パトカーのサイレンが物凄い勢いで近付いて来る。
「ああ、迎えが来たようだ。遼君は……私達と一緒に行って大丈夫かい?まだ顔色が悪いから無理せずに……」
 俺の顔を心配そうに見ながら言う西野警視正の言葉を遮った。心配して貰うのはとても嬉しいけど、俺だって事件の当事者の一人なんだから。それに、幸樹が薬物を摂取しているかも知れない今となっては、一秒でも早く事件を解決したい。
「大丈夫です。連れていって下さい。邪魔にならないようにしますから」
 幸樹の澄んだ瞳も俺を案じる光を放っていたけど、何も言わずにただ頷いてくれた。
「そうか。まぁ、ゼミで友達だった人間だったら説得もしやすいと思う。君達の身の安全には充分留意するよ」
 パトカーに乗って――ウチの母さんのベンツはここのレストランに置きっ放しにして貰うように西野警視正がお店の人に身分証を見せて頼んでくれた。谷崎君が刃物を持って暴れている事件が解決すれば、パトカーで取りに来るという約束だった――K戸市に向かった。
 生まれて初めてパトカーに乗った――ちなみに後部座席で、西野警視正がこの場で一番偉いから当然後部座席の中央席だ。その横に座っている。幸樹は西野警視正を挟んだ向こう側だ――感慨も少し有ったけれども、警察無線で流れて来る現場の緊張感の方がもっと重要だった。
『犯人の男は刃渡り30センチほどの包丁と、ベルトに20センチほどの包丁を挿している、了解か。』
『近所の5歳男児を人質にしている。機動隊にも出動要請を願う、了解か』
 どうやら、語尾に「了解」をつけるのが警察無線の習慣らしい。
 けれど、あの大人しい谷崎が、5歳の男の子を人質にして暴れているなんて……。ただ、有吉さんの遺書通りの「闇に囚われた」幻覚を見ているとしたら、やりかねないだろうな。
「確か、谷崎の家は専業主婦のお母様がいらっしゃるハズです。説得は試みているのでしょうか?」
 幸樹が悲しみを帯びた深い声で西野警視正に聞いた。
「そこのところはどうなっているのかね?」
 助手席に座っている人に聞いている。西野警視正だって俺達とさっきまではレストランに居たのでコトの経緯は分からないのは当然だ。助手席に座っているところからすると、K署の偉い人なんだろうけど、西野警視正も慌てていたのか紹介はなかった。
「はい、事件発生は今から45分前です。近所の方から110番通報が有りました。もちろん管轄のK戸N区のN署の署員が駆けつけました。現着――げんちゃく――は7分後です」
 現着って、確か「現地到着」の警察用語だったよな?
「ほほう、なかなか優秀だな」
 西野警視正がキャリア官僚らしい発言をする。
「いえ、お言葉ですが。到着なされればお分かりかと思いますけれども、あの辺りは新興住宅街なのです。山を切り開いて作った分譲地でして。ですから道路も広くて一本道、かつ出勤時間は車が混み合いますが、それ以降の時間は、近所の主婦が買い物に車を利用する程度でウチのK署のような混雑する道ではないのです」
 K署生え抜きの――多分だけど――は、少し苛立った口調で言った。確かに谷崎の家には一回行ったことがある。新興住宅街で、最低分譲が100坪からと聞いている。一軒家の場合だけれど。それに、道路とかは先に区画が決まっていたので京都の市内のように真っ直ぐな広い道が続いている街だ。昔から人が住んでいた、ウチのような住宅街では道路が曲がりくねっているのが普通だと思っていたので驚いた覚えがあった。
「玄関から血相を変えた男性――後に谷崎征男(まさお)、20歳と判明しましたが――が母親の制止を振り切って玄関から飛び出した模様です。そして、たまたま母親と買い物に行こうとしていた高橋雄太君5才を母親――高橋芳美さん――から奪い去り、現在、公民館にも使用されている場所に雄太君を人質に立て籠っている模様です。ワケの分からないことを叫んでいますし、実の母親の説得にも応じていない模様です」
「公民館って、谷崎の家の近くに有る1階建ての建物でしょうか?」
 幸樹が聞くと、助手席の男性――多分刑事さんなんだろう――は後ろを振り返った。不審と驚愕の2種類の表情が混ざり合っている。いくら署長の許可が有るからとはいえ、部外者であることには間違いはない俺達――幸樹がメインで俺はオマケなのは自覚している。
「ああ、紹介がまだだったな。こちらは高寄幸樹君、そしてこちらはその友達の池上遼君だ。高寄という名前に聞き覚えは?」
 西野警視正は意味有りげに刑事さんを見た。刑事さんの顔から不審さが消えていく。
「ああ、あの時の事件に協力して下さったとか……署内の噂で聞きました。それに、高寄警視監のご子息ですよね」
「その通り。こちらは強行犯係長の村上刑事だ」
「初めまして。高寄幸樹と申します。一般人なのに、無理を申しまして済みません。ただ、谷崎征男はゼミの仲間でして……お役に立てることも有るかと思って西野警視正にお願いをしたのです」
 幸樹が穏やかな口調で言うと、村上刑事は敬礼をしかけて、慌てて止めた。幸樹のお父様の階級である警視監は物凄く高い階級なので、その息子である幸樹も特別扱いを受けるのだろう。それに幸樹が協力したとかいう事件も署内の語り草になっているらしいし。
「それは……ご苦労様です。谷崎征男さんの母親である麻須美さんの説得にも全く応じようとはしていません。現在分かっているのはこれだけです」
「公民館は一度入ったことが有ります。裏側には大きな窓が有りますよね?」
 俺が谷崎の家に行った時は幸樹も一緒だった。テスト前の情報交換というか、一緒に勉強するというか……そういう目的だった。帰り道で、トイレがなくて困っていた俺のために公民館のドアを開いてくれたのは幸樹だった。あの高級住宅街にはコンビニもないので、当然トイレもない。それに、究極の選択である、立ちションは俺には無理だ。
 俺が用を足している間に――幸樹は若い女性だけではなく、女性一般にモテるタイプだ――公民館の中を一通り案内してもらったと後で言っていた記憶が脳裏に蘇る。
「はい確かに大きな窓はありますね。建物の図面は入手済です。谷崎征男が立てこもっているのは、玄関近くの広間でして……。不幸中の幸いというべきか、その時間に他の催し物は無く建物に居たのは留守番役の女性でして、その女性は自力で逃げ出して無事です。現在は、ファイバースコープを換気扇の中に入れて中の様子を窺っています」
 ファイバースコープって、胃カメラみたいなヤツのことかな?と思う。立てこもり事件では、犯人に気付かれないように内部の情報を掴みたい時に胃カメラと同じような伸縮性を持った監視用カメラを使うってドラマでやっていたけど、あれって本当なんだ。
「背後から突入するのが良いかも知れませんね。玄関の広間以外に、谷崎君が動いた形跡は有りますか?」
 幸樹は眉根を寄せながら言う。
「いえ、その場所からは動いていません。警察無線を信用すれば……の話しですが」
 K戸市N区の閑静な住宅街は緊迫した物々しい雰囲気に包まれていた。
 機動隊の車両だろう、大きなバスのような金網付きの車が停まっているし、パトカーも数えきれないくらい来ていた。報道陣が居ないのは、まだ事件発生から間もないからなのか、それとも、5歳の子供が人質になっているデリケートな事件なので自粛協定とか言うのが出ているのかも知れない。
 俺達を乗せたパトカーは、西野警視正の階級章付きのIDカードのせいか、公民館近くまでの乗り入れを許可された。
 ドアを開けると、確かに怒鳴り声が聞こえて来る。
「この子は、日本人のスパイだぁ!」
 確かに、そう聞こえた。谷崎君が怒鳴っている声は聞いたことがないので確実とは言い難かったけど、多分あれは谷崎君の声なのだろう。
「『日本人のスパイ』ってどういう意味なのだろうな?」
 横に立っていた幸樹がポツリと呟いた。確かに「日本人のスパイ」という言い方は、日本人ならしない。俺の知る限り谷崎君は、生粋の日本人だ。

--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!



にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村





小説(BL)ランキング


 



















腐女子の小説部屋 ライブドアブログ - にほんブログ村



PVアクセスランキング にほんブログ村