谷崎君は本部のモニターで見た以上に痩せていた。合宿に参加する前の谷崎君は少し余分な肉が付いているかな?と思う程度の体形だったのが今では、今日亡くなった有吉さん――彼女には恋愛感情は一切なかったけど、あんな悲痛な遺書を残して亡くなったのだから、努めて彼女のことは考えないようにしていたのだけれども――を彷彿とさせるくらいの病的な痩せ方だった。ジーンズもベルト――ちなみに後ろ側には包丁を抜き身のまま挿している――がなければずり落ちてしまいそうだ。俺もやせ形ではあるけれども、本質が違うような痩せ方だった。
 それに目が怖いくらいに光っている。俺も掛かりつけのクリニックでいわゆる「イってしまった」患者さんを何回かは見た経験がある。でも、その人達よりももっと怖い。例えるなら、壮絶な喧嘩をしている不良が発する目の光に近いかも知れない。でも、その光る目の奥には俺なんかには分からない複雑な感情が錯綜しているようで、その複合した目の光はとても怖かった。それに、顔色は蒼白に近い。本部のモニターには背中に自分の包丁で傷をつけても平気な顔をしている谷崎君が映っていたけれど、どこかの大きな血管も切ってしまったのかも知れない。
「だ……大丈夫?」
 「鬼気迫る」との言葉がぴったりの谷崎君を見て俺は震える声で聞いてしまう。
「同志よ、よく来てくれた。大丈夫とは何のことかい?」
 真っ青な顔をしながらハイテンションで話されると余計に怖い。俺は身体が震えてしまうのを必死で我慢した。ここで谷崎君に不審感を抱かれるのは一番マズい。
 幸樹が一歩前に出た。
「差し入れ……。いや、今となっては『同志としての乾杯』だな。こういう時は上位者が先に飲むことになっている。北野さん、そしてカメラマンさん、しっかり写して下さい」
 幸樹がコーヒを数種類取り出す。でも、あのコーヒーの中には強力な睡眠薬が入っているハズで、どうするのだろう?
「そうだな。偉大なる将軍様への決起は俺が一番先なのは確かだ。行動を起こしたのも。だったら俺が上位者には違いない」
 満足そうな哄笑が辺りに響く。けれども、病的な痩せ方といい、背中の傷の出血のせいか、食べ物を食べていない――のだろう、有吉さんと同じように――貧血か栄養失調のせいかは分からないけれど真っ青な顔と炯炯と光った目には全く相応しくない。
「偉大なる将軍様は、決起した谷崎君を重要な部下として迎え入れて下さるだろう。将軍は無理でも大将とか中将とか……。オレ達はその部下で、せいぜい少佐、いやもっと下の階級だろう。つまりは、『北の楽園』では、谷崎様は雲の上の人で、オレ達は谷崎様――いや、『金』という名前も与えられるかも知れない。将軍様と同じ名前だ――その部下のそのまた部下ということになるだろうな……」
 幸樹の広い背中や長い足は全く震えていない。それに冷静であることは卑屈な口調からでも分かってしまう。今、俺が何か話したら声が上擦ったり震えたりすることは確実だ。幸樹は多分、「同じコーヒーを飲まないように」との伏線を張っているに違いない。
「なるほど、そういうことになるのかな、同志よ」
 谷崎君は威厳を出すためか、後ろに仰け反った。
 背中には包丁を上向きに挿していることは本部のモニターで見ていた。後ろに仰け反るということは、その刃物を背中に押し付ける結果になっているハズで、傷口がさらに深くなることは容易に想像出来た。 
 俺はさり気なく下を向き谷崎君の傷口をアリアリと思い浮かべて青くなった顔を隠した。幸樹と違って俺は血が怖いし、想像力は無駄に多い。

「ではお飲み下さい。大将殿にはもっと高価なコーヒーこそ相応しいのですが、それは本国に帰ってからということで」
 幸樹はブラックコーヒーの缶のプルトップを開けて両手で恭しく差し出す。
「うむ、御苦労。今、北野君に『地上の楽園』の素晴らしさを説いて聞かせていたところだったのだ」
 幸樹に乗せられたのか、得体の知れない上野教授の薬のせいなのか、多分両方が相乗効果を発揮したのだとは思うんだけれども、谷崎君はとても偉そうだ。その内、時代劇の将軍様のような言葉を発してもおかしくない。
 幸樹は振り向いて谷崎君が「北野レポーター」だと思い込んで疑いもしていない西野警視正に数秒視線を当てた。俺も幸樹の顔を見て、幸樹がいつも通りの端整で怜悧な顔をしていることに安堵の吐息を小さく漏らす。西野警視正は、一瞬「うんざり」といった様子の顔を浮かべたが、それも直ぐにかき消して感心した表情を浮かべた。幸樹はその様子を見て口角を上げた。
 谷崎君は一口二口飲んでいる様子だった。俺は思わず(もっと飲んでくれ!)と魂の底から願ってしまう。30分で利く薬だとは知っていたけれど、迂闊なことに「どれだけ摂取すれば」という情報を聞き逃してしまっている。一口で利くのか缶全部なのかは分からない。
 ブラックで飲ませたのは薬の味がコービーに紛れて分からなくするためだとは察しが付いたのだけれども。
「大将殿に意見を述べても宜しいですか?」
「うむ、許す」
 客観的に見たら――特に俺が時々観ているドラマとかだと上役の方が貫録たっぷりで下っ端は吹けば飛ぶような感じに描かれている――でも、幸樹と谷崎君では幸樹の方がどう見ても人間としての度量は大きそうだし、何しろ病的に痩せた谷崎君としなやかな長身の幸樹だと見た目でも幸樹の方が上の人間を演じるのに相応しいのだけれど。
「北野レポーターには、更なる御高説を仰って下さらなければなりません。いえ、北野レポーターではなく日本国民に決起を促す演説とでも申しましょうか。それには糖分を含んだこちらの方が最適です」
 幸樹はカフェオレの中で一番甘そうな缶を手に取ってプルトップを開けていた。俺も気が付いたように、薬の適量が分からなかったのかもしれない。いや、所要時間から薬品名を推測出来たのだから適量は知っている可能性も大きいけれども。
「ううむ。そう言われてみれば尤もだ。おい、北野、他の局はまだ来ないのか?」
 幸樹がブラックの缶とカフェオレの缶を交換している。何だか谷崎君の態度がどんどん尊大になって行くのはやはり「闇に囚われる」薬のせいなのだろうか?
「同志、いや、高寄、飲み残したコーヒーを飲むと良い。特別に許可を与えるのを有り難く思え」
 谷崎君は尊大な口調で幸樹に言った。
 幸樹の広い背中に隠れていた俺は、真っ青になってしまった。あのコーヒーには強力な睡眠薬が仕込まれているのだから。




--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!! 




にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 





小説(BL)ランキング




















腐女子の小説部屋 ライブドアブログ - にほんブログ村




PVアクセスランキング にほんブログ村