「ちょっと、貴方っ!!」
 家の中に向かって大きな声を上げている。
「田中先生すみません。ウチの主人は耳が遠いモノで」
 祐樹は職業柄年配の女性とも接する機会がかなり多いので、その辺りの事情は何となく分かったし、救急箱を借りて使った分だけ後で補充を頼む積りだったのだが何だか有名な俳優さんとかを見るようなキラキラとした眼差しと笑顔を浮かべている老婦人に愛想笑いをした。
 こういう友好的な笑みを浮かべている女性相手ならば、使った分を呉先生が補償しなくても大丈夫な気がした。
「はい。耳が遠くなるのは長寿の印とも言われていますのでむしろ喜ばしいことではないでしょうか?」
 エビデンスは全くなかったと記憶しているが確か小説でそんなことを読んだ覚えはあった。
「まあ、ご親切に有難うございます。ねっ!!貴方、救急箱とね!そして応接室に飾ってある香川教授と田中先生のご本をね!!持って来て下さらないーー!?」
 共著の本まで――まあ、呉先生も販売促進に協力してくれていたのでご町内にもかなりの数の本を買わせているか配っていたことはチラッと聞いた覚えが有るが――何故持って来る必要が有るのか良く分からないものの、得意の愛想笑いで誤魔化すことにした。
 本当に緊急事態ならばそんな暇などないし、話を遮ったりぶった切ったりしてこちらのペースに巻き込むところだが、森技官の傷は本来ならば医師が必要ないレベルなのでこの際少しくらい放置しても大丈夫だろうと思った。
 それに最愛の人が付いているので安心だったし。
「なんやねん?どなたはんが来はったのかい」
 生粋の京都弁で奥から出て来たご主人は奥さんに言われた通りに昔懐かしい形の救急箱と共著の本を抱えている。
「ほら、貴方も観ていた『テツ子の部屋』の田中先生がわざわざいらして下さったのよ。
 救急箱は呉せんせにお貸ししますから、その代わりこの本にサインをお願いしても良いでしょうか?」
 ああ、そういうコトかと思った。
 実際のところ、京都を訪れる芸能人は多い。特に時代劇などの撮影を大覚寺などで行っていたり、観光名所とかグルメツアーの撮影に来たりとかで仕事のついでとかで祇園で遊んでいたとかそういう話をナース達に聞いた覚えも有ったし、最愛の人との街デートで行きつけのカウンター割烹でも遭遇したことも。
 ただ、大阪の人とは違ってそういう有名人が居ても気付かないフリをするのが京都の人だと聞いていたが、今回は救急箱を借りに来たという手前もあって心のバリアーが外れたのかもしれない。
 丁重に差し出された本はカバーも掛かっているし、読んだ形跡がないのが、フィクション部分の原稿を担当した祐樹には気になってしまった。
 本は読まれている方が嬉しいに決まっているので。
「あのう、ご町内にはご家族の数だけ本を配ったのです。こちらはご夫婦の二人住まいですので、本は二冊あるハズです」
 祐樹の内心を見透かしたような感じで呉先生が言い訳めいた口調で告げてくれた。
 ああ、そういうコトかと内心で思いながらご主人の耳にも届くように普段よりも大きめな声を出そうと思った。奥さんも応接室に飾ってあるほうとか言っていたので、もう一冊は二人で読んでくれているのだろう、多分。それならば書いた甲斐は充分に有る。
「初めまして。田中祐樹と申します。サインですか?それでお礼になるなら喜んで致しますよ。こんなペンで良いですか?」
 たまたま救急連絡先を書いていたのをついクセでポケットに仕舞っていたのを取り出した。
「わぁ、ほんもんや。
 テレビで観るよか男前やし……。
 呉センセと仲が良いとは聞いておったんやが、ほんまやったんやなぁ」
 珍獣でも見るように眺められていたが、伊達に書店でのサイン会を経験してはいない。
 そういう眼差しにも慣れてしまっていた。それに名前だけは達筆に書く練習もしていたし、書き慣れてもいた。
「お二人は京都の誇りでっせ。せいぜいお気張りやす!」
 ある一定以上の年齢の人は――特にこの辺りは昔からの家が続く街なので尚更だろうが――頑なに京都弁を使い続けている人が多い。
 「お気張りやす」は「頑張ってくれ」というほどの意味なのは知っていた。
「有難うございます。上司の香川にも機会が有れば伝えておきますね」
 キラキラした眼差しを向けている奥様と何だか感激している感じのご主人に「実は隣の呉先生の家に居ます」などと言ってしまえば押しかけてくる可能性を考慮して祐樹一人だ!ということをアピールしたかった。
「香川教授にも宜しゅうお伝えください。ほんま今日は良い日やな……」
 奥さんが握手を求めて来たのでそれに応えているとご主人が顔の皺を深くして笑ってくれた。
 何だか少しだけ良いことをしたような気になってしまう。
 呉先生が救急箱の中を覗き込んで満足そうな笑みを浮かべているのは脱脂綿とか消毒薬そして絆創膏などが全部揃っていたからだろう。
「お借りしますね。いつまでにお返しすれば良いでしょうか?」
 律儀な感じの笑みを浮かべた呉先生に老夫婦は「そんなん、いつでも構へんで。何なら玄関の前に置いてくれはっても……」と鷹揚かつ満足げな笑みを浮かべて言ってくれた。
 まあ、現金とかなら話は別だが救急箱などはその辺りに置きっぱなしにしていても盗る人間など居ないだろう、多分。
「有難うございます。大変助かりました。では怪我人が居るのでお暇致します」
 二人に握手を済ませてから頭を下げた。
「お隣が良い人で良かったですね。まあ、代々の隣人でもある呉先生の頼みなので断られないとは思っていましたが」 
 まだ見送ってくれている気配を背中で感じて小声で告げた。
 呉先生はとんでもないという感じで細い首を横に振っていた。一体どういう意味だろう。




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何とか二話更新出来ましたが、ノルマは達成出来ずで誠にすみません。

そろそろ限界なので休みます。


   こうやま みか拝















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