「そうですか?以前に比べると料理の腕前は上がったとは思いますが、それでも貴方には遠く及ばないですし、最初にお出しした料理などは黒歴史ですからね……。

 あれは料理というよりも化学実験といった方が的を射ているかと思います」

 祐樹のマンションとは名ばかりのアパートで最愛の人に鍋料理を振舞った時のことをほろ苦く思い出して、自嘲の笑みを浮かべた。

 あの時は何とかなるだろうと軽く考えて鍋料理に挑戦してはみたものの、レバーのアクとかみるみるウチにしぼんで行く野菜とかで背中に冷や汗が伝っていったのを今でも鮮明に覚えている。

 最愛の人もその当時のことを思い出したのか、セピア色に煌めくような笑みを浮かべている。

「あの時、祐樹が包丁を持ちなれていないのも直ぐに分かったし、料理も初めてに近いのでは?とも思っていたことも事実だったのだが、そういう祐樹の心遣いが嬉しくて物凄く嬉しかった……な。
 あの時は祐樹の愛情まで確信していたわけではなくて、恐る恐る、そう薄氷を踏む思いで祐樹に接していた。

 今はそういう気持ちは全くなくて祐樹の愛情を永遠に信じられるようになったのがとても嬉しいな……。

 祐樹の言う通り空腹よりも愛情の方が最高の調味料だと思った。

 あれはあれで最高に美味しかったが。

ところで……黒歴史というのはどういう意味なのだろうか?」

 ダイアモンドのような無垢な笑みとどこか懐かしそうな響きを紡ぐ薄紅色の唇がとても綺麗だった。

「黒歴史というのは確かに自分がやらかしたコトではありますが、出来ればなかったことにしたい過去とか、忘れ去りたい言動のことですね。

 貴方の輝かしい経歴とか実績などに目が眩んでしまって、しかも容姿は極上だったことも相俟って……恋愛も慣れていると思い込んでしまったのも敗因の一つだったと思います。

 あと、料理はしたことがなかったのも紛れもない事実ですが……」

 最愛の人が涼やかな目を瞠って細く長い首を優雅に横に振っている。

 お箸でパプリカの浅漬けを挟んだまま。

 祐樹も七夕の五色の短冊にちなんだ、五種類の素麺を口に運びながらだったが。

「いや、祐樹が私のためにあんなに頑張ってくれていたので、あの記憶は黒歴史どころか燦然と輝くダイアモンドの色のようだと思う。それに祐樹とこういうふうに安心して笑って過ごせるようになるというのも嬉しい想定外だったし……

 綱渡りにも似た日があったのも事実だけれども、そういう日々を経たからだろう…

 こういう幸せを手に入れることが出来たのだと思うと振り返ってみたら良かったと思う。

 あ、そうだ。祐樹は柚子が好きだっただろう?

 かき氷にしようかとも思ったのだが、流石にかき氷の氷を作る機械はそれ以外にも用途を見出せなかったので見送ってシャーベットにしたのだが、デザートにどうだろう?

 あと、コーヒーは必要か?」

 最愛の人がそう言ってくれるのは大変嬉しかった。

 いろいろ恋の駆け引きめいたことをしたが、初めから直球勝負をしたほうが良かったのではないかと今更ながら思ったが、そんな途中経過を踏んだ上で最愛の人がこうして笑いあって暮らせるようになったのだから。

「確かにかき氷の機械は必要ないと思いますよ。シャーベットで充分かと思います。

 貴方の淹れて下さるコーヒーは世界一美味なので、是非飲みたいです」

 そう笑顔で告げると最愛の人は軽やかに立ち上がって冷凍庫の扉を開けている。

 祐樹も食べ終えたお皿を食洗器に入れていく。

「本当に美味しかったです。最愛の食事を堪能出来て、しかもこのクオリティの高さですからね。

 二重の意味で私は幸せ者だと思います。

 ご馳走稲荷寿司もとても美味だったので、大満足でしたけれども……

 祐樹は皿洗いとテーブルの片付け、そして最愛の人はシャーベットの入った小さなボウルから大きめのスプーンで形良く薩摩切子のお皿に盛り付けている。コーヒーの香ばしい香りがキッチンに漂っているのも物凄く幸せな気分を加速させてくれていたが。

「けれども?」

 これだけの料理を作ってくれた人に謝意を伝えただけだったのだが、逆接の接続助詞を使ったのがマズかったらしい。

「いえ、貴方が作って下さるお寿司関係では双璧ともいえる特製散らし寿司も絶品ですから、また作って下れれば嬉しいなと思っただけです。

 『けれども』に逆接の意味はないです。誤解させてしまって申し訳ありません。

 塩鮭を細かく切って大葉とかイクラとかを混ぜたお寿司も大好物なので。

 まあ、今宵の七夕にちなんだという点では、ご馳走稲荷の方がより相応しいとも思いますので、全然不満などはなくてですね。

 不満どころか大満足なのですが……

 最愛の人はどこか懐かしそうな煌めきを笑顔に載せている。

「鮭の切り身は塩分が濃いだろう?あれさえあれば、数日間は美味しくご飯が進むので大学生の頃は良く食べていた、な…。

 七夕という日本の習わしに―元々は中国由来かもしれないが――相応しいようにこういう料理を作ってみたのだが、明日は鮭をムニエルにしようかと思って冷蔵庫に入れてある。

 明日の夕食はムニエルが良いだろうか?それとも散らし寿司にしようか?」

 ごくごく真面目に言っている感じだったが、妙に可笑しくて笑ってしまった。

「何か変なことを言ったか……?」

 戸惑ったような表情の最愛の人もひときわ綺麗だったが。




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