「その恋人と共に過ごす時間はそう多くはないのも事実みたいですが、けれどもお二人が自分にないモノを懸命に補い合う様子は傍目から見ても充分過ぎるほど分かりました。
 アメリカ時代にその人の話を聞いていたのですが、実際に出会った時には確信に変わりました。
 その人の存在が教授にとってどれだけ必要だったかは、空気や水ほどの重要性と変わらないと思います。普段は気に留めないようなモノですが……それがないと人間は死に至りますよね。
 そういう人とこれからもずっと――距離的には遠いかも知れませんが――人生を共になさると信じております。その人に会うまでの教授と……いえ当時は教授ではなかったですが……今の教授では良い意味で人生が変わったと確信いたしておりますので、末永くお幸せにと願わずにはいられません。
 また、今日という晴れの日を迎えることが出来て本当におめでとうございます」
 長岡先生は優雅な笑みを浮かべてフルートグラスを空中に掲げた。
 最愛の人の「恋人」のエピソードを語っていると見せかけて「ひと」というのはこの場に居る全員が「女性」と思っているだろうが、それも計算に入れての言葉選びだろう。
 そして、祐樹のことは一切触れられていないものの、主役席に並んで座っている二人に向けた祝辞なのは明らかだった。
 そういう点でも彼女は聡明な女性なのだなと思って半ば見直してしまった。
 「一生離さない」という意味を込めて、繋いだ指を深く強く絡めた。
「皆さん、僭越ながら締めの乾杯の音頭を取らせて頂きます。
 最も尊敬出来る上司として、そして私生活ではお兄様とも慕っている香川教授と、『懐刀』として支えて下さっている田中先生の前途がこれまで以上に明るくなりますように!
 用意は良いですか?
 ああ、グラスが空になっている人もいらっしゃいますね。
 久米先生、ロデレールのコルクを開けて下さらない?ああ、ボトル一本じゃ足りないわね」
 長岡先生は人を使い慣れた人間しか出来ないような視線のみでウエイターを呼び寄せている。
「ロデレールの追加注文をお願い致します。5本で大丈夫でしょう」
 黒木准教授の温厚な顔が引きつっていた。
 そういう表情も初めて見たが決して安いシャンパンではない上に、ホテルのバーは定価よりも遥かに高いので医局の予算では――柏木先生曰く他の科よりも遥かに潤沢だそうだが――支払いきれないと判断したのだろう。
 長岡先生は黒木准教授の表情を見て暖かい笑みを浮かべている。
「お会計は全てこちらで持つようにと岩松が――ああ、婚約者です――申しておりました。それに『二次会は一時間半だが、香川教授の医局の皆さまにも色々とお世話になっている感謝の気持ちも込めて、主役二人が退場してからも引き続き楽しめるように貸し切りの時間を90分延長しておいた』とも」
 鷹揚な笑みを浮かべた長岡先生に、全員が称賛の拍手を送っている。
「お言葉に甘えて良いのですか?」
 最愛の人は流石に気が咎めたのだろう、確認するような口調だった。
 岩松氏の病院は物凄く儲かっていると聞いている。祐樹は以前に大学病院にバレないように執刀経験を積むために、最愛の人の厚労省詣でに付いて行くという口実で昼間は手術をこなした上で夜は厚労省の研究会とか発表会に参加していた。
 その縁であちらの病院勤務の心臓外科医とかスタッフなどとも知り合いになっていかに好待遇かとか病院の経営が信じられないほどの黒字決算だとかまで雑談として聞いていた。
 それに代々の院長はキャッシュフローが出来ると、都心部の一等地のマンションを一棟単位で買うということを続けて来たらしいので――ちなみに、厚労省の研究会などは定刻通りに終わっても最愛の人へ「是非お教えください」と熱心な医師達が周りを囲むのが常で、その高度に専門的な質問に律儀に答えている最愛の人とその先生の話は祐樹にも門凄く勉強になった。
 ただ、そういう時間が長くなると新幹線も飛行機も無くなってしまうので――東京泊まりの時は「好きなマンションの部屋を自由に使って下さい」とまで言われている。
 家賃収入でもかなりの儲けが出ているらしくて――まあ、あの立地の良い豪華なマンションだったら入居者は腐るほど居るだろうと不動産投資に縁もゆかりもない祐樹ですらしみじみと納得してしまったが――「本業が赤字でもこちらで埋めるので大丈夫です」とか聞いた覚えが有った。
 そういう本物の富裕層なだけに、このバーの費用を全部持つくらいのことは祐樹がコンビニでコーラを久米先生に奢るのと同じくらいの感覚なのかもしれない。
 久米先生には底冷えのする真冬の夜中にコンビニで「おでん」とかたこ焼きとかの買い出しを「快く」引き受けてくれているので、その感謝を込めてたまに奢ることもあった。
「お二人の600部というこの出版不況に目覚ましい金字塔を残した両先生をお祝いしたかったのに、ついつい首相との歓談に集中してしまって、両先生にお祝いを申し上げられなかったことのお詫びだそうです。
 それに下心も有りますのよ。
 この医局の皆さまは本当に優秀ですから、私が良いと思った先生にはヘッドハンティングを掛けてくれと申しておりました。
 最初は香川教授とか田中先生を狙っていたのですが、病院長を目指されるのでそれは潔く諦めて、若手の実力のある医師で妥協するようです。例えば……久米先生とか」
 ウエイターからシャンパンのボトルを受け取ってコルクの栓を開けていた久米先生は突然の名指しに驚いたような感じで身体を激しく震わせていた。
 その結果、コルクが飛んだのと同時にシャンパンの泡が勢い良く噴き出してしまっていた。
 顔にまで泡が噴きかかった久米先生が呆然とした感じで立ちすくんでいる。
 祐樹の指をより一層の力で握って来た最愛の人はきっと笑いを堪えるためだろう。祐樹も同様にきつく握り返した。



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昨夜は大雨が降っておまけに雷まで(泣)ウチは近くに川もないので災害のリスクは低いのですが、あまりの大雨に思わずハザードマップを見てしまいました。

全国的に荒れた天気が続くようですので読者様もお気をつけ下さいね。


  こうやま みか拝




















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