「是非とも偉大なる大将様の申し伝えたい状が御座います。大将様のお言葉を――いえ。我が国などの『憂うべき国難』を全てのテレビ局のレポーター達にも拝聴させたく存じますが、警察が動かない限りはテレビ局の報道部も察知出来ない体たらくでございまして……。我々はたまたまこの街に取材に参上し駆けつけた次第でございます。お詫びのしようも御座いませんが、平に、ひらに、御寛恕をお願い奉る次第でございます」
 ……何だか、西野警視正の方が時代劇風になっているのは、その場の雰囲気にのまれたのか、幸樹との以心伝心でこう言った方が良いと思ったのかは分からない。
 ただ、分かるのは「幸樹にコーヒーを飲まさないようにしている。万が一飲んでしまっても、効果が谷崎君よりも後に出て欲しい」と願っていることだけは確かだ。

「そういうものであるか……警察が動くには何が必要か、汝の意見を述べよ」
 二人の会話は時代劇風というか、時代劇と現代語が滅茶苦茶になっていて、幸樹はブラックコーヒの缶を手に沈思黙考の構えだ。その涼しげで端整な様子も目を奪われるには充分だったけれども、幸樹がコーヒーを飲んでしまえば、最悪だった。
 でも、今、俺が常用している入眠薬は詳しいことは分からないけど、全く別の成分から作られていることぐらいは分かった。それでもその手の薬に耐性がない幸樹が飲んでしまえば、コトンと眠ってしまうかもしれない。今まで幸樹が交渉し、それを引き継いだ西野警視正もそれは分かっているのだろう。
 飄々とした顔は変わらないけれど、いつもの顔色よりは少し青ざめている。「警察が来ていない」と谷崎君に信じさせるためだ。
 最悪の場合、機動隊に出動命令を出さなくてはならないので、「警察が来ている」=「強行突破もあり得る」といくら谷崎君が「闇に囚われる」薬が精神を侵していてもそのくらいのことは分かるだろう。
「恐れながら申し上げます。先程から大将殿に申し上げていますように、人質が幼児という点を日本国民が全て知るところとなるのは賢明な大将殿にはもうお分かりかと存じ奉ります」
「うむ、それはどうだな。では汝の意見は?」
 西野警視正は、耳に手を当てて「良く聞こえない」といゼスチャーをした。それを見た山田巡査は綿菓子に何となく似ている集音マイクを持って一歩前に出ながら同じ動作をする。幸樹はコーヒーの缶を見詰めていたのでそれには気が付いていない。俺も二人に倣いながら。さり気なく幸樹のシャツを引っ張った。
 顔を上げた幸樹は俺たちの動作の意味に即座に気付いたのだろう。
 左手を耳に持って行くが、右手は微かな震えと共にコーヒーの缶を唇へと近づけた。
(幸樹、ダメ!!!飲むなら俺の役目だ!!!)
 どう絶叫したかったけれども、谷崎君が聞いている以上、言うわけにはいかない。
 コクリと幸樹の喉仏が三回上下するのを絶望的な気持ちで見守るのみだ。
 西野警視正も幸樹を見ていたので何をしたのかは分かっているだろう。
 「大将殿のお声が、卓越した演説――これは是非ともテレビだけではなく、演説集として朝○新聞社から出版されるレベルだと――のご過労のせいで御座いましょうが、とても聞き取りにくくなっておりまして。おい、山田、マイクでは拾えるか?」
 幸樹がコーヒーを飲んでしまったことで西野警視正も慌ててしまったのだろう。いかにもマスコミの人らしく早口で話していたのが、もっと早口になる。
 レポーターはニュースの中での現場の主役みたいなものだ。カメラマンは脇役なのでことさら偽名を使うまでもないと判断したのだろう。それに「山田」という名前は特別目立つものでもない。
「いえ、マイクでも拾えないレベルで御座います」
 西野警視正が合図を送ったわけでもないのに、山田巡査は当意即妙の答えを出してくれる。やっぱり山田巡査は頼りになる。
 そんなことを思ってしまったのは、幸樹が強力な睡眠薬でばったりと倒れて寝てしまうのではないかという不安を誤魔化すためだった。
「拙者が意見を申す前に……、素晴らしい演説を再開するには糖分で咽喉を潤すことからお始めになられてはと存じ奉ります。
 歴史を変える変革者には、特にこの時代には演説もテレビの前にいる愚かな大衆にも周知徹底する必要が御座います。大きな会場での演説は必要なしと愚考致します。そのためには、大将殿の――後世は「玉音放送」と呼ばれる可能性の高い――演説は一言一句記録しておく必要が有ると存じ奉ります。
 俺は幸樹の様子をハラハラと見ながら、谷崎君と西野警視正の、本人にとってはとても真剣だっただろうけど、どう聞いても冗談にしか聞こえないやり取りを聞いていた。「玉音放送」って、終戦の日の8月15日の正午に昭和天皇が生まれて初めてラジオのマイクの前に立って日本国民に「敗戦」を知らせた放送であることは知っている。
「北野君、良いところに気付いてくれたな。腐敗しきったマスコミにも君のような同志が居て心強く思う。日王はあれで命拾いをしたらしいが、あの放送は、今聞いても誠に聞き辛い。余は、日王の二の轍は踏まない。高寄、そちらの缶を手渡すように」
 「よ」「よ」って何だ?と思ったけど、時代劇で殿様が使っている「自分」を表す一人称なのを思い出した。
 幸樹は幸いにもまだ、薬の効果が表れていないのかカフェオレの缶を表手で恭しく差し出した。
「恐れながら申し上げます。日本の愚民どもは勘違いをしているようですが、声を出すのは確かに声帯という部分です。
 しかし、大将殿のような重大な使命をお持ちの方は皆、腹部に力を込めて発音なさっております。大将殿の尊い胃の中に糖分が入ってこそ、有り難い演説も、さらに愚民には理解出来る……いや、差し出がましいことを申しました。私は大将殿とは人間の大きさも知識の広さも全く異なります。
 このようなことはお忘れください」
 幸樹も何だか時代劇で将軍様に謁見を許された旗本みたいな喋り方になっている。西野警視正との会話を聞いて、「闇に囚われた」人――谷崎君だけかもしれないけど――にはこういう喋り方が効果的だと判断したのだろう。
 俺は心臓が耳に引っ越してきたのではないかと思うほどだ。
 腕時計はしているが、見たら不審に思われる。壁時計が有れば見たいけど、それだと谷崎君に挙動不審だと思われてしまう。
「いや、そなたの言い分は尤もである。差し出たなどとは全く思わぬ。余は知ってはいたが……な」
 谷崎君はカフェオレの缶を飲み干した。それも一気飲みだったので、味は殆ど分からないだろう。
 三口だけ飲んだ幸樹と、全部飲んだ谷崎君では薬の量も当然違うだろう。
 でも万が一幸樹が先に倒れて寝てしまったらと思うと気が気ではない。




--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!



にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村




小説(BL)ランキング






【送料無料 接触冷感 マスク 4枚セット】洗えるマスク 布 洗える 飛沫対策 花粉対策 大人用 男女兼用 無地 立体 ゴム調節可能 ひんやり マスク 接触冷感 マスク 送料無料 冷感 マスク 夏用マスク 黒 ブラック グレー ピンク 桜色 ブルー ホワイト

価格:880円
(2020/6/30 00:51時点)
感想(757件)













腐女子の小説部屋 ライブドアブログ - にほんブログ村




PVアクセスランキング にほんブログ村