「幸樹君、自分を責めることはないよ。池上君も幸樹君もいわばコップ、いや金魚鉢の大きさかも知れないがね。そのガラスの中に入って必死に嵐というか、事件に対処しているだろう?つまりは当事者に近い立場で、私はその金魚鉢を外から眺めているのだから着眼点も自ずと異なる。

 当事者に近い視点と、客観的な視点つまりは私だな。西野警視正もどちらかと言えば私に近いが、上野教授と接触をしたり谷崎の件も思いっきり足を突っ込んだりしているだろう?管轄外の事件にも関わらず独断での行動、いや問題にする積りはないが……。

 そういう二つの視点から事件を追ったほうが早いと思うのだが?」

 確かに龍崎さんの言う通りだと思ってしまった。

 幸樹もそれなりの感銘を受けたのか、形の良い唇に指を当てて考え込んでいる。

 俺の閃きを聞いてみるなら今だ!!って思った。

「そうですね。確かにもう目まぐるしく状況が変わってしまっていて、それに対応するだけで精一杯な僕達と龍崎さんとでは視点も変わりますし、それに落ち着いて考える――いや、H庫県全体のことをキチンと目配りをしないといけないかもなんで、この『事件』にだけ集中するわけにはいかないかもですけど――とにかく落ち着いて考える時間はありそうですよね……生意気言ってすみませんが……」

 幸樹が自分を責めるような表情を浮かべていたのでついつい余計なことを言ってしまった。

 俺は恋人の幸樹の気持ちが最優先なので、龍崎さんがどう思おうと関係ないと思ってしまっていた。

 まあ、電話口からは気を悪くしたような感じは伝わって来なかったけど。ただ、俺に悪印象を持っても意地悪とかはしないだろう、多分。

 ドラマの中でしか知らないけど、官僚の間での足の引っ張り合いとかそういう熾烈な出世競争とかは有るんだろうし、そういう点では龍崎さんだって容赦はしないだろうし――だって、市民の身を守るために出世するとか言っていた――本気になって蹴落とそうとかするかも知れない。

 けれど、俺のようなどこにでも居る大学生という、間違っても敵にならないようなちっぽけな人間にはそんな偏狭なコトはしないような感じだった。

「いやいや、池上君の言う通りだよ。

 有吉裕子さんの『不審死』からK学院大学での上野教授との交渉、そして次は谷崎の人質騒ぎだろう。

 私は報告が上がってくるのを待っているだけだから考える時間はたくさん……」

 なんだか幸樹と俺を慰めているような口調だったので失礼を承知で話を遮った。

「警察の組織のこととか全然分からないので、もし失礼なことがあったらすみません。

 幸樹、いや高寄君のお父様と同じ階級ですよね?警視監って……。

 上野教授がなぜ公安にマークされているのかとか、北の独裁者の国から密輸入している薬とかこっそり押収していないかとかの情報って入手できないですか……?」

 部署によって違うのかもしれないけど、幸樹のお父様は上野教授が公安にマークされていることを早い時点で知っていたようだった。

 そしてそういう情報は西野警視正に閲覧資格がないとか言っていたけど、龍崎さんは幸樹のお父様と同じ警視監なので、幸樹が弟の順司君に頼んでこっそりとPCを見てもらったコトを「職権」として出来るんじゃないかなぁっていう閃きだった。

「それは可能だな。

 確かに上野教授が怪しいのは確かなので、もう一度データベースに正規のアカウントで入ってみるよ。

 さすがに全部は教えられないが、幸樹君や池上君の質問に答えられる範囲で回答はするし、私が気付いた点で幸樹君に頼んで聞いて――そもそも、上野教授が怪しいというのは我々の共通認識だが、今の段階では現行法で裁けないのも厳然たる事実だからね。

 法学部の学生ならば分かってくれると思うが……」

 龍崎さんの意見は尤もだった。

 だって、谷崎君にしたって「天啓のように北の将軍様の国が素晴らしいという考えが頭に閃いた」とか言っていた。幸樹や俺、そして西野警視正が疑っている「闇に囚われる」薬だって、そんなモノを規制する法律がない以上、上野教授を罰することは出来ない。今のところは皆が「自殺」や谷崎君のよぅに「精神に異常をきたした」だけとして処理されるだろう。

 何とか上野教授の違法な薬物が龍崎さんの「正規のアカウント」で――ってことはサブ垢とかもあるのかな?ツイッターとかだとそういうものも作れるし、谷崎君が使っていたヤフ〇だってアカウントはたくさん作ろうと思えば作れる――ログインしたデータベースの中にインプットされていれば良いんだけれど……。

 救急車のサイレンが――この「連続事件」が起こるまでは、救急車とパトカーそして消防車のサイレンの音の違いは分からなかった。でも不幸なコトに今の俺は聞き分けられるようになってしまっている――近づいて来て、公民館の前で止まった。

 今度は何だろう?ここは病院でもないのに……。

「お待たせして申し訳ない。

 いや、谷崎君のお母さまの具合が悪くなって――まあ、それも無理はないと思うがね。

 最寄りの病院で点滴を受けながら事情聴取をしていたもので。

 心療内科のクリニックを時間外に開けてもらって、先生の付き添いの上で行っていたので遅くなってしまった」

 西野警視正は飄々とした感じで公民館に姿を現した。

「もしかして、救急車をタクシー代わりに使ったんですか?」

 幸樹が呆れたように言った。

「龍崎本部長との電話はまだ繋がっているのかな?」

 幸樹の呆れたような表情と口調を華麗にスルーして西野警視正は早口で聞いている。 

 なんだかテレビ局の人間に成りすましていたので、すっかりマスコミ業界人っぽい感じに染まっているようだった。

 その緊張感のなさに思わず笑ってしまった。



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