「いえ、そんな……。
 私なんて何も……ただ、仕事上では尊敬する外科医として、そしてプライベートでは実の兄にアドバイスを求めるような感じで接していただけです。教授がそこまで仰ったからにはもう少しここだけに話をしても宜しいでしょうか?」
 隣に座った最愛の人が滅多に見せないような狼狽めいた表情ではあったが唇に、ほの暖かい笑みを浮かべていた。
 そんな表情を確かめた長岡先生もルージュを塗った唇に華やかな笑みを浮かべている。
「教授の過去はそこまで詳しくお伺いしたわけではないのですが、言葉の端々にふっと出たりとか憂いを帯びたため息を密かにおつきになったりとかで薄々は察してはいました。
 そして、恋人にも実はお会いしたことが有ります。
 その時に何を思ったか多分教授にも申し上げていなかったと思いますが、この際ですから暴露しますね」
 いたずらっぽくウインクをした長岡先生の長いまつ毛が――お化粧とかエクステ(?)などでさらに伸びているのかもしれない――ひときわ印象的だった。
 まあ、その表情からマイナスのことは言わないだろうし、祐樹のことだと察することがないように配慮してくれそうな雰囲気だった。
 最愛の人の過去話にも学生時代だったら祐樹のことを一方的に知っていたハズだったが、そんなことはおくびにも出していない。
 柏木看護師は興味津々といった感じと半ば意外そうな表情が混じっている。
 そして最愛の人の身の上話――世の中にはそういう育ちをした人は一定数存在するだろうが、ウチの大学の医学部の場合に限っては「裕福な暮らし」で育った人のほうが大多数なのも事実だった。
 そのような事情を長岡先生も分かっているだろう、多分。
私生活では確かに絶句してしまうか呆れてしまうかしかない頓珍漢な行動もする女性だったし、部屋の中は(どうしたらここまでカオスになるのだろうか?)と大学時代から一人暮らしをしてきた――そして決して几帳面でもマメでもない――祐樹ですら呆れを通り越していっそ清々しい気分になるほどだが、婚約者の岩松氏いわく「家政婦などの使用人に任せてば良い仕事の監督をするのが君の妻としての務めだし、病院経営やそれに伴う色々な催し物に一緒に出てくれる人こそ結婚相手に求めたい」とのことだった。最愛の人経由でそういう話も聞いている上に指を深く絡めた人のアメリカ時代のことを言っているとミスリードして実はウチの大学病院で起きたことを赤いルージュを塗った唇が紡いでいる。
 そういう当意即妙な点とか祐樹などは生涯招かれることがないような「社交的」なパーティというか真の富裕層が親睦と情報交換を兼ねて集まるような催しにも今の彼女ならば完璧に振舞えるだろうし、会話もソツなくこなしている。
 もともと美人で性格も頭も良い女性だと思ってはいたが、岩松氏のような本物の富裕層――祐樹だってかろうじて高給取りのカテゴリーには入るものの、上には上が一定数居て一桁や二桁では収まらないほど収入の額が違う人がこの世に存在することは知っていた。
 まあ、最愛の人の秀逸すぎる手技を慕って日本だけでなくて世界から患者さんが押し寄せて来るが、海外在住の人は医療費とか病室代は全て即金で支払って貰う必要があるし、実際事務局の会計課からの請求書は祐樹などには目の飛び出るほどの高額な金額が書かれているのを見た覚えがある。
 というか、会計課の人は英語が不自由だったので、祐樹が細かい説明をするために呼び出された時にしかそういう書類は見ていないが。
 ただ、そんな額をごく普通の表情で見て、さらさらと小切手に金額とサインを記入していたのを内心で(別の世界の出来事だ)と思っていたが、今日の長岡先生は普段よりも華やかな感じのワンピース姿で、そういう本物の富豪に交じっても物怖じもしないだろうな……と心の底から感心した。多分そういう点が岩松氏の婚約者に選ばれたのだろうな……と思ってしまう。
「『ああ、この人なら香川先生を安心して任せられるし、先生の不幸の連鎖を断ち切ることが出来る』そう思いました」
 長岡先生にそのような評価を受けていたとは思ってもいなかったが、何となく引っ掛かりを覚えた。
 テーブルの下で握った手の力がより一層強くなった。そして何だか懐かしそうな笑みを端整で怜悧な顔に花開かせている最愛の人だったが。
 長岡先生が言う「この人」が祐樹のことに違いないことは分かっている。そして祐樹の生命力に満ちた雰囲気というか第一印象で――と最愛の人には映るらしい――恋に落ちたという話は最愛の人自身から聞いた覚えはたくさんあった。
 ただ、長岡先生には困った妹に対する兄のように接しているのも知ってはいたが、ここまで祐樹への「片思い」まで――何しろ祐樹がこの人の存在を知ったのはアメリカからの凱旋帰国以後だから、付き合いとしては長岡先生のほうが長い――打ち明けていたとは知らなかった。
 最愛の人は自分についてそれほど雄弁ではないタイプだと思っていたが、長岡先生には色々と打ち明けていたらしいのも意外だった。
 引っ掛かった点というのはコミュニケーション能力に自信を持っていなかった――潜在的な能力は充分過ぎるほどあると祐樹的には思っていたものの――人付き合いとか自分を分かってもらおうとする能動的な意思に欠けていたのも事実だった。
 それなのに長岡先生とはそんな話をしていたのかと思うと妬みとかやっかみを覚えてしまうのは祐樹の独占欲が強すぎたからかもしれない。我ながら呆れてしまうしかなかったが。
 複雑な心情を表情に出さないように気を付けながら彼女から見た祐樹最愛の人の印象を聞くのも悪くない趣向だと思い直した。
 テーブルクロスの下で指を繋いでいるので尚更贅沢な気分にもなったし、特別なパーティにこうして二人並んで座っているだけでも宝石のように煌めく幸せな時間だったので。



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最後まで読んで下さいまして誠に有難うございます。
実は仕事が立て込んでおりまして更新が遅れたことをお詫びいたします。
そして……多分、これ以上の更新は多分無理です。。。

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   こうやま みか拝

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