マカロンは研修医時代の祐樹の金銭感覚では「こんなに小さいモノがこの値段か?」と思わず天を仰ぎたくなる価格だったが、最愛の人が心の底から幸せそうな笑みを浮かべるのでその咲きたての花のような笑みを見るオプションで――というかこちらがメインかも知れない――充分モトは取れているような気がした。まあ、あの時は百貨店の洋菓子コーナーに足を踏み入れることさえしなかったが。それに最愛の人と付き合うようになってから甘いモノに対する耐性が出来たので、それ以前は「コスパが悪すぎる上にそんな『大金』を払う余剰資金があるくらいならタバコ代に回す!」と思っていたことは必至だ。それに百貨店に行くことすらしていないので。
脆くて柔らかなマカロンを壊さないように細心の注意を払って形よくお皿に盛りつけていくのも楽しい作業だった。
それに最愛の人が淹れてくれたコーヒーもカップに注ぐと香りと湯気も何だか幸せの象徴のような気がした。
その作業が終わると、最愛の人が戻って来ないことを確かめてから化粧箱だか単なる箱だかは知らないが、その強度と質感を手で触ってみた。高級な紙を使っているのか物凄くしっかりした感触だった。
この感じだとダストシュートに入らなそうだ。そういう物の処分をさり気なく聞き出そうと心にメモした。
「本当に美味しそうに召し上がりますよね。柏木先生の奥さんはピエール・エルメだかエシレだか知りませんが、そっちの方が美味しいとか言っていましたが、やっぱり味ってそんなに異なるのですか?」
薄紅色の指先で摘まんで唇に運んでは幸せそうな笑顔を花のように咲かせている最愛の人に聞いてみた。
第二の愛の巣でもクラブラウンジで食事やアルコール、そしてケーキやマカロンとかも好き放題に呑んだり食べたり出来る。
ただ、そこのマカロンやケーキは最愛の人が味見をして黙って首を振ってそれ以降はお皿に盛ることすらしていない。
今ならば――多分、パティシエが精魂込めて作ったモノを口に出して「不味い」とか「口に合わない」とか言いたくなかったのだろう。
「ピエ〇ル・エルメだ。
ちなみにエシレは東京にある洋菓子屋さんで午前中に行かなければ手に入らないとか。
ただ、なんか口コミサイトを見ていると私の口には合わないようで食べてみたいとも思わないのだが……。
エル〇のマカロンは物凄く凝っているのは分かるが、パティシエさんが必要以上に手を加えすぎていて、本来のマカロンでは――と言っても私の主観だが――ないような気がする。
祐樹が買ってきてくれたケーキも見て良いか?」
瑞々しい笑みを浮かべている最愛の人のその屈託のない無垢な笑みに祐樹の心の中には満開の薔薇の花が咲いているような気分になった。
「もちろんです。貴方が食べきれない分は、良ければ不定愁訴外来に持って行って呉先生と一緒に召し上がって下さいね」
箱ごと冷蔵庫に突っ込んだままだったので、薄紅色の指がしなやかに動いてケーキの箱を開けている。
「みんな美味しそうな物ばかりだ。
ショートケーキも、何だか牛乳のようにサラリとした薄い味なので気に入っているし、シュークリームも外側はサクッとした感触なのに中のカスタードと生クリームもさっぱりしているというか……。口に入れると喉にスーっと入っていく感じなので気に入っている。
あまりコテコテしたモノは好みではないので――あ、これはあくまで主観的な感想だから、濃厚な味が好みとかパティシエの心意気とか凝った味付けに文句を言う積りは毛頭ない――この洋菓子屋さんの方が断然美味しいと思う。
マカロンも表面は少しパリッとしているが、歯で噛むと、自然の甘みのような感じなのが物凄く気に入っている。
あ、これはもしかしてレモンかな?絶妙な甘みと酸味のハーモニーが口の中で協奏曲を奏でているので大好物な中でも最も好きな物だ……」
祐樹が綺麗に盛り付けていた中から黄色のマカロンを見つけ出して弾んだ声が春風のようにキッチンに響き渡る。
買ってきて良かったなと心の底から思った。
この程度の出費で最愛の人がこんなに喜んでくれるなら、むしろコスパは物凄く良いのではないかとも。
祐樹が贈った物には絶対に喜んでくれる最愛の人だったが、そして指輪とかアクセサリーも贈った。
それはそれで嬉々として受け取ってくれていたのも事実だったが、何だかこういう「食べているのが幸せ」という風情は醸し出していなかったような気がする。
「なるほど、さっぱりとした洋菓子の方がお好みなのですね。
食べ歩きに詳しいナースにでもそういうコンセプトと言うか、さっぱり系のケーキやマカロンを売っている洋菓子店が他にあるかどうか聞いてみます」
そう言いながら上質紙でコーテイングされた箱から笹を取り出した。
「先ほどのダストシュートにこの大きさは入りませんよね?
そういう物はどう処分するのですか?」
マカロンを薄紅色の唇に運んで笑みの花を咲かして口を動かしている最愛の人は多分、その繊細で素材の味を生かしたさっぱりとした味に注意を払っているので深く詮索はしてこないだとうと踏んだ祐樹の目論見だったが。
案の定、薄紅色の溜め息を零した最愛の人は何の疑念も持っていないような感じだった。
「ああ、ほらジュン〇堂とかで売っていない専門書とかもあるだろう?
そういう時にはアマゾ〇でクリックして注文して大袈裟な箱で送ってくれるので重宝はしているが、段ボールの大きさが明らかに大きいし」
多分最愛の人はダストシュートに入らないモノの処分について語ってくれているのだろうと思った。
「ああ、アマ〇ンの場合はたとえ本一冊でも大きな箱に入れて送って来ますよね。
ただ、それには合理的な理由があるらしいですよ」
ハサミで笹飾りを作りながら他愛のない会話を交わした。最愛の人は幸せそうにマカロンを食べていたが、その笑顔を見ているだけで祐樹も幸せになるので何の問題もない。
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ということで更新時間がずれた上に、一話しか(多分)無理です。本当に申し訳ありません。
こうやま みか拝
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