「しかし、先程の副支配人が戻って来たら……」

 こんな雑然とした部屋ですら――スタッフ・オンリーと書いてあるが実際は倉庫的な存在なのだろう――こんなに綺麗に舞っているのだから、そしてその豪華な光景を二人きりで見ているというおまけ付きなのはとても嬉しかったが、唯一の懸念はこんな場所で貴重な金の粉をこっそりと散らせていることがホテルのスタッフにバレてしまうことだった。

「大丈夫ですよ。医師と教師、そして警察官はホテル・旅館業界では歩く三大無礼講と密かに呼ばれているようです。

 まあ、宴会の時には滅茶苦茶をするというほどの意味なのですが、ある意味慣れているでしょう。教師と警官は知りませんが、斉藤病院長なども御用達のホテルなので、医師の傍若無人さは。

 それに、この箱に入っている金や銀箔は『病院の宴会』のために用意されたもので、多少減っていても、結局は明日撒くわけですからプラスマイナスゼロになります。

 料金にはキチンと反映されているのですから文句はないかと思います。

 最悪『明日のパーティを完璧にしたかったし、その様子を自分の目で確かめたかった』と言い張れば良いのです。

 貴方のことを副支配人は知っていたので――しかも感謝の念、まあある意味当たり前ですからね、元上司の手技成功については。しかし、彼にとって執刀医としての貴方は特別な存在です――完璧主義者だと思い込んでいても全くおかしくないです。

 そんな風に麗しい誤解をされることは良くある話しですよね?」

 金と銀の――当然予算の関係で銀の方が多いが、舞い散らせてみると、銀の方が綺麗な煌めきを放っている――乱舞を二人で見詰めながら祐樹が確信に満ちた口調で断言している。

 確かに、自分は手技に関してだけ完璧主義しか認めない。患者さんの命を預かっているのだからある意味当然だと思っている。

 しかし、日常生活では何も考えていない――祐樹のことは別だ――ことの方が多い。

 病院長を始めとして錚々たるメンバーが集まる教授会の最中でもどうでも良い議題の時には聞き流して裕樹のことを考えているとか、あるいは何も考えていないことも多いのも事実だった。ただ、一度聞いたことは丸暗記してしまうという、祐樹に言わせれば秀逸過ぎる記憶力のお蔭でどんなにお互いが激論を交わす白熱した議論の内容も完璧に再現出来るので、誰が何を言ったかとかどんな暴言をはいたかなども覚えている。

 だから後々にトラブルになりかけた場合――大学病院は各々の思惑がうごめく魑魅魍魎の世界だとも言えなくはないので、足を引っ張る機会を皆が狙っているということは割と有る――自分はボイスレコーダーの代わりに使われていたのも事実だった。そして「今まで限定で」関わり合いにならないように、旗幟不鮮明に徹してきたが、未来の病院長を狙うからには味方と敵を明確にしないといけないことも分かっている。

 ただ、自分が単に何も考えていない時も、どうやら周りの教授はそうは思っていないらしいことも何となく漏れ聞こえてくる。

 祐樹はそれを言いたいのだろう。

「麗しいかどうかは分からないが、夕飯の献立を真面目に考えている時に『病院の将来を真剣に憂いている』とか言われたことは有るな……」

 祐樹が小さな笑い声を立てて笑ってくれた。

 その輝く笑みを見詰めると、自分もとても嬉しくなってしまって笑い返した。

 そもそも、祐樹がとても面白い冗談を言って笑わせてくれることは良くあるがその逆は情けないことにほぼ無い。

 だから、自分の発言で裕樹が笑ってくれるだけで心は薔薇色の細かい泡が弾けるような気分になるのに、こんな金と銀が送風機のせいで空中を舞っている絢爛豪華な空間で――と言っても設えてある棚には雑多なモノがごちゃごちゃと置いてあるけれども――二人が笑い合えること自体が心の薔薇色をより濃くしていく。そして先程呑んだシャンパンの細かい泡に似た弾みが心を細かく揺さぶるような気がして、眩暈がするほど幸せだ。

「そういう『麗しい誤解』を副支配人もして下さいますよ、きっと。

 職場での貴方の振る舞いをある程度見ているならなおさらのことです。

 それに、医師が休日とか宴会の時に羽目を外しがちなのは、事実ですからね。

 ――ウチの医局では柏木先生が率先してやらかして下さいますが……。

 まあ、あの時は結婚前の不安定な気持ちのせいで一時の過ちだと本人は言っていますが、あまり信頼は出来ないです……」

 順送りで医局長になった――ちなみに医局を纏める役割だが、普段は過不足なく務めてくれている――柏木先生の医局慰安旅行の時の泥酔したこととか祐樹がそのフォローと言う名前の憎まれ役になったことを、しっかりと覚えているらしい。

「祐樹が医局の裏の束ね役をしてくれてとても助かっている……。

 それはそうと――あれ……」

 祐樹が誰も入って来ないようにぴったりと閉めたドアから漏れていた光りが雰囲気を変えたことに気付いて、扉の方へと眼差しを移した。

 それまでは祐樹と二人で金と銀の乱舞を満足げに笑い合いながら眺めていたのだが。

「見て下さい。とても綺麗ですよ」

 祐樹が僅かに開いたドアの隙間から「披露宴」会場を見ていた。自分も祐樹に倣ってドアに近付いた。

「あの照明……十字架みたいですね……」

 祐樹が感嘆したため息混じりでそう呟いた。

「そういうふうにして欲しいと要望は出しておいたので……。

 それよりもあのシャンパングラスの塔の煌めき――今ですらあんなに綺麗なのだから明日『二人で』上からシャンパンを注ぐと、もっと輝きを増すだろうな。

 それにこの……」

 振り向くとまだ金と銀の粉の乱舞は続いていて、ため息が出るほど豪奢な雰囲気だった。背景がイマイチなのも全く気にならないほど。

「そうですね。金と銀の煌めきと――何だか貴方のイメージですよね――太陽の光りに似たシャンパンがあの見事な塔を満たしていく様子はきっと絶品ですよ……。

 それに、明日の『披露宴』の時はシャンパンタワーを倒さないようにとか、上手く下まで太陽の黄金が満たされるかどうかなどを考えないとならないでしょう。

 そういう意味では色々と気を配らなければならないことも多いので、こうしてこっそりと鑑賞して、そして想像力の助けを借りて『披露宴』をこっそりと二人きりで眺めるのも何だか秘密めいた、そして少しだけ背徳めいた感じまでしてとても素敵です」

 祐樹の感嘆めいた響きを帯びた声が鼓膜を薔薇色に染めていくようだった、もちろん心も。

「裕樹だって……」

 無神論者にも関わらず、十字架をイメージした照明が結婚式の――そういえば柏木先生の結婚式の時には裕樹が素晴らし過ぎるサプライズプレゼントをくれた。あの時も涙が出るほど嬉しかったけれども――雰囲気を醸し出している。

「私が何ですか……?」

 弾んだ心のままに唇が勝手に動いた。


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