「そうだな……。明石教授が今度ウチの大学病院にいらした時に祐樹の手技がどれだけレベルアップしたのか見て貰って、あの先生のお眼鏡に適ったら国際公開手術の推薦状を書いて下さるだろう。全てはそこからだな……」

 え?と思った。確かに斎藤病院長よりも医学界の重鎮だし権威だと言われているし、国際的な知名度も有る明石教授が大学に来る度に――といっても国公立、私立問わずに色々な大学に籍を置いている先生なので滅多にいらっしゃらないが――教えを請うている。

 しかし、愛のこもった叱責を受けることは有っても褒めて貰うことは滅多にない。

 だから、まだまだなのだろうな……と思っていた。ベルリンの国際公開手術に最愛の人が招かれた時には、居ても立ってもいられずほぼ無理やりに休暇をもぎ取ってドイツまで駆け付けたのもいい想い出だ。

 何しろ国際公開手術は術者に選ばれるだけで外科医としての第一人者的なポジションに居ると認定される。

 それは良いのだが――まあどこの世界にも「選ばれなかった」というやっかみが存在するので――観客(?)でもある多少以上の「腕に覚えがある」外科医からワザと難易度の高い場所で質問が飛んで来る妨害工作めいたモノもあったり「今の手技の意図は?」などにもジョークを交えて答えつつ手技に集中したりしなければならない。

 しかもそういう、普段の手技とは異なった過酷な環境で手技を成功裏に成し遂げたら惜しみない称賛が与えられるが、失敗すれば容赦なく「負け犬」のレッテルを貼られる。

 最愛の人だってもちろんその例外ではなかったので、祐樹がベルリンまで矢も楯も堪らずに行ってしまった。最愛の人は祐樹のお陰で成功出来たと言ってくれたが、そうではないことは他ならぬ祐樹が知っている。

 斎藤病院長とか日本医学会の重鎮も、最愛の人がこの上もなく成功裏に終わった後に関空まで出迎えに来てくれていたが――ちなみに帰りの飛行機はファーストクラスのチケットを支給されていたにも関わらず祐樹の隣に座ってくれた――失敗に終わってしまえば迎えもなかったに違いない。

「私が……ですか?まだ早いかと思いますが……?」

 緊張のあまり声が掠れてしまった。

 アメリカの医学会の講演者として呼ばれて以来、祐樹にハクをつけさせるために斎藤病院長が執刀医を務めさせてくれていたが、最愛の人の手技には遥かに及ばないことも思い知らされる毎日だった。

「祐樹なら大丈夫だろう……。まあ、明石教授が良いと判断なさったらという話だが。

ほら、私とか心臓外科で有名な先生は皆が外国で執刀した経験が有る人間ばかりなので『生粋の日本育ちの外科医もここまで出来る』というアピールがしたいらしい。

明石教授のリストアップした日本の外科医の中に祐樹の名前も入っていると先日電話でお伺いしたので。

明石教授もヨーロッパ帰りだし、日本にも直属の弟子でもある外科医が多数居るのも事実だが、そういう『しがらみ』とかで動く人ではないし、実際明石教授とは何の縁もなかった私を推薦してくださったし。

そういう点ではドライでシビアな合理主義者だから、祐樹も明石教授がウチの病院に来られた時には色々と学んだほうが良いな……。

ああ、コーヒーを淹れようか?私も祐樹が買って来てくれたケーキが食べたいのでいったん休憩にしようか?」

半ば茫然自失といった感じで最愛の人の声もなんだか遠くに聞こえる。

「コーヒーですか……。はい、お願いします。あ!いつもよりも濃い目のでお願いいたします。唇が曲がるほどの苦さが希望です」

 カフェインを摂取すればその分、興奮の度合いが上がるのは知っていたが、国際公開手術という世界中の外科医にとって憧れの的でもあり、そして最も恐れられている場所に立てる可能性があると最愛の人から聞かされたからには苦いコーヒーでも飲んで気分転換しなければ、思考回路がショートしたような感じからは逃れられない。

「分かった。祐樹がたくさんケーキを買って来てくれたので、私も同じように苦いコーヒーと一緒にケーキを食べることにする」

 ハサミとかの道具類を整理してから、折り紙の切った分などをダストシュートに放り込んだ最愛の人はいそいそと冷蔵庫を開けている。

「たくさんって……どうしてそんなことが分かったのですか?」

 衝撃――といってもプラスの意味でだったが――のあまり痺れたようになっている頭で言葉をやっとの思いで紡いだ。

「え?祐樹がそこに置いている紙袋は私の知る限り洋菓子メーカーでは最も大きいモノだし、冷蔵庫の中に入っている紙の箱も冷蔵庫の一段を占領する大きさなので当然そう思ったのだが違ったのか?

 先ほど話していたアマゾ〇みたいに、大きい箱が標準仕様ではないだろう?

 だからそう思ったのだが?」

 むしろ怪訝そうな感じで最愛の人が祐樹の顔を振り返って見ている。

 その全身像は国宝だかの「見返り美人」の絵画(?)など比べ物にならないくらいに爽快な妖艶さに満ちていた。

 そして、祐樹のバカさ加減に――いくら想定外のことを言われたとはいえ――心の底から呆れてしまった。

 そんな内心で嵐が巻き起こっている祐樹の様子を気遣わしげに見ている最愛の人に微笑みかけた。



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         こうやま みか拝












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