「はい。承りました。もう深夜のチャイム攻撃とか電話が四六時中鳴らないと思ったら心も体も軽くなりました。

 本当に有難うございます。アイスティのお替わりで済むのなら何杯でも作りますよ」

 言葉の通り何だかいつもと同じような軽やかな感じで席を立った。

「あ!森技官も、いや森技官の方がああいう写真を見ると生理的にダメだったみたいで……。フラッシュバック的に思い出したら嫌な思いをさせると思いますから私の知り合いの知り合いの件には触れないで上げて欲しいのですが……。ほら呉先生と同様に体力的にも精神的にも疲れている今にこれ以上の余計なストレスを抱え込ませてしまって悪いと思っているのです。

 だから、あの『写真』を思い出させるような言葉は禁句でお願いします」

 呉先生がキッチンに行くということは、食器手洗い中の森技官と顔を合わせることになるのは必然だった。

 祐樹がキッチンに行く理由は咄嗟には思いつかない上に最愛の人が困っているのだから優先順位はもちろん応接室だ。

 呉先生がキッチンに行き軽い気持ちで「あの患者さんはどうなった?」みたいに聞かれて「アメリカに行って治療を受けることになりました」とか答えられては後々厄介なことになる。

 事前に口裏合わせをしていなかった祐樹が悪いのだが。

 ただ、応接室のローテーブルの上には最愛の人の救急連絡先に自宅はもちろんのこと祐樹の携帯番号とか実家までが端整でしかも流れるような見事な筆跡で書いてあった。祐樹の実家の電話番号にはカッコつきで「命の危険がある時のみお願い致します」と記されていたのは祐樹の母をむやみに驚かせないための配慮だろう。

 祐樹もこのカードを貰ったら即座に帰ろうという心積もりだったのだが、最愛の人の困り顔を見てしまうと祐樹のこの薔薇屋敷での出番はまだ有るように思えてくる。

 「神は細部に宿る」ということわざだか格言は祐樹も大好きだった、公私共に。

 最近任される患者さんが増えた執刀医として手技をしている時は気を抜くとついついミスをしてしまいそうなのが細部というか最も難しいところではなくて縫合術のようなある意味ルーティン化した作業をこなす時だったし、私的には絶対にバレたくないウソの場合が細部だと思っていた。

 森技官と口裏を合わせていない以上祐樹は呉先生にそう釘を刺さなければウソの綻びが出来てしまって露見の危機のような気がする。

 今は鎮まっているとはいえ、呉先生も森技官の火遊びの相手に、コトもあろうに目の前の救急連絡先カードを悪用された上に四六時中電話とか招かれざる客がチャイムを鳴らしまくるという憂き目に巻き込まれていた、その怒りも相俟ってバレた時には烈火のごとく怒りそうだった。

「お気遣い有難うございます。潜入捜査をする時にはハケンの医師として皮膚科限定で各大学病院の院長が紹介状を書いてくれているというのはお二人ともご存知だとは思いますが……。皮膚科でもひどい病気ってありますよね?同居人の頭脳の代わりを務めさせている『皮膚科大全』にも結構グロいのが鮮明な写真付きで載っているのは仕事上でも見ているみたいなのに、職場と家では頭脳のスイッチの入り方が異なるのかも知れませんね。

 了解しました。同居人がキレても困りますのでその話には一切触れないようにします。教授にもアイスティを持って参りますね」

 呉先生が春の雨に打たれて喜んでいるスミレの花のような笑みを浮かべていた。

 このお屋敷に静寂が戻ったことがメインだとは思うが、人の良いというか、他人の役に立つことを探している呉先生は仕事柄気になっていたのかも知れない、居もしない祐樹の知り合いの知り合いの件が。

「有難うございます。ミルクとかコーヒーフレッシュがあればそれもお願いしたいです。シロップも出来ればお願い、ああ砂糖でも大丈夫です。熱くて濃い紅茶を作る段階で砂糖も加えれば……ああ、そうしてしまうと祐樹が飲めないかも……」

 最愛の人が教えた濁らないアイスティの作り方では茶葉を多めに入れて沸騰したお湯を注ぎ、濃く作った紅茶を氷で満たしたグラスに注ぐというやり方だったハズだ。割とどうでも良いことは直ぐに忘れる習慣が出来ている祐樹だったが、その程度のことは頭に残っていた。

 そして最愛の人の大好きな午後の紅〇から柔らかいペットボトルに連想が働き、火遊びの相手が注射を使って強力な睡眠導入剤だかを入れている光景を想像してしまった。

 救急救命室の休憩スペースで柏木先生が面白がって読んでいた電子漫画では妊娠を計画しようとゴムに針で孔を空けている女性がものすごく表情もリアルに――といっても祐樹はそんなことをされたこともなければ現場を見たことも当然ない――描かれていてホラーよりも恐怖を感じた、祐樹的には。

 そういう表情できっと穴を空けて薬液を注入してコンビニのシールで内容物が漏れないようにしたのだろうと思うと何だか鬼気迫るモノを感じてしまった。

 祐樹は最愛の人が悲しむようなことは絶対にしないと心に誓っているし、実際にやましいコトは何もしていない。

「いえ、甘いモノが欲しかったところです。色々話していて、喉も使い過ぎましたので甘い紅茶でお願いします」

 呉先生は「しばらくお待ちくださいね」と言い残すとツバメのようにスラリと身を翻して応接室を出て行った。

「どうかしましたか?

 貴方がそんなお顔をさせるような何かがありましたか」

 一応見当は付いている。図星かどうかは分からなかったが。

 横に座った最愛の人の手首から指までを祐樹の手で覆って、話を促した。








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感想(757件)

















最後まで読んでくださいまして誠に有難うございます。

もう早いもので7月ですよね。
夏は苦手な上にマスク装着は辛いです。

読者様も熱中症などにならないように自衛してくださいませ。


    こうやま みか拝











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