俺は、正直有吉さんの葬儀の件よりも幸樹が大野さんの薬を飲んでしまったという方がとても心配だったけれども、幸樹に直接聞く勇気は、欠片も出ない。
 そんなのはとても怖過ぎて、ともすれば唇は動きそうになる。でも、声にはならない。声にしてしまった瞬間、「ホントウ」になるような気がして、背筋にドライアイスを当てられた感じの、途方もない冷たさと熱さを同時に味わう。
「結婚式でチャペルを使う場合には、担当教授、私の学生時代は三回生から始まるゼミ――私の場合は『刑事訴訟法』でしたが――の担当教授に連絡を取って、そのゼミに所属していたとその教授に大学へと許可を貰うというのが普通の手続きだと聞いています。何度もチャペルでの結婚式に出席しましたし、その後最も近くの宝○ホテルでの宴会までをセットになったウエディングプランも有ると聞いています」
 有吉さんのお母様は身体中がしぼんだような大きななため息を零した。
 本来ならば、有吉さんも同じように何年後かに大学のチャペルで永遠の愛を誓った相手と結婚式を挙げて、その後タクシーか何かで宝塚ホ○ルまで移動して、披露宴に臨むという俺の母校の学生がしそうな華燭の宴を挙げたかったのだろう。それを母親として臨席する日を楽しみにしていたのに、選りにも選って華燭の正反対の儀式に臨む無念さは俺の予想を遥かに凌駕しているのだろう。
「西野警視正はどうなされたのですか?」
 西野警視正は先ほどまで填めていた白い手袋をさり気なくポケットに隠している。その左手の薬指には結婚指輪がさり気なく嵌っている。
 警察庁のキャリア官僚で、幸樹のお父様にも気に入られている西野警視正が妻帯者なのは当たり前だ。
「いえ、私の場合は、妻の実家が鹿児島県でしたので……。東京と鹿児島県で二回式を挙げました。東京の方は仕事の一環という意味もありますので、関西の母校では不可能だったのです」
 それはそうだろう。西野警視正は、今はH庫県警の西宮K署の署長だが、知り合いはや上司は東京の方が圧倒的だろう。特に上司を呼ぶ場合――特に西野警視正は捜査も張り切って率先的に指揮を執る人だということは、幸樹に紹介された時からの短い付き合いだけれど、良く分かっている。でも、やっぱり出世コースを順調にステップアップしたいという思いも持ち合わせている。
 まぁ、キャリア官僚に成る――しかも、国公立大学が圧倒的に多いと、少なくともドラマではそうなっている――場合、幾ら関西では大学に興味の有る人間の間では知らない人が居ない、一応「有名私立大学」と言っても、ハンディがあるのだろう。
 ああ、そう言えば、あの忌まわしい合宿中だったかに、幸樹が教えてくれた警察裏話を思い出す。
 警察は元々、警視庁が生みの親で、初代の警視総監は薩摩――今の鹿児島県だ――出身の人だ。だから、明治・大正・昭和・そして平成になっても、「薩摩閥」が存在するのだと。西野警視正が恋愛結婚だかお見合い結婚だかは知らないし、突っ込んで聞く気力も――幸樹が大野さんのあの物凄い臭いのする生薬を飲んだ可能性がとても高い今、それどころではなかったし、結婚式に夢を託すような女の子のメンタリティはイマイチ良く分からないので、正直、西野警視正の結婚式なんてどうでも良いとすら思ってしまう。
 ただ、旧薩摩、今の鹿児島県出身の女性と結婚したというのは、「薩摩閥」に連なりたいのでは?と思ってしまう。
 俺の家は零細企業とはいえ会社を経営している関係で、組織のことは分からない。分からないけれども、西野警視正の奥様が「薩摩閥」の大物の縁故の女性だと、これからのキャリアに輝かしさを添えるのだろう。
 幸樹は眉根を寄せたまま、長い指をパチリと鳴らした。有吉さんがご両親に宛てた遺書を、お母様が読んでいる間は手袋を貸していたけど、その後、お母様が精神安定剤だか何かを点滴に行く途中で白い手袋は、幸樹が追いかけて行って、西野警視正経由で幸樹の手に嵌っていた。
 その手袋は幸樹が持っているのか、それとも西野警視正に返したのかは、俺は幸樹が大野さんのニンニクではなくて――二人ともニンニクを食べていないのは、しっかり確認済だ――お腹を下していた幸樹に生薬を、それも、これまた普段の大野さんらしくなく幸樹に「是非とも飲め」と言わんばかりに用意されていたことがとても不安を募らせてしまう。
「今の俺達のゼミの担当教授は上野教授ですよね?特別に許可を貰いに行くという口実で、上野教授と話す機会が生まれます。遼と俺とでお願いに行ってもいいですし、身分は隠して……だって警察が動いていることを極力相手に悟られない方が良いですから……単なるOBとしてオレ達と親しいだけだと偽って上野教授に会いに行くのも良いかもしれません」
 幸樹の瞳はとても静謐ではあるものの、内心を覗かせないようにブロックされているのを感じた。
 幸樹と素肌の熱さや、幸樹の欲望を俺の身体に感じている時は、幸樹の瞳には、そういうブロックは無かった。
 もしかしたら、幸樹も大野さんから貰って飲んだ薬のことに気付いているのかも知れない。もし、気付いていたとしても、解毒薬が手に入らなければ幸樹だって、いつ有吉さんを始めとする、今はこの世に居ないゼミ仲間と同じような症状が出てしまう。
 みだりに俺を心配させたくなくて、そういう瞳をしているのかも知れない。そう思って幸樹を観察していると、星が降って来るようなロマンティックな高原でのキスや、その後の幸樹が俺の全てを欲しがった時には感じなかった、幸樹の顔つきには目に見えない膜を張っているようにも思える。
「そうだな……一度、幸樹君の――当然、ゼミの教授だから個人情報は把握しているだろう。そのOBとはいえ『知り合い』なのだから、お父様の部下であったことも上野教授なら何となく分かりそうだ。その上野教授の反応を直接見たい気がするね……」
 西野警視正はとても乗り気になったようだ。キャリア官僚というのは、部下に命令してふんぞり返っているイメージが有ったのだけれども、この人は捜査にも熱意と責任感を持って当たっているのが良く分かる。
「では、善は急げです。
 ただ、俺達だけで頼むというのは……所詮他人ですよね?結婚式を大学のチャペルで挙げた人は直接頼みに行ったのですよね?でしたら、俺達だけでは了承してくれないかも知れません。お母様から上野教授に連絡して貰って……そして、『精神的ショックが大きすぎたので、委任状でも何でも書くので、俺達に交渉を任せた』という連絡を入れて下さいませんか?」
 幸樹は車椅子に座った有吉さんのお母様と目の高さを合わせるために膝を折ってお母様に語りかけていた。







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