠かさずしてくれている方を探し出すのも難しくないでしょう。
その人に『お墓を綺麗にしてくれて有難うございます』的なお金を振り込んでみては如何でしょう?
相場は私にも分からないのですが、検索したら大丈夫だと思いますし。
あ、幾ら綺麗だといっても、やはり手を加える必要も有りますよね。
まずはお水を汲んで来ますので、それでもっと綺麗にしましょう」
祐樹が覚えている限りでは母がお墓参りの儀式(?)めいたものをして居る時、お墓を綺麗に掃除した後にお花やお線香を供えていたような気がする。
「それは任せるが、祐樹はスーツだろう?お墓の掃除は私が一人でする方が良くないか?」
最愛の人が祐樹の服装を慮ってくれるのも嬉しかった。
「これ言いましたっけ?某ナースが元患者さんと婚約して、そのご挨拶に未来の夫の田舎に挨拶に赴いたのです。もちろん、そういう席なので白いワンピースで行ったらしいのですが、ウチ以上のド田舎だったらしくて『嫁となる人はまず、お墓に挨拶するのが筋だ!!』とか言われてご挨拶のために買ったワンピースでお墓掃除をさせられたとか言っていましたよ。しかもその墓地は風通しの良い高台に位置していたらしくて、半そでのワンピースしか着ていなくて物凄く寒かったし、真っ白なワンピースが悲惨な状態になったとか言っていました。それにご挨拶がメインだと思っていたので、ヒールの有る靴を履いていて……。
しかも他のお墓は草ぼうぼうという有様だったようで蚊が飛んで来て思いっきり刺されたらしいです。
田舎の人間との――ま、ウチも田舎ですが――結婚あるある話らしいですよ。
白いワンピースでそういうことをさせられたのも悲劇ですが、私の場合はスーツで作業することも慣れていますし、この季節は蚊もいないので大丈夫ですよ。
貴方のご両親にご挨拶に来たのですから、その程度はさせて下さい。
では柄杓とバケツを取って来ますね……」
街路灯の光が辛うじて届く両親のお墓を見ながら祐樹に向けて僅かな笑みを浮かべてくれていた。
「分かった。祐樹が水を汲みに行っている間に、水がなくても出来そうなことをしておく。
正式な掃除は――というほど汚れてはいないが――二人でしよう」
蛍の光に照らされたような綺麗な笑みが一際印象的だった。
「これで完璧に綺麗になりましたよね……?この墓地内のお墓の中で最もピカピカです」
二人して励んだ結果――もともと几帳面で綺麗好きの最愛の人と、その気になれば几帳面になれる職業の祐樹だ――本気を出せばこんなモノだろう。
「そうだな。では花とお線香を手向けようか……」
ピカピカといっても、御影石とか大理石ではないのでそこまで光り輝いてはいなかったが。そもそも大理石がお墓に使われるかどうかは知らなかったが。御影石は水を汲みに行った道すがら見かけたので使用出来るのだろう。
「当然貴方が先にご挨拶して下さいね。
あと……」
どう言えば効果的かと思いながら言葉を続けた。
誰も居ない墓地で街路灯だけが仄かな光で照らしている。世界に二人しかいないような錯覚を覚えながら。
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