鈴木警部は部下の警察官に命じて。、睡眠薬で眠っている手錠を填められ山田巡査が入念に縛り上げた谷崎君の身体を四人がかりで運び出すようにと指示を下してから西野警視正の元へと近付いてくる。
 敬礼も何だか恭しいのは、西野警視正がレポーター役という大任を無事果たしたからなのだろうか。
 雄太君に「心神喪失」と「心神耗弱」について分かりやすい言葉を選んで説明していると、雄太君はつぶらな瞳を真ん丸に開いて感心したように笑ってくれた。
 熟睡して端整な唇の合せ目が少し開いているけれども、幸樹の涼しげで、思わず見入ってしまう魅力に富んだ容貌は少しも損なわれていない。

 安らかな寝息を少しでも乱すことがないようにしっかり抱えながら雄太君の話し相手を務めていた。
 人質にされたことへの恐怖心は少なくとも俺には読み取れなかった。専門家が診ればまた違うのかも知れないけれども、雄太君の元気な様子は本当に良かったと思える。
「鈴木警部は現場の指揮を執ったのはご存知ですよね?」
 西野警視正は空に向かってタバコの煙を吐き出しながら言った。
「はい。そう伺っております」
 雄太君のお母様は鈴木警部にも心の籠った謝辞を述べている。雄太君が無事だったのは、窓ガラスを細工した人間――それが警察の人だったのかはナゾだけれど――と機動隊が地面に敷いていたクッションのせいもあるのである意味当然だったけど。
「実は、私の管轄外で起こった事件で……本来ならば関わってはならない人間なのです。ただ、事件の性質上レポーター役が必要でして。ああ、現場なのでお母様は抵抗がお有りかもしれませんが、部屋の中でお話しした方が良いかと思います。かなりお疲れのようですし……」
 俺のドラマなどで知っている知識からすると、西野警視正がこの場に居ること自体がイレギュラーだ。その辺りのことを説明して口止めをするつもりなのに違いない。
「はい。ではそう致します。息子がこんなにも早く事件のショックから立ち直ることが出来た――素人目ですが、母の直感とでも言いましょうか。それは確かだと思います――のに、私が立ち直れないようでは却って息子に悪影響を及ぼしかねませんから」
 雄太君のお母様は歩き出そうとしてふらついた。気力を振り絞っているのだろう。鈴木警部の目配せですかさず婦人警官――今は、呼び名が変わっているかもだけれども――が身体を支えているのが座り込んでいる俺の目に入った。
「所轄を無視したわけではないことを分かって貰えれば有り難いのですが」
 西野警視正が鈴木警部に弁解口調で言っている。
「ええ、それは了解済みです。県警本部からも命令がありましたので。
 また、ウチの署にマスコミの、それもレポーター役が出来る人間は居ませんので、その点は助かりました。有り難うございます」
 確かに本部に詰めていた刑事さんも制服警官も身体つきはがっちりしていて、そしてとても威圧感が有った。ところが西野警視正は飄々とした雰囲気の普通の人という感じで、「いかにも警察官です」というようには見えない。西野警視正は幸樹のことを「詐欺師になれそうだ」とかいつか言っていたけれども、西野警視正も同類のような気がする。
「分かって下されば有り難いです。鈴木警部もお聞きになられたかと思いますが、谷崎は精神に異常をきたしている様子も有りますし、留置所でも特別な監視をお願いしたいのですが?ウチの県警でこれ以上留置所での不祥事が有れば困ります」
 ああ、A崎市で起きた連続殺人事件の主犯格の女が留置所で自殺してしまった事件が有ったっけ。監視体制が杜撰だとか色々マスコミからバッシングを受けていたよな……。
「それは、充分気を付けます。それに、精神鑑定も必要ですし……。ウチの機動隊にも交渉の名人がおりますが、谷崎には交渉の余地すらなかった点も懸念材料です」
 鈴木警部はいかつい顔に不可解そうな表情を浮かべている。
 俺の記憶でも人質籠城事件というのは金銭目的であることが多い。それなのに谷崎君は「闇に囚われた」薬のせいなのだろうか、一切お金のことは話さなかったし、普通の(?)犯人像からは規格外だろう。
「それが、ここに居る池上君と、今は成り行きで睡眠薬を飲んでしまった高寄君の周りで不可解な『自殺』としか思えない、しかし『自殺』ではないと思えるような摩訶不思議な事件が起こっていまして……その事件を解明すべく動いているのですが」
 俺の知識からすると事件を起こせば最寄りの警察署に身柄を拘束されて72時間の尋問を受ける。その後に起訴されるかどうかを検察官が判断するというシステムだ。K戸市西区の警察署がどこに有るかなんて知らなかったけれども、西野警視正がこれ以上K戸市の警察署の方針に口を挟めるとも思えない。
 鈴木警部が現場の責任者だったので、西野警視正も知っている情報を話すべき点は話して協力を仰いだ方が良いと判断したのだろう。
「『自殺とは思えない自殺』ですか……。谷崎もそうなる可能性があると?」
 鈴木警部は何だか狐につままれた顔をしている。
「谷崎の異常な痩せ方をご覧になったかと思います。そして背中に挿した包丁……『普通』の人間なら背中を傷付けないような配慮をしますよね?精神的におかしくなっている可能性は充分に有ります。
 ただ、その元凶が何らかの薬物摂取によるものだと考えているのですが。それも未知の薬物だとしか現時点では判明していません」
 西野警視正の顔も曇っている。確かにこの事件は理路整然と説明出来る種類の物ではないので、奥歯に物が挟まったようにしか言えないのだろうけど。
「自殺には充分過ぎるほど留意致します。その他何か注意すべき点は有りますか?」
 鈴木警部はキッパリと言い切った。
「命令ではなく――そもそも、そんな権限は私にはないのは重々承知の上です――尿と血液を採取して下されば大変有難いのですが?」
 ああ、西野警視正は幸樹の依頼で有吉さんの解剖を頼んでいた。谷崎君の件ですっかり俺の幸樹より容量の少ない頭脳はそっちまでは頭が回っていなかったし、解剖にどれくらい時間が掛かるのかも見当がつかない。けれど、職業柄西野警視正はそちらのこともしっかりと頭の中には入っていたのだろうな。
 それに幸樹は国見君の血液と尿を採取して西野警視正に託している。しかるべき研究所で調査が進んでいるハズだ。
「了解致しました。あの様子では薬物を疑うのは当然のことですので、当然採取をする積りではいましたが、それをお渡しすれば良いのでしょうか?」
 鈴木警部はキャリア官僚である西野警視正に――ドラマなんかでは、キャリアとノン・キャリアは敵対するものと相場が決まっているんだけど――何も含むところはなさそうだ。もしかしたら、レポーター役を気軽に引き受けた西野警視正のキャリアらしい高飛車なところがないのを気に入ったのかも知れない。
「お願いします。ウチの署でも、不可解な『自殺』がありまして、ツテを辿って調べているのです。谷崎も同じ薬物の影響下に有った可能性が高いので、同じ研究所に送って調べてみたいのです」
「了解致しました。谷崎の尿と血液は責任を持ってお渡し致します」
 二人の話しは後で幸樹に話さなければならないので、耳をそばだてて聞いていた。まぁ雄太君の話し相手をしながらだったけれど。
 それにしても、幸樹の薬はどれくらいで切れるものなのだろうか?
 俺が普段飲んでいる入眠剤の類はストンと眠ることなど有り得ない。それとは別種の薬だということも分かるので全く見当も付かない。
 幸樹の長い睫毛が微かに揺れている。それも目覚める前のような動きだった。
「う……ん」
 幸樹の唇から寝起きのような言葉が漏れたことにホッとした。
 ただ、幸樹も薬物の影響を受けている可能性が有る。そのことだけは血が凍るような恐怖だった。


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