幸樹が谷崎君みたいになってしまったらろうしよう。犯人確保の情報を聞いて鈴木警部以下の、所轄の警察官達が一挙に押し寄せて来たが、俺には何だか遠い世界の出来事のようだった。
 幸樹のことだけが頭の中をグルグルと、まるで竜巻のように回っていたので、雄太君の元気いっぱいの顔だけを見ていた俺は、雄太君の横に放心したように座り込んでいる女性には全く気が付かなかった。
「ママ、このお兄さんがブヨブヨのガラス、ん?ブヨブヨだったらガラスじゃないね。でも割れた音はガラスの音だったんだけど……。良く分かんないけど、このお兄さんが助けてくれたんだ」
 雄太君の母親の芳美さんは壁に手をついて立ち上る気配だった。何だか気力だけで立ち上がった感じで、そんなの良いのにと思ってしまう。何だか申し訳ない気分でいっぱいだった。俺たちは雄太君の「ため」だけに頑張ったわけではなく、「一連」の事件の一環として雄太君の人質事件にも成り行きで関与しただけで、そこまで感謝されるほどのことはしていない。
 今まではご子息の身を案じた過ぎたせいで、そしてご子息が無事救出されたと聞いて張りつめていた精神が切れたのだろう。
 俺は奥の間に幸樹の胸を抱いて座り込んでいるので、だって、俺にとっての幸樹は唯一無二の存在なのだから幸樹以外のことは二の次になってしまう。幸樹はいつ「闇に問わられる」かが分からない今、一瞬、一瞬を大切にしたい。
 大切な人間と言えば俺にとって家族もそうだけど、ウチの両親は何だか叩いても死なないような気がする。お母さんは確かに入眠障害で悩んではいるみたいだけれど、それ以外はウンザリするくらい元気だし。お父さんは「不況だ」とか言いながらも会社は堅実に経営していて、時々高級なお店――だろう、多分。完璧にメイクをした女優さんみたいな美人のホステスさんにタクシーで家まで送られて飲み代までお母さんに支払って貰っている。その飲み代とタクシー代を即座に渡せるくらいは稼ぎがあるらしい。その次の日はお母さんの機嫌は当たり前だけと、とても悪い。けれどもいつの間にか元の仲の良い夫婦になって掛け合い漫才めいた――といっても、吉元の芸人さんがするようなコテコテの大阪弁ではなくてT塚風の上品な――会話が弾んでいるので、仲の良い夫婦なんだろうなと一人息子の俺はそう思ってしまう。
 だからお父さんとお母さんは俺が心配しなくても大丈夫なのだけれど、幸樹の場合は……
 やっとのことで立ち上った雄太君のお母様は、泣きながら何度も何度も頭を下げた。 
「あ、有り難うございます。何分急なことで適切な感謝の言葉も思いつけませんが、本当に有り難うございました」
 時々しゃくりあげる音が聞こえていたし、顔色もとても悪い。そこまで感謝されるのはとても心苦しい感じが付きまとう。
「西野警視正、雄太君、怪我はしていないようですが、やはり病院に連れて行かれますよね?その時、お母様も」
 手錠を器用に谷崎君に掛けて、山田巡査に「縛り上げろ。また、谷崎は精神的におかしくなっている可能性が有るので、舌など噛まれたら大変だ。猿ぐつわもわすれないように」
 そう指示を出してから、窓際に歩み寄る。
「マスコミには内密に願いたいのですが……実は私の所属は警察庁でして……」
「あのう……H県警の方ではないのですか?『警視庁』の方が現場にいらしたのですか?」
 雄太君のお母様が怪訝そうに瞬きをした。
「一般の方は良く誤解をされますが、『警視庁』は色々な部隊などを持っていて、日本の警察の中では一番有名ですが、実際は東京都警察のようなもので……『警察庁』は全国の警察のトップです。ただ、今は出向先であるN宮市K署の署長なのですが、たまたま、この池上君と、彼の肩に凭れ掛かって寝ている――いえ、これは犯人に飲ませるための睡眠薬を強要されたのでやむを得ずして飲んだだけなのですが――」
「はい。その件は本部のモニターで拝見しておりました。今は御礼を申し上げることは出来ませんね」
 幸樹の活躍もモニターで見ていたのだろう。雄太君のお母様は歯並びが綺麗な白い歯で唇を噛みしめた。
「それで、何をマスコミにお話ししてはいけないのでしょうか?
 息子が助かったのですから、感謝してもしきれないほどのご恩を警察の方には抱いております。具体的に何を協力すればご教示戴ければ幸いです。なにぶん、警察内部のことには無知なもので申し訳有りません」
 お母様は西野警視正にも、その後ろで谷崎君の身体を手際よく縛っている山田巡査の方に向かっても頭は下げっぱなしだった。
 西野警視正はいつもの飄々とした笑顔に戻っている。
「いえ、一般の方が我々の具体的な仕事についてご存知ないことは当たり前ですので、そう仰られると恐縮です。我々は粛々となすべき仕事をこなして、出来れば犯人逮捕を100パーセントにしたいだけですので。
 ところで、煙草を吸っても良いですか?」
「ええ、もちろんです。ウチの主人ときたら今は東京に出張中で、どうしても抜けられないから警察の方に任せろと薄情なことを申しますの。そのくせ職場では我慢している分、家に帰ればチェーン・スモーカーですので」
「だよね。僕がいくらダメって言っても全然聞いてくれないし」
 雄太君がやっと話に入れると判断したのだろうか、嬉しそうに口を挟んだ。とても元気そうで何よりだ。ただ、病院で怪我はもとより精神的外傷を受けていないかどうかのチェックは必要だろうけど。
「ではお言葉に甘えて」
 紫煙を空に向かって吐き出しながら雄太君のお母様を見た。
「まず、一つ目なのですが、犯人は成人です。しかしスピーカーでお聞きになられたかと思いますが精神的におかしな点があります」
「ええ、それはそうだと思います。あの国を「楽園」だなんて本気で思っている日本人は居ないと思いますし」
 日本人の100人に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。余程の変わり者ではない限りだけれども。
「『心神喪失』や『心神耗弱』といったお言葉はご存知ですよね?」
「はい。ニュースで良く耳に致しますので」
「『しんしんそうしつ』とか『しんしんこうじゃく』って何?」
 雄太君は大人の世界に興味津々らしい。目を輝かせている。
「それはね、部屋の中に居るお兄さんに聞いたら教えてくれるよ」
 げっ……俺に説明させる積もりかよ?一応、知っているけど。
「うん、分かった。お兄さんに聞くー」
 雄太君は窓ではなくて表から入るらしく、パタパタという足音が軽やかだった。
「犯人はその可能性が十分に考えられます。その場合、犯人の名前は公表されません。本部にいらしたのですから、犯人の固有名詞はご存知かと思われますが、マスコミに黙っていて下さい。あ、雄太君は人質になった精神的外傷はなさそうですね。もし、彼が恐怖を感じていたなら、玄関から連れ込まれたのですから正面玄関を怖がるでしょうが、その気配も有りません」
 西野警視正は、そのための試金石として俺の法律の知識を試したわけなんだと今更ながら思った。
「安心致しました。ええ、もちろんマスコミには洩らしません」
「マスコミだけではなく、ネットなどへの書き込みもしないと約束して下されば嬉しいのですが」
 お母様は大きく頷いた。
「それで、次のお願いとは?」


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