「奥さんは庭木のこととか盆栽のことで同居人と親しくしていますし、話も盛り上がっているようですが、ご主人の方は偏屈で気難しいのです。
 休日も碁とか将棋を打ちに留守にしていることが多いので同居人は奥さんならば快く貸してくれると判断したのでしょうが、あんなに嬉しそうな笑顔なんて初めて見ましたよ。
 挨拶をしてもむっつりとした表情でつっけんどんに返されるのがオチでしたので。ま、オレいや私が幼い頃からそうだったので何とも思いませんが。
 内心『この人も笑顔になることがあるんだ』ととても驚きました。
 それだけ地震の時の映像とか『テツ子の部屋』とかで観た田中先生や香川教授に――ウチの家に居ると田中先生が言わなかったのは正解でしたよ。うっかり口を滑らしてしまったら『ぜひ会いたい!生い先の短い老人の最後の頼み』とか急に年寄りぶって泣き落としに掛かるような気がしました。
 ま、頑固で近所付き合いもほとんどしていない人なのですが、お年寄りとして扱えば『ワシはそんなに老いぼれておらん!』と言って怒りますし、かと思えば『年寄りを大切にしない!』とか理不尽にキレられたりします。
 怒った顔が地顔になって、それが固定されているとばかり思っていたのですが、握手まで笑顔で求めて来たでしょう?あれには腰を抜かすほどびっくりしました。
 お二人の医師としての活躍の賜物でしょうが……」
 そんなご老人に見えなかったので内心驚いてしまった。
 まあ「年寄り扱いするな」と「老人を大切にしろ」はダブルスタンダードだし、その時々によって意見が変わる偏屈な人なのだろう。祐樹にはずっと友好的な笑みを浮かべていたが。
「そうなのですか。近所付き合いも大変ですね」
 祐樹は大学時代からマンションというよりもアパートといった建物に一人暮らしだったし、隣に誰が住んでいるか知らない。
 壁が薄いせいもあって時々聞こえる生活音から40代くらいの社会人の男性一人暮らしで、時々女性が泊まりに来て「そういう行為」をしていることくらいしか知らない。
 最愛の人と一緒に住んでいるマンションはワンフロアに二世帯しか入っていないが、隣人がどんな人かは全く知らない。
「いやあ、私の場合、キチンと仕事に出ているのは周知の事実ですし、朝の出勤時には玄関前の掃除をしている奥さんに挨拶する程度です。
 それに盆栽を教えたお礼に手作りのオハギとか白玉とかを持って来て下さるので助かります」
 仕事に出ているのは祐樹にとっては当たり前だったが、いわゆる引きこもりニートと呼ばれる人間が一定数居るというのは新聞やテレビで見たこので、そういう人には生き辛い環境かも知れない。
 生き辛いといえば、祐樹達の少数派の性的嗜好を持つ人間もそうだろう。
「森技官と一緒に住んでいることはどういうふうに説明しているのですか?」
 まさか「恋人です!同棲しています!」とか本当のことを言っていないだろうが。昔からの住宅街なので敷地面積がかなり広い。ちょっとした散歩気分を味わえた。
 サインをする時に名前入りでとお願いされたので知っていたが小田切さんの家は古式ゆかしい和風建築で生垣にも祐樹の朧げな記憶によれば寒椿の緑が綺麗だった。
 呉先生のお屋敷は最愛の人とも薔薇屋敷と呼んでいるし、その名の通りツル薔薇が優雅なアーチを形作っている。花の季節ではないので葉っぱだけだが、緑を見ると目が良くなるし何よりも心が癒される。
 まあ、以上二点から手術室は緑色が多用されているのはこの際忘れよう。
「ああ、その点がやっぱり気になりますよね。この辺りは特に保守的でして。
 田中先生のお蔭様で何とかいい方向に向かいそうですが、夜中に来訪者、しかもかなり酔っぱらった人間が来ていたでしょう?
 町内会長からも善処をキツく言い渡されていました。それで更に精神的に追い詰められていたのも事実です……」
 閑静な住宅街なだけに家のご主人が接待とかを繁華街で行ってその酔いが醒めないままタクシーで帰ってそそくさと玄関を開けるとかは普通の光景だろうし、そういう静かな酔っ払いは見逃されても玄関チャイムを鳴らしたり門をガチャガチャと開けようとしたりする人間達には容赦がないのは容易に想像出来た。
「まあ、そうでしょうね。この辺りは夜も早そうですし……。私が救急……いや夜勤から帰宅する深夜の三時などは人っ子一人居ないでしょうね。人どころか猫もいなさそうです……」
 救急救命室という単語を聞くだけでスミレの花の色に顔色を変える呉先生なので慌てて単語を替えた。
「深夜の三時どころか21時には静まり返っていますよ。
 まあ、時々は残業帰りとか接待を済ませた家のご主人が通りかかったりはしますが。
 同居人も仕事柄遅く帰ってくることも多いのですが、その時は音を立てないように気を遣っていますね」
 夜の9時に静まり返るような場所だったら、森技官の火遊びの相手の攻撃は物凄く効いていたのだろうなと心の底から気の毒に思った。
「それはともかく、この辺りは路線価もそこそこするんです。祇園とかの繁華街などの高価さとは比べ物にならないほど安いのですが、住宅地としての需要は結構あるらしくて」
 路線価というものがイマイチ分からなかったが、多分土地の値段の相場とかそういう意味だろうなと勝手に解釈した。
「確かに、こういうしっとりとした街に住みたいという気持ちは分かります。
 それに車がなくてもコンビニや病院、そしてスーパーにも行ける距離ですから利便性も良いですしね」
 「夏」の事件の直後に車で訪れた時に周辺地図はカーナビで見たのでその程度の知識は有った。
「ウチの両親が亡くなって相続税が来た時にご近所の皆さんは口を揃えて『相続税は支払えるのか?』と物凄く心配して下さいました」
 呉先生が淡く笑みを浮かべている。
「人情味溢れるご近所さんなのですね……」
 人付き合いが大変そうで、祐樹ならパスしたい街だが、ずっと住んでいる呉先生は違う意見なのだろう。
 呉先生が珍しく皮肉な笑みを浮かべて祐樹を見上げている。何だか森技官の人を食ったような笑みも彷彿とさせるのは「長い間一緒に居ると表情や仕草が似てくる」という説が合っていたのかもしれない。
 そんなにヘンなことを言ったのだろうか?


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七夕企画を企んでいたのですが(って、今何日?という感じです)連日の慣れない仕事で書けなかったので「健康診断」の代わりに七夕企画をします。

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    こうやま みか拝




















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