そういえば最愛の人と祐樹の関係をいち早く知ったのは長岡先生だったし――迂闊なことに病院内でキスしていたのが原因だ――最近はそうでもないが、最愛の人の重い口からアメリカ時代にも長岡先生に祐樹のことは名前をぼかしてではあるものの、ちらっと仄めかしていたらしい。

 凱旋帰国に連れて帰るような優秀な内科医でもあったが、祐樹の誤解で長岡先生が最愛の人の婚約者だと思い込んでしまっていた過去を苦く、そして甘酸っぱく思い出す。

 その時に時折注がれる長岡先生の――といっても個室持ちの特別待遇まで与えられている新進気鋭の内科医と吹けば飛ぶような研修医とではそれほど共有する時間も場所もなかったが――なんだか値踏みするような感じの視線に当時はいぶかしさを感じていた。

 ただ、最愛の人と恋人同士になってから長岡先生に断片的に打ち明けていると聞いて、なるほど、そういう意味を含んだ視線だったのだなと思った記憶がありありと蘇ってきた。

「香川教授の恋人の話が良いですか?それともドンペリニオンについてでしょうか……」

 長岡先生も――私生活では常人が思いつかないような発想をして最愛の人を苦笑させたり、部屋にはテレビの上に電子レンジを置いてあったりして、一回思考回路がどうなっているのか見てみたいという誘惑に駆られることは有ったものの――出身大学は森技官と同じ日本一の難易度を誇る学校だし、仕事の時は内科の内田教授がアドバイスを求めに来るほどの有能さだった。それに日本で一番の私立大学の幼稚舎――といっても小学校だが――からのエスカレーターで中高を過ごしたらしい。ただ、医学部も設置されている大学の推薦は「成績は充分なもののタイトスカートを台形の変な形に作るような生徒に医学部は推薦できない」とか言われて外部受験をしてストレートで合格したとか聞いている。そんな優秀な頭脳を持っているので、語る話題の要点を絞った方が良いだろうという長岡先生なりの配慮だろう。

 最愛の人は――今ではそうでもないが、祐樹と同居を始めた時からかなりの間、祐樹は最愛の人を笑わせることが出来るのに、その逆は不可能だと内心忸怩たる思いを抱いていたらしい。祐樹にしてみれば、ありのままの恋人でいてくれさえすれば良いのでそんなことで悩んでいたことは後から聞いて「杞憂ですよ」と髪を優しく梳いた覚えがあった――当時そんなことで悩んでいて、長岡先生の仰天エピソードを披露して祐樹を笑わせようとするしかなかったこともセピア色に煌めく記憶だ。

「ドンペリを始めとして美味しいシャンパンとかワインの蘊蓄などをお伺いしたいのも山々ですが、まずは香川教授の恋人について知りたく思います」

 柏木看護師は祐樹最愛の人が敢えて秘密のベールで覆っている恋の話のほうに興味津々といった感じだった。

 岡田看護師もアクアマリンの清浄な眼差しに期待の色を添えて長岡先生を見ていたし。

「そうですね。私は香川教授を兄のように慕っています。もちろん仕事でも学ぶべきことは多いですが、ご一緒に帰国を誘ってくださって本当に嬉しかったです。

 その時から一応岩松という婚約者がおりましたし、恋愛感情は皆無とは言えませんが、ほとんどなくて……。尊敬する上司として、そして私生活では頼れるお兄様といった感じでした。

 いろいろと頼ってしまって有難うございます。そしてすみません」

 長岡先生が――来ていたワンピースが布地をたっぷりと使ってあったこともあって――蝶のよぅな優雅さでこちらに振り向いて深々とお辞儀をしている。

「いえ、私は幼い頃に父を、そして高校三年の時に母を亡くしておりまして。一人っ子として育ちました。皆様のように経済的に恵まれていたわけでもありません。たまたまお嬢様しかいなくて跡継ぎが欲しい、とある私立病院の院長先生の援助を受けて予備校にもやっと通えるという僥倖に見舞われましたが。

 親戚なども聞いた覚えも会った覚えもない天涯孤独の身の上ですし……」

 祐樹はもちろん生い立ちの話は聞いていた。しかし、元同級生の柏木先生も初耳だったらしくて驚いたような表情を浮かべている。

 そして会場の中の全員が最愛の人が淡々として語る言葉に水を打ったように静かになって聞き入っていた。

「母を亡くしてから、その某私立病院の院長先生のお嬢様が不慮の事故で亡くなりました。

 あ、申し上げていませんでしたが内々の婚約者でもありました。

 自分と関わった人間は全て不幸になるのではないかと思い詰めていた私は大学時代にも親しい友人を作ることなく学業とか未来の医師としての基礎業務を熱心に学んでいたのです」

 柏木先生が思い当たることが有ったのかしきりに頷いていた。

 そして、最愛の人が疚しいことは何もないものの、過去を語るということ自体、祐樹や祐樹の母以外には初めてだったと思う。

 それだけ医局の皆に心を許している証しだろうが。

「そんな中で長岡先生が兄のように慕って下さった上に『この人ならば私の周りに居ても不幸せになることはないのかも……』と思ったのです。

 ですから、兄の役割もしたことがないので楽しくこなすことが出来ましたよ。

 お礼を申し上げたいのはこちらの方です」

 長岡先生に向かって深々と頭を下げた最愛の人は祐樹の指を強く握っていた。

 「祐樹なら私の不幸のオーラを吹き飛ばしてくれるかもしれないと直感した」と何度となく言ってくれていて、長岡先生以上に祐樹の存在に感謝しているという感じで繋いだ指を深く絡めて結びつきを深くしている。



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最後まで読んで下さいまして誠に感謝です!!

今日はそこいらのクリニックでは対応出来ない皮膚病(人には伝染らない)のために比較的大きな病院に行ってきました。

雨と風がすごくて傘が壊れそうでしたので、慌ててたたんでずぶぬれになって帰宅しました。
読者様もお気をつけてくださいね。


   こうやま みか拝












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