「それにしても、森技官があんなにトラブルのドミノ倒しみたいに次々と見舞われるとは思いも寄らなかったな……。
 そして血が苦手とは――という神経も良く分からないのだが――知っていたがあれくらいのケガであそこまで取り乱すのは意外だった……」
 あまり他人のことを言わない最愛の人だったが、よほど印象に残っていたのだろう。
 京都の街の道路事情は相変わらずの渋滞で快適とは言い難いドライブだったものの、助手席に最愛の人が居て話をしていることの方が嬉しかった。
「そうですね。まあ、生理的に苦手というかダメなモノは人それぞれあるようですね。
 そういえば大学の時の初めての解剖って犬や猫ですよね?
 猫を病的に苦手だ!とか言う同級生が居ましたよ。もう真っ青になって走って逃げましたね、一回目の時には。
 そのくせ、人間のご遺体を解剖する時はごくごく普通に淡々と行っていました。
 そういう生理的なモノと、それから血の場合は独特な匂いもしますから視覚と嗅覚のダブルパンチなのではないでしょうか……?」
 最愛の人の微かな笑い声が車内の空気を春の色に染めていくようだった。
「森技官の外傷くらいだと匂いはないと思うが……。
 そういう同級生もいたのか……。私の学年では居なかったな……」
 確かにあんなケガでは鉄の錆のような血液独特の匂いはしないだろうな……と思うと何だか可笑しい。
「私が小さなころに野山を駆け回って遊んでいる時に時々転んであの程度のケガを何度も負ったことは有ります。
 その時に母に手当をして貰ったのですが、そんなに痛みも感じなかったですよ。
 まあ、手と足では痛点の密度も異なりますから一概には言えないでしょうが。
 それよりも、曲がりなりにも医学部を卒業しているにも関わらず出血部位を心臓より上にすることも忘れ果てていることにも内心驚きましたし、正直呆れました」
 火遊びの相手とか大人のおもちゃの話は生々しいので止めておくことにした。
 まあ、最愛の人が聞いてきたら答えるのにやぶさかではなかったが。
「ああ、私もあれには驚いたな。それに――本人はケガで動転していたというのは百歩譲って認めたとしても、呉先生がアドバイスをしなかったのも正直なところ唖然とした。
 見ただけで大した傷ではないことくらい分かるだろう?」
 外科医としては――と言っても高度に細分化された大学病院なのであんな小さな傷は診ないが――ケガの具合とかバイタルをチェックするのは当たり前だと思っていた。
 精神科では異なるのかも知れなかったが、ただ呉先生だって医学部を無事に卒業出来ているのだから初歩の初歩くらいは覚えて――ああ、祐樹は縁のない産婦人科とか精神科の初歩を咄嗟に聞かれたら分からないかも知れないなと自嘲の笑みを浮かべてしまった。
「色々な症状で患者さんがたくさん来る街のクリニックと――しかも診断科目が外科・内科・精神科とか好き放題書いている所ならなおさらに――異なって専門に特化しがちですからね。
 私も産婦人科のことなどはサッパリ分かりませんから。
 救急救命室では、女性が来たらまずは妊娠を疑えと杉田師長に散々言われましたので、意識がある患者さんには必ず聞くようにはしていますが……それ以上に突っ込んだ知識はないですね。
 ただ、Aiセンターの産みの親とも言うべき千葉大の先生の書いたエッセーを読んでいたのですが」
 ああ、あの……といった感じの表情を浮かべている最愛の人もその先生のことは知っているらしい。専門は勿論異なるが、大学病院関係者には割と有名な先生だったので。まあ、割と問題も起こす先生だという悪評も有ったし、実際に裁判沙汰にもなっているので嫌っている医学会の重鎮は多いと聞いているし、作家としての方も割と有名で映画やドラマ化をされている。
「その先生も、産婦人科を舞台にした小説を書いたらしいですね。まあ、不妊治療問題とかとも絡めて。
 その時に担当編集者がちょうど妊娠したらしくて『この時期にこの検査は行いません』とか厳しいアドバイスが入ったらしいですよ。医師のクセにそんなことも知らないのかといった表情で言われたとか書いていましたが、あの先生は確か病理医だったハズで専門外というのは案外そんなモノかも知れませんね。
 ただ、子育てした経験のある一般的な女性でも常識の範囲内だと思うようなことを曲がりなりにも医師免許を持っているお二人が知らないというのは問題のような気もしますが……睡眠不足で疲れていただけかも知れませんが、そういう問題でもないような……。
 ウチの病院の麻酔科の先生が聞いたら烈火のごとく怒りそうなことですよね。
 麻酔医志望の人が少ないので、人手不足は深刻ですからね。万年寝不足でも集中しないと患者さんの命に関わりますから。
 そういう点では精神科は恵まれていると思います。
 確かに呉先生は精神科医としては優秀なのでしょうが、そしてそれで充分でしょうけれどもああいった不意のケガとかに対応出来ないとご近所付き合いとかの関係でいきなり『診てくれ!』とか言われたら困りますよね。
 それこそお母さま達だってご自分で対処不可能なレベルのを困り果てて門のチャイムを押すでしょうから……。ああ、そうか……今は電話と玄関チャイムは鳴らないようにして来ましたから、大丈夫でしょうが……。
 子供の頃のケガを顔色一つ変えずに消毒をしてくれた母の顔を久しぶりに思い出しました。
 良い機会なので母にご機嫌伺いの電話でもしてみようかなと思います」
 そんなことを話しているうちにマンションの駐車スペースに着いた。
「それは良いことだな……。後で私にも変わって貰えればとても嬉しいのだが」
 救急連絡先カードを大切そうに仕舞ってからシートベルトを外した最愛の人は後部座席に置いてあった呉先生からのお土産を持って車のドアを開けている。
 その鮮やかでしなやかな指とか一連の動作に目を奪われてしまったが。
「それはもちろんですよ。母だって私とだけ話すと、ほら土日は一緒に過ごしていることは知っているでしょう?私とだけ話していたらケンカをしたのかとかあらぬ疑いとか心配をさせてしまうことになりますし」
 というか、祐樹が母に電話を掛けることなどまずなかったので、一応予防線を張った積りだった。





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