「遼、身体を低くして!そして頭を抱えるんだっ」
 幸樹の怜悧な声が凜然との響いた。
 俺はその言葉に手放しかけていた意識をかろうじて取り戻した。
 「頭を抱えろ」ということは、首とかを露出するなってコトだろう。でも、それをダイレクトに伝えれば、谷崎君にも弱点を教えてしまうことになるから、そう叫んだのだろう。
 谷崎君は炯炯と目を赤く染めた憤怒そのもの形相で俺に向かって包丁を振り上げていたが、後ろの幸樹の声に不快そうに振り返った。
 幸樹が血相を変えて部屋に飛び込んで来るのを見て、少し安心して唇を少し上げて笑ってから首を庇うために床に亀のように丸くなった。
「高寄、お前まで裏切るのか?同志じゃなかったのかよ?」
 谷崎君の声はいつもの声よりも音程が乱高下していて、精神状態が普通ではないのを如実に物語っていた。
 俺は恐る恐る谷崎君を見た。指の間からだったけれど。何だか谷崎君の怒りの矛先が俺よりも幸樹の方に行ってしまっているようで。
「同志?いかなる理由が有ろうとも、幼児を人質に取るような卑怯な真似をする人間に加担する積りはこれっぽっちもない。多様な主義主張が有るのは認める。
 だが、それは対話によって解決すべきで、いたいけな幼児を道具として扱う人間は吐き気がするほど嫌いだ。唾棄すべきテロリスト、それがお前なんだよ、谷崎」
 そう叫びながら幸樹は素早く俺と谷崎君の間に回り込み、うずくまっている俺の身体を守るように立ちはだかった。
 多分、幸樹が挑発的な言葉を発したのは、谷崎君の俺への怒りよりも、幸樹への怒りを喚起させるためで……身を挺して俺を庇ってくれる積りなんだ。
「何だとっ……」
 幸樹は谷崎君と立ったまま対峙している。バタバタと西野警視正と山田巡査の走って来る音も聞こえる。聞こえるけど、谷崎君の包丁は、幸樹に向かって振りかざされていた。それも、防弾チョッキで保護されていない首筋を狙っているのは明らかだ。
 西野警視正と山田巡査が到着するのにはあと数秒必要だろう。
 けれど、谷崎君の包丁は、まさに幸樹の首筋を目がけて振り下ろされようとしている。
「幸樹、危ないっ」
 俺は無我夢中で立ち上がり、後ろから谷崎君の手首を掴んだ。運動神経はそれほどでもないけど、反射神経には自信がある。谷崎君を掴んだのも反射神経並みの速さだった。幸樹に怪我をさせたくない一心だった。
「お前、よくもっ」
 谷崎君は充血した眼を俺に向かって睨みつけた。いつもの俺ならそれだけでビビってしまうだろうけど、幸樹の命が掛かっているかと思うと新たな闘志がわいてくる。

 俺にとっては幸樹が一番大切だから。

 包丁を握った右手を渾身の力で押さえつける。
 あんなに痩せて、それに背中に挿した包丁で怪我をして貧血気味なのに、良くこんな力が残っていたと感心するほど、谷崎君の力は強かった。
 それに、背中に挿した包丁は谷崎君の血が多量に滴っていて、取っ手部分もヌルヌルと滑る。その血が手首にまで伝ってきて、幸樹を守る積りだったのだけれども、それもままならない。
 幸樹は谷崎君が右手に持っていた大振りの包丁を長い足で思いっきり蹴った。不吉な放物線を描いて、畳敷きの床に突き刺さった。
 谷崎君の手首をしっかり持っていたハズの俺の手が、血で滑ってしまって自由になってしまう。
「高寄、お前の方が罪は重いっ」
 谷崎君は、幸樹の方に包丁を向ける。それもガードされていない首筋に向かっている。
「止めろっ!!幸樹を傷付けるなっ」
 何時もの幸樹なら、もっと動きが敏捷なのだけれど、警察御用達の睡眠剤のせいなのか動きが緩慢だ。
(ヤバいっ!幸樹が刺されれてしまうっ) 
 幸樹の首に包丁が振り下ろされたら大変だ。俺はそのことしか考えられなくなって、谷崎君の腰を必死に掴んだ。
 血相を変えた西野警視正と山田巡査が駆け込んで来て、特に西野警視正は拳銃を構えている。
「包丁と銃では、どちらが威力を持っているか当然知っているね?大人しく投降しなさい。この状況では、『警官が銃を使用しても良い』レベルに該当する。つまり、私が今、発砲してお前を射殺しても、問題視はされない。命が惜しければ、包丁を離すことだ。分かったか?」
 西野警視正が静かにそう言うと、山田巡査に顎をしゃくった。
 谷崎君はやっと薬の効果が表れたのか、立っていた状態からいきなり全身の力が抜けたように畳へと倒れた。同時に寝息が聞こえて来て、俺達は安心した視線を交わした。
「こ、幸樹、大丈夫?」
 俺が断片的に見た限りでは、どこにも怪我はしていないようだったけれど、怖くて指で目を覆っていた時間も有る。
「ああ、大丈夫。どこにも怪我はない。遼こそ良く頑張ったな。遼も怪我はしていないか?」」
 幸樹も薬の影響か、舌がもつれている。
「うん。幸樹が庇ってくれたお蔭で、どこにも怪我なんかしていない」
 機動隊の人だろう、窓の外から雄太君の無事な姿を見せてくれている。雄太君も怪我をしている様子はなかった。
 それを確かめた後、幸樹は俺の身体に凭れ掛かって健やかな寝息を立てている。幸樹も睡眠薬を飲んでいた。それを精神力でカバーしていたのだろう。
 でも、谷崎君よりも微量のお薬しか摂取していないハズなのに、効き目は幸樹の方がより大きかったのは何故なんだろう。




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